第85話
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その後、予告通りうみは手始めに自分が所属している「合唱部」から神界出身の全生徒を強制的に追放し、あっという間に魔界関連の部を掌握した。
まもなく「合唱部」を筆頭にした巨大な魔界勢力は生徒会はもちろん理事会でも手が出せないほど急成長してしまった。
当然あいがいる「百花繚乱」も即対策を練り始め、あいを中心に神界の生徒が抵抗勢力として集まって学校は真二つに分かれてかつてこの星を滅びかけた大きな戦争のようにただ相手のことを倒すためにお互いを傷つける悲しい戦いを繰り広げるようになってしまった。
その後、うみの言った通りにみらいはそんなうみを元に戻すため同好会の活動を再開、今に至っては新しく加わった後輩達や友人達と一緒に頑張るようになったがあまりにも大きくなった事態、彼女の努力は実に微々たるものに過ぎなかった。
それでも諦めずに黙々と同好会の活動を続ける彼女のことを同じルームメイトのセシリアを含めた生徒会は全力でサポートし、最近そこそこの活躍ぶりを見せてもらっている。
先程伝達を受けた全ての部を統廃合して生徒会の下で管理すべきと主張した強硬派代表である副会長のななとチア部のかなを仲直りさせたという知らせはあいにとってもなかなかの衝撃的な話であった。
だがあいは知りたかった。
本当にみらいにうみがあそこまで自分を悪という汚れ役を背負うだけの価値があるのかと。
あいはあえてうみとのことをみらいに話さなかった。
この話を知っているのは恋人であるすみれと本人達だけ。
そして全員の頭の中が見えるセシリアだけであった。
「約束してください。このことを誰にも話さないと。」
部屋を出る直前のうみからの最後の言葉。
「特に先輩には絶対内緒です。」
うみは大切な人のために悪役を選んだ自分の選択を相手の少女に本気で知られたくなった。
「先輩は優しくていい人なんです。自分のせいで私がこうなってしまったという真実のことを知ったらきっと自分のことを責めつけてしまうのでしょう。」
それは彼女以外ならどれだけの友達が傷ついても構わないという反証。
だがうみはそうしてまでも彼女のことを守りたかった。
ただひたすら純粋で歪な愛情。
その静かに燃え上がる心の青い炎にあいはただそっとうなずくだけであった。
「なるほど。青葉なら十分ありえる。」
とはいえそれはあい一人で溜め込むには荷が重すぎ。
あいはたった一人、自分のことをありのままで受け止めてくれた恋人の鬼の少女にだけうみとのことを洗いざらい話した。
「一人でずっと頑張ったね、あい。」
あいの話を初めてから黙々と傾聴していたすみれは
「大丈夫、あい。私はあいがどんな選択をしたとしても多分それがあの時の最善だったと信じているから。私だけは何があってもあいの味方だから。」
本当のことを明かして自分のことを恥じらって、悔しがっていたあいの震える肩をそっと自分の中に入れ込んだ。
「でもこれはみらいがやらなければならない。青葉はみらいのことを信じてこんなことまでしたからみらいにはちゃんとそれに応える義務がある。きっとセシリアだってそう思っているからあまり自分から出ないと思う。」
っとまるで観望の姿勢を取ろうとする彼女のことに一時寂しいという気持ちもしたあいだったが
「でももしどうしてもあいが納得できないのならその時はあいのやり方で青葉を元に取り戻そう。
その時はぜひ私に協力させて欲しい。」
その言葉ですみれもまたこの学校のことやうみとみらいのことを心から気にかけている優しい人であることを改めて気づくことができた。
何より最後まで自分を信じ、味方にいてくれるというその言葉があまりにも嬉しかったあいは
「じゃあ…今日のすみれちゃんには後ろ穴…プレゼントしちゃおうかな…?♥」
また心のどこかのスイッチを入れることにした。
こうやってあいは自分なりに今の状況を打破するための手がかりを探し始め、手始めにたどり着いたのが今回の事件の原因の一つであるみらいのことであった。
あい自身も今の学校の状況は決して望ましくないと思っているようだがあいにはあいの事情があって今はこのまま進めるしかない。
ならせめて今の自分にできる精一杯のことをやろうと決めたあいはまずうみのアキレス腱であるみらいのことを調べることにした。
だが遺憾ながら肝心な本人はそのことについて何も知らなかった。
知らないところか自分のせいで今回の事件が起きたという自覚すら持っていない彼女を見て
「あ…この人は本当に周りから大切に守られているのね…」
そう思ってしまった。
うみのことであまり自分の方からみらいには接続しないようにしていたあい。
そんなあいの心が変わったのはすみれとのことがきっかけとなった。
「私、やっぱり皆にも今の私と同じ気持ちになって欲しいわ。」
よりたくさんの種族と交流し合うことで生まれるお互いへの理解。そして連帯感。
その絆の輪が広まれば広まるほど「神樹様」がこの地に成し遂げられたかった「愛が実現された世界」により近づくことができる。
正義が否定されることなく、お互いの多様性が尊重されて人が人として行きられる自由で愛に満ちた世界。
それこそかつて救世主と呼ばれた「光」、「神樹様」のたった一つの願いであった。
あいはこの世に生を受けた時、自分が授かった「愛」という一文字の名前にこの世界の最も偉大な根源が込められたことに大きな誇りを持っている。
そんな当たり前なことをあいはすみれとの出会いで気づくことができた。
「でも私はただ周りから守られるだけのクラスの中のお人形さんだから。見られるだけが私のお仕事。皆に信頼されてなんでも自分で進められるすみれちゃんとは住む世界が違う情けない人なの。」
だがあいは恐ろしいほど自分の立場をよく理解している子。
「黄金の塔」の中でやるべきの自分の役目が何なのかあいはよく知っていた。
「百花繚乱」の3席というゆうなよりも低いところにとどまっているのもそういう理由であった。
「どうせ私は何もできないただの箱入り娘…」
そう言いかけたあいのことを思いっきり抱きしめたのは
「そんなこと言わないで。あい。」
自分の言葉に自分よりも悔しがっている赤い目の鬼の少女であった。
「悩みなんていくらやってもいい。私、なんであいがそんなに苦しんでいるのかよく分かる。」
っとあいの苦しみに共感するすみれ。
その辺で既にあいは泣く寸前であった。
「たくさん悩んでたくさん迷って悔やんで泣いてもいい。でも自分のことを情けない人とか言わないで欲しい。」
どっしりした中。
触れ合った胸から熱い鼓動が伝わってきて弱っていた胸の炎に息を吹き込んでいるような気分。
まるで廃れ、倒れそうな自分を支えてくれるようにすみれの中は強くてとても熱かった。
「あいがどんなに悩んでも私がずっと付いているから。私だけは何があってもあいの味方だから。
あいは強い。きっとできると私は信じている。」
不器用な応援。
だがその言葉から一抱えの勇気をもらったあいは今自分だけの答えを探すために散々迷って悩んでいた。
「青葉さんのやり方では誰も幸せになれないわ。」
自分自身はもちろん周りまで巻き込んだ破壊的な計画。
当然その中心にいるみらいもまたその不幸の渦巻きの中に吸い込まれてしまう。
あいは初めてうみの計画は不幸と破滅しか産まないことを見通していた。
「でもそんなこと、青葉さんも承知の上のはずだから。だから私は彼女に何も言えなかった。」
それでもみらいの日常だけは取り戻してあげたかったといううみの気持ちもまたよく理解できたからそのまま彼女の好きな方にやらせたあい。
結局例のイジメ事件は自分がいる「黄金の塔」の子達の仕業で自分に少なからぬ責任があるので当時のあいが取れる選択肢はそれしかなかった。
だが今になってはもう少し賢明に対処できたかも知れないと一歩遅れた後悔を何度も噛み締めて味わうあい。
あいはまずうみが全員を敵に回すまで愛していたみらいという少女の内面に踏み込もうとしたが
「うみちゃんはとてもいい子なんです。」
みらいのその突然の言葉にあいは少し困惑するようになってしまった。
「それってどういう…?」
っと今の言葉の意味を聞くあいに
「本当のうみちゃんはずっと皆と仲良くなりたいと思っている優しい子なんです。」
みらいはただ自分が見て感じたありのままのうみのことを彼女に話した。
「今はちょっと道に迷っているだけで本当は皆を傷つけたりはしたくないはずです。
だってうみちゃん、いつもこう言ってくれましたから。」
入学してから自分に懐いてくれた可愛くて愛らしいおさげの青黒いの髪を持った眼鏡の女の子。
その少女は自分の夢もまた「先輩と一緒に皆と仲良くなりたい」とみらいに話した。
「だから私はもう迷いません。今度はちゃんとうみちゃんに自分の気持が届くように歌います。
あ、もちろん速水さんのためにも。」
真っ直ぐなきれいな目。
汚れなく燃え盛る聖火のようなすみれの熱い目とは違って穏やかで和やかに強い決意の光を放っているみらいの眼差しにふとあいは逃げてばかりの自分のことを恥じらってしまった。
立場、責任などに抑えられて未だに自分の心を確かめてない自分が彼女に比べて色褪せて見えて自分のことをみすぼらしく感じてしまった。
「私、やっぱり桃坂さんとは友達になれなそうね。」
「え!?」
そして突然湧き上がってきた嫉妬の気持ちと敗北感にふとそのような失言を本人の前で口走ってしまうあいであった。
「あ、悪い意味ではないわ。ただあなたのことが羨ましくなって妬んでいるだけ。」
「あ…!あ…!」
今の言葉によほど衝撃を受けてしまったのか言葉すら出てこないようなみらい。
そんなみらいに最後までちゃんと聞きなさいと言ったあいは
「だからもし私があなたみたいに自分に正直な人になったらあの時は私と友達になってくれないかしら。」
もう少し自分の心を向き合える人になって戻ることを約束した。
あいは確信した。
彼女の中には「愛が実現された世界」への熱望が強く生きていることを。
そうではなかったら今の彼女がうみのことをちゃんと見ているわけではないだろう。
それはあいにとって大きな発見であり、現状を打破するためのヒントとなった。
そしてそれはみらいにも同じだった。
うみとのことでただ怖がってばかりだったあいが真剣に自分からのうみの話を聞いてくれてそのことに強い意思を表明している。
まだすみれのこと以外の詳しい話はしてくれなかったがそれだけであいには自分と同じ望みが心の底に宿っているということを彼女は分かることができた。
どうやら状況は自分が思っているほど最悪ではないかも知れないとそう感じたみらいは
「よ…良かったら私の胸…吸ってみませんか?お近づきになった証で…」
早速上着を捲ってそのでっかい胸をあいの前に突き出した。
「ええ…?あ…そういえば桃坂さんって仲良くなるとすぐ赤ちゃん扱いするってセシリアが言ってたわ…」
「えへへ…まあ、皆さん可愛いですし…」
照れくさく笑ってしまうみらい。
そんな彼女が決して嫌いにはならなかったあいだが
「え…遠慮しておくわ…」
さすがに「黄金の塔」の首長としてそう軽々しく他人の体に手を付けたらいけないと判断してみらいからの試食を丁重に断った。
「さすがに桃坂さんはすみれちゃんの友達だし変な誤解はされたくないの…それに…」
うみのことも含めてまだ彼女に色んなことを隠しているあいは本当の意味で彼女との友好を築けなかったと思っていた。
「そ…そうですか…残念ですね…もうすぐ母乳パンパンなのに…」
「え…?」
だがさすがにそう聞かれた時、あいは自分の耳を疑わざるを得なかった。
「ま…まあ…また今度に…ね?」
「分かりました…」
そして本気でがっかりするみらい。
その辺であいは
「やっぱり何考えているのか全然分かんないよ…この人…」
何故みらいが普段皆から変人と思われているのか気づくことができた。
「じゃあ、夜も更けたことだしそろそろ寝ないとね?私はこの後も見回りだから部屋まで送ってあげるわ。
あ、分かってはいると思うんだけど今日のことは口外無用でね?」
「あ、はい。もちろんです。任せてください。」
っと今夜の出来事について一切口外しないことを約束するみらい。
あいは何故あの「ハイエルフ」のお姫様であるセシリアと伝説の「歌姫」であるうみにこの子が好かれているのかどんどん分かりかけてきた。
「桃坂さんって本当に人の心を和やかにしてくれるわね。」
「えへへ…そうなんでしょうか。」
まるで母親と話し合っているようなポカポカな気持ち。
先程の言動は差し置いても確かにみらいには人を引き付ける魅力があるとあいはそう感じた。
だが隠し事をしたのはあいだけではなかった。
「私をこの時代に送った理由、少しだけ分かりました。お母様。」
今回の見学の目的は「神樹様」のところに行ってその慈愛の心と彼女が成し遂げたかった「愛が実現された世界」の定義とその精神を学ぶこと。
だがみらいにとってはそれはただの見学にとどまらず、長い間お会いできた家族との再会の場でもあった。
この世界のどこから見ても必ず見える大きな桃の木。
それは人々に「神樹様」と呼ばれつつ、崇められ、敬われながらこの星の中心で全人類を温かい目で見守っている顕現した「神様」である。
その大きい木に刻まれた長い歴史と人々の思い、そして「愛」という精神こそこの星の最も偉大な根源。
未来から来た「未来人」のみらいはこの時代からその精神に何度も触れることができた。
「大丈夫です。この時代の皆も、この星のこれからも全部守ってみせます。
私だけではなく皆の力で。」
グッと握った拳。
握りしめたのは過去への悔やみではなくただひたすらの希望と勇気だけである。
彼女は自分の信念でこれからの未来を皆の力で切り開こうと心を決めていた。
「だから見守ってください、お母様。きっと上手くいくんです。」
そう言ったみらいの目にはただ遠いところから自分を見下ろしている大きな桃の木だけが映っていた。




