第3話 ダンジョンの出現状況調査
「さて、状況証拠的に見てこの配置図は大体正しいんだろうと思うが、どこからどうやって調べるんだ?」
ベルファールから二通の手紙が届いた翌日早朝。アルト魔法学院。
リエラの支度が終わったところで、バシュラムが今日からの方針について確認する。
なお、本日の調査班はユウ、ティファ、バシュラム、ベルティルデ、リエラの五人。
大まかなくくりでは同じタイプであるティファとリエラが二人とも参加する理由は、気を練りこんだ魔法で広域探知できるのがティファだけだという点に加え、今後のためにティファにこの種の調査の経験を積ませたかったという事情もある。
「そうだな。まずはできるだけ門からも市壁からも近い場所を片っ端から調べるべきだろうな。人目も多いから発生済みの未発見ダンジョンなんぞそうはなかろうが、誰も気が付いていないようでは危険だ」
「そうね。見落としがあった挙句魔神が出てくるタイプのダンジョンだったりしたら、今度こそアルトが無事では済まないものね」
「恐らくあったとしても出現直後で侵入不可能なものが大半でしょうけど、それならそれで出入りできないよう封印しておく必要がありますし」
ユウの方針に、ベルティルデとリエラが同意する。
出入り口の近く、目立つ場所にできた偶発ダンジョンなんて、ありとあらゆるトラブルのもとでしかない。
「にしても、百三十二カ所とか言ってるが、そんなにあったら何個かは気が付かないもんなのか?」
「さすがに出現前のは分からんし、ここしばらく探知系の魔法を使う機会はなかったから、魔法でないと発見できない奴には気付くことができん。それに、精霊魔法でないと分からん類は、俺ではどうやっても発見できん」
「ああ、そりゃそうか」
「あと、この略図で言うならこの地域にはほとんど行ったことがない。近くまで行くことはあるが、この図の端の方にあるダンジョンは、俺の探知能力では探知できん」
「そのあたりは、縄張り的に麗しき古硬貨亭にゃあんまり依頼が来ない場所だからなあ」
ダンジョンの存在をまともに探知できなかった理由を、バシュラムに説明するユウ。
ユウの説明を聞いて、そりゃそうだと納得するバシュラム。
ただし、そうなってくると、この手紙の主はどうやってこれを調べたのか、という問題が出てくるのだが。
「あの、質問いいですか?」
「なんだ?」
「出現前のものが分からない、というのは当然のことだと理解できるんですけど、だったらなぜ出現した時点を発生したと呼ばないんでしょうか?」
「それについては簡単な話でな。ある程度以上危険なダンジョンが発生した場合、出現前に神官たちが神託を受けることがある。危険なダンジョンが発生したからと言って必ずしも神託を受けるわけではないが、神託を受けた場合は確実にダンジョンが出てくるから、偶発ダンジョンの生成過程について今のように表現されるようになった」
ユウの端的な説明により、そういうものかと納得するティファ。
ユウは特に触れなかったが、世界全体でみるとこの呼び名が定着する程度には神託を受ける事例があり、歴史を紐解けば神託を無視した結果滅びた国も存在する。
「で、まあ、話を戻すとして。これが正しいとなると手紙の主のことがいろいろ気になってくるけど、とりあえずまずは現地調査ね」
「あの、現地調査ってどうやるんでしょうか?」
「そうね。とりあえず最初は、門から見える範囲を五百メートルから一キロぐらいの範囲で探知をかけて、変な反応がないかを確認して回る感じになるわね」
「変な反応、ですか?」
「ええ。といっても、私も出現して数日とかそういうレベルのダンジョンなんて探したことがないし、偶発ダンジョンが探知に引っかかった時の反応なんて毎回違うから、そうとしか説明しようがないんだけど……」
「要するに、違和感を覚えたところを詳細に調べればいいのですよ」
ティファの疑問にうまく答えられないベルティルデを、リエラが補足する。
そこに、さらにユウが注意事項を追加する。
「使う探知だが、普段のように一瞬で効果が終わるものではなく、ある程度持続時間があるものを使ってくれ。時間的には、そうだな……。三十秒ぐらい続いたほうが安全か」
「えっと、どうしてでしょうか?」
「一瞬で終わってしまうと、特殊なモンスターが湧いていたら誤認してしまう可能性がある。少しでも持続時間があれば、一部植物系の例外を除いてほとんどのモンスターを排除できる」
「あっ……」
「それに、今回はまだ出現していないダンジョンも調査対象に含まれている。あまり期待できるものではないが、三十秒あれば、とことん運が良ければ発生した瞬間を拾える可能性がある」
「あの、モンスターのほうは理解できるんですけど、ダンジョンの発生の瞬間なんて、そんなに都合よく拾えるものなんでしょうか?」
「拾える時は拾える、というところだな。なので、さっきも言ったように、基本的にそっちはあまり期待せずに進める」
「はいっ!」
ユウの出した指示とその意味に納得し、ティファがうなずく。
「では、調査に赴きましょう」
打ち合わせも終わり、準備も整ったところでリエラがそう切り出す。
その言葉に全員がうなずいたのを見て、転移魔法で南門へと全員一気に移動するリエラ。
こうして、差出人不明の怪文書を根拠とした偶発ダンジョンの大規模調査が、ついに始まりを告げるのであった。
「……ふむ。妙な気は発生していないな」
「おかしな精霊力もないし、地脈も普通ね」
「こちらも、特におかしな反応はありません」
南門を出てすぐ、通行の邪魔にならない場所で行った初回の探知は、ティファ以外不発で終わった。
「後はティファの嬢ちゃんだけか。つっても、所詮半径百メートルだからなあ」
「ああ。この位置から百メートル圏内で発見できていないとなると、むしろその方がまずい」
「だよなあ……」
「あっちの方は茂みとか林とかがあって視界がよくないけど、さすがにダンジョンとなると、よほど変な位置に入口が隠れてない限りはねえ……」
どうせ見つからないだろうというバシュラムの否定的な見解に、ユウとベルティルデも同意する。
そもそも今回は手順の確認もかねて念のために行ったものなので、本来の予定よりも探知範囲を絞っている。
なので、何か見つかるとは誰も思っていないのだ。
「えっと、とりあえずやりますね」
同じような感想を持ちつつも、一応魔力探知を発動するティファ。
ただし、リエラと同じことをやっても意味が薄いので、ティファのものは気を練りこんだ魔力を使っている。
だからと言って何かが見つかるとは思っていなかったのだが、持続時間の三十秒が終わるギリギリのタイミングで、効果範囲ギリギリのあたりに発生した妙な反応を拾ってしまう。
「えっ?」
「どうした?」
「あの、もう一回使ってみます」
ティファの様子がおかしいことに気が付いたユウにそう告げ、もう一度魔法を発動する。
今度ははっきり、二カ所で妙な反応を拾う。
どちらも三十秒の間一切位置が変わらなかったので、不動種のモンスターかダンジョンかのどちらかであることは確定である。
「あの、二カ所で変な反応を拾いました」
「ふむ、確認してみるか。……一つは門から東にほぼ百メートルぐらいの壁際か?」
「はい」
「となると、もう一つは気の探知では拾えんか。リエラ殿、ベルティルデさん、頼む」
「もうやってるわ。精霊探知では、ユウが拾ったほうが拾えないわね。もう一カ所は多分、門から西に九十五メートル、南に五メートルぐらいかしら」
「普通の魔力探知では、どちらも拾えたり拾えなかったりという感じですね」
ティファの報告を受け、各々が探知をして位置を確認するユウ達。
複数人によるチェックでティファの勘違いではないことを確定させる。
「何かあるとはっきりしている以上、目視で確認してこねばなるまい」
「そうね。とはいえ、十中八九は出現したての偶発ダンジョンだし、全員で同じ場所を確認する必要はないわよね」
「そうだな。どうせどちらも今日の時点では中に入れんだろうし、二手に分かれて封印作業を行うか。ベルティルデさんは、ダンジョンの封印はできるか?」
「残念ながら、精霊魔法はそういうのに向いてないのよ」
「ならば、リエラ殿が一緒だな。どちらに行く?」
「西側のほうにするわ。位置的に、間違いなく茂みの中でしょうし」
「ならば、そちらを頼む。俺は念のため、位置によっては壁の裏側も確認しておく」
「そうね、その方がいいわ」
ユウの言葉に同意するベルティルデ。
ユウが調べに行く東側の反応は、位置関係からどう考えても壁に接する形で発生している。
この場合、ダンジョンの入り口が都市の外側だけにできていれば問題ないが、内側にも発生していると厄介なことになる。
「あの、ユウさん、リエラ先生。質問があります」
「なんだ?」
「確か、都市や村に張っている結界って、モンスターの侵入防止以外にもダンジョンの発生も抑制しているんですよね」
「ああ」
「ええ、そうよ」
「こういう境界線上にできたダンジョンが、結界内部に侵入することって、あるんですか?」
「壁の厚さや結界の強度、ダンジョンの規模と侵食能力による、といったところか」
「そうですね」
ティファの質問に、微妙にあいまいな回答をするユウとリエラ。
それを聞いたティファが、微妙に考えこむ。
「あの、結界の強度とダンジョンの規模や侵食能力というのは分かるんですが、壁の厚さというのは?」
「そのままの意味だ。結界が壁の外まで覆っているとも限らんからな。結界の外に壁があった場合、壁が薄ければダンジョンの領域が貫通することがある」
「そもそもそれ以前に、ダンジョン発生防止の結界は物理的な障壁ではありませんからね。村や町の周囲を覆っているのが低い柵などの場合、境界線上にダンジョンができてしまえば、領域が結界を貫通しているのとあまり変わりません」
「あっ……」
リエラの言葉で、ようやく事の本質を理解するティファ。
ダンジョンの発生に、物理的な障害は意味を持たない。壁があろうが建物があろうが岩があろうが、ダンジョン発生防止の結界がなければ問答無用でダンジョンは発生するし、発生してしまえば出現した段階でそこに存在しているありとあらゆるものは消失する。
例外的に発生するタイミングで発生する場所に一定以上の大きさとエネルギーを持つ植物以外の生き物がいる場合、ダンジョンの規模によってはその生き物が発生ポイントから移動するまで出現しないことがあるが、結界を張っていない無機物に関してはそういう例外は一切ない。
さらに、ダンジョンが発生防止の結界に接するように発生することはない、などというルールは存在しない。
そのあたりの条件により、ダンジョンが外壁に発生した場合、入口がそのまま外壁をぶち抜いてくるということは普通に起こりえるのだ。
「まあ、門を出てすぐ、出入り口と街道を思いっきりふさぐ形でダンジョンが出現する、みたいな最悪の状況にはなってねえからな。それだけでもまだよかったんじゃねえか?」
「そうね。たしかフォーリンゲンだったかしら? よりにもよって一番物資のやり取りが多い道と門を完全にふさぐ形で超難易度の大規模ダンジョンが発生したのは」
「そうそう。おかげで結構な規模の大都市だったのに、最終的に都市を放棄せざるを得なかったって話だったよな」
過去の事例をもとに、考えうる最悪の事態について言及するバシュラムとベルティルデ。
因みにフォーリンゲンはトライオンがあるクリューウェル大陸ではなく、ユウの出身地であるエルファルド大陸の中南部に存在していた三世紀ほど前の都市だ。
滅ぶきっかけとなったダンジョンも攻略され消滅しており、都市の痕跡も残っていないためどこにあったのか分からなくなって久しい町である。
なので、事例としては知られていても、名前については半ば忘れられつつあったりする。
「なんにせよ、状態を確認せんことには何とも言えん。もっとも、若干障害物があるとはいえ、ここから目視で確認できん規模のダンジョンでは、そうそうとんでもないことにはならんだろうとは思うが」
「地面にものすごく大きなダンジョンの入り口ができている、という可能性もあります。その場合、完成したダンジョンが壁の土台を貫いているかもしれませんよ」
「無論、そういう可能性もある。が、グダグダ言っていても始まらんので、とっとと確認してくる。ティファ、行くぞ」
「はいっ!」
ユウに促され、ダンジョンの確認のために移動を始めるティファ。
それを見送って、さっさと自分たちの割り当てを見に行くバシュラムたち。
ユウとティファが見たダンジョンは、何とも言えない感じで出現していた。
「周囲の景色に溶け込むよう、微妙にカモフラージュしているな」
「遠目からだと、ぱっと見では分かりません……」
無理に表現するなら隠し扉風といった風情で外壁に張り付いているダンジョンの入口に、珍しく困惑を隠さないユウ。
ティファの方もどう反応していいか分からず、何とも悩ましそうな表情で正直な感想を述べる。
「あの、ユウさん。こういうダンジョンってどんなものが多いんでしょうか?」
「現時点では、何とも言えん。そもそも、こういうダンジョンは見たことがないからな」
「まだ、入れないんですよね?」
「ああ。入ってもいいが、恐らく二度と外には出られん」
ティファの質問に、分かっていることを全て正直に告げるユウ。
出現直後のダンジョンは、出入り口ができただけで内部構造が確定していない。
そのため、入ってすぐのエリアが常に出入り口とつながっているとは限らず、場合によっては入ってすぐに次元の狭間へと落とされてしまう可能性すらある。
「今の段階でダンジョンを潰すことはできないんでしょうか?」
「もう少し育って、ある程度コアが完成してからでないと無理だな。探った感じから、このダンジョンは明日ぐらいか?」
ユウの説明に、なるほどと納得するティファ。
コアを破壊する以外の方法では、偶発ダンジョンを潰すことはできない。
が、出現したばかりのダンジョンは、コアが小さすぎてどこにあるかの探知そのものができない。
しかも内部がほぼ次元の狭間なので、空間の広さが無限大に近い。
その広さだと、いかにティファの魔法があり得ない規模であろうと手あたり次第叩き込んで破壊するのもほぼ不可能だろう。
ミスって中に落ちてしまうリスクも考えると、やらないほうがましである。
なお、コアが破壊できるようになるまでの期間はこれまたダンジョンによって違い、出現してすぐに破壊できるものもあれば何か月かかかるものや完全にダンジョンが完成しないと破壊できないものもある。
また、今出現したダンジョンのように最初から破壊できるようになるまで大体予測がつくダンジョンもあれば中に入れるようになるまで一切予測がつかないダンジョンもあり、そのあたりがいつ分かるかと破壊できるようなるまでの期間との相関関係もない。
ユウが昨日発見したダンジョンは、どちらも完成するまで中をはっきり確認できないタイプだったため、大まかな予測しかできていない。
このように、偶発ダンジョンというやつはとにかくいろいろ面倒くさい存在なのだ。
「ここは明日見に来るとして、後はバシュラムさん達のほうがどうなったかだな」
「お~い、ティファの嬢ちゃん! ちょっと来てくれ!」
「はい!」
そのまま封印処理を済ませ城壁の裏側も確認し、もう一組はどうなったのかと意識を向けたところで、ティファがバシュラムから呼ばれる。
「あの、どうしました?」
「こっちのダンジョン、中にゃ入れねえが、ティファの嬢ちゃんなら一発で終わらせられそうなんだよ。つう訳で、ブルーハートを使って、こん中にでかいの一発叩き込んでくれ」
「でかいの、ですか? どれぐらいの威力がいいでしょうか?」
「そうだな。前にインフィータの訓練エリアで試射した威力の一割ぐらいあればいいか?」
「分かりました。やってみます」
バシュラムに頼まれてブルーハートを杖に変え、冬休みに行った試射を思い出しながら慎重に魔法を構築する。
大体これぐらい、というところでブルーハートの先端をダンジョンの中へ突っ込み、術を発動する。
こういう時よくあるパターンでは、闇の中から腕や触手的なものが伸びてきてティファをつかもうとするものだが、幸か不幸か今回は特にそういう事もなく、スムーズに魔法が発動する。
もっとも、もし何かがティファを捕まえて引きずり込もうとしたら、恐らく起点となるであろうブルーハートを容赦なく手放して逃げていただろうが。
「……どうだ?」
「分かりません。ただ、手ごたえが軽いので、三倍ぐらいの威力で撃ってみます」
横で見ていたユウの問いかけにそう答え、サクッと威力三倍の魔法を詠唱するティファ。
威力を増やす方向なら増幅効率も制御効率もいいブルーハートのおかげで、たとえ威力が三倍になっても普段訓練に使っているライトの魔法ぐらいの気楽さで使えてしまう。
このあたりがブルーハートの出番が減る原因の一つなのだが、これに関しては本来発動体というのはそういうものなので、さすがに文句を言うのは不当だとティファも理解している。
逆に言うと、問題がこれだけなら塩対応されることもなかったのだから、つくづく頭の悪い杖である。
「今度はどうだ?」
「……多分、今回は行けたと思います」
そう言いながらティファがダンジョンからブルーハートをひっこめた瞬間、何かが飛び出してきてダンジョンの入り口が消失する。
飛び出してきたものをとっさにキャッチし、しげしげと観察するティファ。
ダンジョンから出てきたのは、ティファの握りこぶしより一回り大きな青みがかった透明な石であった。
「ふむ、魔力結晶か。青ということは水属性だな。その大きさと透明度なら五万ぐらいか?」
「最近の相場だったら、五万五千ぐらいですね」
「ダンジョン攻略の報酬としては微妙だが、完成前に潰したことを考えれば妥当なところか」
ティファがキャッチした石を、そんな風に鑑定するユウとリエラ。
魔力結晶は基本的に魔道具のバッテリーとして使われることが多いもので、大きさで魔力容量が、透明度で純度が、色で属性が決まる。
そのうち、特に価値に対して大きな影響を与えるのが純度と属性で、純度が低いと魔力を込めるのも魔力回路を付与するのも難しくなり、あまりたくさんの属性が混ざってしまうと制御が難しくなる上に一つの属性に使える魔力量が減ってしまう。
もっとも、色については評価項目がいくつもあり、特に重視されるのが単色かどうかとどれだけ原色に近いかだが、二色以上がまだらに入っているような石でも色の組み合わせによっては単色のものより評価が上がることがある。
そのあたりは需要と供給によるところが大きいため、今月青と黄色のマーブル模様が高く売れても、来月が同じとは限らない。
その中でも比較的使いやすくて用途が多い赤、青、黄、緑、つまり、火、水、大地、風の魔石は相場が安定している。
その観点から見れば、今回出てきたそれなりの大きさで透明度が高い水属性の魔石は、魔石としてみれば当たりの部類になるだろう。
なお、原色という扱いが光の三原色と色の三原色両方を網羅しているが、そこは四大属性故の都合ということで誰も深くは突っ込んでいない。
「魔力結晶って、こんなに奇麗な色をしているんですね」
「そういえば、ティファは普段、クズ魔石しか使ったことがありませんでしたね」
「学院でもそうなのか?」
「はい。まだ技量的にも魔力結晶が必要となる付与を行う段階ではありませんし、そもそも過剰魔力の問題がある程度落ち着くまでは魔力結晶を使うのは危険ですし」
「確かにな」
ティファの素朴な感想に、そういえば魔力結晶を見せたことがないことに気が付いてしまうリエラとユウ。
普段ティファが練習に使っている魔石は大きさこそそれなりにあるものの、ぱっと見はそこらに転がっている普通の石と変わらない。
また、ブルーハートやアイテムバッグには魔力結晶を使う必要がなく、無限回廊のドロップには魔力結晶はなかった。
なのでティファは、本来魔道具作りに必須であるはずの魔力結晶と、今日この時までずっと無縁のままだったのだ。
「学院では、魔力結晶の作り方は教えないのか?」
「ある程度付与魔法ができるようにならないと成功しない類のものなので、四年生で教えることになっています」
「ふむ、つまりロイドが今年学ぶわけか」
「そうなりますね」
魔道具作りにおいて必須ともいえる技能について、どうなっているのかをリエラに確認するユウ。
採掘やドロップだけに頼るとどうしても供給が不安定になるため、必要とする属性を持つ魔力結晶を作る手段はちゃんと編み出されている。
が、これはリエラが言うように、ある程度付与魔法を使いこなしている、つまり魔力の制御に長けていないと出来ないことなので、十分に技量を伸ばしてからでないと教えようがない。
アルト魔法学院では、その目安が専門課程の四年生ということである。
「……今思ったのだが、ティファの場合その時期に魔力結晶の作り方を覚えられるかどうかは、誕生日の時期などを考えるとかなり微妙なところではないか?」
「……そうかもしれませんね」
「はうっ」
珍しく困った顔を隠そうともしないユウの指摘に、渋い顔でリエラが同意する。
今から二年後ということは、ティファの場合十中八九まだ十三歳になっていない。
それ自体はどうということはないのだが、絞るほうの制御に関しては肉体の成長が終わっていないことが枷になっているのがはっきりしている。
ミルキーじゃあるまいし、ティファの場合十二やそこらで肉体的な成長が止まるとは思えない。
「どことは言わねえがカレンの嬢ちゃんがいまだに育ってるんだから、ティファの嬢ちゃんも十七、八まで成長が止まらない可能性は普通にあるしなあ」
「あと、十二歳ぐらいって言うと、一番大事なものが始まってない可能性もあるのよね」
「うちの古巣でも、女性の見習いに関しては十一から十三の間が一番そのあたりのばらつきが大きくて注意が必要だった。それを踏まえると、ちょうど心身ともに一番不安定な時期にかち合う可能性が高いな」
やや下世話なネタから問題を指摘したバシュラムに乗っかるように、ベルティルデとユウも自身の見解を述べる。
胸が育ち始めたのは早かったティファだが、女性の第二次性徴としては一番大事なものであろう初潮については、今の時点ではその予兆が一切ない。
まだ焦る時期では全然ない、どころか今始まっているようでは早すぎると言えなくもないので問題ないのだが、あまり遅いとそれはそれでいろいろ不安が出てくる。
カリキュラムとの兼ね合いも踏まえると、来年早々に来て再来年には周期が安定するぐらいが一番ありがたいのだが、こればかりは誰にもどうにもできない個人差の問題で、なるようにしかならない。
「えっと、あの、一番大事なもの、っていうのは……?」
「こんな場所で男を交えて話すようなことじゃないから、帰ったらおかみさんと一緒に教えてあげるわ。ティファちゃんの場合、来るようになってから周期が安定するまでは多分魔力の制御とかにも影響が出てくるはずだから、ちゃんとした知識と心構えが必要そうだし」
「そうですね。学院でも一応そのあたりの性教育は行っていますが、ティファの場合飛び級と学院内部の混乱の影響で入口の部分が飛んでしまっていますので、ベルティルデ殿にフォローしていただけると大変助かります」
「デリケートな話だから、ティファの嬢ちゃんの場合は性格的にも学院で同年代の女子生徒を集めてまとめて、ってやり方よりおかみさんとかにマンツーマンでしっかり教わったほうがよさそうだよな」
大きな懸念事項でもあるティファの性教育について、師匠そっちのけで話を進めていくベルティルデたち。
それに対して、完全に蚊帳の外に置かれた形のユウも特に文句は言わない。
「そのあたりはベルティルデさんたちに任せるから、次に進もう。今日中にせめて、街道沿いのエリアの半分ぐらいは済ませておきたい」
「そうだな。あと、できるだけ効率よくやりてえから、もうちっと範囲を広げられねえか?」
「ある程度精密に探知をかけねばならんから、拡大できて十倍、半径一キロが限界だな。雑にやるなら二十キロ程度はいけるが、そこまで広げると大雑把な位置ぐらいしか分からんし、誤差も平気で一キロぐらい出る」
「私もそのぐらいですね。単に探知すればいいのであれば、アルト全域を覆うぐらいは可能なのですが……」
「私の方は今ので精霊たちも何を探せばいいのか把握できたから、半径五キロぐらいまでは正確に調べられるわね。探知範囲自体には特に限界はないけど、それ以上になると伝言ゲーム的な感じになっちゃうから、一気に精度が落ちるのよ」
「えっと、やろうと思えば情報をもらった範囲全部を精密探知できますけど、上手く情報の取捨選択ができるのはやっぱり半径一キロぐらいです」
バシュラムの確認に、各自限界範囲を正直に告げる。
やはり他人の力を借りるだけあって精霊魔法での探知範囲は群を抜いているが、それ以外は割と似たような範囲に落ち着くようだ。
なお、最大範囲はティファとリエラは魔力量、ユウは気の性質と鍛錬内容に影響を受けている。
ユウの場合、遠くまで伸ばすのはやりやすいが大きく広げるのが不得手な気の性質をしていて、特定の方角を示してあっちに何かある、と言われた場合は百キロ以上先でも大雑把になら拾えるが、このあたりを中心に三十キロ圏内と言われると定点で動かずに把握するというのはできない。
なので、実は今回のような調査方法にはあまり向いていない。
本来なら気の性質が偵察向けで専門の訓練を受けた人間がやったほうがいいのだが、残念ながら気功系の技能を実用的なレベルで身に着けているのがユウとティファしかいないので、この役割はユウがやるしかないのだ。
因みに、ティファの場合、純粋に気での探知はせいぜい半径五十メートルがいいところ、直線距離に絞っても特に距離が伸びたりはしない。
鍛え方が足りないのが原因だが、そもそも見習いすら折り返していない修業期間しか経過していないので、これ以上を求めるのは贅沢すぎると言わざるを得ないだろう。
「あの、街道沿いって言っても結構広いんですけど、移動はどうするんでしょうか?」
「それについては、ちゃんと準備をしてあります」
ティファの質問に対し、こんなこともあろうかと、と言わんばかりの態度でリエラが地面に魔法陣を描き、何かを呼び出す。
呼び出されたのは、六人ぐらいが乗れるやや大型の普通乗用車だった。
「自動車型のゴーレムです。自動運転と自動防衛機能を組み込んだ結果、とても使い物にならないほど魔力消費がすさまじくなってしまったのでお蔵入りしていたのですが、ティファがいるなら問題ないでしょう」
「ふむ。すさまじいというと、どのくらいだ?」
「そうですね。速度を上げれば上げるほど加速度的に魔力消費が激しくなり、時速六十キロで一時間走ると私が意識を飛ばすほど魔力を消費するようになります」
「なるほど。ティファなら速度を選べば消費と回復が釣り合いそうだな」
「はい。なので、今回に限っては、移動用に使えるのではないかと用意しました」
欠陥品の自動車の運用に関して、割と勝手なことを言うユウとリエラ。
ユウ達が勝手にティファの魔力を当てにしていることに対して嬉しそうにうなずいているあたり、ティファもなかなか末期かもしれない。
「それで、なぜそこまで燃費が悪くなっているのか、多少なりとも分かっているのか?」
「普通乗用車をベースに開発しているので、ただ走るだけなら本来ここまで魔力を消費したりはしません。なので、考えるまでもなく自動運転と自動防衛の設計に問題があるのは分かっています。ですが、燃費が悪すぎて、どこがどう干渉してこんなことになっているのか調べることすら出来ずに、今までお蔵入りしていました」
「ならば、今後も世話になりそうだし、この機会にもう少し詳細に調べたいところだな。いくらティファが居れば問題ないと言えど、欠陥を放置しておくのは馬鹿のすることだ」
「リエラ先生。そういう事でしたら、今回の調査の間だけでなく、お休みの日とかにも協力します」
完成すれば便利そうだと、改良に全面的に協力することを申し出るティファ。
どうやら、今まで過剰すぎてむしろ邪魔になっていた魔力が有効活用できることが、この上なくうれしいらしい。
「では、出発しましょう」
「あ、ちっといいか?」
移動手段も準備したところで、いざ出発という段になってバシュラムが待ったをかける。
「ちっと気になったんだが、精密探知の持続時間って、どの程度なんだ?」
「そうですね。魔力的には一日でも可能ですが、現実的には集中力の問題で三十分程度でしょうか?」
「そんなものだな。恐らくティファもそう変わらんだろう」
「はい。試したことがないのではっきりは言えませんけど、多分それぐらいが限界です」
「でしょうね。私はまあ、精霊の機嫌次第ってところもあるから、気が向いたら一日でもって感じかしらね。三十分ごとに休憩なら、問題なく付き合ってもらえると思うわ」
バシュラムの質問に、正直に限界を告げるリエラたち。
それを聞いたバシュラムが、何やら計算をする。
「そうだな。せっかく運転が必要ねえんだから、探知を維持したまま時速三十キロぐらいで移動すれば、取りこぼしなく拾えるんじゃねえか?」
「……ふむ、そうだな。いちいち距離を測って移動しては降りて、を繰り返すより、その方が総合的に見て楽で効率的か」
バシュラムの提案を頭の中で検討し、そう結論を出すユウ。
「まずは一度やってみて、それからの判断だな。この位置から十五キロ程度なら、後からでも取り返せる」
「そうね。どっちにしても、全部出現していない時点で一回二回で終わらないのは確実なんだし、今日のところはいろいろと試してみればいいと思うわ」
ユウの意見をベルティルデが支持し、ティファとリエラも特に反対しなかったことで、バシュラムの提案が受け入れられる。
実験した結果、倍の速度でも取りこぼしなく行けそうだと分かり、最終的に時速六十キロで走り回ることに。
結局この日は途中からスピードアップしたこともあり、半周よりやや広い範囲の探知を終え、完成済み三つ、出現済み三十個、調査中に出現五個というなかなかの数のダンジョンを発見することができたのであった。
なお、時速六十キロで三十分走ってもティファの魔力は十秒ほどの休憩で全快しておつりが出る程度しか消費しなかったのだが、わずかとはいえティファの回復力を上回るという燃費の悪さに改めてリエラが頭を抱えたのはここだけの話である。
「……さて、どうしたものか」
翌朝、南門。
ついでだからと城壁に発生したダンジョンの入り口を確認したユウが、難しい顔でうなる。
「見事に完成してるわねえ……」
「ここまで早いダンジョンは珍しいよなあ……」
出現の瞬間を拾ってから約二十四時間後。城壁のダンジョンは見事に完成していた。
「あの、ユウさん。昨日もう一つのダンジョンでやったみたいに、適当に破壊力の大きい魔法を中に放り込んで破壊するのは無理なんでしょうか?」
「タイプにもよるが、基本的に完成してしまったダンジョンはちゃんと攻略せねば消せん。このダンジョンがコアまで一切障害物のないだだっ広いタイプのものならそれでも潰せるが、そうでなければ正規の手順を踏んでダンジョンコアまで行かねばならん」
「そうですか……」
ティファが提案した手っ取り早く雑な対処方法を、残念そうにユウが却下する。
完成したダンジョンの場合、下手にそういう事をすると、場合によってはスタンピードを引き起こす可能性すらある。
せめてある程度中を確認しないと、対処を決めることもできない。
「それで、ユウ殿。あなたはこのダンジョンをどう見ますか?」
「直感だけで言うなら、放置しておいても大丈夫だと思っている。が、この位置にできたダンジョンがこれだけの早さで完成する、というのがどうにも引っかかってな……」
「……そうですね。経過を踏まえると位置がきな臭いというのは同意します」
ユウの懸念事項に、心から同意するリエラ。
入り口を封印しているとはいえ、これほど都市に近い場所に出来たダンジョンが出現後一日で完成するなど、きな臭いどころの話ではない。
昨日発見した完成済みダンジョン二つのように、アルトから結構距離があるものは他の酒場の冒険者たちに振ってもいいが、これはさすがによそに振るのも放置するのもためらわれる案件だ。
因みに、よその酒場に振った理由は距離の問題以外にも、各酒場で暗黙の了解となっている縄張りの関係や、嫉妬による余計な軋轢を避ける理由もある。
そもそもの話、百カ所を超える数のダンジョンを全部ユウ達だけで処理するとなると、どれだけ時間がかかるか分からない。
別に他の酒場にいる冒険者たちも無能ではないのだし、よほど危険で手に負えないものでもない限りは任せてしまったほうが楽である。
「昨日の時点で例の地図は大方検証が済んでるし、今日はこの中を確認してもいいんじゃないかしら?」
「俺もベルティルデの意見に賛成だ。正直、何となく放置してても問題なさそうな気はしてるんだが、確認もせずに勘だけで進めるのも不安だし、第一気になって仕方がねえ」
ユウとリエラが本格的にどうしようか悩み始めたところで、ベルティルデとバシュラムが後押しするようにそう言う。
「そうだな。ならば、軽く中を確認して、すぐにでも対処が必要そうならそのまま攻略するか」
ベルティルデたちに背中を押され、そう結論を出すユウ。
念のために壁の裏側に入口ができていないかを確認し、入口の封印を解いて中に侵入する。
ユウ達を出迎えたのは、のんびりゆったりした動きの羊であった。
「……ふむ。敵性反応なし、魔力量・生命力ともに家畜並。パワーはありそうだが、深紅の百合なら正面から突撃を食らっても平気で耐えきる範囲だな」
「というか、やたらと懐っこいわね、この子」
ユウが冷静に分析している間に、ベルティルデの方へとトコトコ移動して、体をすり寄せる羊。
モフっとした羊毛の感触が気持ちよく、思わず顔を緩めてしまうベルティルデ。
「少なくとも入り口付近には危険はなさそうだが、全域がそうとは限らん。悪いがベルティルデさん、罠を調べてほしい」
「分かったわ。でも、ユウは調べないの?」
「下手なことをして攻撃的な反応を引き出すと、面倒なことになりそうだからな。広域に対して能動的に行う気功探知や魔力探知が敵対行為と判断されるケースも少なくないから、ピンポイントで罠だけを調べたい」
ベルティルデの疑問に、自身の経験をもとにそう告げるユウ。
この種のノンアクティブでやたらと友好的な生命体が出現する類のダンジョンは、下手なことをするとその特性がひっくり返ってひどいことになると相場が決まっているのだ。
「あの、ユウさん。それはいいんですけど、この子たちどうしましょう……」
ユウの指示に従ってベルティルデが罠を探知し始めたタイミングで、ティファが非常に困惑した様子でユウに助けを求める。
見ると、ティファの全身には子猫と子ぎつねを筆頭に、これでもかというぐらい可愛らしい子供の動物たちがふわふわもこもこと表現したくなるほどの数と密度で引っ付いていた。
「ふむ。また、懐かれたものだな」
「なあ、ユウ。このダンジョン、下手に攻略しないほうがいいかもしれねえぞ」
「そうだな。少なくとも、ティファを連れて攻略するようなダンジョンではない」
あまりに懐かれて、あきらめて動物たちを可愛がり始めたティファを見ながら、冒険者とは思えないぬるい結論を出すユウとバシュラム。
この後保護者としてバシュラムとリエラをその場に残し、念のためにベルティルデの手を借りながらダンジョンコアまできっちり調べたユウが出した結論は
「これ以上成長する様子がないのであれば、このままにしておいて観光客収入でも狙ったほうが利益がありそうだ」
であった。
「あの、ユウさん。それって大丈夫なんですか?」
「ダンジョンにもいろいろあるようでな。ごくまれにではあるが、こういう人間たちと共存することを狙ったとしか思えん仕様のダンジョンが出現することがある。こういうダンジョンは調査と管理を継続しつつ、危険を感じるようになるまで利用しつくすのが基本だ」
「だな。たしかエルファルド大陸に、有名な観光地ダンジョンがあったよな?」
「ああ。一カ所はここと同じ牧場的なダンジョンで、もう数百年利用されている。もう一カ所はインフィータのリゾートブロックのようなダンジョンで、俺が見習いの頃に出現している」
「そんなこともあるんですか?」
「ああ。共通しているのは、その気になればいつでもダンジョンを潰すことができる、ということだ」
ユウとバシュラムの話に、ほ~、という感じで感心して見せるティファ。
「どちらにせよ、ここについては政府と軍に任せてしまっていいだろう」
「そうですね」
ユウの結論にリエラが同意し、ダンジョンという単語のイメージを覆すこの牧歌的なダンジョンは、その扱いを国に丸投げされてしまう。
結局このダンジョンはその後の徹底的な調査でダンジョンとは思えない極端な安全性が確認され、中の動物たちの愛らしさと羊毛や牛乳ぐらいは採らせてくれる懐の広さも相まって、動物ふれあいダンジョンという名でトライオン政府が管理・運営することになるのであった。
ダンジョン攻略第一弾は、みみみさんのアイデアを採用ということでもふもふダンジョンになりました。
みみみさんの期待と違って攻略はしませんでしたが、書籍版やN-STAR版では掘り下げられなかった偶発ダンジョンの設定説明にちょうど良かったので、今回は残す形で終わらせることにさせていただきました。
他にも危険性がない、もしくはあっても簡単に制圧できるダンジョンは国や都市の管理下に入って飼殺されるケースは多々あります。
次回はちゃんとダンジョンを攻略します。