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第2話 ティファたちの勉強会

「ロイド先輩、勉強教えて!」


 新学年が始まって数日、ようやく新しい環境にも慣れ、日々のルーチンが大体確定したある日の午後。付与魔法科の教室。


 終業のホームルームが終わってすぐに、リカルドがロイドにそんなことを頼む。


「別にそれはかまわないけど、同じ班の先輩に教わったほうがいいんじゃないか?」


「昨日教えてもらったんだけど、マイク先輩もリジー先輩も何言ってるのか全然分かんなくて」


「あ~、あの二人かあ。たしかに、勉強教わるには不向きよね」


 ロイドに指摘されて、リカルドが困った表情で理由を告げる。


 その理由を聞き、ミルキーが納得する。


「えっと、そのお二人は、どんな感じなんですか?」


 ミルキーが納得したのを聞いて、ティファが不思議そうに尋ねる。


 マイクはロイドと、リジーはミルキーと同学年だが、班が違うこともあってあまり接点がない。


 さらに言えば、ティファは学科に関しては普通に満点近くの点数を取る秀才なので、教師以外の誰かに勉強を教わることもない。


 なので、リカルドの困惑もミルキーの納得もピンとこないのである。


「マイク先輩はいわゆる感覚派の天才で、理論を理屈で理解してないタイプなのよ。だから説明の内容がこうググっと! とか、ここでガッとやって! とかばっかりで正直意味が分かんないのよね。麗しき古硬貨亭で言うと、ヴァイオラさんが近いかしら」


「……何となく分かりました。わたしもちょっと覚えがあります」


「でしょ? で、リジーは理論派の天才とでも言えばいいかしら? ちゃんと教科書通りに説明してはくれるんだけど、ちょくちょく飛ぶのよ」


「ちょくちょく飛ぶ、って言うと……、数式の展開に解の公式を代入する、みたいなパターンでいきなり展開後の式に飛んでしまう感じですか?」


「そうそう、そういう感じ」


「なるほど……」


 ミルキーの説明から、いろいろ察して納得するティファ。


 魔法回路の設計や数学なんかをマイクのように擬音まみれで説明されても理解できないが、勉強で分からないところというのは、往々にしてリジーのようなタイプが暗算で飛ばしがちな内容に含まれている。


 同じ班の先輩がどっちもそういうタイプとなると、リカルドのような勉学については可もなく不可もなし、という人物は外部に教わるしかないだろう。


「まあ、そういう事情なら別に構わないんだが、ティファと一緒に勉強する、って選択肢はないのか?」


「ちょっと考えたんだけど、ロイド先輩とミルキー先輩って、大体ティファちゃんと一緒に行動してるよね?」


「最近はそうね」


「だったら、どうせ一緒になるからロイド先輩かミルキー先輩に教わったほうが確実かな、って思ったんだ」


「そりゃそうだな。で、なんでミルキーじゃなくて俺なんだ?」


「ロイド先輩は一番学年が上で、何となく勉強を教えるのに慣れてそうな気がしたんだ」


 リカルドの告げた理由に、よく考えてるなあ、と思わず感心するロイドとミルキー。


 恐らく直感的なものなのだろうが、ティファを選択肢から外しているところもさすがという印象である。


 と言っても、ティファは別段、マイクやリジーのような人にものを教えるのに難があるタイプという訳ではない。


 が、数学や国語のような一般教養はまだしも、魔法関係は本人の魔力特性が特殊すぎて一般的な理論が役に立たず、もはや独自理論を研究しているような状況だ。


 その関係で現在のティファの魔法理論は一般的なものと独自のものが入り混じってしまっていて、人に教えるには非常に不向きな状態になっている。


「ま、そういう事なら、まとめて面倒見てやるよ」


 いろいろな意味で納得したロイドが、後輩たちに勉強を教えることを快諾する。


「じゃあ、勉強のためにも帰りましょうか。それとも、今からここでやる?」


「リカルドは確か、寮生だったよな? だったら、ここで勉強して帰ったほうがいいか」


「ユウさん達の話も聞きたいから、麗しき古硬貨亭のほうがいい」


「だったら、早く帰りましょ」


 リカルドの要望に思わず苦笑しつつ、帰り支度を整えるミルキーとロイド。


 ティファはすでに帰り支度を終えている。


 こうして、今後ティファが卒業するまで続く勉強会、その最初の一回が開かれることになるのであった。








「こんな感じなんだが、分かったか?」


「うん!」


「じゃあ、ちょっとこの問題を解いてみろ」


「はーい。……これでいい?」


「ああ、正解だ。よし、今日のところはこんなもんだな」


 二時間後、麗しき古硬貨亭。


 ここ数日の講義内容のうち、特に躓きやすいところをリカルドに一通り説明し、ちゃんと理解したのを確認したところでロイドが本日の勉強会の終了を宣言する。


 なお、ユウをはじめとした冒険者たちはまだ誰も帰ってきておらず、あと一時間もすれば夕食時だというのに店内はがらんとしている。


 今日は年に何回かある遠征や泊りがけの依頼、および日帰りで行けるが時間がかかる依頼が重なった日で、一週間ほどは冒険者の客足が遠のく時期だ。


 と言っても全員が全員遠出しているわけではなく、さらに言えば冒険者の酒場と言えども冒険者以外の客を相手にしていないわけでもない。


 特に麗しの古硬貨亭は昔から冒険者の酒場としては、どころか大多数の一般的な酒場よりも上品な店なので一般客も入りやすく、宿泊客はともかく食事しに来る客がほとんどいない、という日はまずないぐらいの人気店だ。


 なお、その理由の大部分がカレンの存在にあり、最近ではティファやミルキーたちもその雰囲気づくりに一役買っているのは言うまでもない。


 もっとも、いくら上品だと言っても酒場は酒場。それも高級なバーのような静かに飲むタイプの店ではないので、普通のレストランなどと比べて上品だとはとても言い難いのも事実だが。


「やっぱり、このあたりは大体引っかかるわよねえ」


「わたしも、最初は勘違いしました」


「私もね。で、これの何が厄介かって、勘違いしやすい割にこれ以外の分かりやすい説明も特に思いつかないところなのよね」


「しかも、今年ミルキーが教わる範囲では、勘違いしてた解釈が正しいケースとかも出てくるから、余計に厄介なんだよな」


「えっ? そうなの?」


 リカルドが躓いていた内容について、各々思うところを口にするミルキーたち。


 このあたりは本格的な付与魔法を行う上で基本中の基本ともいえる内容なのだが、教科書や参考書、さらには他の文献などでも微妙に紛らわしい表現が多い。


 どうやらロイドが口にした事情がそういった表現になる一番の理由なのだろうが、なかなかに奥が深くて厄介な話である。


 世の中、基礎が究極の奥義、みたいな話はよくあることなのだが、どうやら付与魔法でもそのあたりは同じらしい。


「私は生活魔法ぐらいしか使えないからよく分かんないけど、やっぱり専門的に勉強すると難しいんだ?」


 勉強会が終わったのを見て飲み物を持ってきたカレンが、ちらっと見えた教科書の内容にそんな感想をいう。


「まあ、一口に魔法って言ってもいろいろあるから一概には言えないけど、一般教養とは違った難しさはあるなあ」


「そうね。と言っても、多分こういう学術的な難しさに関しては、多分うちの学科が一番じゃないかしら」


「だろうなあ。後は人体に精通する必要がある医療魔法科あたりは、うちと大差ないぐらい難しいかもしれないけど」


「ああ、言われてみればそうかもしれないわね。召喚魔法科も知識は必要だけど、学術方向ではなさそうな感じはあるわよね」


「攻撃とか防御とかはいかに早く効率よく高威力で魔法を発動するか、だから、その辺の学科ほどガリガリに術式いじったりはしないだろうしなあ」


「術式もいい加減改良が頭打ちになってきてて、どっちかって言うと反復練習と魔力管理に重点を置くようになってきてるみたいだしね」


 カレンの素直な感想に対し、実際のところはどうなのかという話をするロイドとミルキー。


 その内容に、カレンだけでなくティファとリカルドも興味深そうにうなずく。


「えっと、術式の改良ってもうやってないんですか?」


「やってないわけじゃないけど、大きな変化が出るような改良は、もう無理なんじゃないか、ってとこまでは来てるわね。なんだかんだで歴史をたどれる範囲ですら、もう千年近く改良を重ねてるわけだから、仕方がない部分ではあるんだろうけど」


「千年、ですか……」


「あくまで偽書だ何だの可能性を排除した上で、確実にたどれる範囲で、よ。伝承には残ってるけど失伝してる魔法とかの存在を考えると、今使われている魔法系統に絞っても一万年ぐらいは歴史があっても不思議じゃないし」


「い、いちまんねん……」


 あまりのスケールの大きさに、思わずうめいてしまうティファ。


 今の文明と地続きと言える歴史は、文献をたどれる範囲で千二百年、確実だと言われている範囲で千五百年ほどという所だ。


 それより昔はもはや言い伝えだの神話だののレベルであり、学者の間でも議論が絶えない。


 なので、千年ぐらいならそんなものなのかと思っても、その十倍となると想像もできずこういう反応になってしまうのだ。


 余談ながら、ティファが復元したエルダー・エンチャントウェポンは約七百年前の魔法で、アルト魔法学院でもそれより前の魔法についてはほとんど文献が残っていない。


 それらの事情から、アルト魔法学院では魔法の歴史について、せいぜい五百年程度のものしか教えていない、というより教えることができない。


 ミルキーの知識は、名家であり魔法の大家でもあるアルセイド家のお嬢様だからこそのものである。


「とりあえず、普通の魔法はもう研究の余地が無くなってきてる、っていうのは分かったよ。でも、そういう感じだったら、攻撃魔法科の子たちとか、前衛の戦士並みに脳筋っぽい子いるんじゃない?」


「そういうのが、新年度の講義初日にティファに喧嘩売って留年確定になってたわね」


「あ~、やっぱり」


 カレンの素朴な感想に、先日起ったばかりの出来事を教えるミルキー。


 それを聞いて、思わず苦笑してしまうカレン。


「多分、今後もそういう子は出てくるんだろうけど、喧嘩売るにしてもせめて、留年とか退学とかそういうことにならないよう、破っちゃいけないルールは守ってやってほしいよね」


「本当にねえ……」


 喧嘩上等とばかりの物騒な事を、ため息交じりに言ってのけるカレンとミルキー。


 見た目だけならどちらもそういう事を言いそうにない美少女だけに、なかなかの衝撃である。


「いや、普通そこは喧嘩するな、っていうべきところなんじゃね?」


「言って聞くなら誰も苦労しないって」


 あまりの言い草にポカンとしているティファとリカルドの代わりに、参ったもんだという態度のまま一応突っ込みを入れるロイド。


 そのロイドの突っ込みに対し、身も蓋もないことを言うミルキー。


 そこに、カレンがさらに問題発言をぶち込んでくる。


「あとね、ティファちゃんの人間関係が学校に通ってるとは思えないほど閉じちゃってるから、突っかかって自滅する類でも新しい人間関係ができるだけましかな、って思わなくもないんだよね」


「そういうのが増えると、俺たちにも被害が飛び火しそうなんだけど……」


「そこはもう、頑張ってとしか言いようがないよ。無責任かもしれないけど、そういうのはどんな生活してても絶対出てくる話だし」


 ロイドのボヤキに対し、非常に厳しいことをあっさり言ってのけるカレン。


 幼いころから接客業、それも冒険者の酒場というアウトローが集まりやすい仕事に携わっているだけあって、カレンは良くも悪くもいろんな人間を見てきている。


 それもただ見てきているだけではなく、理不尽に巻き込まれることもしょっちゅうあり、人間関係のトラブルというやつは大体のパターンを経験している。


 その経験から、ティファのような「目立つ」人間と行動している限り平穏無事とはいかないことを、嫌と言うほど知っている。


 なので、ロイドとミルキーには悪いが、カレンとしては今後もトラブルが多発する前提で腹をくくって貰うしかない。


「それはそうと、リカルド君は晩御飯、うちで食べていくの?」


「えっと、今日は晩御飯いらないって連絡してないから、寮で食べる」


「そっか。だったらそろそろ帰らないと駄目なんじゃない?」


「うん。ユウさん達とお話しできなかったのは残念だけど、今日はこのまま帰る」


「まだ送っていかなきゃってほどの時間でもないけど、気をつけて帰ってね」


「はーい」


 カレンの言葉に素直にうなずき、カップに残っていたお茶を飲み干して教科書や筆記用具を片付け、席を立つリカルド。


 そのリカルドの頭上に、今までおとなしくしていたブルーハートが移動する。


「えっと、ブルーハートは一体何をするつもりなんですか?」


 不審な動きをするブルーハートに対し、全身で警戒を表しながらどことなく乾いた声で問いかけるティファ。


 そのティファの問いに答え、リカルドの周りを守るように飛び回るブルーハート。


「えっと、リカルド君を送っていく、っていう事ですか?」


 ティファの確認に、うなずくように上下に動くブルーハート。


 その返事に、思わず胃のあたりを押さえながら渋い顔をするティファ。


「あの、気を使ってくれるのはうれしいんですけど……」


「……正直、不安ではあるわねえ……」


「リカルドの身の安全って面では問題ないけど、ブルーハートだから絶対やりすぎるだろうしなあ……」


 ブルーハートの提案に、ひたすら不安そうにそう告げるティファ達。


 これまでの行いを振り返ると、ブルーハートが張り切って行動した時は高確率でろくなことになっていない。


 それでも、ユウやティファの目の届く場所でなら、まだある程度コントロールが効くので致命的なことにはなりづらい。


 今回は完全に独立して行動することになるため、一切のコントロールが効かなくなるのが怖い。


 そんなティファ達の思考を読んだか、雲行きの悪さを何とかしようと鬱陶しいほどに飛び回るブルーハート。


 驚くほど必死である。


「……どうしましょう……」


「こんだけ必死だと、やらせないのもそれはそれで怖いよなあ……」


「でも、今回に限ってなんでこんなに必死なのかしらね……」


「多分ですけど、最近ブルーハートを使って何かするっていう事が全然なかったからじゃないかな、って……」


「「ああ……」」


 ティファの言い分に、思わず全力で納得してしまうロイドとミルキー。


 春休みいっぱいかけての教育の結果、勉強や実験の際に邪魔することは無くなったブルーハート。


 が、その分ティファがブルーハートを使う機会が激減、どころか皆無になったため、道具としてのアイデンティティに問題が出てきているようだ。


「わたしの想像通りだとすれば、このまま任せるのも怖いけど何もやらせないのも怖いです……」


「そうだね……」


 ティファの悩みに、思わず真顔で同意してしまうカレン。


 そんな話をしていると、仕事から帰ったらしいバシュラムとベルティルデが、入口の扉を開けて入ってくる。


「おう、どうした? 困った顔してるが、何があったんだ?」


「あっ、バシュラムさん。ブルーハートがちょっとね」


 そう言って、バシュラムに今の状況を説明するカレン。


 その間も、ブルーハートの自己主張はどんどん激しくなっていく。


「なるほどなあ。だったら、俺とベルティルデもついていくわ」


「えっ?」


「要するに、ブルーハートを誰の目も届かないところで野放しにするのが不安だってのが今回の問題な訳だ。が、だからと言ってティファの嬢ちゃんが一緒に行くとなると、こいつが納得しねえだろうから意味がねえ」


「いやまあ、そうなんだけど、帰ってきたばっかりなのに、いいの?」


「かまわねえよ。あんまりリカルドの坊やを待たせるわけにもいかんし、さっきも言ったようにティファの嬢ちゃんが付いていくのは意味がねえ。かといってロイドの坊主やミルキーの嬢ちゃんじゃ抑止力にならねえからなあ」


 状況を聞いて、あっさりそう結論を出すバシュラム。ベルティルデのほうはすでに、リカルドを送っていく準備に入っている。


 結局のところ、現在のブルーハートは幼児と変わらず、常識も良識も加減も一切知らない。


 幼児との違いはやたら攻撃力が高いことと、注意されてもあまり学ぼうとしないところであろう。


 なので、こういう機会に物理的な攻撃力も駆使していろいろ教え込むしかない。


「そういうわけだから、カレンちゃん。私たちが出てる間に、依頼完了の処理と諸々の査定、お願いね」


「それはいいんだけど、本当にいいの?」


「いいのいいの。ブルーハートに常識とか加減とかを教えるいい機会だし、リエラ学長にも確認したいことがあったしね」


 ベルティルデがリエラの名前を出したところで、リカルドを除く学生組が不思議そうな顔をする。


「リエラ先生にご用ですか?」


「ええ。今年から、学科に関係なくフィールドワークが増えるでしょ? 私達も護衛とかで一緒に行動することが増えるだろうから、暫定でいいから日程と場所と内容を聞いておきたいのよ」


「まあ、要件がそれだから別に急ぎじゃないんだが、ついでだしな」


 ベルティルデの説明で、口実ではなく本当に用事があると納得するティファ達。


「さて、話もまとまったところで、早いところ行こうや」


「うん! ティファちゃん、ロイド先輩、ミルキー先輩、また明日!」


「はい、また明日」


「バシュラムさん達が付いてるから大丈夫だとは思うけど、気を付けて帰れよ」


「ブルーハートが余計な事したら、ちゃんと言うのよ」


 ティファ達が納得したのを確認したところで、バシュラムがリカルドを促す。


 バシュラムに促され、元気に挨拶をして席を立つリカルド。


 そのまま、ティファ達の別れの挨拶を背に麗しき古硬貨亭を出ていく。


 なお、ロイドとミルキーはいつも、夕食を食べて帰る。


「さてと、バシュラムさん達が帰ってくる前に、これ全部処理しちゃわないと」


「何かお手伝いできること、あります?」


「ん~、査定のほうは、特にないなあ……。あっ、でも、保存のための下処理なら、やってもらえることはあるかも。なんたって、付与魔法使いの卵なんだし」


「はい!」


 カレンに振られ、嬉しそうに立ち上がるティファ。


 その後、バシュラムとベルティルデが帰ってくるまでの三十分、ティファ達はカレンの手伝いという形で貴重な経験を積んだのであった。








「あっ、ユウさん。おかえり」


「ああ、ただいま」


 ティファ達が処理をした素材を倉庫に収め、外に出たついでと本日のおすすめディナーメニューを入り口の黒板に書きに来たところで、仕事を終えて戻ってきたユウを発見するカレン。


「今日は遅かったんだね」


「偶発ダンジョンを二つほど見つけてな。出入りできないように封印措置をして、役所と軍に話をしてきたらこの時間になった」


「へ~。っていうか、最近多いね~。去年もティファちゃんの故郷の近くに出来てたよね?」


「偶発ダンジョンは二十年から三十年の周期で大量発生することがあるらしいからな。恐らくこのあたり一帯が、そういう周期に入っているのだろう」


 ユウの説明に、そういうものかと納得するカレン。


 ダンジョンのことはほぼ何も分かっていないに等しいが、過去の記録などからこの程度のことは分かっているのだ。


「でも、二カ所も見つけてこの時間ってことは、中に入ってないの? ユウさんだったら、そのまま攻略できそうな気がしなくもないんだけど」


「まだ出来たばかりで構造が確定していなくてな。そもそも侵入ができない状態だった」


「なるほどね。さすがに入れないんじゃ、攻略も何もないか~」


「ああ。そういう状態だから封印措置も必要ないと言えば無いのだが、構造が確定して出入りできるようになるまでどれぐらいかかるかが大体でしか分からん。予測を外して知らぬ間に出入りできるようになって、近隣の村の子供でも入ってしまった日には目も当てられんから、とりあえず封印はしておいた」


「まあ、そういうのは安全第一だから」


 ユウの言い分に、にっこり笑ってそう告げるカレン。


 近くの村人が勝手に入ってしまうのも危険だが、知らぬ間に大きくなって中のモンスターが出てきてしまっても困る。


 いくら危険な偶発ダンジョンと言えどそんなに頻繁にチェックしに行けるわけでもなければずっと監視しておく人員を置くのも難しいので、不要なリスクを回避するために出入りできないようにするのは妥当な判断であろう。


「何にしても、この分ではどこで何を見落としているか分かったものではない。一度、本格的に調査をする必要があるな」


 まだ出来立てとはいえ、一日に二カ所も偶発ダンジョンを見つけてしまったことで、そんな危機感を持ってしまうユウ。


 実際のところ見つけた二カ所のダンジョンは直線距離で十キロ近く離れており、そんなに近いという訳ではない。


 が、荒地仕様の車両なら十キロ程度、その気になれば十分程度で到着する距離だ。


 同時期にできた偶発ダンジョンの距離としては、至近距離と言ってしまっていい。


 見つけた場所が比較的街道に近い開けた草原だったことも考えると、あまり人が出入りしない森林や丘陵地帯でいつの間にかできていても分からない可能性が高い。


「本格的に調査って、どうやるの?」


「ティファやベルティルデさん、リエラ殿のように広域探知系の魔法や技を高度なレベルで習得している人間で、魔力や地脈、気の流れ、精霊力などの歪みを確認する。ダンジョンがあれば、まずどれかに引っかかるからな」


「それでわかるんだったら、ユウさん一人でも大体は見つけられるんじゃないの?」


「気の流れに問題が出ているものはともかく、それ以外はせいぜい、いつも訓練に使っている公園全域をカバーできる程度だ。精霊力の歪みに至っては俺では何一つ分からんから、確実に取りこぼす上にあまりにも効率が悪い」


「あ~、そういえば、精霊魔法って難しいんだった……」


「アルト魔法学院でも、精霊魔法だけは学科が存在していないからな。あれは理論的な魔法というよりコミュニケーション能力だし、そもそも精霊に対する親和性がなければ入り口にも立てん」


 各種魔法の中でもっとも素質に左右されるだけあって、精霊使いは希少なマジックユーザーの中でも最も人口が少ない。


 その例にもれず、ユウはもちろんのこと、才能の塊ともいえるティファですら、精霊魔法に関しては習得の糸口すら見つかっていない。


 もっとも、ティファに関してはその莫大な魔力に精霊がビビって、ベルティルデのような精霊使いを介して以外で近寄りたくないらしいという話があったりするのだが。


「まあ、そういう事だから、最低でもベルティルデさんの協力はないとどうにもならん。今日はもう帰ってきているか?」


「さっき帰ってきたんだけど、いろいろあってバシュラムさんと一緒にリカルド君を送っていったから、今は不在。まあ、すぐ戻ってくるんじゃないかな?」


「そうか」


 カレンが教えてくれたベルティルデの動向に一つ頷き、中へ入って行くユウ。


 そんなユウの背中に、カレンが声をかける。


「あっ、そうそう。ユウさんに手紙が来てたよ。今出すからちょっと待って」


「ふむ。俺に手紙、となると、古巣からか?」


「一通はそうみたい。もう一通は差出人不明。差出人不明の方もベルファールからで、料金は差出人持ち。変な呪いとか魔法の類もかかってないみたいだから、中にカミソリでも入ってない限りは開けても問題はないと思うよ」


 そう言いながら、エプロンのポケットから封筒を二つ取り出してユウに渡すカレン。


 この手の郵便物が届くことは滅多にないので、相手が長期の遠征とかでない限り小さな封筒ぐらいはすぐ渡せるようにエプロンに入れて持ち歩くようにしているのだ。


「……そういうのとはまた、違う意味で嫌な予感がするな……」


 受け取った封筒のうち差出人不明のものを手に取って、渋い顔をするユウ。


 ぱっと見は安ものに見え、その実鉄壁騎士団から届いたものより高級な封筒と、発送された日時や発送方法を見ていろいろ悟ってしまったようだ。


 ユウにしては珍しい反応に、思わず首をかしげるカレン。


「えっと、どういう事?」


「中を見ねば何とも言えんが、わざわざ古巣からの手紙、それも速達に合わせて更に早い便で届くように出しているあたりが、知っている人物のやり口に似ていてちょっとな……」


「その人って、悪い人だったりする?」


「何をもって悪人とするかによるが、世間一般の基準では悪人と呼べる人物ではないな。一応権力者だから表に出ないところではいろいろありそうだが、どうにもならんこと以外で一般人に害を及ぼすようなことも特にしていなかったはずだ」


「あ~、つまり、面倒くさい人ってことね」


「面倒くさいというよりは、読めないといったほうがいいか。こちらの常識や力量を大きく超えたことを、じつにあっさりやってのけるのでな……」


 ユウの説明に、うわあ、という表情を浮かべるカレン。


 こう言っては何だが、ユウの時点ですでに、一般人や普通のベテラン冒険者の常識や力量を大きく超えたことをやってのけているのだ。


 そのユウをしてそんなことを言わざるを得ない人物となると、もはやカレンの立場では意味不明としか言いようがない。


「何にしても、ここで開けるようなものではないし、書いてある案件が何であれ、恐らくマスターやカレンも無関係ではいられんだろう。とりあえずティファ達と茶でも飲んでいるから、今やってる作業が終わったら来てくれ」


「単に今日のおすすめディナーメニュー書くだけだから、すぐ終わるよ」


 ユウの言葉にそう返事し、手早くきれいな字で本日のおすすめメニューを書き上げるカレン。分かりやすくデフォルメされたイラストを添えるあたり、実に芸が細かい。


「じゃ、お父さん呼んでお茶用意してくるから、ティファちゃん達と待っててね。もしかしたら、その間にバシュラムさん達も帰ってくるかもしれないし」


 メニューを書き終え、手をたたいてチョークの粉を払いながらユウにそう告げ、颯爽と中に入って行くカレン。


 姿勢の良さもあって、こういった細かい仕草が妙に上品に見える。


 最近では体型以外の面でも女性として成熟してきたこともあり、そこにほのかな色気が漂いつつある。


 が、残念ながら今に限って言えば、見ているのがそういう要素に一切興味を示さないユウである。


 カレンの方もユウを完全に恋愛の対象から外しており、いろんな意味で気品と色気の無駄遣いをしている。


 というより、現在カレンの立ち居振る舞いの上品さは、ティファの教育以外に一切役に立っていない。


「さて、どの程度ろくでもない話が待っているのだろうな」


 カレンの後について麗しき古硬貨亭に入りながら、恐らく古巣の元締めが送ってきたであろう手紙について、そんな思いをはせるユウであった。








「それで、ユウさん。何が書いてあるのよ?」


 お茶の残りを飲み干し、手紙を前に黙り込んでしまったユウに話を振るミルキー。


 ユウ達が囲んでいるテーブルは現在、妙な緊張感に包まれていた。


 なお、バシュラムとベルティルデはまだ戻っておらず、その代わりにユウが帰ってきた直後ぐらいに、少し話が長引きそうだと通信で連絡が来ている。


 なので、待っていると遅くなりそうだからと先に話を進めることにしたのだ。


「……そうだな。比較的当たり障りがなく、かつこの店全体に関係しそうなこととして、俺の後輩が鉄壁騎士団をやめて、こちらに来るそうだ」


「ユウさんの後輩さん、ですか……」


 ユウが最初に話した案件に対し、どう質問しようかと悩みながらそれだけ口にするティファ。


 ティファが一番気になるであろう内容を察し、いつものむっつりした表情で補足説明を始めるユウ。


「恐らく気になるだろうから先に言っておくと、こいつの退役理由は少し前の戦闘で気脈にダメージを受けて、鉄壁騎士団の任務に耐えられぬ体になってしまったことらしい」


「えっ!? それって物凄く大事なんじゃ……!?」


「気脈にダメージと言っても、手紙の内容を見る限りでは、俺がこちらに来て最初に倒した魔神程度なら単独で仕留められるようだがな。恐らく、うちの基準で長時間の作戦行動が不可能になった、と見るのが正しいだろう」


 ユウの説明に、何となく納得するティファ達。


 要は、年齢や負傷で引退した直後の冒険者たちと、さほど事情は変わらないのだろう。


「そいつがわざわざトライオンまで渡ってくる理由だが、俺の報告からあまりに魔神対策が緩いのが気になったらしくてな。一番発生率が高い連中に対処できる鉄壁騎士団のOBのうち、一番若い人間に話をつけたらしい」


「ああ、うん。魔神に対する対策が全然足りてない、っていうのはよく分かるよ。でも、ユウさんの後輩ってことは部隊としてはこれからの人だったんだよね?」


「そうだな。今年二十歳だったはずだから、見習い期間も含めて十年は在籍していないことになるか」


「うわあ、いろんな意味で勿体ない……」


 ユウの説明を聞き、心底気の毒そうに嘆くカレン。


 騎士団という危険の多い仕事をしているのだからしょうがないことではあるが、二十歳なんて本人にとっても騎士団にとってもこれからという年齢である。


 せめてユウが辞めた二十五歳、いわゆる前線に出て戦う仕事の一般的な最初の辞め時ぐらいまでは頑張りたかっただろう、というのが察せられるだけに、仕事の上での結果とはいえ気の毒で仕方がない。


「で、ユウさんの後輩が来るのは分かったけど、その人はユウさんみたいに冒険者やんの?」


「分からん。が、気脈をやられるとスタミナに問題が出てくるから、収入を求めるなら野営と激しい戦闘と長距離移動をまとめてこなさねばならん冒険者は厳しいだろうな」


「でも、ユウさんみたいに都市周辺のモンスターの間引きをメインにするって手もあるんじゃない?」


「やっている本人だからこそ断言するが、それで食っていけるだけの収入を得ようとするなら、野営と長距離移動を伴う仕事以上にスタミナが必要になる。具体的には、半日で外壁から十キロの範囲にいるイレギュラー個体や急成長中のコロニーを全て発見し、そのまま一気に狩りつくせるぐらいでないと話にならん」


「そんな無茶な……」


 ユウの説明に、そんなわけないだろうという表情を浮かべてしまうロイド。


 実際のところ、ユウの言い分はかなり高品質な装備の維持費や消耗品の補充費用などを踏まえた話であり、アルベルトたちのようにそこまで強力で手入れに手間がかかる装備や高価な消耗品を使わない新人よりの若手冒険者は、そこまでしなくてもちゃんと食っては行ける。


 というより、食っていけないようでは、冒険者なんて仕事が生き残るわけがない。


 ただ、収入に大きな波がある割にピークが低いため、遠征なしでやっていく場合、ユウが言うぐらいのことができないと貯蓄は不可能ではある。


「まあ、なんにせよ、そのあたりは本人の現状やら何やらを確認した上で、俺たちに相談に乗ってほしいそうだ」


「そういう事なら、任せておいてよ。長時間の戦闘ができないだけで体力に問題ないんだったら、うちの従業員として働いてもらうって手もあるしね、お父さん」


「そうですね。さすがに私も妻も若いとは言い難い歳ですし、そろそろ力仕事がつらくなってきまして……」


「かといって、いくら私が世間一般の女の子より体力や腕力があるって言っても、さすがに元前衛系戦闘職ほどじゃないし」


 新しく来るという人物についての要望に対し、一足飛びに店で雇う話まで進めるカレンとマスター。


 見ず知らずの人間に対する判断としては緩すぎないか、と言いたくなる緩さだが、世界に名高い鉄壁騎士団からの紹介であり、ユウの後輩でもある。


 世間知らずの可能性はある、というよりかなり高いが、犯罪を犯しそうな人間ではないだろうというぐらいには信用できると判断しているのだ。


「で、その人って男の人? 女の人?」


「男だな。フォルク・ロドリールという名だ」


「どんな人?」


「明るくて人づきあいがうまい奴だ。割と誰を相手にしても物怖じせずに、するっと懐に入って行くタイプだな。もっとも、鉄壁騎士団全体の傾向とたがわず、男女づきあいに関しては苦手なようだが」


 ロイドの当たり前の疑問に対し、自身の持っている情報や印象を端的に伝えるユウ。


 男と聞いて若干がっかりするものの、もしかしてこれはカレンにとってチャンスなのでは? ということに思い至るロイド。


 ちらっと視線を移すと、どうやらミルキーも同じ結論に至ったようで、何かを期待するようにユウとカレンに視線を往復させている。


 まだそうなると決まった訳ではないが、それでも恋バナの可能性は気分的においしいらしい。


「ユウさん。フォルクさんはいついらっしゃるんでしょうか?」


「どうやら諸々の準備の関係で、来週ぐらいになるようだな。トライオン語での会話は普通にできるようだが、読み書きに不安があるらしい」


「読み書き、ですか……。そういえば、ユウさんもこちらに来られた当初は、読み書きにいろいろ不安がありましたよね」


「ああ。今はどうか知らんが、俺が辞めた当時はトライオン語の読み書きなんぞ外交官ぐらいしかできなくてな。教師も会話のほうはともかく読み書きできる人間は見つからなかった」


「外交官の方しかできないんですか? 商売での取引もあると思うんですけど、そう言ったときの契約書はどうなってるんでしょうか?」


「ベルファールとトライオンの間では、あまり直接取引をしているところはないらしいし、その直接取引している商会も、契約書はベルファール語で交わしていると聞いた」


 ティファの疑問に、知っている限りの事情を説明するユウ。


 もっとも、ユウにしても国や領地をまたいでの取引なんてよく知らないので、そうらしいという話しかできないのだが。


 そこに、ベルファール貴族の元当主として、マスターが補足説明をする。


「ベルファールとトライオンで輸出入を行う場合、少量の空輸か船便で複数の沿岸国家を経由して運ぶかの二択になりますからね。船便に関しては中継ぎ国家と取引する、という形で間接的に売買を行うことが多いのですよ」


「なるほどな。つまり、直接取引で契約を交わすのは空輸のみ、ということか」


「それもごく一部の継続取引のものだけ、ほとんどはその場限りの取引でその日のうちに支払いを済ませて現物を引き取り、空港で積み込んで運ぶという形になるようです。その際に税関用の書類を用意しますが、それらは空港の税関職員が作ります」


「ふむ。だが、それだと税関職員が悪いことを考えると、妙なことにならないか?」


「中身を偽っても相手側の空港でバレますし、そうなると国家間の問題になるのでやった人間はそれはもう恐ろしい処罰を受けることになります。相互の空港で共謀しようにも、そんなに緊密に連絡が取れる訳でもありませんのですぐにぼろが出ます。そこまでするほどのメリットもないので、普通はやりませんね」


 マスターの説明に、本当にそういうものなのかと疑わしそうな顔を向けるユウ。


 一見して緩いシステムに見えるが、こと空港の密輸対策は異常と言っていいほどガチガチに固められている。


 魔道具や使い魔なども利用した複数のチェックが入るため、単純な書類ミスならともかく悪質なものはすぐにばれて、素直に死刑を執行された方がまし、というレベルの非常に厳しい処罰が下されるのだ。


 このあたりは、魔道具をはじめ都市や国家を一瞬で灰燼に帰したり傀儡にしてしまったりといった危険物が、ダンジョンからそれなりに出てくるという事情が大きい。


 なので、そういう種類の不正はむしろ経由地でロンダリングできる船便のほうが多い。


 が、船便は船便で輸送に非常に時間がかかるため、その手のものを狙ったとおりに正確に運ぶという観点ではどうしても安定性に欠ける。


 それに、大きな船だと空港と同じぐらい厳しいチェックが入るため、やはりあまり変なものは持ち込めない。


 そのあたり、世の中案外上手くできていると言えよう。


「まあ、そういう訳ですので、ベルファールの場合トライオン語を読み書きできる人材となると、王族や領主を含む外交官か一部の空港の税関、後は言語関係を専門にしている学者と一部のもの好きぐらいですな」


「読むだけならトランスレイトっていう便利な魔法もあるものねえ」


「そういう事ですな」


 マスターとミルキーの言葉に、そういう事かと納得するティファ。


 なお、トランスレイトとは魔法文字で書かれた文章以外のものを翻訳する魔法で、それなり以上に繊細な魔力制御を必要とする関係上、アルト魔法学院では専門課程の五年生で学ぶ。


 必要な魔力量が極端に少ないこともあり、今のままだとティファが習得できるかどうかはかなり怪しい魔法だったりする。


「それで、ユウさん。鉄壁騎士団からの手紙はそのフォルクさんって人の事だけ?」


「俺たちに直接関わってくる内容は、それだけだな。後は来月に団長及び副団長がこちらに来て、魔神関連の対策についてトライオン政府と話し合う、ということが書かれているだけだ」


「へえ、魔神関連で鉄壁騎士団の人が動いてくれるんだ」


「そのための部隊だし、自然発生はともかく召喚テロは放置しておくと、ベルファールに飛び火してくる可能性もあるからな。国境や主権の問題もあるから勝手に動けんが、トライオンの状況は放置しておくには怖すぎる」


 カレンに促され、手紙の残りの内容を端的に告げるユウ。


 備えていてもどうにもならない時はどうにもならないのが魔神災害というやつだが、大部分はちゃんと戦える魔神殺しのグループが二組から三組いれば解決できるものでもある。


 どういう形にするかはともかく、そのあたりはちゃんと対策を進めなければいけない話だ。


 少なくとも、ユウとせいぜいティファぐらいしか魔神に有効打を与えられる人材がいない状況は改善してくれないと、おちおち素材集めもしに行けない。


「と、なると、ユウさんが渋い顔してたのはやっぱりもう一通の方なのよね。そっちは誰からの手紙で、何が書いてあったのよ?」


 今までの話の内容的に、ユウがいつも以上にむっつりした表情を浮かべるわけがない。


 そう考えて、内心でいろいろと腹をくくりながらミルキーがユウに残った案件について促す。


 ミルキーに促され、少し考えこんでから一つうなずいて口を開くユウ。


「まずこの手紙の差出人だが、断言はできないが恐らくうちのお館様、つまりはアイン・クリシード公爵だろう」


「へっ? っていうか、それがどうして問題なのよ? あ、いや、わざわざ匿名でそんなえらい人が送ってくる時点で、厄介な内容なのは間違いないわね……」


「そうだな。仮に匿名だったとしても、別にお館様が手紙を送ってくること自体は問題ではないだろうな。それがアルト周辺に偶発ダンジョンが大小出現前出現後全てひっくるめて百三十二カ所あるという内容で、大まかな配置図付きでなければ、だが」


「「「「「えっ?」」」」」


 ユウが吐き捨てるように言った手紙の内容。そのあまりにもあまりな内容に思考がフリーズして、思わず間抜けな声を出してしまう一同。


 今後約一年にわたってアルトを活況と混乱の渦に叩き込み、アルト魔法学院の中等課程以上が正規の授業の大半を行えなくなる原因となる事件。


 隣国の重要人物から届いた一通の手紙により、その幕が開くのであった。

次話で補足が入りますが、ユウが偶発ダンジョンをほとんど見つけられなかった理由をここでも一応補足しておきます。


偶発ダンジョンは、発生しても出現するまでは人間が使える手段では探知できません。

この発生と出現の関係、近いものを挙げるとインフルエンザとかの感染と発症みたいな感じです。

この手の感染症、基本的に感染した直後はウィルス量が少なすぎて、大抵普通の手段では感染したことを確定できません。

ものによっては発症するまで検査で検出できないケースもあります。

あまりいい例えではありませんでしたが、ダンジョンも同じで出現するまで宏たちのような神かそういう神具の類を使わないと検出できません。


なお、次回以降、活動報告で募集したダンジョンから使いやすいものをちょこちょこと登場させる予定です。

ものによっては必ずしもダンジョンを攻略しない、というより飼い殺す選択をするケースもありますが、そこはご了承いただけたらと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 感覚派はものを教えるのに向いてないですよね。 理論派の天才は自分が知っていることをそのまま使いますから、やっぱり向いてない。 やっぱりモノを教えるのは努力派の秀才が一番…
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