第107話
いつもありがとうございます!
「楽しかったね~」
「本当です。」
映画が終わった後、私達は近くの喫茶店で先見た映画の感想を話し合うことにしました。
普段のゆりちゃんならあまり見ないはずの歴史映画。
それでもゆりちゃんは私と一緒にその映画を精一杯楽しんでくれたのです。
「「神樹様」の歴史にあんなことがあったなんて知りませんでした。」
「でしょ?」
「神樹様」となった救世主「光」が成した奇跡の歴史。
でもただ出来事に関した語るのではなく彼女と彼女の周りの人達、そして今まで出会ってきた人達との心理的な関係などを細密に描いたその映画はもういくつかのシリーズが出たほど大人気なんです。
私は歴史学者で地元の大学で教授を務める父の影響で子供の頃から歴史を学ぶことが好きでよく博物館や歴史館に連れて行ってもらいました。
無論ゆりちゃんは
「昔のことなんて私達には一切関係ありません。私はいつだってみもりちゃんとの未来だけを見ているだけです。」
って伝統を重視する「緑山」家の娘とは思えない発言でもっと楽しいところへ行きましょうって駄々をこねたりしました。
例外として地元にある「戦争記念館」にだけはよく一緒に行ってくれたんですが。
もちろん自分の家に全く興味がないってわけではありません。むしろ誇りまで感じているくらいですし。
ただ自分や私に関すること以外はあまり興味を持たなくてそれ以外はどうでもいいって思っていて今日みたいにそういう歴史的な意義がある映画なんて殆ど見ないから今日はちょっと珍しいなって思っただけ。
好みのジャンルにはこだわりがあって結構無頓着って感じでしたが。
でもそんなゆりちゃんが今日あの映画を私と一緒に見ることを決めた理由。
それはゆりちゃんが改めてこの平和な世界への感謝に気がついたおかげです。
様々な種族が混ざり合って共存できる平和な世界。
そこから自ずと湧き上がる神樹様への感謝。
ゆりちゃんはふとこの世界についてもっともっと知りたくなったと私にそう話してくれました。
そしてその思考の中心にいるのが
「もし黒木さんが駆けつけてくれなかったら私は自分がずっと間違った方へ向かって暴走し続けたのでしょう。
負ける気はありませんがもし一歩間違えると命まで危うくなる状況になりかねないというのは否めません。
そうなったら私は二度とみもりちゃんに会えなかったのでしょう。
私は彼女に感謝しています。」
ゆりちゃんのために去年の私と同じくわざわざあそこまで行ったクリスちゃんのことであることが分かった時は正直に驚いてしまったのです。
数日前まではあんなに嫌がっていたクリスちゃんのことに今はあんなに感謝の気持ちまで抱いて彼女のことを心から認めている。
その事実があまりにも嬉しかった私は
「ゆりちゃん、成長したね。」
っとそっとゆりちゃんの手を握ってあげたのです。
「な…なんですか…みもりちゃんの方がずっとお子様のくせに…」
もちろん素直に受け入れてくれるゆりちゃんではありませんでしたけどね。
「私がお父様のような世界政府の重役を目指したのはただ力以外の有効な手段があるということが分かったからです。」
っと去年、あの家から私を取り出すためにお祖母様と掛け合ったおじさんのことを思い出すゆりちゃん。
それまでゆりちゃんはなんでも力さえあれば大体は解決できると思う割と単純明快な子だったのです。
まあ、今だって全くそうじゃないっていうわけではありませんが…
「ん?なんですか?その目は。まるで私が今もそう思っているって語っているようですね。」
うん。実際そうだから。
でも今度のことで「神樹様」のことやこの世界のことをもっと知っておこうと決めたゆりちゃんはたとえおじさんと同じ位置の重役になってもおじさんのようにはできないということが分かった、私にそう話しました。
「お父様が何を考えて何を感じ、何のために働いているのか。
この世界のことを知らない限り私には到底その真似すらできない。
それを教えてくれたのが黒木さんだったのです。」
っともはやクリスちゃんに対して尊敬の気持ちまで表しているゆりちゃん。
ゆりちゃんは初めてこの共存の世界のために自分がやるべきことが何なのかそれを探すことにしたのです。
「あまり興味もなかった世界。
私はいつだって自分だけが一番でみもりちゃん以外は何も必要なくて価値もないと思っていました。」
「お…重いな…嬉しいけど…」
っと思っていた自分のために身を張って駆けつけてくれた子。
ゆりちゃんはその女の子を一人の友だちとして認めるようになったのです。
「私はみもりちゃんほどの篤実な人ではありませんから。
でも思えばみもりちゃんと一緒にいられることから「神樹様」のおかげで私はそんな当たり前なことすら分かっていなかったのですね。」
「ゆりちゃん…」
っとゆりちゃんは少しだけ自分の不甲斐なさを悔やんでいるように見えましたが
「でももう大丈夫です。だってみもりちゃんが私にそう言ってくれましたから。」
すぐ立ち直っていつもの満面の笑みを私に向けてくれたのです。
先程映画を見る前にゆりちゃんは私にこう話しました。
「私って今まで随分みもりちゃんに迷惑を掛けてきたことが今回のことで分かりました。
今まで本当にごめんなさい。」
っと私にやってきたことを謝るゆりちゃん。
でも私はなぜかゆりちゃんからの「ごめんなさい」ということがあまり聞きたくないような気がしたのです。
ゆりちゃんにはいつだって笑って欲しくて自分はそんなゆりちゃんのことが大好きですから。
「ううん。全然迷惑じゃないよ。だって私、ゆりちゃんのこと大好きだもん。」
だからそう言ってあげることにしたのです。
「ゆりちゃんが何をしても私だけは最後までゆりちゃんの味方になるよ。何があってもゆりちゃんのことを大切にする。
だからそんなこと言わないで。」
っとそっと抱いたゆりちゃんの体は喜びか、それとも感動のあまり感情が激しくなったか抱いている私だけが気づくほど微弱に震えていました。
「ありがとうございます…みもりちゃん…」
っと小さな声でお礼を言うゆりちゃん。
「「何をしても」…確かにそう言いましたよね…?♥」
「…別になんでもオーケーってわけじゃ…ってなに…?その目…」
でもその時、見せつけられた怪しげの目と突然強くなってきた私の体を抱えた腕の力に私はその一瞬で気づいてしまったのです。
「私…確かに聞きましたから…♥どんなことをしてもあなたは私のものになるって…♥」
「だから別にそんな意味じゃ…!っていうかなんかさり気なく内容変わってるじゃん…!」
自分はまた迂闊な発言でゆりちゃんの中の怪物を呼び起こしてしまったということを。
どうやら当分ゆりちゃんの暴走は止まりそうもありませんと私はそこで覚悟を決めなければならなかったのです。
***
「ゆりちゃん、お腹はどう?」
「そうですね。丁度夕食の時間ですし。」
「じゃあ、そろそろご飯でもしようか。実は私、ゆりちゃんと一緒に行きたいお店があるんだ。
ゆりちゃんの好きなものがいっぱいだからきっと気に入ってくれると思う。」
「みもりちゃんのお勧めのお店なら当然お供します。」
意外にちゃんとゆりのことをエスコートしているみもり。
普段そう見えないがやはりやるときはちゃんとやるしっかりした子というのを改めて認識することができた尾行の信号機トリオ、かな、なな、そしてうみの3人。
「さすがだね、モリモリ。ちゃんとエスコートしてる。」
「ええ…正直言うとわたくしは今までずっと虹森さんの方が緑山さんに振り回されているのではないと思っていましたのですが今の緑山さんの目…」
「ああ…あれは疑いの余地もない恋に落ちた乙女の目なのよ…」
ななだけではない。
周りの大体の人はずっとみもりの方がゆりに振られていると思っていたが実のところ、むしろみもりの方がゆりのことに関して圧倒的な優位を占めていた。
引っ込み思案で人の前に出るのが苦手なみもりはいつもゆりの言う言葉に従うだけで少し窮屈な子だと思われがちだがそれは誰にもみもりのことを取られたくないゆりの一種のワガママが反映されたことでむしろ皆の前にみもりのことを出したくないと思っているのはゆりの方。
それだけみもりに対する執着はゆりの方がずっと勝っていた。
無論本人には全く自覚なくてただゆりがそうしたいからそうするようにほっておく程度の大胆さえ持っているみもりのことを3人は改めて見直すことになった。
「意外にモテモテなんだよね、虹森さんみたいなタイプ。
普通だけど何か自然な魅力があるっていうか。」
「分かるーそれによくあるじゃん?ああいうタイプが一番最初に結婚しちゃうとか。
ラブコメなどで最後まで勝ち残るヒロインみたいなタイプ?」
「詳しいですわね、あなた。」
「まあ、漫画好きだし。」
その瞬間、全身を貫く鋭い視線。
その先には凄まじい殺気で3人が隠れている壁の方を鬼気迫った顔で睨みつけながら
「…みもりちゃんは誰にも嫁がせませんから…」
目で殺伐なメッセージを送っているゆりがいたのであった。
「あ…聞かれちゃったかな…っていうかやっぱり気づいていたじゃん…」
怯えてしまうかな。
「でも本人もこれくらいは予想していたはずですわ。一応明日から謹慎だし。
あ、レストランへ行くつもりのようですわ。
わたくし達も動きますわよ。」
「赤城さん、やる気満々じゃん…」
そんなかなとは違ってノリノリのななとそれを呆れたように見ているうみ。
だがうみは去年のことを思ったらこっちの方がずっと安心だと心からそう感じていた。
「もう二度とわたくしの前で彼女の話はしないでいただけますの。」
っとかなのことに関しては剥き出しの敵意を表したなな。
それが決して本気ではないということが分かっていたからこそうみは二人を手伝えないことにライバルではなく単なる友達としてずっと悩んでいた。
「先の映画、なかなか面白かったよね?」
「ええ。初めて見ましたが虹森さんっていい趣味ですこと。」
「他のシリーズも見たいよね。」
だが今こうやって何事もなかったように笑い合っているふたりを見ていたら心のどこかがほっとして思わず微笑みが溢れてしまう。
その湧き上がる喜びに有りたっけの心を込めて
「お幸せにね。お二人さん。」
祝福の一言を二人に送ることにした。




