第113-2話
「ゆりちゃん…これ…」
「えへへ…いかがでしょうか…」
照れくさく笑っているゆりちゃん。
私にもう一つサプライズがあるとマッサージの後、部屋に私を連れて行ったゆりちゃんそうやって恥じらいながら新しい自分を披露してくれたのです。
でもそんなゆりちゃんのことがあまりにも可愛かった私は今の感想を聞くゆりちゃんの質問にしばらく答えられなかったのです。
いつか先輩が手芸部のすみれさんに頼んで作ってくれた制服風のノースリーブのワンピース。
私は晴れ渡るスカイブルー、そしてゆりちゃんのは爽やかな緑色。
二人一緒にお揃いの衣装を着て私達はすごくはしゃいでいました。
まるであの時に戻れたような懐かしい気分で今こうやってまた一緒にアイドルができたことが嬉しくて仕方がありませんでしたから。
地元アイドル「フェアリーズ」。
ふるさと振興課に勤めたお母さんの推進で二人で始めることになった初めてのアイドル活動。
ゆりちゃんと二人で一緒にステージの上でいっぱい踊って歌っていたあの頃の時間が大切過ぎて私はずっと心のどこかであの時の記憶を取り戻そうとしていました。
それだけ「フェアリーズ」の思い出は私にとってもかけがえのない宝物です。
「フェアリーズ」が「大家」、正確には御祖母様による妨害で解散になったのが知ったのは大人になってからです。
将来「大家」を継ぐ後継者候補の顔をあまり知られたくなかった御祖母様は当時私達が所属していた市役所を圧迫してもう活動できないように仕向けました。
それを知ったのは割と最近、つい去年のことです。
「あれは大母様のご指示でした。」
私の世話を焼いてくれたのは薬師寺さん以外にも何人かいましたが口を利くことを許されているのは御祖母様の右腕である薬師寺さんだけでした。
その時、薬師寺さんは「フェアリーズ」の解散が御祖母様の命令によるものであることを私に教えてくれたのです。
その時、私は気づいてしまったのです。
「フェアリーズ」の強制的な解散は全部自分のせい。
もう「フェアリーズ」の活動ができなくて悲しんでいたゆりちゃんにあまりにも申し訳がなかった私は心から自分の素性を恨むようになった。
「ごめんね…ゆりちゃん…ごめん…」
その夜、私は布団の中でずっと泣き続けました。
あの時、「フェアリーズ」の解散でずっと泣いていたゆりちゃんの顔がまぶたに張り付いて離れなくてそれが私の胸をひどく傷ませました。
全く無関係なゆりちゃんを巻き込んであんなひどい目に遭わせてしまった自分があまりにも情けなくて許せなかった。
一緒にアイドルをしてたのが私でなければあんな嫌な思いはしなくて済んだはずなのに。
その時に覚えた罪悪感のせいで私は結局最後までゆりちゃんと一緒にアイドルになろうとは強く誘えなかったのです。
それは私なりの気遣いであり唯一の罪滅ぼしでした。
でもゆりちゃんはこんな私にもう遠慮することはないと言ってくれたのです。
「あの時、もうアイドルができなかったのはとても悲しいことでした。
私はみもりちゃんと一緒にする「フェアリーズ」が大好きで歌っているみもりちゃんはとても幸せそうでしたからそれがもう見られないというのはとても悲しかった。
でもそれは決してあなたのせいではありません。」
だからもう自分を責めないで欲しい。
もう私に遠慮しないで欲しい。
そう言ったゆりちゃんはそっと手を握ってもう一度私に聞きました。
「みもりちゃんはこれから私にどうして欲しいですか?」
もう自分の気持ちに素直になって欲しい。
ゆりちゃんは私にもう自分に何も隠さないで欲しい、そう言ってたのです。
ずっと隠していた一言。
もう君を傷つけたくないという自分なりの君への気遣いがむしろ足枷になって私達を縛り付けている。
もう自分の希望でゆりちゃんが傷つくことは嫌だからこれからずっと一人だけのものにしようとしてたのに。
「…もう一度私と一緒に歌って欲しい…」
そう言われたら私、やっぱりこれ以上はもう隠せないよ、ゆりちゃん…
涙で詰まった声でやっと言うことができたずっと隠してきた一言。
胸の底から湧き上がる感情に抗えなかった私はありったけのワガママをゆりちゃんにぶつけてしまったのです。
あの時以上の迷惑がかかるかも知れない。もう悲しむだけで済まないかも知れない。
それでも私はやっぱりもう一度ゆりちゃんと一緒にアイドルがやりたい。
未練でも、往生際が悪いって言ってもいい。
私はゆりちゃんと一緒にあの時の続きがしたい。
「あ…」
気がついたら私はいつの間にかずっと胸の底にしまっておいた気持ちを全部吐き出した後でした。
でもそんな私のことをゆりちゃんは責めることなく、利己的とは言わずただ優しさに満ちた奥ゆかしい目で見つめているだけ。
そしてその答えとして
「私もずっとみもりちゃんと一緒にもう一度歌ってみたいと思ってました。」
ゆりちゃんがそう言いながら私の体を抱きしめてくれた時、
「取り戻しましょう。失ったあの時の時間を。」
私は止まっていたあの頃の時計がまた動き出したことに気がついたのです。
その時、かつて「森の妖精」「山の妖精」と呼ばれた二人の妖精は再び一緒に歌うことを決めました。
あの時とは違った強かな思いで、そして揺るがない絆で二度とお互いから離れることはないと約束して心を込めて一生懸命歌おうとしました。
少し遠回りして道に迷っても結局私達はこうなる運命だったと二人の妖精はお互いの顔を見つめ合っていっぱい笑い合いました。
神の元に一生の愛を誓ったようにもう一度一緒に歌うことを約束した私達は一晩中ギュッと手を繋いでいたのです。
そしてその翌日、
「本当に手だけ繋いで寝ちゃいました!」
私はせっかくのホテルでの一夜だったのに何もしなかったと自分を責めるゆりちゃんを見ることができたのです。
***
「あら。」
「会長?」
帰りの途中、偶然出会った二人。
「珍しいわね。まさかうみちゃんが夜遊びだなんて。」
「人聞き悪いですから。赤城さんも一緒だったの知ってますよね?」
「まあねえ。」
知っている上で意地悪な冗談で自分をからかうことがあまり気に食わないのか頬を膨らませてありったけの不満を表すうみ。
普段人前でああいう姿は決して見せないがうみは今自分の目の前にいる彼女、生徒会長のセシリアだけはみらいと同様、特別として扱っていた。
白金のような気高いプラチナブロンド。
カチューシャの形で結んだ三つ編みの髪型と白い手袋はもう立派なトレンドとして年頃の女性の間で多くの人気を得ている。
モデル並みの抜群のバランス。そして大人気アイドル「Fantasia」のリーダーとしての圧倒的な存在感はそれだけで彼女を最高級の商品としての価値を与え、彼女はもはや単なる「個」ではなく数多な商品価値の集大成と呼ぶに値する。
だがその神秘的な金色の瞳、人の心を見抜く「神眼」の中に宿っている無邪気で一筋の優しさだけは到底彼女を「頂点」として感じさせないほど普通なものであった。
自分と最も似ている存在。まるで鏡の向こうの自分を眺めているような感覚。
違いといってもせいぜい子供の頃からずっと売れっ子だった自分とは違って彼女がトップアイドルとしてアイドル系の絶対王者になったは割と最近のことであること。
それ故にうみは彼女に人並み以上の親密感を抱え、彼女を特別な存在として認識していた。
同じ相手、みらいのことを特別に思っている二人はかつてお互いのことを人生の中で初めて会った恋敵として認識していた。
だが今の自分は恋敵と言うほどでもないということをうみはあまりにもよく知っていた。
みらいに再び歌を歌わせるために学校の敵となった以来、自分は明らかにみらいの関心から離れていると彼女はずっとそう思い込んでいる。
実際みらいのうみへの思いは前よりずっと大きくなっていたがうみはそれは決して思わしくないと必死でその思いを拒み続けてきた。
だから今はセシリアの方がずっとみらいに近いとうみは苦い思いを無理矢理に押し付けようとしていた。
「他の皆は?」
「中黄さんと赤城さんはデートで黒木さんは近くの友達の家で泊まっていくそうです。」
「そうだったわね。」
駅前で別れるようになった4人。
うみは1年生のクリスを目的地まで送ってあげた後、駅に戻って寮に帰るつもりだった。
「どうだったかしら。みもりちゃんとゆりちゃんは。」
っと自然と二人のことを聞くセシリアに自分が見てきたありのままのことを伝えるうみ。
「結構いい感じでしたね。二人共ドレス姿もすごく可愛かったし本人達も大喜びでしたから。」
「そう?良かったわね。」
「まあ、最後に虹森さんがキスもしてあげなかった時はさすがにちょっと焦っちゃいましたが。」
「みもりちゃんは恥ずかしがり屋さんだからね。」
「緑山さんが珍しく気にしてなかったみたいで助かりましたがいつもだったら絶対大騒ぎになるやつですよ、あれ。」
っと一時はどうなるかと肝を冷やすうみと違ってクスッと安心の笑みを見せるセシリア。
「今回はあまり自分の方から手伝ってあげられなかったから。それがずっと気にかかってね。」
っとやっと一息つけるという彼女の笑みがいつもよりきれいに見えるのはきっと気のせいだけではないかも知れないといつの間にかうみはそう感じていた。
「せっかくだし一緒に帰ろうかしら。」
「はい。」
っと駅まで少し歩くことにした二人。
魔界の大スターであるうみと神界のスーパーアイドルであるセシリアが一緒に並んで歩いているところを誰かに見られたら次の日に確実に新聞の1面に載せられてスキャンダルにでもなりうるが残念ながら二人にお互いへの恋愛感情は微塵も存在しないということは第3女子校の生徒なら誰でも知っている公の事実。
二人共初めて会ってからお互いがずっとみらいのことしか見てないということをあまりにもよく知っていた。
「ところで会長はこんな夜中になんのご要件で?」
「ちょっとゆりちゃんのことで理事長と話し合いたいことがあって外でお食事だったの。
車でおくってあげるって言ったけどちょっと歩きたくて。」
「そうだったんですね。」
っと今まで理事長の「朝倉色葉」と一緒だったことを知らせるセシリア。
表で手伝ってあげられなくても裏で何らかの形で生徒達のサポートをしている律儀なセシリアのことに尊敬の念を抱いたうみは
「お疲れさまでした。」
その一言で優しい生徒会長の苦労をねぎらってあげた。
本来なら退学のところをなんとか謹慎とオープンキャンパスの実行委員のしごとで済ませたのは確かに理事長の意向だったがなんとかゆりをみもりに早く会わせたくて彼女に謹慎の期間の見直しを要請したのは優しい生徒会長の気遣いでそのおかげでゆりは予定より早く学校に戻れることになった。
最初はあまり彼女のことが思わしくなかった。
「セシリアちゃん、いつも忙しいんですからちゃんと私が支えてあげなきゃ。」
っと自ら忙しいセシリアの身の回りの世話を担っていたみらい。
そんなみらいのことに
「私が傍にいるというのにいつもセシリアちゃんセシリアちゃんばっかり…」
自然とセシリアへの嫉妬の念を抱くようになったうみはかなり彼女のことを気まずく感じていたが決して嫌というわけではない。
むしろデビューからずっと売れてきた自分と違って度重なってきた苦難を見事に乗り越えたセシリアのことに尊敬心まで感じていた。
だからうみは内心彼女のことを認め、もうひとりのライバルとして認識していた。
だが今のうみの中でのセシリアという存在の意味は以前とは比べ物にならないほど大きくなっている。
「心理支配」のおかげで今回の派閥争いの内膜を全部知っているセシリアは最大の難関だったが
「みらいちゃんに話したらいはしないわ。大好きなうみちゃんが自分のためにあんなことをしたなんて言えるはずがない。
私はあの子を悲しませたくないから。」
彼女は自分からは何も言わないとうみに約束した。
「私はなぜあなたがあんなことを決めたのか分かっているからこそあなたの意思を尊重して言わないことにした。それだけ。」
あまりにも淡々とした反応。
だが心の中には嵐が吹き荒れていることをうみは彼女の激しい心臓の鼓動から感じ取ることができた。
それでもセシリアは自分が認めているうみの意思を尊重し、また彼女のみらいへの気持ちを分かっていたためああいう選択肢を取るしかなかった。
「ありがとうございます。」
セシリアさえいればみらいは大丈夫。
多少傷ついてもすぐ立ち直れる。
ただそう信じたかったかも知れない自分の心から結局目をそらしたうみはその一言を残して彼女の部屋から足を運ぼうとした。
その時、自分に向けたセシリアからの一言。
「でもあまり遠く行かないで。みらいちゃんはあなたのことが大好きだから。」
それを聞かされた時、うみは歯を食いしばって何度も自分の決心を固めるしかなかった。
それ以来、学校の敵となったうみ。
取り巻きの魔界の子達を除けばうみの味方は誰一人もなかった。
うみは孤独で苦しかったが一番彼女を苦しませたのはもう自分はみらいの傍にいさせてもらえないという現実。
みらいのない毎日はうみにとって単なる苦痛にしかなれなかった。
そんなうみの唯一の拠り所が恋敵と思っていたセシリア。
全部知っているからこそうみはセシリアに全部話すことができてセシリアもまたそんなうみのことを偏見なく受け入れた。
「この人、こんな人だったんだ…」
去年には知らなかった本当のセシリア。
外では大人気アイドル「Fantasia」のリーダー、「女王様」を演じていても彼女もまた自分と変わりのない多感な女子高生。
「心理支配」というぶっ飛んだ能力を持っていても彼女は心を尽くして自分に共感し、理解してくれる。
それに感動したうみは前より彼女のことを近く感じられるようになった。
実際
「さすが駅から近いからかラブホとかいくらでもあるわね。
ちょっと寄っていかないかしら。」
「…生徒会長ともなる人があんな冗談はどうかと思いますけど…」
二人の仲はこういうやり取りもできる付き合いまで発展していた。
日頃よくこういうネタのトークを好んでいるセシリアの性格のことをよく知っているうみは指であるラブホテルを指して少し休んでから帰ろうという彼女からの提案をきっぱりと断り、
「止めときます。お互い趣味じゃないと思いますし。
それともう少し生徒会長としての自覚を持ってください。」
「ななみたいなこと言わないで、うみちゃん。」
本当に大変なことになる前に自分から苦言を呈しておこうとした。
「でも私、うみちゃんなら一応ありかしら。」
「…聞かなかったことにします、今の…」
「うわっ、マジで嫌そうな顔。」
っとうみは本気で嫌がっていたが本当はセシリアのことを素敵なレディーとしてちゃんと認めている。
そればかりは嘘ではないとうみはそう思っていた。
「プラチナ皇室」の皇女として身分も確かで性格もいい。
今更ルックスの良さについてあげつらうつもりはなくて音楽的な才能、社会からの知名度、そのすべて彼女は持っている。
大好きなみらいの番として申し分ないと心のどこかでそう思ってしまうくらい彼女はとても魅力的な女性だとうみは内心彼女のことを認めていた。
ただ恋人になるとそれは話が別だとうみはきっちり線を引いていた。
「嘘じゃないわ。」
だが彼女の本当の強さはただ社会的な地位や高貴なお姫様という身分ではない。
「私だってうみちゃんのこと、大好きだから。」
彼女の本当の強さ、そして恐ろしさは
「か…会長…!?」
大好きなみらいにおっかないほど似ているその優しさであった。




