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第4話 特殊ルールのある偶発ダンジョン

「今日はまず、このダンジョンを攻略する」


 ダンジョンの分布調査から三日後。アルト南門近くのとある偶発ダンジョン。


 完成したばかりのダンジョンを前に、ユウがそう宣言する。


「それはいいんだけどさ。どうして私達もダンジョン攻略に駆り出されてるのよ?」


「リエラ殿から、正式にカリキュラムに組み込むからお前たちを連れて行ってくれと頼まれた」


 形ばかりのミルキーの抗議を、リエラからの要望だと伝えることでばっさりと切り捨てるユウ。


 それに対し、やっぱりかとため息をつくミルキー。


 ユウ達がダンジョンの分布を調査し始めた時から、こうなることは分かっていた。


 単に、聞き入れられればラッキー程度の感覚で言うだけは言ってみたに過ぎない。


「それにしても、出現した時点で潰す手段もあるんだよな? 何でいちいち律義に攻略するんだ?」


「出てきたダンジョンすべてが、必ずしも完成前に破壊可能な訳ではないからな。それに、それができる人間が、何人いると思う?」


 うんざりしているのを隠そうともしないロイドの質問に、身も蓋もない事実を突きつけるユウ。


 完成前のダンジョンを破壊するには、ユウやベルティルデのようにコアの位置を正確に割り出しピンポイントで破壊する能力か、ティファやリエラのように都市の一区画ぐらいは軽く更地にできるだけの大火力でまとめて粉砕する能力のどちらかが必要となる。


 そんな能力の持ち主がごろごろいるわけもなく、また壁際の牧場ダンジョンのように完成するまで手を出せないケースやトルティア村のダンジョンのように地脈の上にできていて完成前に破壊してもすぐ復活するケースなどもあるので、結局は大部分が完成してから攻略することになるのだ。


「あの、今回のダンジョンって、どういう基準で選ばれたんですか?」


「単純に、くじ引きだ」


「えっ? くじ引きで決まったんですか?」


 見習い三人の中で唯一やる気を見せているティファの素朴な疑問に、これまた身も蓋もない事情をあっさり暴露するユウ。


 さすがのティファもくじ引きとは思わず、思わず聞き返してしまう。


「ああ。昨日の時点で完成しているダンジョンは、ここを含めて十二カ所。うち一カ所は例の牧場ダンジョンで、もう一カ所はアルトから一番遠いポイントに発生していた大規模ダンジョンだ。この二カ所を除いた十カ所を冒険者の酒場で平等にくじ引きして、引いた酒場が担当になったダンジョンを責任をもって調査・攻略を行うことになった」


「一番遠い大規模ダンジョンが省かれた理由は何でしょうか?」


「こいつは成長型ダンジョンでかなり前から完成していたようで、非常に巨大なダンジョンになっているらしくてな。縄張りだ何だと言っていられんから、手の空いている冒険者は可能な限り攻略に参加するように、ということで話がまとまっている。が、参加自体は強制ではないから、俺はしばらく他の細かいダンジョンを潰して回ることにした」


「しばらくは、ということは、いずれは参加するんですよね? その時、わたし達も参加することになるんでしょうか?」


「中がどうなっているか次第、といったところだな。無限回廊の四十層ぐらいまでと大差ないなら経験や素材を目的に連れて行くことも考えなくもないが、それ以上となると、ロイドとミルキーは待機してもらう可能性もある」


 ユウによるそこまでの経緯と裏事情の説明を聞き、自分たちが待機組であることに一瞬ほっとしてしまうロイドとミルキー。


 次の瞬間、ティファが待機組に含まれていないことに気が付く。


「あの、ユウさん。私達が待機する場合、ティファはどうするのよ?」


「ティファは安全圏の確保のために結界を張ってもらった後、常時防御魔法を維持した上で対処できるところまで付き合ってもらうことになる」


「それどうなのよ……」


「残念ながら、不意打ちを食らわん限りはティファの防御力がアルトで最強だ。俺の手が空いてもまだ終わっていない状況なら、どう転んでも参加させられるだろう」


 ユウの方針と予測に、思わず顔をしかめるミルキー。ロイドも悩ましそうな顔をしている。


 言わんとすることは嫌と言うほど理解できるが、それでもティファはようやく十歳になったばかり、本来なら今年から見習いとして扱われる年齢である。


 能力的にはこの国でも最強の一角なのは間違いなくとも、そんな子供を大の大人が苦戦するようなところに送り込もうというのは、何とも嫌な気持ちになるものである。


 一番の問題は、ティファがそのことに対して何の疑問も恐怖も抱いていないことかもしれない。


 なお、ユウ達にしごきあげられた結果、ミルキーもロイドも許可を取った上で護衛を連れて行くのであれば、未成年がダンジョンに潜ること自体は全く気にしなくなっていたりする。


「あの、それで、今回攻略するダンジョンは、どんなところなんですか?」


「入るのは俺たちが最初だから、現時点ではこれと言って情報はない。今分かるのは、気配からモンスターは大したことはない、といった程度か」


「誰も入っていないんですか?」


「何があるか分からんからな。ちゃんと準備をしたうえで誰がどこに入るかを連絡しておかねば、いざという時に対処ができん」


 空気を変えるためのティファの質問に、端的にユウが答える。


 ダンジョンの大量発生が分かってから、冒険者と軍が手分けして周辺を巡回し状況の監視をしているが、その際の取り決めで出現済みのダンジョンの完成が確認されてもその場で中に入らない、というものがある。


 これはユウが言った理由以外にも、軍はダンジョンに関しては完全に素人であることと、巡回している冒険者が必ずしもダンジョンに慣れているわけではないことが挙げられる。


「そういうわけだから、まずは俺が入って様子を確認してくる。お前たちはここで待機だ」


「はい!」


「了解」


「いってらっしゃい」


 そう言い置いてダンジョンに入って行くユウを見送り、とりあえず周囲の素材チェックに入るティファ達。


 現在位置は、門から徒歩一時間程度。まだまだ街道から近く、普通に軍や冒険者によってモンスターが間引かれる場所だ。


 なのでティファはもちろん、ミルキーやロイドでもこのあたりのモンスターに後れを取ることはない。


 ただし、ミルキーとロイドに関しては、油断をして不意打ちを受けると普通に危ないので、気を抜くことはできないのだが。


「待たせたな」


 数分後、仕留めた数体のモンスターを入れた袋を担ぎ、ユウが戻ってくる。


「どうでした?」


「モンスターは大したことがなかったが、妙な力場が働いている。正確なところは試してみんと分からんが、恐らくはある種のリミッターのようなものだろう」


「リミッターですか?」


「ああ。ダンジョンも色々あるのは知っての通りだが、その中でも特に面倒なタイプの一つだな。代表例は物理攻撃もしくは魔法が無効化される、一定以上の威力や規模の攻撃が無効化される、逆に弱い攻撃が無効化される、などいろいろある」


「ユウさんはどれだと予想していますか?」


「大火力無効だろう。こいつらは特に気も魔力も乗せずに殴り倒しているし、魔法自体は使えたから物理攻撃と魔法の禁止はない。が、物理、魔法に関係なく攻撃そのものに干渉している気配はあるから、消去法で大火力と判断した」


「大火力、ですか……」


 ユウの報告に、思わず沈んだ顔をしてしまうティファ。


 どのラインから大火力と判定されるかは不明だが、ティファの能力がピンポイントで無力化されているのは間違いない。


「ボスの強さは不明だが、少なくとも道中に出てくるモンスターは基本的に雑魚だ。気を広げて見た感じでは、階層も恐らく三層以上はない。この手のダンジョンはトラップの類も一つか二つというところだから、さして苦労はすまい」


「なあ、ユウさん。トラップが少ないって断言できるのか?」


「これが数百年物の成長型ダンジョンで、大量の犠牲者が出ているのであれば話は別だがな。こういう昨日今日完成した小規模ダンジョンでこの種の強力で厄介な特性を持っているケースでは、今のところ例外なく多くて二つ、それもチュートリアルダンジョンで見かけたレベルを超えん」


 ロイドの疑問に、古巣のデータをもとにそう答えるユウ。


 その内容を聞いたミルキーが、胡散臭いという気持ちを隠そうともせずに思うところを口にする。


「ユウさんがそう言うんだったら統計的にそうなんだろうけど、なんでそうなるのかが不気味すぎるわね」


「それについては、ダンジョンとして発生した際に何らかのリソースを持っており、それをやりくりしてモンスターを生み出したり罠を配置したりしているのではないか、と考えられている」


「ダンジョンにも、その手のリソース管理ってあるのね……」


「統計や状況証拠から恐らくそうだと言われているだけなので、実際には正確なところは何一つ分かってはいないがな。少なくとも矛盾するような証拠や情報は得られていないので、それほど大きく外れてはいまい」


 ユウの補足に、それはそうだろうとうなずくしかないミルキー。


 それでも、理不尽の塊にしか見えないダンジョンにも、一応それなりにルールのようなものがあるというのは精神的にありがたい。


 余談だが、ダンジョンというのは平等というか融通が利かないものらしく、この種の特殊な制限は侵入者だけでなく中で発生しているモンスターや罠にも適用される。


 なので、大火力無効のダンジョンに発生した二十メートルを超える深さの落とし穴に落ちて、誰一人ダメージを受けなかったという笑い話のような事例も残っていたりするのだ。


 なお、一番笑えない話は、大火力無効のダンジョンにドラゴンが出現し、お互い一切ダメージを与えることができずに冒険者たちが撤退、再挑戦の際に思いつく限り防御力を下げる手段と回復を阻害する手段を持ち込んで一方的に嬲り殺した、という事例だろう。


「さて、話が脱線したが、中にいるモンスターは、倒すだけならロイドやミルキーが初級の攻撃魔法を二、三発当てれば仕留められる程度だ。特に厄介な属性相性があるということもないので、使える魔法のうち使いやすく消耗が軽いものを主軸にして戦えば問題ない」


「ってことは、私とロイドがアタッカーやるの?」


「少なくとも、どのぐらいの威力から無効化されるのかと、ティファがそれ以下の威力の魔法を使えるかどうかが分かるまでは、ミルキーとロイドが攻撃役になるのは避けられん」


「まあ、そうなるわな……」


「なんか、私達がアタッカーとして動くのって、新鮮な感じよね……」


 自分達が攻撃に回ると聞き、思わず妙な気分になってしまうミルキーとロイド。


 専門ではないとはいえ、二人とも中級の入り口までは全てのジャンルの魔法を実戦で使えるレベルで習得している。


 が、戦闘関係の学科ではない二人はこれまでそれらの魔法を実習以外の実戦で使った経験はなく、採取などに来る際も護衛される側として邪魔にならない動きをしつつ専門である付与魔法で支援することに徹してきた。


 ティファに巻き込まれユウ達と行動するようになってからもそのあたりは変わらず、攻撃に関してはティファ一人でも過剰すぎるため使う機会などある訳もなく、練習以外で最後に使ったのはいつの事かと悩むぐらいには攻撃魔法を使っていない。


 そんな状況で降ってわいたように出てきた攻撃役の指示。


 二人が微妙な気分になるのも当然であろう。


「ティファの出力についても確認が必要だ。とっとと入るぞ」


 そんなミルキーとロイドの気分など完全に無視し、再びダンジョンへと入って行くユウ。


 その後ろを、いろんな意味で不安そうにしながら追いかけていくティファ。


「俺達もいくか」


「そうね。久しぶりに、魔法使いらしくアタッカーとして頑張りましょう」


 そんなユウ達を追いかけながら、発動体の杖をぎゅっと握ってうなずきあうロイドとミルキー。


 こうして、ティファが無力化されているかもしれないという前代未聞の状況でダンジョン探索が始まるのであった。








「……確かに、出てくるモンスターは雑魚ばっかりね」


「後、俺達の最大火力は大火力判定されてない、ってのも分かった」


「まあ、無効化されたりされなかったり、って感じだから、ちょうど私達が使える中級魔法の最大火力が境界線なんでしょうけどね」


 三十分後の休憩タイム。水筒から水を飲んで一息ついたところで、ミルキーとロイドが素直な感想を口にする。


 最初の階層を半分ほど回り終え、ダンジョンの特性も大方はっきりしてきたので、少々早いが一旦休憩したのだ。


「思ったより、かなり火力上限が低い。この分では、ティファでなくとも引っかかる人間が出てきそうだな」


「私達が出せる火力でちょっと上振れすれば引っかかるんだから、リエラおば様とかも辛そうな気がするわね」


「うむ。普通、この種の大火力無効は、最低でも上級魔法クラスの威力を制限するものだ。いくらなんでも、中級魔法の初歩で大火力判定というのは低すぎる」


「だよなあ。俺達で大火力の境界線だって言うんだったら、ティファとかリエラ先生は一体何になるんだ、って話だし」


「ここまで低いと、恐らくバシュラムさんがアーティファクトを持ち込んだら戦力外になるな。ヴァイオラあたりも、補助魔法で増幅されると怪しい」


 珍しく非常に渋い表情をしているユウの言葉を受け、可能な限り冷静に評価を下そうとするミルキーとロイド。


 いつになく活躍で来ていることに戸惑いはあるが、切り札が使い物にならないと分かっているので浮かれる気にはならないようだ。


 むしろ、ダメージを通せないようなモンスターが出てきたらまずいのでは、と内心でビビりまくっている。


「……あの……」


「今回は気にするな。このダンジョンは、滅多にないぐらい性質が悪い。俺だってもう少し強い相手が出てきていたら、恐らく攻撃を不発させていただろうしな」


 現時点で完全に戦力外となっているティファに対し、渋い顔のままティファを慰めようとするユウ。


 もっとも、表情が表情なので、とても慰めているように見えないのだが。


「なあ、ユウさん。別にティファに不満があってその顔って訳じゃないんだろうけどさ。慰めようとするんだったら、もうちょっと表情をどうにかできないか?」


 あまりにも表情が威圧的なユウに対し、思わず苦言を呈するロイド。


 それを聞いたユウがこれまた珍しく大きくため息をつき、どことなく困った表情を浮かべながら謝罪する。


「すまん。今後のために、こういう状況でティファにどう対応させるかを考えていてな」


「いやまあ、それで渋い顔になるのは分かるんだけどね。慰めるとか褒めるとかする時は、一旦別のことを考えるのやめなさいよ」


「そうだな、今のは俺が悪い。普段はこれでも一応気を付けてはいるつもりなのだが、今回は難題過ぎて、ついな……」


 ミルキーの追撃にも、素直に非を認めるユウ。


 とはいえ、ダンジョンの仕様上どうにもならないからと言って、対策を一切考えないという訳にもいかない。


 いろいろ試して無理だったのならともかく、最初からあきらめるとあきらめ癖がついてしまってよろしくない。


 それに、絶望的に不利な状況であがかねばいけないことなど、人生でいくらでもある。


「それで、だ。とりあえず考えたのだが、この程度の連中なら、いっそティファは杖で物理攻撃をしたほうが早いかもしれん」


「「「えっ!?」」」


 唐突に出てきたユウのアイデアに、驚きの声を上げるティファ達。


 ティファは確かに杖術を鍛えているが、それはあくまでも至近距離に踏み込まれてしまったときに身を守るためのもの。攻撃に関しては体格や筋力の問題もあって、鍛錬の内容としてはほとんど考慮していない。


 ゆえに、現状ではティファが杖で殴ったところで、最弱クラスのモンスターであるラージクロウラーやファーラビットすら一撃で倒せるかどうか不明であり、いくらこのダンジョンのモンスターが弱かろうと、その攻撃能力で戦うのは無謀だろう。


 逆に言えば、ティファが物理で殴る分には絶対に大火力無効に引っかからないのだが、引っかからなければいいというものでもない。


 龍爪をはじめとした気功系の技を使えば話は変わってくるだろうが、それについてはそもそもどのぐらい通用するか分かっていない上、杖で殴るときに使えるかどうかも技量的に微妙なので、現段階では考慮しないのが無難だろう。


「あのさ、ユウさん。さすがに無謀じゃね?」


「ティファでも気脈崩しや発剄は使える。それを使って相手の動きを牽制し、地道に削るやり方でなら倒せんこともないだろう」


「いや、だからそもそも無理に戦う必要はないっつうか、障害魔法とかは普通に使えるんだから、そっちでサポートに回ればいいんじゃ……」


「今回のような状況では、基本的にその立ち回りになるのだがな。よくよく考えれば、杖術に関しては防御技以外、いろいろと仕込んだものを一度も実戦で使っていない。いい機会だから、一度やってみるべきだろう」


 ロイドの突っ込みに対し、淡々と考えを告げるユウ。


 現時点で封じられているのはあくまで攻撃のみなので、防御魔法や障害魔法、回復魔法などでサポートすることはできるし、そちらの方でも十分である。


 もっと言うなら、過剰出力があだになっていることもあり、実のところティファがアタッカーとして活躍する機会は案外少ない。


 普段のフィールドワークなど、素材が駄目になるのでティファは一切攻撃しないぐらいだ。


 そのあたりを考えれば、別に今回ティファが無理して戦う必要はないのだが、今後似たような状況になった時のために、ユウは一度実戦で試すべきだと考えたようだ。


「……まあ、いいんじゃない?」


「おい、ミルキー……」


「だって、ティファがもうやる気になってるし、それに……」


 そこで言葉を切って、やたら気合を入れて拳を握り締めているティファの胸元に視線を向けるミルキー。


「あれが何かやりたそうにうずうずしてるのよね。だったら、ティファのメンタルケア的にも私達の精神衛生的にも、まずは修行の成果を確認するのがいいんじゃないかな、って」


「ああ……」


 ミルキーの指摘に、思わず遠い目をしながら納得してしまうロイド。


 そうでなくても今回情緒不安定なティファが、ブルーハートのほうが活躍したとなったらどうなるか分かったものではない。


 さらに言うと、ブルーハートを下手に活躍させてしまうと、調子に乗って大変鬱陶しいことになるのが目に見えている。


「で、ユウさん。試すのはいいんだが、今から手頃な相手を探す気か?」


「いや。ちょうどいい具合に、それほど遠くない場所に一匹だけ湧いている。まずはティファにそいつを仕留めさせる」


「了解。私達は周辺を警戒して、邪魔が入らないようにしておけばいいのね」


「うむ。ついでに、気の探知の訓練もすればいいだろう」


 そう言いながら、気配の方向へと向かっていくユウ。


 その後ろを、気合たっぷりのティファがついていき、その後を周囲を警戒しつつロイドとミルキーが追う。


 ユウが向かったのは、休憩ポイントからほど近い場所にある小部屋であった。


「この中にいる」


「はい!」


 ユウに促され、もう一度気合を入れてブルーハートを長い杖に変化させ、部屋の中に入るティファ。


 中には、キチン質の外骨格をまとった大型犬サイズのトカゲが鎮座していた。


「アーマーリザードか。少々硬いかもしれんが、単体なら何とかなるだろう」


「いやいやいや! 明らかに今のティファにとって一番きつい相手じゃない!」


 ここは俺の縄張りだとばかりに威嚇してくるトカゲを前に、妙に気楽な態度でそうコメントするユウ。


 ユウのコメントに、即座に噛みつくミルキー。


 アーマーリザードはその名と見た目からわかる通り、鎧をまとった大型のトカゲである。


 最大の特徴は一定以上のダメージを受けるとキチン質の外骨格をパージし、一瞬で傷を治してしまうことである。


 外骨格の下にはこれまた強靭な鱗がビッチリと生えており、鎧を脱いだからといって防御力が下がるわけではない。


 攻撃自体は爪にしっぽに噛みつき、体当たりからののしかかりと大したことはないが、とにかくやたらとタフで正面から普通に殴ると非常に倒しづらいモンスターだ。


 実は魔法防御が極端に低く、トカゲなので冷気系の攻撃にも弱いため、フロストバイトあたりならパージする暇も与えずに仕留めることができるという分かりやすい弱点を持っている。


 なので、魔法さえ使えれば割と倒しやすいモンスターなのだが、今回は物理攻撃力が年齢相応でしかないティファが物理攻撃のみで戦うことになる。


 防御魔法をちゃんと使っているので負けることはないだろうが、相性の悪さは目を覆わんばかりである。


「えいっ!」


 そんなユウとミルキーのやり取りをスルーして、突撃してきたアーマーリザードの前足を払って体勢を崩させたティファは、可愛らしい声を上げながらトカゲの顎をブルーハートの翼の部分でかちあげる。


 いかに非力といえど相手の勢いと自重を利用し、さらに複雑な形状故に打撃面が小さくなるブルーハートの端面を利用した一撃はそこそこ効いたらしく、一瞬動きを止めるアーマーリザード。


 そのまま石突の方でアーマーリザードの喉を突きながら発剄を行い、更にのけぞらせる。


 大きくのけぞった結果、無防備にさらされたアーマーリザードの腹に、流れるように数発の突きを叩き込んでからくるりと杖を回し、再びブルーハートの翼でアーマーリザードの喉を殴りつけるティファ。


 最後に付与魔法で一瞬だけ筋力を増幅した体当たりでアーマーリザードを吹っ飛ばし、距離を取って軽く息を整えつつ相手の状況を確認する。


「……やっぱり、あんまり効いてません……」


 予想はしていたものの、あまりの効果のなさに思わず肩を落とすティファ。


 攻防という観点で見ればティファが圧倒していたが、残念ながらダメージという面では手数ほどの効果はなかったようだ。


 もっとも、アーマーリザードの方もティファを強敵と認識し警戒を始めているように、全くのノーダメージという訳ではない。


 問題は、後どれだけこの攻防を繰り返せば倒しきれるかだろう。


「……惜しいな」


「……何がよ?」


「もう少ししっかり気を練りこんでいれば、腹への突きで奴の気脈を崩せた」


「そうなの?」


「ああ」


 一連の攻防を見守っていたユウが、ティファの攻撃についてそう解説する。


 どうやらティファは、無意識に気脈を崩す攻撃を仕掛けていたようだ。


 なお、本来なら気脈崩しは打撃の一種なので、そこまで気功系の技量が必要な技ではない。


 単純に、ティファの腕力が足りず、発剄を行っても衝撃が届いていないだけである。


「おっ、ティファがなんかやるみたいだぞ」


「……結局、雑に相手の能力を下げる方針に走った訳ね」


 腕力的にまともなダメージが望めないと確信したところで、ありったけの障害魔法をかけて敵の能力を下げられるだけ下げるティファ。


 圧倒的な出力を背景にした強引な無詠唱魔法だが、アーマーリザードは物理攻撃をメインとする冒険者にとって駆け出しの卒業試験というポジションのモンスターだ。


 先ほども触れたように魔法抵抗が極端に低いため、たとえティファほどの魔力がなくとも、アルト魔法学院の専門課程に進める程度の技量があれば無詠唱でも普通に魔法が通る。


 結果として、過剰ともいえるほどの障害魔法により、陸に上がったウミガメ以下の足の速さと子ネズミ並みの物理攻撃力及び物理防御力を持つ、ただただでかくて生命力の高いトカゲに成り下がっていた。


 正直、これ以上の弱体化は不可能である。


「えいっ!」


 念には念を、とばかりに一度だけ被弾したダメージが増える魔法をアーマーリザードにかけ、全体重を乗せてブルーハートの翼の角で殴るティファ。


 ここまでやればちゃんとダメージも発生するようで、一撃でアーマーパージさせることに成功する。


「良かった、ちゃんと通りました!」


「あそこまでやれば、幼児が殴ってもちゃんとダメージが出るのが普通だと思うんだけど?」


「えっと、最後にかけたダメージ増幅の魔法が、もしかしたら効きすぎてたかも、って……」


「ああ。増幅しすぎて、ダメージ上限に引っかかる可能性はあったわね」


「多分、ユウさんが殴ってたら普通に引っかかってただろうなあ」


 ティファが喜んでいる理由を聞き、思わず納得してしまうミルキーとロイド。


 いくらティファの魔法が強すぎる効果を発揮するとはいえ、年相応の腕力と攻撃力しかない少女の攻撃でダンジョンのギミックに引っかかるかも、などと心配する必要はない。


 が、このダンジョンに限って言えば、少々出力高めの魔法使いが使う中級魔法の初歩ですら、それなりの確率でダメージ上限に引っかかるほど制限がきつい。


 ティファが、やりすぎてダメージが通らない可能性を心配するのも当然であろう。


「とりあえず、魔法が効いている間にしとめます!」


 そう言って、先ほども見せた流れるような動きでの連続攻撃を叩き込むティファ。


 さっきと違い防御力がほぼゼロとなっているため、目に見えてダメージが蓄積していく。


 ラッシュの最後の一撃がアーマーリザードの首をへし折り、このダンジョンに入ってから最も長くかかった戦闘がようやく終わりを告げた。


「本当に、このダンジョンの特性は厄介よね……」


「今思ったんだけどさ、大火力の基準って、どうやって決まってるんだろうな?」


「どうやってって、どういう意味よ?」


「上手く説明できないんだけど、実際に与えるダメージが基準なのか、それとも相手の防御力とか耐性とか関係なく基本的な威力だけで決まってるのか、どっちなんだろうな、って」


「基本的な威力だけ、って言うと?」


「例えば、威力百プラスマイナス十のファイアーボールを使ったとして、大火力の基準が百五だとする。基本的な威力だけが基準だと、威力百のファイアーボールはたとえ被弾したときに百五を超えるダメージを受けるモンスターに使ったとしても無効化はされないよな?」


「ああ、そういう話。たしかに気になるわね」


 ロイドが出してきた疑問に、真剣な顔でミルキーが考え込む。


 よほど属性相性が悪くない限り、ティファの魔法は通ればオーバーキルが普通なので不発でも全く気にしていなかったが、実ダメージが基準となると非常に厄介な話になってくる。


 なにしろ、うかつに弱点を突くとノーダメージになる可能性が出てくるのだから、厄介にもほどがある。


 そんなロイドの重要な疑問に対し、ユウが非情な回答を口にする。


「この手の性格の悪いダンジョンの場合、どっちもだと考えておいた方が間違いがない」


「それ、一番聞きたくなかった答えだぜ……」


「そもそも、この手の威力基準での無効化は、基礎威力とダメージどちらかだけで判定しているダンジョンは今のところ発見されていない」


「そりゃまたきついなあ……」


 ユウの豊富な経験と鉄壁騎士団の持つ大量のデータをもとに断言され、思わず天を仰ぐロイド。


 そこに、ユウが救いの手を差し伸べる。


「とはいえ、古巣にある万を超えるダンジョンのデータを参考にする限りでは、大火力無効のダンジョンに無効化される威力未満の攻撃を無効化する能力を持つモンスターが出たり、火炎魔法以しか使えないダンジョンに火炎魔法が通じないモンスターが出たりといった、最初から攻略不能になる状況は発生していない」


「そうなんですか?」


「ああ。先ほどのリソースの話も、結局はそこに関係しているのだろう。恐らくだが、少なくとも偶発ダンジョンは攻略できる形でしか発生しない」


 ユウの言葉に、そういうものかと一瞬納得しかける一同。


 が、すぐにあることを思い出したミルキーが、ユウの言葉に異を唱える。


「ちょっと待ってよ、ユウさん。無限回廊って偶発ダンジョンが常時多数連結した形で発生するダンジョンだ、って言ってたわよね?」


「ああ。それがどうした?」


「前、レアメタルスライムの大群が一度に出現するなんて言う、おおよそ攻略不能としか思えない状況に遭遇していなかったかしら?」


「無限回廊は偶発ダンジョンとルールが違う、という可能性もあるが、そもそも単純に大群が出現すること自体は、攻略不能になる条件とは言えん」


 ミルキーの疑問に、無情な現実を突きつけるユウ。


 結局、実質的に不可能であることと絶対に不可能であることとは違う、ということなのだろう。


 なお、ユウはあえて言わなかったが、実質的に不可能という条件の中には、絶対に不可能という扱いをされているらしいものも結構ある。


 特に攻撃無効系の組み合わせは攻撃の威力を一定の範囲に収めねばダメ、というもの全てが絶対に不可能という判定のようで、記録に残っている限りでは一番性質が悪くてせいぜい大火力無効と特定属性以外無効ぐらいである。


 もっとも、扉を開けたり階段を出現させたりする仕掛けとしてならば、一定範囲内の威力を持つ攻撃を標的に叩き込むというものはあるので、この条件はあくまで戦闘に関してのみのものではあるが。


「そういやさ、こういうダンジョンで俺達が防御魔法とかで相手の攻撃を完全に無効化するのは許されるんだな」


「人間の場合、一切コストなしで永久に、という訳にもいかんからな。何らかのコストを払って一定期間攻撃を無効化する類は、この手のダンジョンのモンスターも使ってくることは普通にあるし、俺達だけ駄目だというような不平等はない」


「じゃあ、さっき言ってた出てこないモンスターってのはどういう奴なんだよ?」


「生体的な特性としてその手の能力を持っている連中だな。上位のデーモン系がその典型で、身にまとっているオーラにありとあらゆる攻撃を一定威力まで無効化してくる。あいつらに関しては腹が減ろうが意識が無くなろうが効かんものは効かん」


 今後に関わってくることだからと、今のうちに潰せる疑問は全て潰そうという勢いで質問を重ねるロイド。


 そんなロイドの質問に、分かっている範囲で説明するユウ。


「さて、あまり話をしていてもキリがない。ティファでもどうにか戦えると分かった以上、とっとと終わらせるぞ」


「あの、ユウさん。その前に一つ試してみたいことがあるんですけど……」


「何だ?」


「このダンジョンが無効化できる威力の上限って、あるのかなって」


 ティファが口にした疑問に、嫌な予感がして思わず背中に冷や汗を浮かべるユウ。


 ダンジョンの内部は外部とは違うルールや法則が支配しているのは事実だが、それが無制限であるかどうかは誰も確認していない。


 特に今回の全属性大火力無効化のように、属性相性も何も関係なく働いていること自体が不自然極まりないものは、ダンジョンの持つリソース的に無効化できる上限なしというのは考えづらい。


 問題は、今までどんな小規模なダンジョンでも、これまでの人類が発揮できた火力では上限を超えられたためしがない、ということである。


 今のところ、歴史上一人の人間が放てた出力は、せいぜいティファの最大出力の三分の一が限界だった。


 そこまでは普通に魔法を使っても無力化されることが分かっているが、それ以上となると何一つ分かっていないのが実情だ。


 そして、もう一つ問題が、かつての最大出力の持ち主が、今では禁呪とされている魔法を使ってダンジョンを崩壊させたことがあったことであろう。


 コアを破壊してダンジョンを潰したのではない。ダンジョン研究の一環として、二層ある偶発ダンジョンの一層目で最大出力の魔法を使い、ダンジョンの耐久力を超える一撃を叩き込んで崩壊させたのだ。


 その当時の記録と今回のダンジョン、規模的には大差がないことを考えれば、ティファの全力が無効化されなければ、まず間違いなく崩壊する。


「その確認は必要だろうが、やるならすぐに外に出られる位置でなければだめだ。下手をするとダンジョンが崩壊するからな」


「崩壊、ですか? コアを壊さないのに?」


「ああ。ダンジョンだって、どんな攻撃でも耐えきれるほど強靭ではない。去年、インフィータのリゾートブロックで、訓練用の大規模フィールドを崩壊させかけたことを忘れたのか?」


「あっ……」


 ユウに言われて、思わず小さく声を上げるティファ。


 普通なら検討する必要もないどころか、起こる可能性を口にするだけで頭を心配されるような話ではあるが、こと、破壊力だの攻撃力だのが影響する事柄に関しては、ティファが絡んだ時点で最悪の事態を想定しておかねばならない。


「過去に一層目で大魔法をぶっ放して二層構造のダンジョンを崩壊させた事例が記録されている以上、ティファが全力を出せば起こると考えておかねばならん」


「だったら、さっさと脱出して、入口で試しましょう。どうせこんな面倒なダンジョン、飼い殺しとかも考えないでしょうしね」


 過去の事例という非常に説得力のある言葉を聞き、あっさり探索中断を宣言するミルキー。


 自分たちの戦闘経験という面ではそれなりに有意義だが、それ以外の実りが少なすぎて微妙にうんざりしていたのだ。


 なお、ミルキーのテンションを下げる一番の理由が、ドロップアイテムとして素材が出ないタイプのダンジョンのくせに、解体しても自分たちの役に立つようなものが取れるモンスターがいないことだったりする。


「なあ、ユウさん。一応確認しとくけど、このダンジョンって宝箱とかは無さそうなのか?」


「あったところで、十中八九は大したものではなかろう。正直な話、ティファにストレスを与えてまで探す気にはなれん」


「ユウさんが、ティファのストレスを気にするなんて……」


「ティファが余計なストレスをため込んだ結果、魔力の制御が粗くなっては目も当てられん。それに、そろそろブルーハートが鬱陶しいことを始めそうだ」


 珍しく気を使って見せるユウに戦慄しているミルキーに対して、なかなか自分本位な理由を正直に告げるユウ。


 このあたり、どこまで行ってもユウはユウである。


 そんな話をしているうちにダンジョンの入口に到着。全員すぐに出られるようにと身構えながら、ティファが魔法を使うのを待つ。


「やります!」


 周囲に見守られながらブルーハートを展開し、そう宣言してから魔力を練り上げるティファ。


 十秒ほどの時間をかけて注ぎ込めるだけの魔力をブルーハートの先端に注ぎ込み、無属性の超圧縮魔力弾として射出しようとする。


 その瞬間、ダンジョンから多大な抵抗がかかり、出そうとした魔力が堰き止められる。


「むぅ!」


 その激しい抵抗に、思わず小さくうなるティファ。


 だが、ここでへこたれてなるものかと気合を入れなおし、抵抗を貫くことに全集中する。


「へぁ!」


 もうあと一押しでぶち抜ける、そう確信を持ったティファは、聞いている周囲の人間の気合が抜けそうな掛け声を上げながら、さらに魔力を注ぎ込む。


 もうちょっとで魔力弾が完成し、ダンジョンに向かって飛び出していく、そんなタイミングで、集中しすぎていたティファの意識の隙間を縫うような一撃が、魔力弾を形作りかけていた魔力を打ち抜く。


 その一瞬の一撃であっさり魔力が雲散霧消し、反動に備えて踏ん張っていたティファが尻もちをつく。


「だ、大丈夫!?」


「はい。でも、相手の罠に引っかかっちゃいました……」


「罠? どういう事よ?」


「もう一押し、っていうタイミングで、別の方向から妨害系のエネルギーが飛んできて、対応できませんでした」


「ってことは、無理そう?」


「コツはつかめた気がするので、もう一回チャレンジしてみます」


 そう言って、気を練り上げて魔力に変換し、一気に魔力を満タンにするティファ。


 そこまで急がなくても十分も休憩すれば普通に満タンになるのだが、どうやらその時間すら待てないほど前のめりになっているようだ。


「今度こそ!」


「いやいやいや! 何かやって魔力を補充してたのは分かるけど、ちょっとぐらいは休憩しなさいよ!」


「終わったらしっかり休みます!」


 ミルキーの突っ込みを全力でそう宣言してスルーし、ひたすらガンガン魔力をチャージしていくティファ。


 先ほど魔法をあっさり潰されてプライドが傷ついたのか、ブルーハートも今までになく素直にティファに従っている。


 十秒ほどで先ほどと同じぐらいの魔力弾を作り上げ、再び射出しようとするティファ。


 このままではまた同じことの繰り返しなのでは? と、周囲で見守っていたユウ達が疑問に思ったところで、ティファがとんでもないことを始めた。


 発動しようとしている魔力弾の外側を、同等以上の魔力と密度を持つ殻で覆い始めたのだ。


 ティファが魔力弾の全周囲を覆い終えるのと同時にダンジョンからの一撃が殻に直撃、その衝撃で中の魔力弾が完成して射出される。


 魔力弾が射出されると同時に、奥から大量のモンスターが走ってきて魔力弾に接触、炸裂させることすらできずにどんどん消滅していく。


 どうやら、掟破りの手法でダンジョンを粉砕しようとしているティファの妨害をするつもりだったようだが、ほとんど休憩らしい休憩もせずに二発目をぶっ放そうとするとは予想できなかったようで、完全に手遅れとなっている。


「……終わったな」


「……私達、多分歴史の一幕を目撃してるのよね……」


「……こういうのを目撃したくはなかったけどなあ……」


 傍観者としてそんな感想を漏らすユウ達の目の前で、ダンジョンが悲鳴のような音を立てて崩壊していく。


 結局、いかにダンジョンが理不尽な存在であっても、もっと理不尽な存在の前には無力であることが証明されてしまったのであった。








「と、いう訳でだ。あのダンジョンは跡形もなく崩壊した」


「理屈の上では理解できるんだが、実際にやってのける存在が身内にいるってのは知りたくなかったぞ……」


 その日の昼過ぎ。麗しき古硬貨亭。


 予想外に早く戻ってきたユウの報告を聞いたバシュラムが、天を仰ぎながらそうぼやく。


 現在、この場にはユウの呼び出しを受けたバシュラムとベルティルデ、リエラの三人がおり、逆にティファとミルキー、ロイドの三人は昼食ができるのを待ちながらリエラの持ってきた課題を解いている。


「まあ、ティファに関しては今更なので置いておくにしても、過去にダンジョンを崩壊させた人物がいたというのは初耳ですね」


 同じテーブルで報告を聞いていたリエラが、ユウのもたらした未知の情報について正直にそう告げる。


 ユウもリエラの言葉にさもありなんとうなずき、なぜリエラが知らないか、というより世間一般にこの情報が広まっていないのか、という考察を口にする。


「だろうな。俺達ですら威力だけで崩壊させたというのは眉唾物だと思いながら、一応記憶だけはしていた情報だ。世間一般では与太話扱いで消えたか、神話か何かにされて事実とは思われていないかのどちらかだろうよ」


「ですが、確かに記録としては残っているのですよね?」


「ああ。ただ、今では禁呪扱いされている魔法を使っての実験、という記録だけだったから、使った魔法の詳細が分からんでな。正直、去年ティファがインフィータの訓練用フィールドを崩壊させかけていなければ、今でも出力だけで崩壊させたとは信じていなかっただろうな」


「禁呪ですか。それならば確かに、魔法の持つ特性がダンジョンを崩壊させた可能性はありますね。ですが、性質が分からないということは、今までその実験以外で誰も使っていないのですか?」


「要求される魔力と制御能力が高すぎて、使った本人以外誰も再現できていない。なので、なぜ禁呪指定されたのかも結局のところ謎のままだ」


 ユウの説明に、そのタイプの禁呪かと納得するリエラ。


 一口に禁呪と言っても種類や指定されるまでの経緯はいろいろあるもので、単に威力が大きすぎる上にまともにコントロールできないからという理由で禁呪扱いされているものもそれなりに多い。


 恐らく、ダンジョンを崩壊させた禁呪というのも、魔法としてはそういう種類のものなのだろう。


 なお、このタイプの禁呪は使っていた本人以外に発動できた人間がいないことが多いが、制御不能なほどの高威力という点を考えればおかしな話でもない。


 多分これらの魔法もティファなら発動可能だろうが、そうでなくても威力が消費以上に増幅されるティファにそんな魔法を使わせるのは人類を巻き込んでの自殺行為になりかねない。


 なので、この場にいる人間は誰もティファにそんな魔法を試させようとは思っていない。


 もっとも、禁呪を使ってみてくれと言われても、ティファ本人が絶対に首を縦に振らないだろうが。


「いろいろ衝撃的な話だったけど、結局今回の話で重要なのは、二層とか三層とかの小さなダンジョンは、ティファちゃんなら攻略せずに崩壊させることもできる、ってことだけよね?」


「ああ。だが大火力禁止の特性は限界を超える火力でぶち抜ける、なんて情報はティファ以外に誰も出来そうもない時点で何の意味もない」


「でしょうね。その手の禁止系は全部同じ要領でぶち抜けそうだけど、ぶち抜ける出力があったらその時点でダンジョンが崩壊しそうだしねえ……」


 横で聞いていたベルティルデのまとめに、いつものむっつりした表情でうなずくユウ。


 なお、この時ユウは内心で


(よくよく考えればお館様やお嬢様なら普通にやってのけかねんし、秘伝を撃てる団長達ならやりようによっては可能かもしれん)


 などと考えていたのだが、余計な情報だからと黙っていたのはここだけの話である。


「とりあえず、ティファの嬢ちゃんがダンジョンを崩壊させられるっつっても、収入やら何やらと引き換えだからな。どう考えても最後の手段だろう」


「そうね。逆に言えば、どうにもならないダンジョンが出た時、入らずにどうにかする切り札がある、ってことだし」


「なんにせよ、積極的に使うような手段ではありませんし、一番遠い北東のダンジョンのように小規模とはとても言えないダンジョンに通用するかもわかりません。ティファの最大出力は、本当にどうにもならないとき以外は使わないつもりで居ましょう」


 リエラの出した結論に、その場にいる全員がうなずく。


「難しい話は終わったみたいだし、そろそろお昼ごはん出してもいい?」


「ああ、頼む」


 頃合いを見計らって声をかけてきたカレンに頷き、昼食を出してもらうよう頼むユウ。


 結局この日、昼食が終わった頃合いに飛び込んできたSOSにより、最後の手段だと言った舌の根も乾かぬ間にティファの全力でもう一つダンジョンを崩壊させることになるのであった。

今回はFLFLさんのネタをベースにさせていただきました。

本編では触れ損ねましたが、一応分裂増殖型のモンスターは出てます。

単に、その性質がわかる前に焼き払われているだけで。


後、今回のダンジョン粉砕はちゃんとルールをもって判定した結果に基づいています。

具体的には2D6を振って

9以下:魔法発動失敗、レベルが上がるまで再挑戦不可

10 :魔法発動は失敗するも、糸口をつかむ、一度だけ再挑戦可能

11 :上記に加え、次回の判定時11以上で魔法発動に成功、ダンジョンを粉砕する

12 :魔法発動に成功、ダンジョンを粉砕する


というルールで判定し、一回目が11、二回目が12という結果になりました。

次回以降、同じような仕様のダンジョンではティファの魔法で粉砕されてしまうため

物理無効と魔法無効は候補から外させていただこうかと思います。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字というか…… 「いや。ちょうどいい具合に、それほど遠くない場所に一匹だけ湧いている。まずはティファにそいつを仕留めさせる」 中略 「アーマーリザードか。少々硬いかもしれんが、…
[一言] 更新、お疲れ様です。 ミルキー、可能性ゼロなんだかたとりあえずいうだけ無駄だと思いますw 上限ありですか。 壁があったら殴って壊す、とばかりにティファがぶち壊しそうですねw 物理攻撃w…
[一言] ダンジョンのシステムや小話も含め、なかなか面白い展開とオチになりましたね 特にティファが物理攻撃しにいったとこが。 ゴリ押しオチは乱数の神も推奨したということで
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