第8話 激闘! プラントドラゴン
「さすがに、入っただけですぐにドラゴンが襲ってくることはなかったか」
翌日の朝。ダンジョン領域に踏み込んで三十秒ほど探知を行ったユウは、警戒態勢を維持しながらそう結論を出す。
「一応大丈夫だと判明したわけだが、このまま普通に第三層まで素材集めに行くか?」
「いや、何があるかは分からんから、始末できるなら始末しておきたい」
「了解」
ユウの示した方針に、あっさり同意するバシュラム。
単に入っただけではギミックが起動しないというだけなので、難易度を横においておけば最初に潰しておくのは正攻法だと言えよう。
「で、どういうやり方で進めるの?」
「まずは、昨日の手順に従って、一番手近な建物の壁まで移動する。それまでにプラントドラゴンが出てくればそのまま対処、出てこなければティファを背負って壁沿いに上空まで飛ぶ」
「その間、私達がすべきことは?」
「まずは索敵関係の手札をできるだけ切っておいてくれ。その後、プラントドラゴンが出てくるまでは壁際の安全圏で待機、出てきたら小型ドラゴンやプラントドラゴンの蔓を射線が通る範囲で迎撃してもらいたい」
「OK。まあ、私達の攻撃だと、ドラゴンパピーはともかくレッサードラゴンクラスから上を一撃で落とせるほどじゃないから、せいぜい攻撃の妨害ぐらいしかできないけど」
「それで十分だ」
ベルティルデに問われ、予定している手順を説明するユウ。
その内容を聞いたティファが、不思議そうな顔で確認する。
「あの、ユウさん。壁際が安全地帯というのは、どういう事でしょう?」
「単純に、プラントドラゴン本体からは射線が通らないから、直接攻撃が飛んでこないというだけだ。常に安全という訳ではないが、少なくとも普通の防御で防げないような攻撃が飛んでこなくなる分、他の場所をうろうろするよりかなりマシなはずだ」
「なるほど、確かにそうですね」
ティファの質問に、昨日得た情報をもとに答えるユウ。
ユウの答えに納得するティファ。
いかにドラゴンと言えど、バシュラムやベルティルデの持つ防御手段をあっさりぶち抜いてくるような攻撃をポコポコ飛ばしてくるレベルの個体はそうそう居ない。
今回のプラントドラゴンにしても、本体はトライホーン・ドラゴディスよりかなり強いが、取り巻きの小型ドラゴンは同じサイズのワイバーンをタフにした程度でしかなく、攻撃自体はベテラン冒険者が防げないようなものではない。
さらに言えば、現在地である「堕ちた遺跡」表層には、バシュラムとベルティルデの脅威となりうるモンスターは出現しない。
なので、今回の場合壁際は比較的ではあるが安全圏となるのだ。
「それで、話を戻すが、俺はティファを背負って昨日と同じようにそこの壁にそって上空へ出る。ティファは攻撃と防御を頼む。指示がない時は自己判断でやってくれ」
「はい」
「プラントドラゴンだが、昨日見た感じでは、単純に大魔法を叩き込んで一発で終了とはいかんと思う。そのあたりの調査と考察も必要だから、少々長期戦になるだろう」
「分かりました」
ユウの指定した役割分担に、小さくうなずくティファ。
ティファを背負う都合上、ユウが攻撃に回るのは難しくなり回避能力もどうしても落ちる。
そのあたりがすべてティファにかかってくるので、今まで以上に責任は重大だ。
「ここで嬢ちゃんにチャージさせて、後で回収してぶっ放すってのはダメなのか?」
「チャージの確実性だけならその方がいいのだが、回収して飛び上がったタイミングを狙い撃ちされかねんのが難しいところだな」
「それに、集中してるときにいきなり担がれて飛び上がられると、心の準備をしていても暴発させてしまいそうで……」
「そうか。回収タイミングはまだしも、暴発の問題があるなら下手なことはできねえなあ……」
バシュラムの初歩的な疑問に対し、問題点を口にするユウとティファ。
二人の、それも特にティファの回答に納得し、それならしょうがないと納得するバシュラム。
安全圏でチャージしてから抱えられて飛び出すより攻撃にさらされながらチャージしたほうが暴発の危険性が少ないというのも妙な話だが、ティファのユウに対する依存心を考えればあり得ない話でもない。
「では、いくぞ!」
「はい!」
「ええ!」
「おう!」
ユウの号令に従い、気合の声を上げてダンジョンの奥へと進んでいく一行であった。
「! 来るぞ!」
「はいっ!」
目指す壁まであと数百メートルというところでユウが警告し、とっさにティファが防御魔法を展開する。
四人がティファの防御魔法に包まれた一秒後、光線ブレスが直撃する。
「やはり、何事もなく素通しという訳がなかったか」
「つうか、この火力を防ぐ手段なんてそうそうねえんだが、ティファの嬢ちゃん抜きでクリアできるのかこれ?」
「古巣からあと三人ぐらい連れてこればどうにかはなるだろうが、単独行動ではまず無理だな」
現在進行形でティファによって防がれている光線の威力を見て、感じた難易度を正直に言い合うユウとバシュラム。
根本的な話として、いくら小型とはいえ属性ドラゴンを取り巻きとして呼び出す時点で簡単な訳がないのだが、それを踏まえても今回のドラゴン戦はえげつない。
あくまでユウの肌感覚による概算ではあるが、単独で魔神を仕留められる種類の魔神殺しを四人も必要とするとなると、これまでのクリューウェル大陸の冒険者ではどう頑張っても無理だろう。
「……トライホーン・ドラゴディスがあくまでもレッサードラゴンだってのが、よく分かるわね」
ドラゴンの攻撃をしのぎ切り、大慌てで射線の通らない安全圏へ移動しながら、正直な感想を漏らすベルティルデ。
同じ光線ブレスでも、トライホーン・ドラゴディスのものはやりようによっては正面から防げるが、今回のものは手持ちの札では何をどうやっても防げる気が一切しない。
「あまりまごまごしていて、関係のない冒険者が流れ弾にでも当たったらことだ。できる限り手早く片をつけるから、打ち合わせ通りに援護を頼む」
「おう。嬢ちゃん背負って飛ぶんだから、無茶するんじゃないぞ」
「恐らく、いくらか無茶をせねば仕留められんだろうが、可能な限りは避けるつもりだ」
「ティファちゃんも、最悪の場合は周囲の被害とか考えずに、生き残ることだけを考えて動いてね」
「はい、分かりました!」
そんな言葉をバシュラム達と軽く交わし、背負ったティファが全力の防御魔法をかけるのを待って飛び上がるユウ。
ユウが飛びあがるのを狙い撃つかのように飛んできた光線ブレスが、間一髪のタイミングで二人が通り過ぎた後を焼き払う。
「ティファ、ここからあれを仕留められるだけの魔法をチャージできるか?」
「できますけど、かなり時間がかかると思います」
「どれぐらいだ?」
「多分五分ぐらいです」
遺跡の中心に鎮座する巨大プラントドラゴンを睨みながら、ティファに倒せるかどうかを確認するユウ。
ティファの返事に、思わず眉を顰める。
アクロバット飛行を行う人間に背負われた状態で、周囲に気を配りつつ防御魔法を維持しながらチャージを行うという悪条件を踏まえても、ダンジョンブレイクよりチャージ時間が長くなるのがどうにも腑に落ちなかったのだ。
「……余波を気にせず、あの一帯を更地に変えるぐらいのつもりでぶっ放すなら?」
「……それなら、何もなければ一分ぐらいで大丈夫だと思います」
妙に長いチャージ時間が気になって、倒せれば被害は問わない方針を告げると、ようやく現実的な数字が返ってくる。
「ならば、そちらで頼む。あのあたり一帯には現在誰も居ないし、あまりまごまごしているとむしろ被害が拡大しかねん。今回は俺が余計なことをしたのが原因だから、迅速に始末することを最優先で頼む」
「分かりました」
ユウの指示に、素直にうなずくティファ。
さすがに、体格のいい子供を一人背負って五分もドラゴンの攻撃をかわし続けるなど現実的ではないことぐらい、自分でも分かっていたようだ。
ティファの返事を聞き、やや距離を詰めるように飛ぶユウ。
それに反応するように、次々と出現する蔓と小型ドラゴン。
そのうちユウの後方に出現したものは、出現と同時にバシュラムとベルティルデの攻撃で沈む。
「あの二人に任せておけば、後ろから襲われる心配はほぼ無さそうだな」
「そうですね」
素晴らしい手際で撃墜されていく蔓と小型ドラゴンを見て、そう結論を出すユウとティファ。
さすがにドラゴンだけあって確実に一撃で仕留められるわけではないようだが、それでもすぐに戦線復帰はできない程度にはダメージを与えている。
とはいえ、それでも劇的に楽になる訳ではない。
正面百八十度の角度から来る攻撃だけでもなかなかの密度で、ティファの防御魔法と言えども全部食らってしまうとどの程度持つか怪しい。
が、ティファを背負っている以上、振り落としかねないような激しいアクロバット飛行など当然できるわけもなく、ついに回避しきれず小型ドラゴンが放った魔力弾を食らってしまう。
「くっ、当たったか! ティファ!」
「大丈夫です!」
「分かった! だが、さすがに数を減らさんことには厳しいか……」
どうにか体勢を崩すことなく被弾の衝撃をやり過ごし、現状を確認するユウ。
チャージ開始から約三十秒。位置取りを工夫して同士討ちを誘いながら逃げ回ってはいるが、予想以上のペースで増える取り巻きのドラゴンと蔓の数に、徐々に追い詰められている。
ティファの言葉を信じるならあと三十秒ほどだが、順調にチャージできているとは限らない。
長めに見てあと一分ほどは逃げ回ったほうが確実だろうが、そこまで逃げ切れる気はまるでしない。
反撃するにしてもティファを落とさないようにしっかり背負っている都合上、両腕を使う類の技は厳しく、かといって片手や口から撃ち出せる程度の気功弾ではドラゴンを落とすには威力が足りない。
「チャージをいったん止めて、攻撃しますか?」
「……その方が安全か……。二度手間になるが、頼む」
「大丈夫です。並列発動でやりますので、今までのチャージ時間は無駄になりません」
そうティファが言ったタイミングで、ブルーハートの本体部分が杖の先端から外れ、ティファの頭上まで飛び上がる。
そのまま、ティファの体がら漏れる余剰魔力をかき集める。
「えっ? ……ああ、うん、分かった。ブルーハートに任せる」
一瞬驚いたものの、ブルーハートがやろうとしていることを察し、全面的に任せることにするティファ。
魔力のチャージ自体は本体が杖から外れていても支障はないし、ブルーハートが集めているのはティファが制御できていない、つまりチャージに一切関係ない魔力だ。
ブルーハートが独自判断で行動しても、ティファの邪魔には一切ならない。
「……!!」
ティファの許可を得て、意気揚々と飛び立つブルーハート。
ある程度の高さまで飛んだところで、きっちり貯えた魔力を開放し、魔力弾の雨を降らせる。
破壊力より致傷力を優先した高密度の魔力弾は、ドラゴンたちの外皮をあっさり貫通し次々に致命傷を与えていく。
一通りドラゴンを制圧したところでユウの下に来るように高度を下げ、今度は収束した魔力光線を横に薙ぎ払って蔓の根元を焼き切っていく。
ブルーハートが分離してから十秒ほどで、取り巻きはほぼ全滅していた。
「……ブルーハート単体での制圧力を、甘く見ていたな……」
「……わたしもです……」
「次から、街中ではともかくこういう状況では、もう少しブルーハートに自由にやらせた方がいいか」
「そうですね」
珍しく、というより初めてユウたちの意にそう形で活躍したブルーハートに、口には出さないが内心で反省するユウとティファ。
相手は精神的には幼児と同じなのだから、やるなばかりではなくやっていいことや頼みたいことも言うべきだったのだ。
もっとも、過剰火力で張り切りすぎる傾向があるブルーハートを利用するとなると、ちょうどいい指示を出すのはなかなか難しいのだが。
「ティファ、チャージ完了まで、どれぐらいかかる?」
「あと三十秒ちょっとです。ごめんなさい、最初の見積もりは甘かったです」
「いや、お互いこの状況は初めてだ。それぐらいの読み違いは出て当然だ」
ブルーハートのおかげで一息付けたところで、状況を確認するユウとティファ。
実際のところ、ユウはユウで取り巻きの出現速度と密度を見誤っていたので、ティファだけの責任ではない。
「今回は読み違いが多い。念のためにもう少し長めにチャージを頼む」
「はい!」
「それから、何となくだが、少しばかり嫌な予感がする。どうにも一発で終わる気がしないから、無効化される前提で心構えをしておいた方がいい」
「分かりました!」
ここまでの流れを踏まえて認識を微修正し、再度心構えをするユウとティファ。
二人の心構えができるのを待っていたわけでもないだろうが、仕切り直しとばかりにプラントドラゴン本体からレーザーブレスが飛んでくる。
それをわざと大きく動いて回避するユウ。レーザーブレスを維持しながら次々に新しい蔓と小型ドラゴンを出してくるプラントドラゴン。
今までよりも速いペースで召喚される取り巻きだが、ブルーハートが出現直後に叩き落とすため障害らしい障害にはならない。
しかも、無限回廊の時にドロップアイテムの回収で苦情を受けたことを反省してか、たまに発生する取り巻きのドラゴンのドロップアイテムは撃墜してすぐに回収している。
なお、蔓に関しては本体の一部だからか、いくら倒しても何も落としてくれない。
もっとも、この手のボスの場合、取り巻きは仕留めた瞬間に消滅して何も残さないのが普通なので、一割に満たない確率とはいえ小型ドラゴンのドロップアイテムがあるだけましである。
そんな感じで安定したペースで第二ラウンドは進み、一分後。
「チャージ完了しました!」
予定より三十秒ほど長くチャージをしたところで、ティファが終わりの合図を送る。
ティファの声に何かを察したらしいプラントドラゴンが今まで使わなかった高密度弾幕を張るが、何らかのアクションが来ることを予想していたユウとティファが広範囲にイレイズを展開して消去する。
「撃て!」
「はい!」
弾幕が消えプラントドラゴンの動きが止まった瞬間、ブルーハートが杖の先端に戻る。
タイミングを計っていたユウがそれを見てティファに指示を出し、ティファが即座に魔法を放つ。
ティファが高密度の魔力弾をドラゴンに向けて放つと同時に、ブルーハートから別の魔法が飛んでプラントドラゴンを取り囲む。
ブルーハートの魔法が完成するのを見計らったかのようにティファの魔力弾が着弾、プラントドラゴンを蹂躙しながら周囲にすさまじい威力の衝撃波をまき散らそうとして、ブルーハートが作り出した魔力障壁に反射される。
それにより逃げ場をなくした衝撃波が再度ドラゴンを叩きのめすことで、更にダメージが大きくなる。
「……たしかこういう場合、『やったか!?』と言うんだったか?」
「分かり切ってる状況で無理に旗を建てなくてもいいと思います」
プラントドラゴンを覆いつくすほど大量に巻き上がる砂塵を見ながら、そんな茶番じみたやり取りをするユウとティファ。
物語ではよくある状況だが、相手の気が全く衰えていないのが一目瞭然の状況では、倒したと思い込むなどありえない。
「そろそろ来るぞ!」
「はいっ!」
砂塵に隠れたドラゴンから高エネルギーを察知し、警告の声を上げるユウ。
同じくドラゴンの動きを察知していたティファが、返事をしながらチャージを維持しつつ防御魔法を重ね掛けする。
ティファが防御魔法をかけ終えたところで、もはや何度目かもわからないレーザーブレスが飛んでくる。
レーザーブレスを回避したところで砂煙が収まり、まるでダメージを受けた様子がないプラントドラゴンが姿を現す。
「もしかして、効いてなかった……?」
「いや、違うな。恐らくダンジョンのルールによって瀕死になった時点でそれ以上のダメージを無効化され、そこから全快の状態まで回復されたのだろう」
ドラゴンの様子を見て怯えたようにそう呟くティファに、相手の状態から考察した事実を告げるユウ。
経験の浅いティファは気が付かなかったが、ちゃんとよく観察すればドラゴンの体に多数の不自然な点が発見できただろう。
あまりに大きなダメージを受けた場合、どれほど綺麗に治療しても治療直後は必ず痕跡が残るのだ。
さらに言うなら、一秒に満たない時間ではあるが、ユウはドラゴンの気が消えかかっているのを確認している。
あのサイズのドラゴンを一撃で消滅させるほどの大エネルギーが暴れた直後だと、ティファや鉄壁騎士団の見習いではノイズが大きすぎて察知できないが、ユウやフォルクぐらいの技量があれば相手が同等以上の技量で隠蔽を図らない限りはその程度で見失うことなどありえない。
「もう一回やっても、同じことになりそうですか?」
「無いとは言えんな」
「何度やっても復活されるんじゃ……」
「復活するとしても、せいぜい後二回といったところだろうな。いくらここが超大型の固定ダンジョンだといっても、あれだけ防御力も生命力も高い奴をそう何度も復活させられるようなリソースはあるまい」
ティファの不安を取り除くために、他のダンジョンの情報をもとにした予想を告げるユウ。
理不尽の代名詞のような存在であるダンジョンと言えど、ルールに縛られているのは変わらないのだ。
「そういうわけだから、復活できなくなるまで仕留めるぞ」
「はいっ!」
ユウが示した方針に、気合いの入った声で応じるティファ。
先ほどまでと同じように、取り巻きを減らすために再び分離するブルーハート。
こうして始まった第三ラウンドは、先ほどまでより圧倒的に優位なまま進んでいく。
(そういえば、回復が始まってすぐにもう一撃、致命傷になるぐらいのダメージを与えたらどうなるんだろう?)
そろそろチャージが終わるというタイミングで、ふとそんなことを思いつくティファ。
今回の場合、ダンジョンの挙動としては一度に与えられるダメージの上限を決め、それ以上は無効化した上でボスのドラゴンを完全回復している。
ダメージが無効化される時間がどれぐらいあるのかは分からないが、試してみる価値はあるはずだ。
「ユウさん、試したいことがあるんですけど、少しチャージ時間が伸びてもいいですか?」
「どれぐらいだ?」
「三十秒はいらないぐらいです」
「ふむ。……この状況なら問題なかろう。やりたいようにやれ」
「ありがとうございます」
ユウから許可をもらい、チャージを続行しながら術のアレンジを始めるティファ。
いろんな意味でこの状況に慣れ、集中が乱れなくなってきた影響もあり、魔力チャージの速度に一切影響を与えず術のアレンジが進んでいく。
(さっきみたいにブルーハートが衝撃を閉じ込めてくれるなら、威力は三割ぐらい減らしていいから……)
先ほどの状況を踏まえ、魔力配分をいじるティファ。
もともとあえてオーバーキル狙いで威力を設定していたので、余波になる分までダメージに加わると過剰すぎる。
先ほどの結果を見るに、三割減らして大体想定通りの威力となる。
その分と追加チャージの分を、かつて本で読んだミラースペルという術式に回す。
これはその名の通り、同時に発動した魔法を鏡のように写し取ってもう一度発動する術式である。
さすがに同じ威力でもう一度という訳にはいかず、魔力面でのコストパフォーマンスも非常に悪い術式なのだが、今回は復活直後に追撃を入れたらどうなるのかの検証であり、さらに言うならティファの場合、魔力は有り余っている。
当然のごとく、燃費については完全に度外視である。
(どれぐらい追撃のタイミングをずらせばいいか分からないから、とりあえず今回は一秒後に発動。威力が減衰する分は最初の魔法の残滓を回収してある程度補填……)
思い付きでやるにはやたら高度で複雑な術式を組み上げ、チャージ完了を待つティファ。
その間にも取り巻き召喚や本体からの攻撃は続いていたが、バシュラム達の援護とブルーハートによる遊撃がうまくかみ合い、ユウの元へと飛んでくる攻撃は本体からのブレスのみという状況になっている。
そんな状況では伸びるチャージ時間が三十秒だろうが一分だろうが関係なく、ほどなくティファの魔法が完成する。
「チャージが終わりました!」
「分かった。そろそろ次のブレスが飛んでくるから、それが終わったら撃て!」
「はい!」
ユウの指示に従い、ブレスのタイミングを計るティファ。
ティファがいつでも魔法を撃てるようにと、おとなしく杖の先端に戻ってくるブルーハート。
ブルーハートがドッキングした直後、プラントドラゴンから薙ぎ払うような動きで光線ブレスが飛んでくる。
それを相手の動きを予測しながら、意味不明な軌道を描く飛び方で回避するユウ。
ユウの動きについていけず、プラントドラゴンの最後のブレスは明後日の方向を薙ぎ払って終わる。
「今だ、撃て!」
「はいっ!」
ユウの指示に従い、アレンジした魔法を放つティファ。
先ほどと同じように、ティファの魔法が着弾するのに合わせて魔力障壁で相手を囲い込むブルーハート。
魔力障壁が完成すると同時にティファの魔法が着弾、炸裂し、先ほどと同じようにばらまかれるはずだった衝撃波が反射されて威力を大きく増幅する。
そこまでは先ほどと同じだが、プラントドラゴンを瀕死の重傷まで追い込んだ後の挙動が大きく違った。
先ほど同様に死ぬ直前でダメージを無効化し、全快まで回復しようとするプラントドラゴン。一秒後、約八割回復というぐらいのタイミングで、ミラースペルでコピーされた威力減衰なしの魔法が直撃する。
ティファの読みが当たったようでダメージが無効化されることはなく、そのまま再びドラゴンを瀕死の重傷に追い込む。
この後、ユウの予想通りもう一度プラントドラゴンの再生が始まったのだが、ここで術式を組んだティファ自身が想定していなかったことが起こる。
なんと、さらにもう一撃、ほぼ同じ威力の魔法がドラゴンに直撃したのだ。
言うまでもないことかもしれないが、ミラースペルの術式は一回しか発動しない類のものだ。
それがもう一度発動している時点でおかしいのだが、さらにおかしなことに全く威力が衰えていない。
そんな訳の分からない理不尽な現象に抗うかのように、プラントドラゴンが三度目の回復を始める。
この時点でユウの予想を上回ったのだが、残念ながら相手はティファである。
三度目の着弾からきっかり一秒後、さらにもう一度同じ威力の魔法が襲い掛かる。
さすがにこれ以上は復活できなかったようで、今度こそプラントドラゴンは跡形もなく消滅する。
この日、「堕ちた遺跡」がダンジョンとして出現して以来、初めて中枢への道を守っていたボスが討伐されたのであった。
「……なあ、ティファ」
ティファの魔法が終わって数分後。完全に土煙もおさまり、ドラゴンが完全に消滅したのを確認したところで、ようやく警戒を解いたユウがティファに声をかける。
「やっぱり変な挙動になってます……」
声をかけられたティファが、しょんぼりと肩を落とす。
「それはいつもの事だから予想はできていたが、一体何をしようとした?」
「えっと、ミラースペルっていう術式を組み込んだんですけど……」
「ああ、なるほどな。一回しか繰り返さないはずの魔法が、なぜか何度も繰り返し発動した訳か」
「はい……」
「だが、それだけではああはなるまい。ミラースペルで増やした魔法は、普通なら大きく威力が落ちる。威力減衰を補うための術式も組み込んでいたのだろう?」
「はい。魔力回収の術式を……」
ティファの答えに、一瞬眉をひそめるユウ。
ライトのような持続型の魔法で持続時間を延ばすためによく使われる術式だが、回収効率は悪く攻撃魔法の威力を底上げできるようなものではない。
例によって例のごとく何らかの変質を起こしているのだろうが、何がどう変質すればこんな物騒な魔法に化けるのかが分からない。
あまりの物騒さに、さすがのユウもいつも以上にむっつりした表情にならざるを得ないようだ。
「おい、ユウ。さっきブレスの後に何回も魔法が炸裂してたみたいだが、いったい何がどうなってんだ?」
「攻撃が完全に止まっているから、恐らくあのプラントドラゴンは仕留めたんだと思うけど」
「いつものパターンで、ティファが試しで撃った魔法がおかしなことになった」
戦闘が終わったのだろうと判断し、合流してきたバシュラムとベルティルデに対し、簡潔に状況を告げるユウ。
それを聞いた二人が、不思議そうな表情を浮かべる。
なお、バシュラム達がこんなに早く合流できたのは、直線距離ではそれほど離れておらず、ショートカットできる道を知り尽くしている二人にとってはまっすぐ行くのと大差ない位置だったからである。
このあたり、構造が不変のダンジョンならではの裏技だろう。
「そりゃあまあそうなんだろうけど、なんでそんな顔してんだ? あの種のボス相手に嬢ちゃんがおかしな魔法を作っちまうのなんざ、いつもの事じゃねえか?」
「今回はあまりに意味不明でな。あのドラゴンを一撃で仕留められる威力の魔法を一秒間隔で三回、最初の一撃も含めると四発叩き込んだ?」
「「はあ?」」
「ティファ曰く、ミラースペルと魔力回収を組み込んだそうだが……」
「専門じゃないから詳しい訳じゃないけど、確かその手の術式ってそんな恐ろしい効果はなかったわよね?」
「そもそも常識的に考えて、威力減衰なしで二回も三回も繰り返す術式なんて、エネルギーのつり合いが取れてねえにもほどがあるぞ。いや、追撃のたびに嬢ちゃんから魔力が出てたんだったら、無理とは言えねえか」
「えっと、最初に撃った後は、特にわたし自身が追加で魔力を消費したりはしてません」
「それはこちらでも把握している。だから、頭を抱えていたわけだが……」
出した仮説を全否定され、思わず頭を抱えるバシュラム。ベルティルデの方は、現実逃避をするように遠い目をしている。
「ティファ。そもそもなぜ、ミラースペルで追撃などという面倒なことを考えた?」
「再生中に追撃が入ったらどうなるかなって、ちょっと疑問に思ったんです。ただ、一回目の状況を考えると、魔法そのものに追撃する機能を付けたほうがいいかな、って……」
「ふむ、なるほどな。実験だから一回で十分だと判断してミラースペルを、減衰度合いが分からないから魔力回収を入れて防御を抜ける可能性を上げた、という訳か」
「はい。あんまり大きく威力が落ちてると、ダンジョンのルールで通らないのか、それとも単純に相手の防御を抜けなかったのかが分かりませんから」
ティファのやろうとしたことを理解し、一つうなずくユウ。
復活するたびに何十秒もかけてチャージするのはリスクも大きいので、できるだけ少ない手数で仕留めたいという考えは当然のものだ。
かといって、ティファの言うように、視界の悪さやブルーハートの魔力障壁の効果時間など複数の要因から、再生中の追撃は難しい。
だったら一回の魔法で二回殴ればいいのでは、というのは合理的な発想ではある。
「やろうとしたことは分かった。魔力回収については単純に効率が極端に良くなっただけとして、問題は一度だけのはずの追撃が三度も発動した理由だな。これが分からんと、下手に使えん」
「素直に考えるなら、普通に三回繰り返すように変質しただけなんだろうが、俺の勘だとティファの嬢ちゃんがこういう状況で使った魔法が、そんな単純な変質を起こすとは思えねえ」
「そうね。聞いている限りだと、とどめを刺すまできっちり繰り返したようにも思えるし」
「もしかしたら、ベルティルデさんの意見が正しいんじゃ……」
「だとしたら、とどめを刺したと判断している基準が分からんから、やはりうかつには使えんな……」
ユウの結論に、三人そろってうなずくティファ、バシュラム、ベルティルデ。
基準が単に生命反応が尽きるまでなら問題ないが、跡形もなく消滅するまでだったら目も当てられない。
ここのように仕留めたら自動的にドロップアイテムに化ける仕様のダンジョンならまだしも、ダンジョン外や死体を解体しないと戦利品を得られないタイプのダンジョンだと丸損だ。
「ティファ、言わなくても分かっているとは思うが……」
「はい。リエラ先生やフィーナさんに相談するまで、ミラースペルは封印します」
ユウの言いたいことを察し、素直にそう答えるティファ。
正直、ティファ自身も怖すぎて使いたくないのだ。
「では、奥に進むか」
「それはいいんだが、俺らはどうやって上に登ればいい?」
「上から縄梯子を下ろすから、それを上ってきてくれ」
「了解」
飛べない組のバシュラムにそう答え、ティファを背負って飛び上がるユウ。屋根に上ったところで、固定しやすい造形になっているところに縄梯子をくくりつけて、バシュラム達のところへ降ろす。
念のため途中で縄梯子が外れないように押さえていたが、普段は何をしても壊れないくせにこういう時だけ壁や構造物があっさり壊れるというダンジョンあるあるが発生することもなく、無事にバシュラム達も合流できる。
「あれか。ドラゴンのサイズを考えると、えらく小さいな」
上から中枢部への入り口を見下ろし、正直な感想を口にするバシュラム。
中枢部への入り口は、二人並べば武器を振るのに難儀する程度の大きさしかなかった。
「あれだと、ティファちゃんの魔法は防御魔法しか使えないわね」
「ですね……」
「今回はいっそ、攻撃はブルーハートに任せた方がいいかもしれん」
「「「えっ!?」」」
ユウの言葉に、思わず驚愕の声を漏らすティファ達。
今回多少名誉を回復した感はあるブルーハートだが、基本的にティファよりましなだけで攻撃力が過剰なのは変わらない。
調子に乗りがちなところや制御が効かないところまで踏まえると、むしろティファのほうがよほど信頼できるぐらいだ。
「……正気か?」
「一応はな。フォルクにも言われたのだが、否定ばかりではお互いいつまでたっても進歩がない。少しぐらいは腹をくくって任せることも必要だと思っただけだ」
「それはいいけど、この局面で?」
「この局面、とは言うが、このダンジョンはドロップアイテムが戦利品だ。解体を考える必要はないし、あの狭さならば『無限回廊』の時と違ってドロップアイテムがどこに行ったか分からなくなることもなかろう。火力過剰な点は不安ではあるが、それも極論、通路の崩落さえ起こさなければ問題ない」
「「なるほど」」
ユウの考えに、とりあえず納得するバシュラムとベルティルデ。
そんな彼らの機嫌を取るように、勝手に飛んで行ったブルーハートが何かを回収して戻ってくる。
「……、えっ、これって……」
「どうした、ティファ?」
「今、ブルーハートがあそこから拾ってきたんですけど……」
「竜玉か? 二つあるがどういう事だ?」
「分かりません。でも、大きさとかエネルギーとかを考えると、さっきのプラントドラゴンの竜玉なのは間違いないと思います」
「そうだな。……さすがに、今回の武器の強化には使えんか」
「ブルーハートの方も、今の段階では過剰だと思います。ただ……」
「ああ。次かその次には、こいつが必要になるだろうな」
ブルーハートが回収してきた大きな竜玉を手に、そんな結論を出すユウとティファ。
高位ドラゴンの第二の心臓とも真の心臓とも呼ばれ、本来なら一体に一つしかないはずの貴重品が二つ。
巨大なドラゴンなら二つあるというものでもないので、間違いなく何らかのイレギュラーが発生している。
なお、ブルーハートはプラントドラゴンの爪や牙なども回収しているが、今回は最重要かつ一番のイレギュラーであろう竜玉のみを優先して報告している。
「結局のところ、ユウの武器の素材は別に集めなきゃならねえわけか?」
「そうなるな」
「だったら、早くここの探索を終わらせてしまいましょう。まあ、今日一日で終わるかどうかは分からないけど」
「あっ、やっぱりすぐに終わらないかもしれないんですか?」
「そりゃ、今まで未発見だった『堕ちた遺跡』のエリア、それも恐らく中枢と思われる区域だからな。嬢ちゃんも『無限回廊』の初心者エリアで隠し通路を見つけた時、一筋縄でいかなかっただろう?」
「はい。すごく面倒な仕掛けが一杯あって、かなり時間がかかりました」
「今回もどっちかつったら隠し通路に近い形だったし、守ってたドラゴンがあれだったからなあ。初心者に発見される前提の『無限回廊』ですらサイクロプスみたいなヤバいのが出たんだから、今回はもっとえげつないか逆にあっさり終わるかの二択だろうな」
「うむ。個人的にはあれだけ面倒で理不尽な仕様だったのだから、あのドラゴンがこの遺跡の大ボスでこの先はすぐ終わってほしいが……」
バシュラムの判断に同意しつつ、個人的な願望を口にするユウ。
今回のようにきっちり討伐した場合、どのぐらいの周期であのドラゴンが復活するのか分からないが、下手をすると一度ダンジョンを脱出した時点でリセットがかかる可能性すらある。
それだけに、途中で補給に戻る必要があるほど深いのだけは、心底勘弁してほしい。
「因みに、食料はどれぐらい持ち込んでる?」
「四人の一週間分は用意しました」
「そういえば、ティファちゃんはあの鞄持ち込んでたんだっけ?」
「はい。素材いっぱい集めなきゃいけないからと思って、頑張って偽装しました」
ユウとベルティルデの質問に、正直に答えるティファ。
なお、例の鞄というのはブルーハートが勝手に付与魔法を魔改造して作った、容量無制限で中身の劣化を完全に防ぐファンシーなビジュアルのヤバい鞄である。
いろんな意味で自由に持ち歩けない代物なので、カレンやおかみさんに手伝ってもらって普通の鞄の内側に仕込んで偽装している。
ちなみに、実はブルーハートとはセットになっており、ブルーハートが回収したアイテムは距離に関係なく自動的にこのかばんの中に送られる。
ブルーハートなら格納だけでなく取り出すのも自由自在だが、現時点ではユウ達が誰もそのことを知らないため、わざわざヤバい鞄を持ち運ぶ羽目になっている。
「少なくとも飯の心配はいらんのなら、後は進むだけだな。気を引き締めていくぞ!」
「はい!」
「おう!」
「ええ!」
ユウの号令に気合とともに返事をし、中枢部へと進んでいくティファ達。
こうして、この一行が新たに歴史に名を刻むことになる世紀の大発見、その第一歩が踏み出されるのであった。
タイトル詐欺っぽいですが、今までで多分一番苦戦してるので間違ってないと一応主張しておきます。
なお、合計4回も復活したクソ仕様のプラントドラゴンですが、二回目の追撃でしばき倒されたときは蘇生回数を1D6で決めました。
つまり、出目次第では最大7回復活する、すなわち8回倒す必要があったという……