第87-4話
いつもありがとうございます!
「前原さん…めっちゃ怒ったな…」
翌日。
私は昨日作ったお菓子を持って複雑な気持ちで同校しました。
気持ちを込めて一生懸命焼いた抹茶チョコクッキー。
お店で売っているきちんとした品にはまだ遠いですがそこそこの出来で味も良かったから
「美味しい!」
「すごいです!虹森さん!」
「うん!これなら緑山さんもきっと機嫌直してくれるよ!きっと!」
皆、こうやってすごく喜んでくれました。
「良かったですね。みもりちゃん。」
クリスちゃんだってこう言ってくれましたし自分なりにちょっと自身もできちゃいました。
でもその夜もゆりちゃん、夜遅くまで寮に帰ってこなくて結局渡しそびれちゃいましたね…
あの頃のゆりちゃん、なんだか毎日帰りが遅くなってまともに話もできませんでしたから…
帰ってくるのはいつも私が眠っている夜中で朝起きたらもう出て行っちゃって…
今思えばそれって全部今回の監禁…誘拐…
と…とにかくこの事のための下拵えだったようです…
「今日はこれでちゃんと仲直りしよう…!」
昨日は渡せなかったけど今日はバッチリ決めちゃおうっと張り切るあの時の私。
あの時は本当にゆりちゃんと仲直りしたいってことしか考えなくて一刻も早くゆりちゃんの笑顔が見たいと心から願っていたんです。
「いいですか?虹森さん。緑山さんご自身が虹森さんから愛されていると感じられるようにしてくださいね?」
そして再び思い出す前原さんの怒り顔。
あの穏やかでおっとりした前原さんがあんなにムキになって念入りしてくるとは全然思えませんでしたから。
「あははーどうしたの?しおり。そんなにムキになる必要はないじゃんー」
「あゆこちゃんは黙って!」
「え…?あ…うん…ごめん…」
まさか大好きな野田さんにもああいう反応だとは…
相身互いっていうか同じ境遇って感じているからかな…前原さんって妙にゆりちゃんの肩を持っているような気がするんですよね…
まあ、前原さんのことは差し置いても私は最初から全力で謝るつもりでしたけどね…
「あ…ゆりちゃん…」
教室に入ったら最初に見えたのは
「あら、みもりちゃん。ごきげんよう。」
いつもと同じ顔のゆりちゃんでした。
窓から差し込む日差しに照らされてキラキラ輝くきれいな栗色の髪。
サラサラなお尻尾とピョコッとしたお耳がすごく可愛くてその透き通った目でいつも私のことを傍からずっと見守ってくれた私の大切なたった一人の幼馴染であるその女の子はそうやって私に挨拶をしてくれました。
背が高くて色々ガッシリした気がして私のこと以外はあまり自分の感情を出さないため、たまに誤解されることもありますが根は優しくて正義感も強い私の自慢の幼馴染。
誇り高き「人獣」「馬の一族」であるその子は愛に満ちた温かい目で私を見つめていました。
「お…おはよう…!今日も早かったね…!」
相変わらずのギクシャクさに少し緊張はしてましたがそれでもちゃんと挨拶の返しができた自分。
それに気づかないはずがないゆりちゃんですが
「ええ。色々準備しなければならないことがありまして。」
平然と会話を繋いでくれるゆりちゃんでした。
久々のお話。
それがあまりにも嬉しかった私は
「そ…そう…!?やっぱり偉いね…!うちのゆりちゃんは…!」
思わず子供の時の喋り方になってしまいましたが
「もーみもりちゃんったら。」
ゆりちゃんはただ懐かしそうに笑ってくれました。
何日ぶりのゆりちゃんの笑顔。
相変わらずキラキラで可愛くてただ見るだけで心がこんなに満たされて…
特に不機嫌そうな様子ではなさそうだったので一先ず安心してもいいかなって思った私でしたが
「もう少し待っていてください♥みもりちゃん♥もうすぐ私達は永遠に一緒にいられるんですから♥」
その時のゆりちゃんは何かおかしいと心のどこかでそう感じてしまったのです。
「あ…!こ…これ…!昨日、皆と焼いたんだ…!」
その不安をごまかすためか急いで昨日焼いてきたクッキーを渡す自分。
可愛いラッピングもして心を込めて一生懸命焼いたこのクッキー。どうかゆりちゃんに気に入ってもらえたらいいですね。
「ゆりちゃんのことを思いながら精一杯焼いたの…!受け取って欲しい…!」
「私のために…ですか?」
少し驚いたような表情。
特別な日でもないのに私からクッキーがもらえるとはさすがに思えなかったように多少戸惑いを感じていたゆりちゃんでしたが
「ありがとうございます!みもりちゃん!すごく嬉しいです!」
最後にはとびきりの笑顔で私からのクッキーを喜んでくれました。
ほっとするほどいつもみたいな笑顔。この笑顔が見たくていつもより張り切った自分のことを自分で褒めてあげたい気分でした。
そんな私を遠くから誇らしく眺めている前原さんと目が合った時、
「あれ見て!虹森さんったらお嫁さんにクッキー焼いてきたって!」
「やだー可愛い♥」
既にクラスの皆に自分が注目されているって気が付きましたが
「えへへ♥みもりちゃん大好き♥すごく美味しいですよ♥みもりちゃんの腋の味がします♥」
その時は
「まあ、こんなに喜んでいるし…」
って感じで「まあ、いいか」って思いました。
怪しい食レポはいいとして…
でもやはり私はあの時気づくべきでした。
「ところで皆と言いましたがあの女もいたんですか?」
っとふとゆりちゃんにそう聞かれた時、
「え?クリスちゃんのこと?うん。クリスちゃん、ゆりちゃんに喜んでもらえると嬉しいなって言ったから。」
ただ喜んでいるだけではなく、もう少し賢明に行動するべきでした。
悪気があってわけではありません。
クリスちゃん、本当の本当に私とゆりちゃんの仲がもとに戻るといいなって心から願ってくれて私はその気持ちをゆりちゃんに素直に伝えたかったんです。
でも私は最後まで気づくことができませんでした。
「そうですか?別にいいですけどね。」
ゆりちゃんは前みたいにご機嫌斜めそうな顔もせずいつもみたいにニコニコの笑顔でしたし少しぐらいはクリスちゃんのことを分かってくれたかなって思いましたから。
でもそれはただ私が勝手に思い込んだ一人だけの感想で状況は一向に改善されてませんでした。
私はゆりちゃんのその笑顔の裏側に取り付いていた深淵までは見透かせなかったのです。
「直にみもりちゃんと私は一つになるんですから♥」
っとつぶやきながら微笑んでいるゆりちゃんの歪な笑みが少し不気味だと私は思わずそう感じ取ってしまったのです。
でも私は今は余計なことは考えるな、ゆりちゃんが笑っているから全部良しってことにしようと思考することを放り出してしまったのです。
これ以上、ゆりちゃんに不愉快な思いはさせたくなかったから今はただゆりちゃんに集中しようとしました。
あの時、自分にもっと賢明な判断ができたのならこんな悲劇は起きなかったかも知れないとこの期に及んでそう悔やんでいる情けない自分。
前だけを見つめて進むゆりちゃんと違って私は過去に囚われやすい性格だからこういう気持ちになるのは仕方がないと思います。
自分なりに頑張ってきたつもりですが未だに習性として取り付いた個性はなかなか剥がせないものだとつくづく思い知られました。
それでも私はゆりちゃんともっと会話してちゃんとしたけりをつけるべきでした。
もしそれができたなら…
「みもりちゃんのお豆さん♥なんというきれいな形♥色だってこんなに鮮やかで生き生きしているとは♥」
私はきっとこんな目に遭わず済んでたかも知れないのに…!




