第116-4話
「お帰り!ゆりちゃん!」
「ありがとうございます。」
レッスンの後、部室に集まって皆で盛大に開いたパーティー。
それは無事にゆりちゃんが学校に戻れたこと、そして私達の日常を守れたことへのお祝いだったので私はより特別に感じていました。
そして
「ようこそ!アイドル同好会へ!」
このパーティーはゆりちゃんの正式な入部のお祝いも兼ねる特別な歓迎会だったのです。
「私はみもりちゃんのマネージャーですから。もうアイドルにはなりません。」
何度も私から同好会のことを誘われたゆりちゃん。
でもゆりちゃんは生徒会のことや忙しいことを理由に同好会でのアイドル活動を次々と断りました。
アイドルが嫌になったわけではない。そして忙しいのも事実であることをゆりちゃんのことを傍でずっと見てきた私はよく知っています。
でもそれだけではないって心のどこかで自分は薄々感じていたのです。
この前、ゆりちゃんは私にこう言ってくれました。
「私はただ怖かったです。」
自分はただ怯えていただけだと。
「あの時、みもりちゃんにアイドルを勧めたのは私。
お義母様からの町興しの企画のこともありましたが結局最後にみもりちゃんの背中を押したのは私ですから。」
だからアイドルができなくなって悲しんでいた私に合わせる顔がなかった。
過去の記憶にとらわれてあの時のすべてを自分の責任だと思っていたのは私だけではなく、ゆりちゃんもまた同じ理由で苦しんでいたのです。
過ぎたことにあまりこだわらないゆりちゃんにしては珍しいことでしたが一つだけ、私絡みになったら異常なほど執着してしまうゆりちゃんの性格のことをよく知っていた私は
「ごめんね。気づいてあげられなくて。」
ただそうやってそっと自分の中にゆりちゃんの小さな身体を抱き込むだっただったのです。
あの時、小さなゆりちゃんは私にこう言いました。
「わたちはみもりちゃんにアイドルになってほしいでちゅ!」
アイドルになってステージの上で歌って欲しい。世界の誰より輝いて欲しい。
そしてその輝きを真っ先に、一番近くで自分に見せて欲しい。
その一言があったからこそ私はようやくアイドルへの初めての一歩を踏み出すことができたのです。
私だって最初は特に超一流アイドルになるぞ!とかの大層な目標とかあったのではなくただ大切な幼馴染に喜んでもらいたくてアイドルを始めたわけですから。えへへ…
「もちろん本人には絶対内緒だけど…」
ゆりちゃんのためのアイドルになりたかったって恥ずかしいから死んでも言わないんですが。
まあ、色々ありましたが
「ではよろしくお願いします。先輩。」
「はい♥ちゃんと受け取りました♥」
ゆりちゃんは無事に入部届けを提出できて
「良かったね、ゆりちゃん。」
「はい。みもりちゃんにもこれからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね。」
晴れて正式なアイドル同好会の部員となりました。
あの時、当然私達二人はまたアイドルができて喜んでいましたが
「また「フェアリーズ」のライブが見られて良かったです。」
やっぱり一番喜んでいたのはずっと私達のことを待っててくれたクリスちゃんだったと私はそう思います。
たとえ「フェアリーズ」ではなくてもまた歌えるようになった私達のことを心から喜んでくれたクリスちゃん。
その後、私はクリスちゃんにも他の部員と同様、掛け持ちの形で良いから同好会に入ってくれないのかと入部の勧誘を試みましたが
「お誘いはすごく嬉しいですが私には「Scum」のこと以外にも「神官」のこともありますから今回は見送らせてもらってもいいですか?」
残念ながら多忙なクリスちゃんはこれ以上の掛け持ちは少し厳しいと今回ばかりは断らせて欲しいと言いました。
それについてはすごく残念な思いもしましたが押し付けはよくないですから潔く断念した私ですがやっぱりクリスちゃんも一緒だったらもっと楽しかったなってついそう惜しんでしまうのです。
「はい♥召し上がれ♥マミーの愛情たっぷりの手作り料理はたくさんありますから♥」
「ありがとうございます、先輩。いただきます。」
ゆりちゃんの帰りを私以上で待ちわびていた先輩。
先輩は今日のためにゆりちゃんの好みの料理を調べて思う存分腕を振るい、
「はい、これ。とっておきのモリモリの隠し撮りコレクション。」
かな先輩はさびしんぼうさんのゆりちゃんを慰めるためにこっそり撮っておいた私の写真をー…
っていつの間にかそんなものを!?
「わあ♥ありがとうございます♥」
もらうな!
まあ、あんな感じでゆりちゃんの歓迎会だったはずのパーティーがなぜか途中からゆりちゃんを喜ばせつつどれだけ私を恥ずかしがらせられるのか大会へと変わりましたが
「まあ、でも嬉しそうだしいいか…」
私はやっぱり皆と笑い合っているゆりちゃんを見てほっとしてしまったのです。
「すみません、副会長。何日も席を外してしまって。」
っと謹慎中全く仕事に手を付けられなかったことについて謝るゆりちゃんと
「いいえ。全然大丈夫ですわ。」
特に気にする必要はないという赤城さん。
本当はここ数日間生徒会はとても忙しい一時を過ごしてゆりちゃんという貴重な戦力を失って非常に困ってましたが
「あなたは優秀ですがたまには休息も必要でしてよ?」
ゆりちゃんに気を遣わせたくなかった赤城さんはあえてそのことを言わないようにしてくれたのです。
「それにわたくしの自慢の妹も手伝ってくれたのですから。」
「えへへ…」
っと今日のゆりちゃんの歓迎会に快く参加してくれたクリスちゃんのことを微笑ましく見つめる赤城さん。
そんな赤城さんに大したことはしなかったと恥ずかしく笑ってしまうクリスちゃんでしたが実際クリスちゃんは見事にゆりちゃんの穴埋めをしてくれたのです。
「中学校の時は生徒会長だったし当然っちゃ当然かな。」
「できる妹ですわ。」
「えへへ…そうかな…」
っと二人のお姉ちゃん達に囲まれて思う存分可愛がられているクリスちゃん。
この中で一番先輩に近い成熟さを誇るクリスちゃんですがやっぱりどれほど時間が経ってもクリスちゃんは赤城さんとかな先輩にとって可愛い妹のままのようです。
「ありがとうございます、黒木さん。
私が学校を休んだばかりに大変なご迷惑を。」
「いえいえ。緑山さんのせいじゃないですから。」
そして自分の穴埋めしてくれたクリスちゃんにちゃんとお礼をいうゆりちゃんと力になれてむしろ嬉しかったというクリスちゃん。
その日以来、クリスちゃんとずいぶん打ち解けるようになったゆりちゃんは最近になっては割と素直に自分の気持ちをクリスちゃんに言えるようになってそんなゆりちゃんの変化をクリスちゃんはすごく喜ぶようになりました。
二人は結構いい感じで友達になってまるであの時の止まっていた二人の時間がまた動き出したようで私は二人の変化をこれからもずっと傍で見守ってあげるつもりです。
「やっぱりちゃんとお礼とかしたいな。」
そしてクリスちゃんにちゃんとした報いがしたいと思うようになった自分。
結局私はあの時、私達「フェアリーズ」を奮い立たせてくれたクリスちゃんになんのお礼もできませんでしたから。
だから何かしてあげたいと思ったのですが
「いいえ。私は憧れのみもりちゃんと緑山さんとお友達になれましたから。
それに「フェアリーズ」の歌がまた聞けるようになってもうそれで十分です。」
って感じでこれ以上望むことはないと肝心なクリスちゃん本人がそう言ってますから…
それにクリスちゃんって一応お姫様だから欲しいものは何でも手に入れるし果たしてクリスちゃんのために自分にできることなんてあるのかどうかってついそう思われて…
「ダメじゃない。みもりちゃんったら大切なお嫁さんのお祝いパーティーなのによその子を思うなんて。」
っと少し考え込んでいた私にこっそりと今に集中しなさいと注意する会長さん。
今日のパーティーにはなんと多忙で普段会うことすらまともに叶わない会長さんも参加してくれたのですがどうやら今の私の悩みが会長さんの能力である「心理支配」ってやらにバレてしまったようです。
「クリスちゃんのことが気にかかるのは分かるけど今はゆりちゃんが無事に帰ってくれたことを祝わない?
あんなに胸を焦がしながらずっと待ってた大切なお嫁さんでしょ?」
「別にそういうんじゃない普通な幼馴染なんですけど…大切っちゃ大切ですが…」
っと言っている私のことを「そうかしら」って仄かな笑みを浮かべて見つめる会長さん。
やっぱりこの考えていることが全部見られるっていう感覚ってちょっと苦手かもですね…
会長さんに悪気は全くなくて本人にはあまり制御できないって聞きましたがこういうの、やっぱりちょっと恥ずかしいっていうか…
って今のこれもやっぱり全部見られているってことなのかな…
「大丈夫。クリスちゃんだってああ見えても普通なJKなんだから欲しいものなんていくらでもあるはずよ。」
っと笑ってしまう会長さん。
きっと相手の頭の中が丸見えの会長さんにはクリスちゃんの欲しいものが何なのか答えはもう出ているはずですが私はあえて聞かないことにしました。
だってクリスちゃんは私達のために自分で考えて行動して頑張ってくれたから私達で聞かなきゃ意味がなくてあんな方法で答えにたどり着くのってやっぱりずるいと思います。
世の中結果だけが全てではないって「神樹様」は私達にそう教えましたから。
そう思っていた私に
「みもりちゃんってずるできないんだね。」
っと素直で可愛いわねっと笑ってしまう会長さん。
別にそこまで正直な人ではないと思いますが私はやっぱりクリスちゃんにちゃんとした報いがしたい。
だってクリスちゃんのおかげで私達の日常は守られたのですから。
ゆりちゃんならきっと私と同じ考えをしてくれると私はそう信じています。
「みもりちゃん。」
「ん?」
っとふと私の握って声をかけてくるゆりちゃん。
柔らかい手から伝わってくるグッとした力強い温もりにもうこんなに胸がいっぱいになってしまう。
私は多分ゆりちゃんが無事に帰ってくれてこうやって私の手を取ってくれたことに心から安心していたかも知れません。
長い間、ずっと一緒だったゆりちゃんならとっくにこんな私の気持に気づいて可愛いって思っているはず。
それはやっぱりちょっとだけ恥ずかしいですが
「ただいま。」
それでも私はゆりちゃんがこうやって私の傍に帰ってくれて本当に嬉しかったのです。
「うん。お帰り。」
二度とこの手は離さない。
そう心を決めた私は
「きょ…今日は特別だからね?」
ゆりちゃんの大好物のやつを自分のスカートの中から取り出してあげたのです。
***
「私の欲しいものですか?」
「うん…!何でも言って…!」
その後、私はちゃんとした願い事を聞くためにクリスちゃんの部屋を訪ねてきましたが
「ありがとうございます、みもりちゃん。でもそんなに気にする必要はありませんから。」
どうやら今回もクリスちゃんの欲しいものを聞くことは失敗のようです。
「本人が大丈夫と言ったんですからもういいんじゃないですか。
それ、普通に迷惑ですから。」
っとゆりちゃんには地味に怒られましたが私はやっぱり私達のために頑張ってくれたクリスちゃんに何かしてやりたい。
そんな私の気持ちをよく分かっていたゆりちゃんは
「分かりました…後で私からも聞いてみましょう。」
仕方ない人ですねっと自分からも聞いておこうとしてくれたのです。
もちろん今までとそう変わらない返答だったらしくて結局何が欲しいのか聞くことはできなかったのですが。
無事にゆりちゃんが戻ってしかも今は一緒に同好会でアイドルをやっている。
それなのに私は未だにちゃんとしたお礼もできず、ただ無駄な時間だけが過ぎている。
だから今日こそ何が何でも聞いてやると覚悟を決めたその時、
「じゃあ、みもりちゃんの夢を見せてくださいませんか?」
やっと聞くことができたクリスちゃんの望み。
それはなんと私達の夢に入って私達の夢を見ることだったのです!




