第125-5話
いつもありがとうございます!
釉薬を塗った陶器のようなきれいな無機質の真っ白なお肌。
腰まで伸ばした長い白髪と「石人」特有の長身とガッツリした体格。
川辺の小石のような潤った灰色の瞳と穏やかな笑み。
生徒の間ではいい先生として名高い彼女はうちのクラス担任である「石川ダイヤ」先生で、この学校の立派な教師です。
担当科目は歴史。
彼女はもう何年もこの学校の教師として働いていて、地元の大学で歴史と哲学の講義をするうちのお父さんのことも知っているそうです。
「虹森さんがあの虹森教授の娘さんだったの?
お父さんはお元気?お父さんとはセミナーで何度もお会いしたわ。
いつも娘さんの自慢話してたんだけど、まさかそれが虹森さんだったとはね。」
っと学期の初めにあった先生との面談でお父さんとの知り合いであることを教えてくれた石川先生。
先生はうちのお母さんも一緒に3人で食事をしたこともあると話してくれました。
「虹森さんって本当にお母さんにそっくりして美人なのね。
これは確かに自慢したくなるかもしれないわ。」
「そ…それほどでも…」
っと引っ込み思案に人見知りの激しい私にすごく親しく接してくれた先生。
私は去年、あの家でトラウマを作ってきた私の治療のために私の面倒を見てくれたカウンセリングの先生のことを思い出すほど、彼女に随分心を許してしまうようになったのです。
それほど彼女には他人の心を開いて、その懐に潜り込む特別な才能がありました。
先生のおかげで、私はなんとかクラスに馴染んで、無難な高校生活のスタートラインを切ることができたのです。
そして彼女はなんと例の「石川金剛」の実の母親、つまり彼女の家族だったのです。
実際、お二人の見た目は親子だけのこともあって、瓜二つと言ってもいいくらいにそっくりで、アーティストとして名高い石川さんと同じく石川先生も芸術にそれなりに嗜みがあるそうです。
両方ともとてもきれいで、各々の分野で頑張っている努力家ですが、残念ながらお二人の仲があまり思わしくないというのは世間でよく知られていることでした。
天才画家の娘さんの石川さん。
彼女には子供の時、両親に置いて行かれたという辛い過去があって、そのことを石川さんの方もちゃんと認識しているらしいです。
才能ある石川さんが幼馴染であるあの速水さんと一緒に都会に出た途端、急にグレて筋金入りの不良になったのが不幸だった幼児期と関係があって、その中心にいるのが母親の不在、石川先生が家を出たことだそうです。
だから未だに石川さんはお母さんのことを受け入れてなくて、先生の方も特に彼女に関わらない態度を取っている感じ。
私から見た石川先生はとても優しくていい先生で、きっとなにか事情があるんじゃないかと思うのですが、
「いいですか?みもりちゃん。大好きな先生のこととはいえ、あくまで他人の家庭の事情です。
それはとてもデリケートな問題で、よそで勝手に口出ししてはならないことです。
いくらみもりちゃんが純粋に先生のことを心配して行動したとしても、他人から見たら単なる興味本位に過ぎなくて、本人たちにはすごく迷惑がかかりますから。
周りのことに一々首を突っ込んだらきりがありませんし、副会長の時みたいにうまくいくとは限りませんから、今はそっとしてあげましょう。」
っとこれ以上、先生と石川さんのことに首を突っ込むのは止めなさいと言ったゆりちゃん。
それは言い返せないほど正しい正論で、私はそうするって約束しましたが、
「でもやっぱり気になるよ…」
私はやっぱり自分の大好きな先生にはもっと笑顔でいて欲しかったのです。
私のお母さんは元水泳選手で、金メダルを獲得したこともあります。
引退後は育児と共に市役所で働いて、今は博物館の役人で勤務をしているお母さんはいつも優しくて責任感の強い自慢のお母さんでした。
遠足の日には必ず私はもちろんゆりちゃんの分まで手作りのお弁当を作ってくれて、どんなに忙しくても家族との時間を大事にしたとても家庭的な人で、私はそんな優しくてきれいなお母さんのことが子供の頃からずっと大好きだったのです。
皆がうちのお母さんみたいな人になれないのは承知の上ですが、私はやっぱり大好きで尊敬する石川先生にも同じ親子の絆を感じて欲しかったのです。
火邑さんはあの石川さんとそっくりな石川さんの姿に動揺しました。
似ているのは顔だけで、不良で怖そうな石川さんとは真逆の優しい性格を持っている先生であることは彼女もよく知っていましたが、それでもおのずから気になるようになってしまうことは仕方がないように、私には彼女の姿がそう見えました。
「今日は告知した通りにドキュメンタリー映画の感想をします。
見たら感想文も書いてもらうから寝ちゃダメよ?」
「えー」
明るい表情で教室に入ってきた石川先生。
その弾けるような温かい明るさに教室の雰囲気は一段と緩くなりましたが、
「皆、あまり好きじゃないかな…」
どうやら他の皆は今日の授業内容があまり気に入らないらしいです。
今日の授業は事前に伝えられた通りに劇場で上映されたこともある有名なドキュメンタリー映画を見ることになっていますが、年頃の女の子たちには少し退屈に感じられたように、大半の生徒たちはあまり楽しんでいないような反応を見せたのです。
「もっと楽しそうなものにしましょうよー先生ー」
っと年頃の女の子たちなら普通に言いそうな不満を表しながら、ジャンルの変更を求める皆に、
「じゃあ、次はもっと面白い作品にするから今日はこれにしない?
それに意外と面白いかもしれないよ?一応先生のお勧めの作品ですから。
感想文のことは一旦忘れてもいいから。」
先生はそう言いながら、皆で一度でもその映画を見ることを勧めました。
そんなに年が近いってわけでもないのになんという親密感。
その溢れんばかりの親しみに引っ張られた皆はいつの間にか先生のお勧めの作品を先生と一緒に見る決心をして、
「結構面白かったわね。」
「そうね。」
それが見終わった時は割と素直な感想を述べるようになっていました。
自分一人だけ浮かれていたのではないかと、変と思われているのではないかと、本当はちょっとだけ気にしていましたが、今になったはもうなんとも思わない。
私はただ自分の好きなものを先生や皆と共有できたと思ってこっそり喜んでいるだけでした。
たとえそれを先生が言葉で教えたわけではなくても、単純に私はその事実が嬉しくて仕方がなかったのです。
そんな私の嬉しいという気持ちと関係なく、
「どうしたの?虹森さん。なにかお悩みでもあるのかしら。」
私は私のことを気にかけた石川先生に職員室まで呼び出されました。
「先生、虹森さんなら絶対喜んでくれると思ったのに…どこか体調でも悪いの?
一緒に保健室にでも言ってあげようかしら。」
「あー…そういうんじゃないですけど…」
っと私のことを心配そうに見つめる先生に私はなんと説明したらいいのか、ただ困惑しているだけでした。
自分でいうのもなんですが、私は自分のことをそこそこ優等生だと思っています。
勉強も頑張っていて、特に問題を起こしたこともありません。
特に目立つところはありませんが、身嗜みにはそれなりに気をつけていて、眉目秀麗と言わないまでも品行方正とは言えるんじゃないかと思います。
ゆりちゃんの場合は、中学校の時はたまに突飛な行動をして事件やちょっとした問題を起こして生徒会長という立場にも関わらず割と問題児と認識されましたが、基本は真面目で不良というわけではなかったので特にひどく叱られたりしたことはありません。
そして生徒会長のゆりちゃんにいつも振り回されてゆりちゃんが起こしたトラブルの中心にいた私もまた目を離さなければならない存在と認識されてましたが、それはあくまでゆりちゃん絡みのことの話で普段目をつけられるような行動は絶対しなかったと自身を持って言えます。
そんな私がまさか大好きな石川先生に職員室まで呼び出されたことはさすがにちょっとショックでしたが、
「でもあまり授業に集中できなかったのは本当だし…」
私はこうなるのも当然だと、不誠実だった自分のことと呼び出された理由について納得しました。
だって…
「まさかこれくらいのスキンシップを拒んだりすることはありませんよね?みもりちゃん…❤」
授業中のゆりちゃんから仕掛けられたイタズラ、主にセクハラと言ってもいいほどの性的なイタズラを耐えきるのはなかなか骨の折れることでしたから…




