第169話
知り合いのお友達から翻訳の仕事を紹介してもらいました。今週中で連絡をいただく予定なんですがどうかうまく行ったらいいですね。人生初めての大挑戦なのでとても緊張しています。
いつもありがとうございます!
お姉様の様子は思ったより深刻でした。何らかの要因によって過去のある時点の記憶を除いた今まで全ての記憶が吹っ飛んだお姉様は私はもちろん大好きだった桃坂先輩のことも覚えていませんでした。
「大丈夫ですよ、黒木さん。」
っと先輩は言いましたが私は何も覚えてないお姉様のことを見て未だに大きな不安を感じています。もしこのままお姉様が記憶を取り戻せなかったら…
お医者さんは能力の乱用による副作用として記憶を失ったと言いましたが同じ系の能力の持っている私には分かります。
いつでも私達のことを見守ってくださる「神樹様」。その「神樹様」の視線を遮った内側からの謎の反発力。その痕跡を見つかった以上これは必ず誰かの手で作られた状況というのを私は決して怪しまないです。
この前、みもりちゃんから協力してもらった能力強化のことで犯人はすぐ特定できます。あまり信じたくないのですがこのことはおそらくそれと関係のあることでしょ…
「やっぱりいない…」
どこを見てもあの人は見当たらないです…ななお姉ちゃんや他の生徒会の方に当たっても皆知らないようです…
嫌なことですね…実は私、アイドルとしてのあの人のこと、本当に尊敬していました…あんな爽やかな笑顔で皆のために歌える人は本当に珍しいと思いましたから。
でも本当にあなたでしたね…この世界の平和を脅かしてお姉様をこんな目に合わせたのは…
ならこれから私が取る手段は一つです。私は魔界の「ファラオ」としてお姉様を元に戻して皆を守りきってます。例えあなたが私ごときでは相手すらさせてもらえないほどの超越的な存在としても私は自分の命を懸けて皆を守り抜けてみせます。
でもそれはそうとしてもう一つの不安として私の心を揺さぶることがありました。それは浮かない顔でずっとぼーっとしている緑山さんのことでした。
「はあ…」
緑山さん、今日はなんだかすごく憂鬱なんですね…先からため息ばかりで…みもりちゃんと何かあったんでしょうか…
あ…!もしかして私の能力で見た夢のことで二人の仲が気まずきなったりして…!でもそれほどはっきりとは覚えているわけはないはずですが…
「黒木クリスさん。少しよろしいでしょうか。」
その時、緑山さんのことで少し考え込んでいた私の後ろから掛けられたある女性の声。その声の方に振り向いた時の私は既に自分の目の前に立っているこの上品な女性のことを知っていました。
一見で分かるほど気品が溢れる面差し。白金の長い髪の毛を肩の上に伸ばして眼鏡の向こうから神秘的な真っ青の目で私のことを見つめている上品な女性。真っ暗なスーツを着ている何人かの大きい男の方々に護衛されて歩くたびに足元に光を残しておくまるで光を人間の形で固めたような彼女の名前は「ビクトリア・プラチナ」。
「プラチナ皇室」の第1皇女で正式王位継承者であり今はエルフの女王として神界の皆から崇められているお姉様のお姉様であるあのビクトリア様でした。
「すごい…本物だ…」
人間とエルフのハーフであるお姉様と違ってちゃんと耳も長い…「プラチナ皇室」の皇女の中で唯一の純粋なエルフの子とは聞いたんですがなんだかお姉様の面影がちゃんとありますね。
新聞やニュースで見る時だってきれいな人だなっと思ってはいたんですがこれほどの美人だとは…それにお肌も真っ白…
「お父様とはお会いしたことはありますが娘さんとは初めてですね。はじめまして。「ビクトリア・プラチナ」と申します。お会いできて本当に光栄です。よろしくお願いします。」
「く…「黒木クリス」と申します…!こちらこそよろしくお願いします…!」
っと向こうから先にご挨拶するとは…!つい慌ててしまいましたね…!
お姉様のお姉様…確かお姉様とは歳も結構離れているからすごくおっとりして大人びていますね…私もこういう上品な女性になるのが夢なんです…
「少しお話よろしいでしょうか。二人きりで。」
「わ…私と…ですか。」
これはまた珍しいですね。あのエルフの女王様から私とお話がしたいって…こういう方は私なんかよりお父様とお話するべきではないかっと…
「個人的なお話ですのでぜひ黒木さんとお話したいです。」
っと緊張している私のために周りを少し去らせてくださるビクトリア様。そういえばビクトリア様は皇女の中で唯一能力が使えない方だと言われました…だからいつもこんなに大勢の護衛がいるって…
結局私は緑山さんに何の話も掛けられずにビクトリア様の後を追って外のテラスに行きました。見えてはいませんがここにも護衛がたくさん敷かれていますね。しかも皆相当のつわもの揃い…まあ、うちもそういう感じですから今更なんですが…
「お父様はお元気ですか。」
「あ、はい。おかげさまで。」
まず面識のあるお父様のことを伺うビクトリア様。お元気すぎてたまにはちょっと心配になる時もあるんですがいつもすごく楽しくお過ごしになっています。
「そうですか。お父様は家族思いが深い方だと覚えていますので。」
「あ…」
一言でいうといわゆる「親ばか」ってやつです、お父様って…子供が私一人だけですから仕方はないと思いますが…お母様はいい加減卒業しなさいっとおっしゃっておりますがそれがなかなか…
「でも私達姉妹から見たら羨ましい限りのことです。ご存知のようにうちはそういうのあまりなかった家風なので。」
っと少し羨むようなお顔でベンチにお座りになるビクトリア様。
それなら一応私も聞いたことがあります。何だってお姉様のお父様はとても厳しい方だったなので娘達にそういう表現は控えたって…
それはとても悲しいことだと思います。世界の誰より頼りになってあげなければならないお父様が子供達に背を向けるなんて…
それにそのお父様に対してはこういう噂も聞いたことがあります。
「お父様はあの子を殺そうとなさっていました。」
いきなりすごいことをおっしゃってしまうビクトリア様!でも彼女の表情は今までのように乱れることなく淡々そのままでした。
「きっとあの子も私達のことを恨んでいるでしょ。自分を殺そうとしたお父様のことや姉の役割もちゃんとやり遂げられなかった私のことや。」
でも私には分かります。今のビクトリア様がどんなお気持ちで自分の妹のことを思っているのか…
「仕方ないと思います。あの子にとって唯一の家族はもう一人の姉の子しかなかったから。今更言い訳するつもりではありませんがその頃の私はお父様に認められることに夢中だったからあの子の気遣う余裕はなかったんです。お父様も国を守るためなら仕方ない選択だったはずです。でも今もこう思っています。もし私があの子にちゃんと見守ってあげたら多分こんなことは起こらなかったかも知れないのっと。」
「後悔」。ビクトリア様は今昔の自分のことを後悔しています。姉として自分の役目を成し遂げなかったその事実をビクトリア様は胸の奥でこっそり痛んでいたんです。
「でもこれも全部あの子が選んで結果です。アイドルとして生きろうとしたのも、自分の能力のことも全部背負って行くっと決めたのはあの子の選択です。」
っとおっしゃっても納得できないような顔…でも先の私も同じ顔だったはずですからその気持ちはよく知っています。
「黒木さんを呼び出したのはその理由です。今言った通りに私はあの子について知っているのは一握りのことしかありません。だからもしよろしければあの子のことについてどうか私に聞かせていただけませんか。もう遅いかも知れませんが今度こそ私はあの子にちゃんとお姉ちゃんになってあげたいです。」
「ビクトリア様…」
ビクトリア様はずっと後悔していらっしゃったんですね…お姉様にちゃんと気遣わなかった自分のことを…
「私はこの前、もう一人の妹に会いました。」
相変わらず淡々な顔。でもその言葉はむしろ私の方を大きくびっくりさせてしまいました。
お姉様のもう一人のお姉様。確か魔界でも結構有名な人でした。堕落して神界から追い出されてしまった「ダークエルフ」の…
「「エミリア・プラチナ」。あそこからは「エミリア・シルバームーン」っと呼ばれた私のもう一人の妹です。」
「エミリア・シルバームーン」。昔神界から追い出された堕落のエルフであり世界平和のため発足した世界政府とその神様である「神樹様」のことを最後まで反対した「ダークエルフ」の「シルバームーン」の現当主。だがここ数年その姿を隠して行方不明になったと言われている彼女は実は今、緑山さんと同じく「地獄」として「影」にいるっということを私は知っています。だってこの前、緑山さんを探しにそこに行った時、私は彼女と会いましたから。
多分何らかの能力で自分の正体を隠していると思われるエミリアさんはぜひ自分のことを自分の妹であるお姉様に教えないで欲しいっと私に言いました。
でもどうしてエミリアさんの方からビクトリア様に会いに行ったかは少し謎ですね…
「あの子はただこう言いました。「セシリアちゃんのことをよろしく」って。あの子が一体何をしているのか、何を考えているのかは私には分かりません。私にはセシリアのように人の考えが見えるってわけでもありませんから。それにあの子は自分の存在を「隠す」ことができるから例え私にセシリアと同じ能力があったとしても決してその考えを見ることはできないでしょ。」
「「隠す」…」
なるほど…だからお姉様は私や緑山さんの記憶からエミリアさんのことを気づかなかったってわけですね…多分かなさんと同じく「事象能力系」の取引…
でもエミリアさんはその能力で「影」から戦っている。決してその代償と「神樹様の恵」の不在による反動は無視できないほど大きいはずなのに…
「あの子を見た途端、私は気づいてしまったんです。あ、この子はこんなにボロボロになってしまうほど自分の妹のために頑張っているんだなって。身内もいるのにただひたすら半分しか血が繋がっていない幼い妹のためにこんなに自分の身を酷使してしまうなんて。
それを分かってしまった瞬間、私は今まで感じた時のない大きな恥と後悔を感じてしまったんです。私はこの子みたいにあの子のために姉として最善を尽くさなかったっと。」
っとふと騒がしい気分とは真逆の晴天を見上げるビクトリア様。
今までずっと国のため、そして自分のため妹のことを避けていたビクトリア様。でもやはりビクトリア様もお姉様と同じく「プラチナ皇室」の皇女でした。少し遅れても自分の過ちを認め、それをもう逃げずにちゃんと向き合いたいと思う強い人。人の痛みを分かってくれるビクトリア様は間違いなくお姉様と同じく優しい人です。
「だからぜひ私に私が知らないあの子のことを教えて下さいませんか。私は今度こそ本当の姉になりたいです。セシリアにも、エミリアにも。あの子が目を覚ました時に私はあの子の目に姉として移りたいです。どうかお願いします、黒木さん。」
っと自ら頭を下げてお姉様のことを教えてくれることを願うビクトリア様。ビクトリア様は心の底から信じていますね。お姉様ならいつかきっと目を覚ましてくれることを。
もし私の大好きなみもりちゃんならどう答えるんでしょうか。あの可愛くて優しい人なら…
…愚問ですね。そんなこともう決まっていますのに。
「はい。私でよろしいければ喜んで。」
きっとあなたならこう答えてくれるんでしょう、みもりちゃん。だったあなたはとてつもなく優しい人なんですから。相手が誰だろうとあなたは全力で力になってあげる優しい人なんですから。
だからこそ私は気になります。一体あなたの大切な緑山さんに何が起きているのかを。




