第7話 「堕ちた遺跡」再び
ずいぶん遅くなってしまいました、申し訳ない……
「そろそろ、装備を強化するための素材を揃えんとまずそうだ」
ダンジョンの大量発生から二カ月。出現済みダンジョンが八割がた攻略され、未出現のダンジョンもあと十カ所程度まで減ったある日のこと。
リエラのもとを訪れたユウが、いつものように頭の痛い話を持ち込んでくる。
「……それは、ユウ殿の武器ですか? それともブルーハートですか?」
「両方だが、現時点では俺の方がやや優先順位が高い」
「そうですか。それで、どのような素材が必要そうですか?」
「俺は専門外なので、そこを相談したい。感触から察するに、恐らく植物系素材を中心に多少ドラゴン系の素材というところではないか、というところまでは推測できているのだが……」
「なるほど、分かりました。少し確認してみます」
使っていたときに浮かんだイメージを伝えながら、外した装備を見せるユウ。
ユウの装備をじっくり観察して一つうなずくと、何やらレシピを書き始めるリエラ。
「ユウ殿の装備に必要な素材は『堕ちた遺跡』の第三層庭園エリアか、無限回廊の三十から五十層で集められるものです。ドラゴン素材も混ざりますが、トライホーン・ドラゴディスに比べるとかなり弱い種類ですので、ユウ殿なら全く問題はないでしょう」
「ふむ。『堕ちた遺跡』か……」
「ユウ殿の装備だけなら、そちらの方が確実ですね。ただ、最近のティファの活動を踏まえると、ブルーハートの強化に『堕ちた遺跡』の素材が使える気がしないのが厄介なところですが……」
ここしばらくの活動を思い出し、遠い目をしながらそう告げるリエラ。
この種の装備の強化は、それまでにどんな使い方をしてきたかやどんな課題があるかで変化する傾向があり、使い手にも何となく何が必要か分かるようになっている。
例えばユウの場合は気を通す使い方が多かったため、気功と親和性の高い植物系素材を必要とし、また、神龍闘技術がドラゴンと縁が深いがゆえにドラゴン素材を要求してくる。
そして、今回が初めての強化なのでさほど強力なモンスターの素材は使えない。
それらの条件を満たすのが、リエラが提示したエリアのモンスターから得られる素材である。
が、ティファの場合はブルーハートの性質が性質だけに、そんな分かりやすい分析はできない。
「ティファのことまで考えるなら、また長期休暇のたびに無限回廊にこもって片っ端から素材を集めるのが確実か?」
「そうとも言い難いのが難しいところです。無限回廊は何が出てくるか分かりませんので……」
「確かに、あそこは前回の特殊階層のようなケースでもなければ、入ってみるまで何が出るか分からんからな」
無限回廊の最大の長所であり難点でもある要素について、どうしたものかと頭を悩ませるユウとリエラ。
三十層から五十層というのがまた微妙なところで、難易度が上がって挑める冒険者が減り始める、いわゆる壁となる階層が四十層なのだ。
そのため、ブルーハートを作った時のように、足りない分を買い集めるという手段が段々と難しくなってくる。
はっきり言って、ユウの分だけなら何が出るかはっきりしている『堕ちた遺跡』へ行くのが、圧倒的に早くて確実なのである。
「結局のところ、最終的にはブルーハート次第ですので、現在の状態を調べないことには何とも言えません」
「そうだな。ただ、恐らくどう転んでも、あれがおとなしくなることだけは無さそうなのが、実に頭の痛いところだが」
「そうですね……」
ユウの言葉に、心底頭が痛いという表情でうなずくリエラ。
性能の進化は当然重要だが、道具にとって一番大事なことは、ちゃんとコントロールできることに尽きる。
どんな便利な道具だって、意図したとおりに動いてくれないのであればただのガラクタでしかない。
そういう意味では、周囲がいくら教えても聞く耳を持たずに余計なことをしようとするブルーハートは、道具としては不良品扱いされても仕方がない。
「何にしても、まずはブルーハートのチェックをしてからか」
「二度手間を避けるためにも、その方がいいでしょう。チェックは今日中にやっておきます」
「ああ、頼む」
全ての確認が終わっていないことについて、グダグダ言っても進まない。そう判断して、ブルーハートの状態や要求素材を確認するまでどう行動するかの決定を保留にするユウとリエラであった。
「もう次の素材が必要なのか?」
その日の晩。麗しき古硬貨亭。
珍しく仕事から帰ってすぐに飲み始めたバシュラムが、ユウの話を聞いて実に不思議そうに聞き返す。
隣で飲んでいたベルティルデも同じ疑問を持ったようだが、詳しい話はバシュラムに任せて自身は聞き役に徹するようだ。
なお、ティファはいつでも素材集めについていけるよう、長期の欠席を大目に見てもらうための課題をミルキーとロイドに教わりながらせっせと進めている。
ユウの武器の強化は付与魔法科としても貴重なサンプルになるので、それを課題としてしまってもいいと言えばいいのだが、それとは別に二年生のうちに習得しておくべき技能や学んでおくべき知識というものはある。
学校を欠席すればそのあたりの勉強がどうしても遅れてしまうので、学校側としてはその分を前倒しで学ぶべく課題を出すのは当然の事である。
「最初の一回は、上限まで成長するのが速いようだ。人間だって始めてすぐのころは上達が早いのだから、それと同じことなのだろう」
「ああ、そう言われれば分からんでもないな」
ユウの説明を聞き、そういうものかと納得するバシュラム。
バシュラムが納得したところで、ユウが話を続ける。
「それで、俺の武器はすぐにでも強化したほうがいい状態だが、ブルーハートの方は強化可能になるまでもう少し経験を積ませた方がいいようでな」
「っつうことは、ユウが必要としている素材を集めるついでに、ブルーハートも鍛えるって事か?」
「ああ。アルト周辺で要求素材が集まらんのが分かっている時点で遠出が確定だし、遠征するならどう転んでもティファは連れて行くことになるからな。だったら、ついでに鍛えてしまったほうが世話がない」
「まあ、そりゃそうだよな。で、また無限回廊か?」
「いや、今回は『堕ちた遺跡』の第三層庭園エリアだ」
「庭園エリアっつうと……、ドラゴンパピーにハンターツリーってところか?」
「ああ。まさしくその二種だ」
ユウの説明に、無限回廊に行かない理由を納得するバシュラム。
無限回廊が素材集めに有効なダンジョンなのは間違いないが、常に最高効率というわけではない。
「っつう事は、また俺達もついていけばいいんだな?」
「問題なければ、お願いしたい」
「おう、任せとけ」
ユウの頼みを二つ返事で了承すると、妙に機嫌がよさそうに酒のおかわりを注文するバシュラム。
その様子に、ティファの課題に付き合っていたミルキーが駄目な大人を見るような目を向ける。
「バシュラムさん、こんな時間からそんなにパカパカ飲むのって、どうかと思うわよ?」
「っつうか、いつになく機嫌よさそうだけど、何かあったのか?」
「まあ、ちょっとな」
「ベルティルデさんも何となく嬉しそうです」
「ええ、まあ、ね」
ロイドとティファの疑問に対し、意味深な笑みを浮かべるバシュラムとベルティルデ。
大人の色香のようなものが漂うその態度に、何となくこれ以上深く追及するのはまずいのでは、という気分になってしまうティファ達。
そんなバシュラム達の態度などどうでもいいと言わんばかりに、ユウが話を戻す。
「それで、だ。『堕ちた遺跡』の場合、未成年であるティファは表層しか入れなかったはずだが、この場合例外措置を取ってもらうにはどんな手続きが必要だ?」
「それに関しては、マスターに任せれば問題ねえよ。もしかしたら、既にリエラ殿が動いてくれてるかもしれねえしな。で、ロイドの坊主やミルキーの嬢ちゃんも連れて行くのか?」
「いや、どうせすぐに無限回廊の方へと行くことになりそうだからな。ロイドたちはそっちに参加してもらうから、今回は普通に学院に通っていてもらうつもりだ」
「って事は、深紅の百合やアルベルトたちも留守番って事でいいか?」
「ああ」
バシュラムの問いに対し、考えている予定を答えるユウ。
そもそも今回必要としている素材は、種類も量もブルーハートを作った時とは比較にならないほど少ない。
運が良ければ一日で、よほど運が悪くても一週間はかからないぐらいの量である。
何人も協力者を用意する必要もないし、そもそも現在はそんな何人も遠征に付き合わせられる状況でもない。
八割がた攻略されただけに、残りの大部分はそう簡単に攻略させてくれるような簡単なダンジョンではく、ティファも既に三十を超えるダンジョンを破壊していてこれ以上頼るのは流石にためらわれる。
さらに言うなら、冒険者たちもダンジョン攻略ばかりやっていられるわけではなく、一般市民からの依頼はダンジョンに関係なく入ってくる。
本来なら、ユウやバシュラムがアルトを離れる余裕などないのだ。
「しかし、ナックルとブーツはまだしも、剣に金属素材が要らねえってのは意外だな」
「詳しいことは分からんが、そのためにドラゴンパピーの牙を使うらしい」
「ドラゴン系の牙が並の金属より強いのは知ってるが、所詮はドラゴンパピーだろ? 普通の木や鉄に負けるものが、金属素材の代用になるのか?」
「リエラ殿が言うのだから、なるのだろう」
バシュラムの疑問に、やたらと曇りのない目でそう答えるユウ。
その瞳には、こんなことでリエラが嘘をつく意味がないという圧倒的な信頼が宿っている。
「まあ、魔道具とか錬金術、付与魔法に使う素材なんてそんなもんだし、鉄より弱い素材で作ったものが鉄より強くなるなんて珍しくもないわね」
「素材が内包する性質とか概念を利用していろいろやるのが、その手の技術だからなあ。専攻してる俺達でも、なんでそうなるんだって突っ込みたくなる事例はいっぱいあるし」
「それを捻じ曲げてさらに訳の分からない結果を出すのが、ティファとブルーハートなんだけどね」
「はうっ」
ユウの言葉に補足を入れつつ、しっかりティファをいじるミルキーとロイド。
残念ながら、この件に関しては前科がありすぎて、ティファには反論の余地がない。
「で、ティファいじるのはこれぐらいにしといて、ダンジョンの方は今どんな状況なのよ?」
「まだ出てないのが十カ所、攻略済みが九十八カ所、出現済みで攻略が終わってないのが二十四カ所。終わってないうち三カ所が安全かつ利益があるから飼い殺し決定だったかな?」
「まあ、一番大きなダンジョンは攻略できると思えない規模になってしまっているようだから、実質的に飼い殺しと変わらなくなるとは思うけど」
「もうそんなに進んでるの。攻略が終わってない奴がどんなのかは知らないけど、夏休み終わるぐらいまでには大方終わるんじゃない?」
「まだ出てない奴次第ってところだな。そもそも、残ってるやつのうち十ほどは、思ったより規模がデカくて厄介そうだってんで慎重に攻略を進めざるを得なくなったわけだし」
ミルキーの質問に、ざっくりとした現状を説明するバシュラム。
攻略が終わっていないものはどれも最低五層からなる中規模以上のダンジョンで、日帰りで攻略できるダンジョンは今日バシュラムとベルティルデが潰したところが最後である。
その中でもバシュラムが言及した十カ所は、一層が最低三キロ四方の広さを持つダンジョンで、六層目を攻略してもボスもコアも発見できなかったという、最大規模のものほどではないがなかなかに底が見えないダンジョンだった。
それ以外もボスやコアは発見しているがうかつに手出しできず、現在攻略のための準備中という厄介なものばかり残っている。
未出現の残り十カ所がすべてそうではなかろうが、今までの傾向から最低でも三カ所は規模かギミックかのどちらかでろくでもない難易度になっていそうではある。
「何にしても、一週間やそこらでスタンピードを起こしそうなダンジョンもねえし、今のうちに行く分には大丈夫、っつうか今しか行けるタイミングは無さそうなんだよな」
「俺としても、行くんだったら早い目にして貰えると助かるな」
バシュラムが出した結論に、フォルクがスケジュール表のようなものを見せながら口を挟んでくる。
「もしかして、鉄壁騎士団の人たちがくる日程が決まったの?」
「ああ。さっき連絡が来てね。三週間後の今月末にアルト到着で話がついたらしい」
「三週間か。なんかあった時の予備日まで考えると、明日にでも出発したほうがよさそうだな」
フォルクからの情報をもとに、そんな日程を組むバシュラム。
「堕ちた遺跡」はティファが魔神殺しになった魔神災害が発生した、ある意味因縁のダンジョンでもある。
あんなことはそうそう起こらないだろうが、何があって足止めを食らうか分かったものではないので、余裕を持ったスケジュールを立てるに越したことはない。
「手が止まってるみたいだし、ティファちゃん達も休憩しよっか」
「あっ、はい」
夕食の仕込みが一段落したらしく、カレンが飲み物と軽くつまめるものを持ってティファ達に声をかける。
もうおやつの時間ではないため、つまめるものといっても小さなチョコレートが一人頭二つ三つにナッツなどが軽く一盛り用意されているだけだ。
時間的にお茶請けとしてはこんなものだろう、という所である。
「それで、聞こえてきた話からすると、明日から『堕ちた遺跡』に行くんだよね?」
「その予定だ」
「宿とかはまあ、最近の情勢を考えるとわざわざ連絡入れなくても空いてるだろうとして、帰ってきてからそんなに経たずに夏休みに入るよね?」
「うむ」
「今年の夏も、無限回廊に挑むの?」
「残りのダンジョンとブルーハートの成長次第だが、基本的にはその予定だ」
カレンの問いに対し、現時点で決めていることを正直に答えるユウ。
それを聞いたカレンが、心配そうな表情で質問を続ける。
「結構慌ただしいスケジュールだと思うけど、大丈夫?」
「遺跡での探索次第だな。大丈夫だとは思うが、俺たちの誰かが大ダメージを負うようなことがあれば、当然無限回廊行きは中止になる」
「それはもちろんそうだろうけど、個人的にはティファちゃんが心配かな」
「ふむ?」
「ここ半年ぐらいで急に体が大きくなったから、いろいろ私たちが気付いてないようなことが出てくるんじゃないか、って思うんだ」
「なるほど、ありそうだな。そういえば、これだけ急に体が大きくなると、成長痛の一つも出てきていそうなものだが、そのあたりは大丈夫なのか?」
カレンとユウの言葉に、不思議そうに首をかしげるティファ。
思い当たることがないこともあり、成長痛というものが何なのか分からないのだ。
「えっと、成長痛って何でしょうか?」
「成長期、それも特に身長が一気に伸びる時期に多い痛みでな。体の節々が痛み、酷い時には熱が出たりもするのだが、そういったことはないか?」
「今のところは、大丈夫です」
「そうか」
ティファの言葉に、むしろ不安を覚えてしまうユウとカレン。
ティファの持つ魔力の特異性を考えれば、ここ一年ほどでの肉体的な急成長、それ自体はさほどおかしなことではない。
が、どんな事でも急成長するということはそれなりの負荷がかかるもので、その影響が一切見られないというのはそれはそれで怖い。
今は何もなくても後から一気に、というのも珍しい話ではないのだから、しばらく注意が必要そうだ。
「まあ、現時点で発覚していない問題があったとしても、見た感じ明日すぐに何かあるってこともないでしょう。一応注意だけしておいて、予定通り明日から私達四人で『堕ちた遺跡』に行く、ってことでいいんじゃないかしら」
「だな。移動の時間考えたら、どっちにしても明日は狩りや探索はできねえだろうしな」
まだ兆候も出ていないようなことを、あれこれ心配しても仕方がない。
そう割り切って、明日以降の予定をそう確定させるベルティルデとバシュラム。
こうして、一抹の不安を抱えながらも「堕ちた遺跡」へと向かうユウ達であった。
「飯までの間に、少しダンジョンを見てきたいのだが、いいか?」
「堕ちた遺跡」へ到着し、宿に入ってすぐ。
ユウが唐突にそんなことを言い出す。
「そりゃ構わねえが、二時間もねえぞ?」
「単に前回来た時に気になっていた場所を空から確認したいだけだから、さほど時間はいらん」
「そうか。だが、航空機で上から見ても特に何も発見できてないって話だぞ?」
「ダンジョンの領域から外れるほどの高度を飛ぶ予定はないから、何かは見つかるだろう」
「そうか。まあ、言うまでもねえだろうが、無茶するんじゃねえぞ。飛べる奴の生還報告がほとんどねえんだからな」
ユウの言葉にそういうことなら、と納得しつつ、一応釘を刺して送り出すことにするバシュラム。
バシュラムに対し一つ頷くと、最低限の荷物と装備だけを身に着けて宿を出ていこうとし、振り返ってティファを見るユウ。
当然のごとくついていこうとしていたティファが、突然みられてどうしたことかと慌てふためく。
「すまんがティファ、今日はここで待機していてくれ」
「えっ?」
「今回は言うなれば偵察のようなものだ。何を発見するか分かったものではない上に、空を飛ぶからな。地上ならまだしも、飛べん人間を背負ってとなると妙なトラップがあった場合逃げづらい」
「あっ……」
ユウに言われ、初めてその問題に思い当たるティファ。
アルト周辺の空は基本的に既知の危険しかなかったため、逃げるならともかく迎撃するのはティファを背負っていても問題はなかったが、ここは違う。
もともと飛行能力を持つ人間が少ないことを踏まえて考えても、「堕ちた遺跡」に関しては領域内の空について驚くほど情報がない。
それだけでも、一筋縄ではいかない危険な何かがあると考えねばならないだろう。
「あの、だったら、せめて防御魔法だけでもかけていいですか?」
「それも少々悩ましいところでな。ティファの魔法がそうそうぶち抜かれたり、解除・無効化されたりすることはないだろうが、発動している魔法に反応する仕掛けがある可能性もないとは言えん。そこをどう判断すべきかがな……」
「あう……」
むっつりした表情でユウが告げた問題点に、思わずうめくティファ。
飛行系種族の冒険者というものを見たことも聞いたこともない以上、空から調べようとした人間はほぼ確実に飛行魔法を使っているはずだ。
もし、空中で魔法を使っていることがトリガーになっているのであれば、飛行魔法はもちろん防御魔法もアウトだろう。
それどころか下手をすると、マジックアイテムの類もだめだという可能性すらある。
幸いにして、ユウが普段持ち歩いているものにマジックアイテムの類はほとんどなく、ダンジョンの攻略者特権で入手した装備も、現時点ではまだマジックアイテムではない。
なので、魔法がトリガーである場合、ティファに防御魔法をかけてもらわず、このまま行けば問題はない。
が、これが空を飛ぶことそのものがトリガーだった場合、保険が一つ減ることになる。
どちらも長短あって、実に判断が難しい。
「ねえ、ユウ。どうせ今日のところはただの偵察なのだし、空を飛ぶと何があるかの確認だと割り切って、ティファちゃんの防御魔法をもらっていけば?」
「……そうだな。ティファ、持続時間は二時間、俺の任意で解除可能という条件で防御魔法をかけることはできるか?」
「はいっ!」
ベルティルデの意見を聞き、いろいろ割り切ってティファに防御魔法を頼むユウ。
ユウのオーダーを聞き、嬉しそうにいつもの防御魔法をかけるティファ。
どんな魔法よりも使用頻度が高いだけに、もはや何をどうすればどんな変質を起こすか知り尽くしていると言っていい。
「かけました!」
「ああ、ありがとう」
「解除ですが、内側に一カ所解除ポイントを用意しましたので、そこにイレイズを使ってください」
「分かった」
「後、魔力を見れば持続時間が分かるようにしましたので、防御魔法の色が薄くなってきたら時間切れが近いと思ってください」
「ああ。切れる前に帰ってくるつもりだが、参考にさせてもらう」
ティファの至れり尽くせりな防御魔法を受け、今度こそ宿を出ていくユウ。
それを見送った後、バシュラムが感心したように口を開く。
「ティファの嬢ちゃんも、器用なことするようになったもんだなあ」
「防御魔法は一番使ってますから」
「ティファちゃんの場合、あの魔法一つで全部対処できるものねえ」
「初級の防御魔法ってのは普通、そういうもんじゃねえんだけどなあ」
やたら器用な設定で魔法を使ったティファを見て、その成長にしみじみ感じいるバシュラムとベルティルデ。
常に出力調整に苦労していることもあり、どうにもティファの魔法はパワー一辺倒というイメージが強い。
そもそもが効率も何も無視してただ単純に魔力障壁を発生させるだけの魔法である初級防御魔法を、圧倒的な大魔力を使ってドラゴンや魔神の攻撃を防げる強度で発動している時点で、力押しであることは疑う余地もない。
それだけに、持続時間や解除方法の設定、時間経過の確認方法追加など器用としか言いようがない調整をやってのけた点は、今までのイメージを覆す快挙である。
「それにしても、ユウは何を見に行ったのかしら?」
「前に来た時何かを気にしてたのは覚えてるんだが、色々ありすぎて何を気にしてなのか忘れたな……」
「多分ですけど、表層中心部分の未調査疑惑がある区域を確認したかったんじゃないかと思います」
「ああ、そう言えばそんな話してたなあ」
「そうそう、地図と照らし合わせるとどうにも胡散臭い場所が中心部にあるって話、してたわねえ」
ティファが口にした情報で、前回来た時のやり取りを思い出すバシュラムとベルティルデ。
「って事は、そこを覗こうとした連中が生きて帰ってこねえって事か」
「でしょうね。まあ、ユウはそういう事こそちゃんと心得てるから、よほどのことがない限りは確認だけして戻ってくるでしょうけど」
「あの、ベルティルデさん。それはいわゆる旗を立てるというやつなのではないでしょうか……?」
何とも不穏なことを言い出すベルティルデに対し、思わず不安になりながらそう指摘するティファ。
本人はおそらく否定するだろうが、ユウも何気にティファが無関係な状況で厄介ごとにぶち当たることが多い。
このパターンはろくでもないことを引き当ててくるのではないかと、ティファとしては正直気が気でない。
(ユウさんが何事もなく無事に帰ってきますように)
不安の余り、心の中でそんな祈りをささげるティファ。
その行為がさらに大きな旗を立てているとは、最後まで気が付かないティファであった。
「飛ぶなら、このあたりがちょうどいいか?」
宿を出て約五分。ダンジョンの入り口から最も近い建造物へと到着したユウは、周囲に冒険者もモンスターもいないことを確認して飛び上がる。
不思議なデザインや構造の建造物が並ぶ「堕ちた遺跡」だが、これらは窓やベランダなどが見えるのにも関わらず、出入口はどこにもなく侵入は不可能だ。
恐らく元となった遺跡にはちゃんと出入り口があったのだろうが、ダンジョンになってしまった際に変質して出入り口が完全に失われたのだろう。
普通の手段ではダンジョンの壁や建造物を破壊することはできないため、壁をぶち抜いて中に入ることも一般的な冒険者には不可能であり、現状では実質的にこれらの建造物は単なる壁でしかない。
もしかするとティファなら破壊可能かもしれないが、そもそもこういう変質の仕方をしている時点で、中がちゃんと建物の体をなしているかどうかも分からない、というより部屋が見えているだけで実際には単なる分厚い壁である可能性も高い。
なお、壁をよじ登って建造物の屋上に上がるという手段は、妙な力場とモンスターの集中攻撃により現時点で成功例はない。
ここまで徹底して上からの地形確認を潰そうとするのだから、何もないということはなさそうだ。
「さて、今になってあまりよろしくない予感がしてきたが、一体何があるのやら……」
一番高い建造物の半分ぐらいの高さまで飛び上がったところで、ユウの背筋に寒気のようなものが走る。
今までの経験から察するに。この種の感覚は大体魔神かそれに類する強力なモンスター、魔導大砲のような当たれば消滅するしかない攻撃のいずれかだ。
ここで対処を間違えれば死ぬ。その直感に従い、あえて加速して一気に上空へと舞い上がる。
ユウが通り過ぎた直後、足元を高出力の光線が通り過ぎる。
「やはりか」
ティファの防御魔法でもぶち抜かれかねない威力に冷や汗をかきつつ、攻撃を仕掛けてきたものの正体を確認するべく光線が飛んできた方に目を向ける。
そこには、濃密な魔力の霧をまとった巨大なプラントドラゴンが鎮座していた。
「固定砲台型の巨大ドラゴンか。どう考えても守護者の類だな」
撤退するための動きを頭の中でシミュレートしつつ、相手の出方を観察するユウ。
やってやれないことはないが、戻るための体力が残るかどうか怪しい点も含めて今ここで倒すメリットがほとんどないため、素直に逃げを打つことにしたのだ。
(さっき飛んできたブレスだけなら、どう対処するにしても割と簡単だが……)
ドラゴンを観測しながらじりじりと入口方面に後退しつつ、そんな虫のいいことを考えるユウ。
当然のことながら、世の中そんなに甘くはなく、ドラゴンの全身からまるで触手でも生えてきたかのように無数の蔓が伸びてくる。
それを見たユウが、次の動きを予測して狙いを定めさせないように複雑な軌道を描いて飛びまわる。
ユウの予想通り、蔓の先から細い光線が連続で発射される。
ユウの動きを追いきれなかったようで、それらの光線は全て明後日の方向へと飛んでいく。
その間に安全圏を飛んで一気に距離を広げるユウ。
そこに追いすがるように、小型のプラントドラゴン(といっても平均五メートルぐらいなので決して小さいとは言えないのだが)が、二十を超える数で群れを成して飛んでくる。
蔓から飛んでくる光線を回避するためあえて先頭の一頭に突っこみ、バレルロールでブレスを回避して頭部を蹴り飛ばし、その反動で加速して離脱。さらに出口へと近づいていく。
その間にも攻撃が無数に飛んでくるが、全て最も適切な方法で回避してのける。
どういう蹴り方をしたのか、ユウが蹴った小型ドラゴンの首の骨がへし折れて墜落し、流れ弾の光線に当たって大きな穴が開く。
それを視界の隅で確認し、威力や性質が予想を超えていないことに安心するユウ。
いきなり曲がってきたりドラゴンの体をやすやすと貫通してくるようでは危険だが、さすがに一瞬で貫通したりかくんと曲がったりといったことはなさそうだ。
そんなことを考えつつ、蛇行しながらさらに加速して距離を引き離そうとするユウ。
距離ができるにつれて小型ドラゴンが射線をさえぎって被弾するケースが増えるが、そのことを一切気にする様子も見せず、どんどん攻撃の密度を上げてくるドラゴンたち。
そろそろ振り切ってダンジョンを脱出できる、というところで、再びユウの背筋に寒気のようなものが走る。
(上、いや、下へ!)
直感に従い、地面に突っこむ勢いで半ば墜落するように急降下するユウ。
いつの間に上に回っていたのか、小型ドラゴンが一頭、ユウを追いかけて真上から急降下してくる。
ユウが地面に到着すると同時に、大型プラントドラゴンから二度目の光線ブレスが発射され、圧倒的なエネルギーを持って射線上の全てを焼き払う。
角度的に死角に入っていたユウは、ブレスの照射が終わるまでその威力をじっくり観察する。
「今回の防御魔法では、三発は無理だな」
射線上の十を超える小型ドラゴンを全て跡形もなく焼き尽くした威力を見て、そう結論付けるユウ。
倒そうと思えば倒せるという判断は変わらないし、ティファの防御魔法なしでも防ごうと思えば防げる。
が、流石のユウとて、これだけの攻撃をかいくぐって恐らく魔神並みにタフであろう大型プラントドラゴンを仕留めるとなると、一人でやれば気も魔力も体力も使い切るのは間違いない。
「仕留めるとなると、ティファの火力を借りて初手のブレスの直後に粉砕するしかないか」
ブレスの照射が終わるのを待ちながら、そう分析するユウ。
悠長なことをやっているように見えるが、ユウを追いかけていたドラゴンは全てブレスで焼き尽くされており、また大型プラントドラゴン本体からの攻撃はどれも死角になっていて届かない。
生き残っている小型ドラゴンも、ユウにちょっかいを出そうと思うとどうしてもブレスに当たってしまうので、照射が終わるまでは安全なのだ。
「そろそろか?」
いつでも脱出できるよう準備をしつつ、ブレスの様子を観察し続けるユウ。
初回より圧倒的に長く続いた一分ほどの照射の後、ようやくドラゴンのブレスが終わる。
そのタイミングを逃さず、今度は飛行せずに全速力で駆け出すユウ。
蔓に的を絞らせぬよう蛇行しつつ、ついでに地面に落ちていた何かを回収してダンジョン領域から脱出する。
領域を出てさらに百メートルほど走ったところで、念のためにと立ち止まって振り返り、状況を確認する。
「……さすがに、ダンジョンの外にまでちょっかいをかけてくることはないようだな」
予想通りの結果に、思わず安堵のため息をつくユウ。
プラントドラゴンが居座っていた場所から五キロ以上離れてはいるが、あの手の図体がでかい生き物相手だと、五キロなどあってないようなものだ。
もし予想に反してダンジョンの外にまで攻撃してきた場合、このあたり一帯は光線ブレスで更地になってしまうのは間違いなく、シャレで済まない犠牲者が出てしまうところだ。
「次の問題は、脱出すればリセットがかかるかどうかだが……、それは明日の確認だな」
今日の時点でこれ以上何かをするのは避けるべきだ。そう結論付けて、素直に宿に引き上げるユウであった。
「どうだった?」
「なかなかに厄介だった。あれならだれも帰ってこないのも当然だろうな」
夕食待ちのテーブルで出迎えたバシュラムに対し、渋い顔でそう告げながら収穫物を見せるユウ。
見せられた収穫物に、バシュラム達の顔色が変わる。
「ドラゴン種の牙と爪、鱗に……、こいつは何だ?」
「珠、ね。魔力の質からすると、プラントドラゴンの若い個体かしら?」
「ああ。その珠は竜玉と呼ばれるものだろう。倒したのはドラゴンパピーを脱して三年ぐらいの年齢の奴だ。もっとも、素直に成長したものではなく、ダンジョンのギミックで生み出されたものだろうがな」
さらっと言ってのけたユウの言葉に、思わず固まってしまうバシュラムとベルティルデ。
パピーを脱して三年であればレッサードラゴンまで到達していないので、強さという面では大したことはない。
バシュラムとベルティルデのペアなら、一度に五、六頭同時に相手にしても余裕で勝てるだろう。
問題なのは、ダンジョンのギミックで生み出されたであろうという点。
それはつまり、状況次第では無限に湧いて出てくるということだ。
「一体、何があったんですか?」
「遺跡の中心部だと思われる場所に、トライホーン・ドラゴディスより巨大なプラントドラゴンが居座っていてな。遺跡の建物を超える高さまで上昇してすぐ、光線ブレスが飛んできた」
「えっ?」
「嫌な予感がしていたからタイミングを合わせて一気に上昇して回避したが、直撃していたら恐らくティファの防御魔法の半分は持っていかれただろうな」
想像以上に危険な状況に、思わず怖い顔になるティファ。バシュラムとベルティルデの顔もひきつっている。
「やろうと思えばやれなくもなかったが、しとめることはできても戻る体力が残るかどうか怪しくてな。そもそもエルダードラゴンやエンシェントドラゴンは、鉄壁騎士団でも最低一個小隊、可能なら一個中隊以上で当たる相手だ。さすがに一人で倒す意味もメリットもないから、素直に逃げてきた」
「その最中に、ちっこいプラントドラゴンが出てきたってことか?」
「ああ。ざっと数えて二十は越えていたし、後からどんどん増えてきたな。もっとも、半分以上は本体の攻撃に巻き込まれて消滅しているが」
「どういう状況だよ……」
「中央にいたデカいやつはプラントドラゴンらしく蔓を伸ばして攻撃してきてな。距離があったから直接打撃は飛んでこなかったが、その代わり蔓の先端から光線が飛んできた。これがまた、当たり所によっては小型ドラゴンが一撃で落ちる程度の威力はあって、召喚された小型ドラゴンの大部分はこれに当たって死んだ」
「そういうことか。つうか、レッサー未満の小型とはいえドラゴンをぼこぼこ落とすほど威力と手数のある攻撃が飛んでくるとか、厄介すぎやしねえか?」
「だから、単独で仕留めるのをやめた」
渋い顔で突っ込むバシュラムに対し、同じぐらい渋い顔でそう告げるユウ。
勝てるからといってまともに喧嘩を売っていい相手ではないのは間違いない。
「それで、今日は逃げてこれたが、問題があってな」
「嫌な予感しかしないんだけど、何かしら?」
「一応ダンジョン領域から出れば攻撃は飛んでこないことは確認したが、再びダンジョンに入った時にどうなるか分からん。リセットされていればいいが、そうでないなら入ってすぐに狙い撃ちされかねん」
「……ありそうね……」
「なので、明日はあのデカブツから先制攻撃を受ける前提で準備が必要な上、もし懸念通りだったらあれを仕留めない限りはまともに狩りも出来ん」
「見事に藪蛇をやらかした感じねえ……」
「ああ。我ながらやらかしたと思っている」
呆れたようなベルティルデの言葉を、申し訳なさそうにユウが肯定する。
もっとも、調べられそうな謎があれば調べようとするのが冒険者だ。職業的に、この種のやらかしをやってなんぼ、というところは大いにある。
「そういうわけだから、申し訳ないが恐らく最低でもエルダー、予想通りであればエンシェントドラゴンのプラントドラゴンを仕留める手伝いをしてほしい。特にティファの負担が大きくなるが、頼めるか?」
「もちろんです!」
「そうか、ありがとう。バシュラムさんとベルティルデさんも、かまわないか?」
「トライホーン・ドラゴディスに続いてエンシェントプラントドラゴンとかなかなか剛毅な話だが、やれる算段があるときにビビッて引くようじゃ冒険者なんてやってられねえよ」
「そうそう。せっかくだから、魔神殺しだけじゃなくドラゴンスレイヤーの称号も貰っちゃいましょう」
ユウに問われ、全身からやる気をみなぎらせるティファ、バシュラム、ベルティルデ。
なお、ドラゴンスレイヤーの称号は、最低でもエルダードラゴン以上の交渉の余地が一切ないレベルで敵対しているドラゴンを仕留めた者しかもらえない称号だ。
今回は問題なく対象になるが、ダンジョン以外に住むおとなしい性質のドラゴンに対し人間側が挑発に挑発を重ねて完全に断絶した、などの場合は称号の対象外である。
「そうと決まれば、しっかり食ってちゃんと休まねえとな」
「今日はお酒はなしね。その分、明日豪勢に行きましょう」
「恐らくだが、明日はティファのデカいやつをどれだけきっちり当てられるかが勝負になると思う。その分さっきも言ったが負担がかなり大きくなるが、頼むぞ」
「はいっ!」
そんなこんなでユウの藪蛇によって降ってわいた大仕事に対し、気合を入れるために英気を養う一行であった。