第116-2話
いつもありがとうございます!
あなたが私の名前を呼んでくれた時、私は自分が生きていることを実感する。
あなたが私を見て笑ってくれた時、私は自分がどれほど幸福に恵まれた人なのか自覚する。
そしてあなたが私のことを大好きと言ってくれた時、
「あなたのゆりはずっとあなただけを愛しています。」
私は自分の命をかけてあなたに尽くすと心を決めました。
いつかあなたはこう聞きました。
「あのね、ゆりちゃん。例えばあの時友達になりたいって言ったのが特に私でなく他の子だったらどうだったと思う?」
初めて友達になろうと声をかけたのが自分ではない他の子だったらこんな風に仲良くなれたんだろうと私を探ろうとしたあなた。
すでに過ぎた過去の話にしかならないその質問を私は実に愚問だと思いましたが
「ど…どう?」
その例えばの話にもあなたはなぜかソワソワした不安な顔をしていました。
私にだけは特別な存在としてあり続けたいというあなたの幼い気持ち。
たとえ過ぎたことにあまりこだわらない私としてもその質問に誠実に答えてあげなければならないという義務がある。
私はあなたを失望させたくなくてあなたのことが昔からも、そして今も大好きでこう答えました。
「それでも私はずっとみもりちゃんのことが大好きです。」
もしもの話にも不安な顔をしていた愛しいあなた。
期待外れの答えが出てしまったらどうしようと心配していた幼かったあなたの可愛さをゆりは今もよく覚えています。
「誰が先に声をかけたのかが大事ではない。
私はみもりちゃんを愛するためにこの星に生まれたと思います。」
その答えを聞いて「そうか…えへへ…ありがとう…」っと満開した花のように笑ってしまった愛しいあなた。
そんなあなたの笑顔が大好きであなたの体をギュッと抱きしめた私は
「私はずっとみもりちゃんと一緒です。約束します。」
そうやって一生あなたの傍にいることを誓ったのです。
「元気だった?ゆりちゃん。」
そしてあなたは寂しがる私を慰めるために私の夢にまで足を運んでくれたのです。
差し伸べられたその手から幸福を感じ、取り合った瞬間一気に私の体にあなたの気持ちが流れてくる。
二度と離さないと話しているように力強く私の手を握ったあなたは私と視線を合わせてその穏やかな声で愛の言葉を囁いてくれました。
「もう…いくら夢だからといって私へのセクハラは止めてよ…」
何でもいいからスカートの中に潜り込むのは止めさないと。
幻の百合花の庭。
地平線まで広がっているその果てしない幻想の中で再会した愛し合う二人。
たとえ体は離れていても心はちゃんと繋がっている。
黒木さんが用意してくれた大切な再会の場で私とみもりちゃんはそうやってお互いの手を握り合っていました。
「えへへーみもりちゃんがあまりにも可愛くてついー」
「ついって何だよ!」
やっとメイドのみもりちゃんのスカートから抜け出した私は早速みもりちゃんの右腕にくっついて足りない「みもりちゃん成分」の補給を始めるようになり、
「もう…甘えん坊さんなんだから…」
そんな私のためにみもりちゃんは快くより体を寄せてくれました。
「よしよし。」
っと私の頭を撫でてくれるみもりちゃんの温かい手。
そしてほんのり甘くてふわふわな匂いが鼻をくすぐる。
どれほど時間が経っても私は相変わらずみもりちゃんだけの「可愛いゆりちゃん」のままのようです。
「いらっしゃい、みもりちゃん。待ってました。」
「クリスちゃん、こんばんは。今日もお邪魔するね。」
そして今夜も訪ねてくれたみもりちゃんのことを心から喜んで迎えるのはここのオーナーである黒木さん。
もともとみもりちゃん推しだった彼女は今夜もみもりちゃんが会いに来てくれたのが本当に嬉しいのかとびきりの笑顔でみもりちゃんのことを迎え入れたのです。
「今日も招待してくれてありがとう、クリスちゃん。」
「いえいえ、私が好きでやっていることですから。」
っと笑い合っているみもりちゃんと黒木さんはもうすっかり仲良し。
私がいない間、学校での二人のことが少し気になってはいましたが今はなぜか前と違ってそこまで心配してたりはしません。
「私と結婚して欲しい。」
あの日、一緒に歩いたバージンロード。
お互いの手を取り合って結んだ誓。
神の名のもとに私との一生の愛を約束してくれたみもりちゃん。
「私はみもりちゃんと緑山さんの幸福を心から願っています。」
そして私達のために一生懸命頑張ってくれた黒木さん。
みもりちゃん以外に誰も自分の心に入れなかった私が初めて受け入れた唯一の人物。
私は彼女のことを「友達」と認め、信じるようになったのです。
だからもう私が彼女のことを疑うことは一切ないと私自身はそう確信しています。
もちろんみもりちゃんのことだって信じてますがまだ完全に自分のものにするまでは安心できないというか…
「ど…どうしたの…?ゆりちゃん…目が怖いよ…?」
「あはは…」
そのうちもう一度あの屋敷に連れて行かなきゃといつの間にかそう思っている自分だったのです。
その後、私とみもりちゃん、黒木さんはいっぱいお喋りしました。
メイドのみもりちゃんのおもてなしを受けて香ばしい紅茶に美味しいスイーツまで添えて私達は話に花を咲かせました。
「それでね?ゆりちゃんがー」
「もう、いつの話をしてるんですか、みもりちゃんったら。」
「なるほど、そうだったんですね。」
なんの変哲もない私達の昔話などに興味津々に耳を澄ませて聞いてくれた黒木さん。
彼女は自分には知らない「フェアリーズ」の話を実に楽しそうに聞いてくれてつい私まで彼女とのお喋りを堪能してしまったのです。
今思えばみもりちゃんの前で随分はしたないところを見せてしまったと少し恥ずかしい思いもしてるのですが
「ふふふっ。すごいですね。」
笑っている黒木さんを見たら「まあ、楽しいですし良しとしましょうか」ってついそう思ってしまうのです。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、
「もうこんな時間。そろそろ夜が明けそうです。」
「もう?」
やがて夢のお茶会がお開きの時を迎えたのです。
「じゃあ、私はそろそろ起きるね。今日も本当に楽しかったよ。」
朝が早いみもりちゃんが先に席を立った時、私は突然押しかけてきた名残惜しさと寂しさに握っていて手をなかなか放せなくなってしまいました。
「ゆりちゃん…」
もうちょっとだけいて欲しいと言わんばかりにみもりちゃんの右手にしがみついていた私のことがどうしても気にかかったのかみもりちゃんもまた簡単に足を運べませんでした。
私のことがみもりちゃんにとってどれほど哀れで可哀想に見えていた自分には分かりません。
でもさぞカッコ悪い姿だったということには違いないでしょう。
それでもみもりちゃんはこんな私のことを子供っぽいとからかうこともなく
「今日はもうちょっとだけいようかな。」
ただいつもの優しい笑顔で席に戻って私の傍にいてくれたのです。
それからみもりちゃんはもう一杯お茶を飲んだ後、遅刻ギリギリまで私と黒木さんに付き合ってくれました。
特に変わった話をしたわけではありません。
でもそのなんともない普通な時間があまりにも大切すぎて手放したくなかった。
私にとってみもりちゃんと一緒に過ごす時間はそれだけで十分大切な宝物だったのです。
「じゃあ、また夜にくるね。」
登校のために別れる時はさすがに寂しくて涙まで出てしまいましたがその分私はみもりちゃんへの大切さに改めて気がつくことができたのでこれを機にもっと成熟になろうと心を決めたのです。
この寂しさも糧にして二度と選択を誤らない。何がみもりちゃんと一緒にいられる選択なのか賢明に見極めよう。
私達は二人で一人、一心同体だから。
私は多分あの時に自分も知らないうちに何らかの成長を成し遂げたかも知れない、今はそう思います。
そうやって自分に大丈夫だと何度も言い聞かせ、平然と振る舞おうとした私でしたが
「みもりちゃん…」
現実に戻ってしまったみもりちゃんの空いた席を見るのはやはり結構しんどいことでした。
その時、ふとこう思いました。
「もしかして理事長は私にこれを教えるために…?」
確証はありませんでしたが彼女ならあり得る。
でも彼女はいつか私にこう話しました。
「大切なものはなくなってからようやくその大切さが分かる。
ならなくす前にどう行動すればいいのか。
一番大事なのは物事に当たり前なことはないということで常にその大切さを正しく認識して感謝する気持ちを持ち合わせていること。
そうしたら自然とどう行動すればいいのか分かるようになる。」
この世に絶対も、当たり前なこともない。
形があるもの、ないもの、すべてがもろくて儚い存在に過ぎない。
だからその弱さに気をつけて最も正しい行動を取ること。
失ってからはもう遅いと理事長は私にそう話しました。
でもそれが単なる教師として、そして大人としての忠告ではないということを私はなぜか薄く気づいていました。
「大切なものはいつも失ってから気づくものだから。」
それが彼女の痛い経験による大事な教えであることを私は彼女の目に映った寂しさと悔いの影から覗くことができたのです。
「大丈夫ですか?緑山さん。」
っと落ち込んでいた私の手をそっと握りながら声をかけてくる黒木さん。
「少しは落ち着きました?」
相変わらず愛情に満ちた穏やかな目。
その目で私のことを見つめ、慰めてくれた彼女は指先で私の目元に付いていた涙を拭き取ってしばらくそのままずっと私と手を重ねてくれました。
手から伝わる温もり。
それに少しずつ心が和んでくることを感じた私は
「すみません…取り乱してしまいましたね…」
恥ずかしいところを見せてしまったと今の見苦しかった自分のことについて謝りましたが
「もう一杯いかがですか?」
そんな私のことを嘲笑うこともなく彼女はただ静かに私にもう一杯のお茶を勧めるだけだったのです。
言葉はなくても私のことを理解してくれる人。
まるで私の大好きなあの子のように私の心を支えてくれる彼女の後ろ姿に私の目は留まったままでしばらくそこから離れなかったのです。




