第125-11話
遅くなって申し訳ございません!
いつもありがとうございます!
広い校内。
学校敷地の南の方には誰も近づかない一つの森がありました。
そんなに鬱蒼とした深い森ではなく、ちょうどいい散歩コースくらいの森でしたが、そこはもう誰も近づかない場所として私達が入学してからもずっと放置されていたのです。
近づかない理由はただ一つ、そこには去年まで不良の2年生たちがアジトとして使っていた古い倉庫があって、そこに出入りすることで自分も彼女たちと同じ人とされるのが嫌だから。
そしてその不良の2年生たちに狙われていたのが、
「うみちゃんはいじめられていたんです。」
名実ともに今世紀を代表する歌姫である青葉さんだったのです。
前に自分の気持ちを先輩に届けるために先輩のところに行った時の話。
当時の青葉さんのことや学校のことをに先輩が全部私に教えてくれたことがあって、私はあの時の先輩の悲しい顔を今もよく覚えています。
最初はちょっとした妬みから始まった嫌がらせ。
でもどんどんエスカレートした負の感情はあっという間に膨らみ上がって周りを感染させ、青葉さんのことを徹底的に孤立させました。
協力しないと一緒にされて、排斥される。
だからみんな見なかったふりをするしかなかったのです。
女の子の間での孤立は想像以上の苦しみと悩みを与える。
どんなに青葉さんが外の世界で尊敬され、称えられる有名人だろうとも、その小さくて狭い社会では限りなく無力だったのです。
入学したばかりの時は周りから敬われて、雲の上の存在とされた青葉さんがハグレモノ扱いをされて、あらゆるいじめを受けていたということはさすがに信じがたいことでしたが、
「でもうみちゃんは私に気を使って楽しい毎日を演じてくれたんです。」
そう言う先輩の表情はあまりにも悲しかったので、いっそ嘘でありますようにって、思わず心の底からそう願ってしまったのです。
凛々しくて心優しい青葉さん。
そんな青葉さんを追い込んだ徹底的な孤独。
仕事で忙しくてあまり学校にいけなかった青葉さんが思いを切って活動中止にしてまで行こうとした初めての高校生活はそうやって彼女に辛い思いをさせてしまったのです。
先輩は青葉さんがその間、何をされたのか、詳しくは教えてくれませんでした。
でも、
「全部私のせいです…」
そう言いながら、自分を責め続ける先輩の目から考えて、それはかつて自分には経験したことのない辛い思いであることは確かでした。
物理的痛みまで伴った本格的ないじめ。
でも一番苦しかったのは押しつぶされてしまいそうな徹底的な孤独感と精神的なダメージ、そしてその一連の事件の中心にいたのが青葉さんの大親友でありながらかつて彼女と一緒に天才子役として芸能界の新たな時代を開いたと言われた「赤座小鳥」さんだったということです。
赤い髪の毛を可愛いツインテールの形にしてテレビの中で皆を魅了していた八重歯のちっこい天才子役。
私が覚えている「赤座小鳥」という女優は同世代の私達のもう一人の憧れで夢でした。
神界の「魔法の一族」出身で名実ともに神界が生んだスーパースターであった赤座さんは魔界生まれの青葉さんと一緒に新たな時代を担う希望の星として長年芸能界の君臨し続けましたが、なんとそのいじめ事件の主導者として親友である青葉さんを徹底的に学校から孤立させていたのです。
青葉さんと一緒にこの学校に去年入学した彼女に一体何があってあんなことをしてのか、自分にはどうしても分からなかったのですが、少なくともそのことが招いた結果が今の真っ二つになった学校であることだけははっきりと分かったのです。
先輩は青葉さんの苦しみに気づいてあげられなかったことも、そして青葉さんの親友である赤座さんに起きた内面の変化に気づいてあげられなかったことも全部自分のせいにして自分のことを責め続けていました。
上級生として、何より頼られるはずの先輩として二人のことにちゃんと気づいてあげられなかったのをずっと後悔していたという先輩の表情はとても苦しそうで悲しかったので、私はその事件から先輩が受けた心のダメージがいかほどのものだったのかほんの少しだけ察することができたのです。
「きっと苦しかったのにうみちゃんは私の前ではいつも平然とした顔をしてました。
私はうみちゃんという大切な後輩ができたことに浮かれてうみちゃんの心の悲鳴には耳を傾けませんでした。
そして彼女にも…」
大好きな先輩に心配をかけたくなくて全力で平然さを演じていた青葉さん。
でも青葉さんの先輩への優しい思いやりはむしろ先輩に罪悪感の重さを増すだけの最悪の結果しか生みませんでした。
先輩はそんな優しい青葉さんのことに感謝と申し訳無さが混ざった複雑な気持ちを抱えていたのです。
青葉さんを狙った一連のいじめは当時の1年生の間では徹底的に秘密にされていたので、誰にも悟られずに何ヶ月も続きましたが、ある日、ツアーが終わって学校に戻った会長さんによって全貌が表に現れるようになりました。
「最初に見つけたのはセシリアちゃんだったんです。
うみちゃんが入学してきた頃とちょうどツアーが被って1学期の間には会う機会がありませんでしたからそれまでうみちゃんに何が起きていたのか、知る由もなかったんです。」
入学以来の初めての青葉さんとの再開。
でもその時、会長さんに見えたのは青葉さんに降り注ぐ周りからの暴力でした。
人の考えが読める会長さんはなるべく穏便に事態を解決したかったのですが、別のところから漏れてしまった話のせいでついに話は「黄金の塔」側のリーダーであるあの「速水愛」さんの耳に入るようになりました。
そしてその一連の事件に関わっている関係者全員が神界の出身で、しかも「黄金の塔」の所属であることが分かった速水さんは自分の権限で学校から追放、神界側の総責任者として全世界の前で謝罪しなければなりませんでした。
「速水さんは神界を代表してうみちゃんの前で頭を下げて、謝罪しました。
そして二度とこんなことが起きないようにすると、テレビの前で世界中の皆とうみちゃんに約束したのです。」
当時、被害者が青葉さんであることまで世間には知られませんでしたが、世界政府と世界の安寧と平穏のために協力を惜しまないと約束した「黄金の塔」は実に困った立場に置かれてしまいました。
誇り高き「黄金の塔」評議会、「円卓」の騎士の子供たちが民間人に向けて肉体的な痛みまで伴った悪質な暴力事件を引き起こしたということは一大事となって連日特報として放送されました。
そのことで世間は「黄金の塔」の資質を疑い、「黄金の塔」の威信はガタ落ちになりました。
いきり立った「黄金の塔」の「神様」は関係者全員に厳罰を下すように、総責任者である速水さんに命じて、二度と神界の名を名乗らないように徹底的に社会から孤立させたらしいです。
名誉と威信を何よりも重んじる「黄金の塔」は特に規則とルールに厳しくて仕方のないことだと先輩はそう言いましたが、
「でもうみちゃんならきっとそういう結果を望んでないはずです…」
青葉さんならきっともっと丸く収まるよりいい方法を望んでいたはずだと、少し悔しそうな表情で呟く先輩でした。
速水さんのおかげでようやく普通の高校生活を始められた青葉さん。
でもその次に待っていたのは青葉さんによる魔界と神界の熾烈な派閥争いだったのです。
そして青葉さんは大好きな先輩から離れて二度と同好会の部室に戻りませんでした。
青葉さんを中心にして学校の様々な権力を掌握していった屈指の大型部「合唱部」。
青葉さんの活躍によって来年から「百花繚乱」や「Scum」と同じく新しい名前で活動することになりましたが、青葉さんが掲げた「打倒神界」のスローガンに従う前代未聞の大型部は片っ端からこの学校を壊していきました。
圧倒的な影響力、そしてカリスマ。
本気を出してきた青葉さんはあっという間に学校中の皆に崇め奉られる偶像、つまりアイドルになってあらゆる権限を掌握していきました。
全ての行事、イベント、大会の参加、ひいては学校の運営や保護観察、懲戒と規則まで。
神界出身の生徒たちは全ての生活を制限され、孤立を強いられるようになりました。
一番人数の多い魔界出身の生徒たちから絶大的な支持を得て、名実ともに学校の実質的な王様になった青葉さんはまるで自分にやったように神界の生徒たちを徹底的にねじ伏せていきました。
同時に魔界側に全ての便宜を図ってあからさまに魔界側を贔屓して、自然と魔界出身以外の生徒たちから嫌われるようになりましたが、本人はさほど気にしていない様子です。
それに対抗するために「百花繚乱」、特に「黄金の塔」のリーダーである速水さんを中心とした派閥ができて対立しているらしいですが、もはや生徒会の方から賛同の声が出てくるほど学校中の皆から支持されている青葉さんを止めるには力が足りないと言われているのが現状。
そうやって青葉さんは心置きなく暴政と言ってもいいほど完膚なきまで学校中の皆を弾圧しました。
青葉さんの影響力があまりにも大きくて学校側からはできるのはせいぜい外に話が漏れないように口止めをするくらいで、新理事長から全ての権限を委任された生徒会だって状況が悪化しないように現状維持に精一杯。
その生徒会さえ中で穏健派と急進派に分かれて仲間割れの直前で、もう青葉さんたちを引き止められる方法は見つかりそうもありません。
でもたった一人、
「私は信じています。あれは本当のうみちゃんではないということを。」
先輩だけは青葉さんの本当の気持ちはそれではないということを心から信じていたのです。
「うみちゃんは本当に優しくて心温かい、私の大切な親友です。
決して自分の地位や名声を使って誰かを傷つけたりする子ではありません。
きっとなにか大事な理由があります。」
こんな状況になってもなお、青葉さんへの理解を諦めず、信じ続けていた先輩を見て私は自然と尊敬の心を持つようになりました。
揺るがない信頼、そして止まることなくより湧き上がる愛情。
それはきっと私とゆりちゃんの間にある気持ちと同じものだと、そう確信した私はあの時、本気で先輩の力になりたいと思いました。
「でもうみちゃんは本当にすごい子ですから。
そんなうみちゃんにために今の自分にできることは何なのか、全然分かりません。」
っと迷っていた先輩のために精一杯の自分を出し切って力になってあげたい。
何からどう始めたらいいのか、ちっとも分かりませんでしたが、青葉さんへの先輩の真剣な気持ちを無駄にはしたくなかった私はあの時、ありったけの自分の気持ちを先輩に伝えてました。
一時は変な子だなって、気持ち悪いって思われたらどうしよって心配したこともありましたが、
「ありがとうございます!みもりちゃん!」
そんな心配が全く無意味なことになってしまうほど、先輩は満面の笑顔で快く私の気持ちを受け入れてくれたのです。
学校を救いたい、青葉さんと先輩を仲直りさせて二人を笑顔にしたい。
初めてゆりちゃんとお友達になりたいと願った時のように強い思いを抱いて、今まで以上に青葉さんのことを知ろうとした私は、たとえここが夢の中だとしても今まで以上に関わりたくなると言った青葉さんの話を聞く覚悟をしました。
起きた時、忘れてしまおうともきっとここでの思いだけはしっかり覚えてみせると、そう覚悟を決めた私は、
「と…鳥さんがいっぱい…!」
何故か色んな鳥さんに囲まれて、青葉さんと一緒に鳥さんたちに餌をあげながら世話をしています。




