第110話
いつもありがとうございます!
二人で歩くバージンロード。
一緒に過ごしてきた時間と想いが重なってやがて誓いの赤い道を紡ぎ出し、私達を導く。
そこで待っているのは幸せに満ちた未来、そして変わることのない永遠の愛。
そんな未来へ向かって私とみもりちゃんはお互いの手を握ってその誓いの道を歩いていました。
決して離さないと自分自身に誓った手。
その小さな手から伝わってくる心が熱くなるほどの温かさと優しさ、何より自分への大きい気持ちに今でも胸が弾けそうにいっぱい。
それでも私は今この瞬間を一瞬たりとも見逃さないように気をしっかり保ちました。
白い扉を開いたその先に真っ直ぐと広がっている真っ赤の道。
たとえ祝福してくれる人も、私達の誓いを見届けてくれる人がなくてもその道を自分の大好きな人と歩けるならそれだけでいい。
みもりちゃんと一緒にこの道を歩いてお互いがお互いの愛の証明者となってあげればいい。
それ以上望むことはないと私は本気でそう思いました。
でも今は違う。
「おめでとうございます。お二人共。」
今はこんなにもたくさんの人達が私達のことを祝福してくれる。
それはまるで今の私達が周りから受けている信頼を代わりに物語っているような気がして私の心はいつの間にか忠実さに満ちていました。
予算の都合で黒木さんの司式以外は何も準備できなかったというみもりちゃん。
でも今ここには
「副会長…」
世界的なピアニストである副会長の旋律と
「青葉さん…」
伝説の「歌姫」、青葉さんの歌声があって
「かな先輩…」
ここでの全ての瞬間をカメラに収めるかな先輩の撮影技術と
「黒木さん…」
何より今から私達の愛を神の名の元に宣言してくれる黒木さんの一声がありました。
「ゆりちゃん。」
その全てが整った時、静かに私の名前を呼ぶみもりちゃん。
まるで天使のような輝く笑みで私と視線を合わせたみもりちゃんはこう言ったのです。
「私と結婚して欲しい。」
低くも、高くもない穏やかな音声。
そのほっとするような和やかな声で私の手を握って自分と結婚して欲しいというみもりちゃんの声に私は今まで堪えてきた感情がこみ上げて結局涙を流してしまいました。
たとえ本物の結婚式ではなくても私のことを受け入れてそう言ってくれるみもりちゃんのことが嬉しすぎてこの瞬間こそ自分の宝物であることを実感しました。
喉が詰まってせっかくのメイクが台無しになって皆戸惑いながらも笑ってしまいましたが
「緑山さん。あなたはみもりちゃんのことを自分の伴侶として迎え入れますか?」
私は自分にそう問いかける黒木さんの質問にはしっかり答えることができたのです。
あの時、黒木さんが自分のことをどう見ていたのか今もはっきり覚えています。
懐かしさと愛しさに満ちた慈愛の表情。
この前まであんなんに自分のことを嫌っていた相手に対してどうしてあんな顔ができるのか。
何より
「はい。」
自分と結婚して欲しいというみもりちゃんからの話に私がそう答えた時、彼女は今までの一番の笑顔で私達の契を喜んでくれました。
たとえ正式な式でなくてもここで私とみもりちゃんの心はちゃんとつながった。
もうお互いの手を決して離さない、何があってもお互いがお互いのことを守り抜く。
その一心でお互いのために、自分自身のために真っ白なウェディングドレスを身にまとった私達は無事に私達の愛情を「神官」である黒木さんの立ち会いの下で神の前に証明することができたのです。
舞い落ちる花びら。
祝福の旋律と恋の証。
その瞬間、世界の全てが私達の絆を喜んでくれたのです。
***
その日、彼女は笑っていました。
世界の誰よりも幸せそうに笑っていました。
きれいなウェディングドレスを着てみもりちゃんの手をギュッと握って一緒にバージンロードを歩く彼女は世界一の幸福な花嫁さんでした。
なんという至福の笑み。
真っ白なウェディングドレスに包まれてこの世で誰よりも幸せそうに笑っている彼女の姿はまさに理想のヒロイン。
栗色の髪の毛が真っ白なベールと相まって尊くて楚々な美しさを紡いでいる彼女の花嫁姿に私は心のそこから見惚れてしまったのです。
そしてその傍で彼女のギュッと握ってそんな彼女のことを愛に満ちた目で見つめているみもりちゃんもまたとても幸せそうだったのです。
緑山さんがあそこに行ってしまった日から数日前、突然私にバイトの話を持ち込んできたみもりちゃん。
みもりちゃんは最近ゆりちゃんが元気ないから景気付けてあげたいと相変わらずの緑山さんへの愛情を示してくれたみもりちゃんの気持ちを受け入れた私は学校から少し離れたところでこのレストランを運営している知人に連絡を入れて彼女に一週間の短期バイトを設けてあげることができました。
そして私もみもりちゃんと一緒にバイトの体験をやってみることにしたのです。
みもりちゃんは元気に、そして楽しく働いてくれました。
私達の主な仕事は殆ど雑務だけで特に大したことはやってなかったのですがどんなに大変でもみもりちゃんはいつも笑顔だったのです。
「私、バイトって初めてだからすごく楽しい。それに友達のクリスちゃんも一緒でもっと楽しい。」
っと終始私のことを「友達」と呼んでくれたみもりちゃん。
そんな大切なみもりちゃんのためにも今回のイベントはどうしても成功させたかったのです。
「良いんですか?みもりちゃん…やっぱり一週間分の給料じゃ足りないんじゃ…」
でもやっぱりそれだけの給料で式場を抑えてドレスを借りるには少々無理があったため、私は負担にならない範囲で今度は自分の方からみもりちゃんの助けになろうとしました。
「私、お金なら特に困ってませんし一応学校から布教補助金が出ているからそれならみもりちゃんのお力になれると思います。」
特に見返りが目当てってわけではないただ純粋にお友達のみもりちゃんの力になりたいだけの話。
無論「フェアリーズ」の限定グッズや使用済みのタイツなどがもらえたらすごく嬉しいのですがそれはあくまでちょっとした欲のだけでそこまでご褒美が欲しかったわけではありません。
「ええ…?なんでクリスちゃんがゆりちゃんみたいに私のタイツなんかを欲しがってるの…?まあ、別にいいけど…」
っとみもりちゃんが脱ぎたてのタイツをくれた時はさすがにこんなことにすっかり慣れっこになったことがすごく心配になりましたが
「みもりちゃんのタイツ…私の一生の宝物です…」
一度頂いたものは大切にするのが私のモットーなのでそのタイツは私の夢の中の宝箱に大事に収めることにしました。
「ごめんね、クリスちゃん。」
でもみもりちゃんは結局私から渡した好意のお金を受けないことにしました。
理由は単純。
「クリスちゃんの気持ちはすごく嬉しい。本当にありがとう。
でも私、ゆりちゃんにたまには良いからちょっとかっこいいところ見せたいんだ。」
いつも一緒にいてくれる緑山さんへの感謝。
そして彼女に好かれる相手としてたまにはかっこいいところでも見せなきゃというちょっとした責任感。
緑山さんに関することであればできるだけ自分だけの力でやり遂げたいと珍しく意地を張るみもりちゃんでしたが私はなんだかそんなみもりちゃんのことが眩しくてまともに見られない、そういう気がしました。
結局私はみもりちゃんのために何もしてあげられませんでした。
やったことはただ働き先の紹介と一緒にバイトをしたことだけ。
それでもみもりちゃんのために、そして緑山さんのために私は一人でこっそりみもりちゃん用のドレスを借りてななお姉ちゃん達に協力を求めました。
もっといい結婚式にするために、みもりちゃんと緑山さんにもっと喜んでもらうために。
真っ直ぐな直向きの想い。
そしてお互いのことを引き寄せ合う強い絆。
緑山さんは内心私や他の人にみもりちゃんのことを取られてしまうことを心配していましたがその必要は端からなかったと私はそう思います。
だって緑山さん、あなたはこんなにみもりちゃんに愛されているんですもの。
その証としてみもりちゃんは心を込めて彼女にそう言いました。
「私と結婚して欲しい。」
っと。
たとえそれが世間から思うそういう類のものではなくてもあの時の緑山さんは喜びの涙を流さざるを得ませんでした。
ずっとみもりちゃん自身に言ってもらいたかったその一言にどれだけの想いが詰まってどれだけの重みを帯びているのかお二人のことをずっと見守っていた立会人である私には分かる。
緑山さんはやっと自分の頑張りが報われたという実感がしたのです。
喜び合う彼女達のために私は神に仕えるものとして心を尽くして祈りを捧げました。
これからどんな困難があっても二人なら力を合わせてうまく乗り越えられる。
お互いを信じ、手を取り合ってどこまでも歩いてゆく二人の今後の道に祝福と幸せだけが満ちることを私は「神官」として、そして友人として心を込めて祈りました。
そしてそんな私の心に応えるようにお互いのことを絆を確かめ、永遠の誓いを結んだみもりちゃんと緑山さんは舞い落ちる花びらの中でしばらくそのままじっとしていました。
まるで今この瞬間を一生忘れないためにしっかり記憶に刻み込んでいるように静かに、でもより激しく心を燃やしていました。
青葉さんはななお姉ちゃんが弾くピアノの音に自分の声を乗せて一生懸命歌ってくれました。
お姉ちゃんは青葉さんとの打ち合わせもせず自分が知っている曲の中で最も今の二人にふさわしそうな祝福の曲を選んでピアノで弾いてくれてみもりちゃんと緑山さんの最高の瞬間を記録に残すためにかなさんは精一杯カメラで二人の式を撮りました。
皆の協力があってこそ、そして何よりお二人のお互いを考える大切な想いがあってこその最高の結婚式。
私はその全てに感謝の気持ちを捧げて心を尽くして素敵な二人の花嫁さんを祝福しました。
今私の前にいるこの至福に満ちた笑顔のお二人の恋を最後まで見守ってくださいますようにっと。
でもその時、私は急にみもりちゃんと緑山さんが私からずっと離れていくようなそんな気がしました。
お互いの顔を見つめながら笑い合っている二人が突然私とは別の世界に行ってしまったようなそんな異質な感覚。
一瞬自分の心の揺さぶりに気づいた私は早くそこから目をそらすことにしました。
これ以上その気持ちに触れたら二度とこちらの世界には戻れなくなりそうな確実な恐怖。
寂しいと思うその感覚はまさに自分の心の弱さの表しであり、まだ修行が足りないという証拠だと私はあえてその考えから身を引きました。
「これは私一人だけのものにしておこう…」
っと心に鍵をかけて二度とそれを見ないことにした自分。
でも私の解消できなかった迷いは少しずつ私の心を蝕み、やがて私の世界を全部飲み込んでしまったのです。
それに気づいたのはもう少し先のことでしたがあの頃の自分は何一つ分かってませんでした。




