第1話 新年度講義開始初日でのあれこれ
「リカルド君は付与魔法科を選んだんですね」
「うん。いろんな人と相談して、これが一番いいって思ったんだ」
進級式が終わってすぐ、付与魔法科の教室。
駆け寄ってきたリカルドに対し、ティファがそう話を振る。
「リオちゃんも最後まで迷ってたみたいだけど、結局医療魔法科に行くことにしたんだって」
「えっと、リオちゃんって誰でしたっけ?」
「そういえばティファちゃん、クラスだとあんまり他の子と話とかしてなかったもんね」
「ごめんなさい……」
「まあ、ぼくだってティファちゃん以外はリオちゃんぐらいしか話してなかったから、ギリギリ顔と名前が一致してるぐらいなんだけどね」
申し訳なさそうにするティファに対し、やたら軽い態度で明るく笑い飛ばすリカルド。
あまりよろしくない話ではあるが、ティファやリカルドの立場でクラスメイトと仲良くなどできるわけもなく、顔と名前を一致させるメリットも薄い。
リオに関しては昨日もカレンが名前を出していたのだが、ティファはそのことすら完全に忘れている。
もっとも、会話ですら連絡事項かいじめの標的として攻撃されているとき以外なかった元クラスメイトに対して、興味を持てというのも酷な話であろう。
これがせめて、付与魔法科に進学してからのあれこれがなければもう少し興味も残っていたかもしれないが、トライホーン・ドラゴディスだの無限回廊だのというスケールの大きなことに関わってきた。
さすがに、低レベルないじめのことなどどうでもよくなる。
いくらかでも印象に残りそうないじめ関連ですらそうなのだから、朝の挨拶すらほとんどしたことがないその他大勢のことなど、意識にも上がらなくて当然であろう。
何気にティファは、そういう面では非常にドライな少女だったりする。
「でね、でね。リエラ先生に聞いたんだけど、今年からは合同授業みたいなのが増えるらしいから、他の科に進んだ子とも顔を合わせる機会が増えると思う」
「そうなんですか?」
「うん。他の科のことをよく知っておいた方が、何かと便利だから、だって」
「それは、何となくわかります」
リカルドが持ち込んだ情報に、興味深そうな様子を見せるティファ。
大魔力を使いこなすという目的のためもっとも魔力消費の多い付与魔法科に進学したが、他の学科でどのようなことをやっているかには前々から興味があったのだ。
特に傷や毒、病などの治療を専門にしている医療科の内容は戦闘中に回復・治療系の魔法を使う機会が多いティファとしては詳しく知りたいところだが、戦闘科の内容も学べるなら学んでおきたい。
今のところ初級でも不足はしていない、どころかコントロールに不安がありすぎて下手に中級以上の魔法を使えないが、さすがにいつまでも初級魔法を魔力量で強引に大技にして使うのもどうかという気がして仕方がないのだ。
上級攻撃魔法の中には規模を拡大せずに致傷力を強化する方向で大量の魔力を使うものもあるので、許されるならその技法は学びたいところである。
もっとも、回復魔法や治療魔法はともかく、攻撃魔法に関しては今の状態で学んでもどうせ超広範囲をやたらえげつない致傷力で薙ぎ払うだけになるのは目に見えているのだが。
「まあ、増えるって言ってもすぐには関係なさそうだし、ティファちゃんはともかく、ぼくはまず基本的な内容を覚えてできるようにならなきゃね」
「そうそう。そういうのは、ちゃんと簡単なものを作れるようになってからね」
「単なる着火とか水作成とかの付与でも、最初の頃はすげえ苦労するからな」
「いまだに正攻法じゃどうにもならない子もいるぐらいだしね」
「はうっ……!」
自身の付与魔法についてミルキーとロイドにいじられ、グサッときた様子でうめくティファ。
残念ながら、発動体が完成した今でも、魔力の最低消費量が過剰すぎるというティファの問題は一切解決していない。
体の成長が足りておらず、一定の範囲を超えて放出したり絞ったりすることに耐えられないのが過剰な出力となる原因なので、発動体を使ったところで多少マシになりはしても根本的な解決にはつながらないのだ。
仕方がないので、現在は魔力消費量が多い付与なら二つ、少ないものなら五個から七個同時に行うというアクロバティックなやり方でどうにかしている状況である。
そのままの流れで、ミルキーとロイドが付与魔法科で気を付けるべき重要な点についてティファを軽くいじりつつリカルドに説明しようとしたところで
「あっ、先生が来ました」
付与魔法科担任、ケニー・ファームの気配を拾ったティファがそう告げる。
その言葉を聞いて、クラス全員が雑談をやめて席に着く。
ティファの言葉から十五秒後、ケニーが教室に入ってきた。
「ふむ、学長から聞いていたが、やはりデュロックはこちらに進級してきたか」
「はい!」
ケニーの言葉に、元気よく返事をするリカルド。
「さて、一年も入ってきていることだし、説明事項に移るぞ。今年は体制が大きく変わっている。一応配布物で説明されているが、補足説明や昨日変更が決まったため反映されていない点もある。去年までとはいろいろ違うところもあるから、しっかり記録しておくように」
リカルドの返事を聞いて一つうなずいた後、そう宣言して資料を配布し、黒板に説明事項を書いていくケニー。
最初に黒板に書かれた「ダンジョンでの素材収集」という項目を見て、全員が真剣に配布資料と板書の内容を見比べて書き写していく生徒たち。
のっけから、なかなかに強力な一撃である。
「……なあ、ミルキー」
「……何よ?」
「……これ、絶対ユウさんのせいだよな?」
「……そんなの、考えるまでもないでしょ?」
真剣な顔で板書を移しながら、その内容についてそんなことをこそこそ言い合うロイドとミルキー。
ダンジョンでの活動やリカルドが言っていた他の科との共同講義などはまだしも、基礎体力向上のため体育の時間を増やすというのは、その内容がほぼ全てランニングである時点で間違いなくユウの影響であろう。
ちなみに、事故が怖いという理由から、体育の授業は基本的に一日の最後に回されている。
週二回が休みの日を除く毎日になっただけなので、今後は一日の授業をランニングで締めることになりそうだ。
「まあ、基礎体力と逃げ足の速さは重要だし、いいんじゃない?」
「はい。走る速さを鍛えておいて損することはありません」
ミルキーの言葉に、心の底から同意してそんなことを言うティファ。
とはいえ、すでに日課になっているティファ達はともかく、常日頃から練習と研究にかまけて体育以外での運動を怠っている他の生徒たちからすれば、毎日一時限のランニングというのはかなりつらそうではある。
「なんにしても、今年度はハードな一年になりそうだ」
「分かってないわね、ロイド」
「何が?」
「こんな変更点がなくても、ティファと同じ班で行動する限り、私達はずっとハードな学生生活を送るのよ」
「ああ、確かにな……」
ミルキーの指摘に、心の底から納得するロイド。
こうして、ティファ達のハードな新年度が幕を開けるのであった。
翌朝。
「カリキュラムの変更については聞いている」
いつものように公園まで走っている最中、ティファが告げた言葉に対しユウが端的に答える。
昨日はユウが軍関係の仕事を受けた都合で帰ってくるのがティファが寝る時間になってしまったため、今になるまでちゃんとそのあたりの話をする時間がなかったのだ。
「えっと、じゃあ……?」
「俺はお前たちの鍛錬以外には関わらん」
「そうなんですか?」
「ああ。攻撃魔法科や防御魔法科あたりの矢面に立つ可能性がある連中はまだしも、他は基本的に障害魔法などをぶつけながら逃げるための足と体力をつけるのが目的だからな。わざわざ俺が教えなくても、やることは変わらん」
「あ~、そうかもしれません」
ユウの説明に、あっさり納得するティファ。
言っては何だが、アルト魔法学院の卒業生は、大部分が冒険者や軍人にはならない。
そんな彼らが戦場に立つときはモンスターのスタンピードや先だってのトライホーン・ドラゴディスのように、どんな些細な魔法でも必要になる状況だ。
その状況で杖術で身を守りながら戦闘するようでは死亡確定なので、その前に戦況を見極めてとっとと逃げる必要がある。
さらに言うならば、冒険者でも軍人でもない魔法使いは基本的に護衛対象であり、護衛対象が前に出て杖で敵と渡り合いながら魔法を使いまくるのはいろんな意味でアウトだ。
護衛する人間のためにも速やかに危険から逃げる能力を身に着けておかねばならないし、逆に正面切ってモンスターと殴り合うようなスキルは、学校で身につく程度の技量では却って邪魔になる。
この年で前衛として戦えるだけの技量を身に着けているティファは、複数の意味で特殊事例なのだ。
「じゃあ、なんで私達は逃げ足だけじゃなくて、杖術みたいなものまで教わってるのかしら?」
「そんなもの、今後も俺たちと行動する確率が高いからに決まっている」
ティファがあっさり納得したのを見て、横から口を挟んでユウにバッサリ切り捨てられるミルキー。
いつの間にか走りながら普通に会話ができるぐらい体力がついているミルキーだが、本人はそのことを全く意識していない。
ロイドともども、最初の頃は公園まで走る事すらできなかったことを考えればかなりの進歩なのだが、今ぐらいのことは周りが平気でやってのけるため、進歩しているという印象が一切ないようだ。
「そういや、ユウさん。リカルドもうちの科に進学してきたんだけど、俺たちと一緒に面倒見るの?」
「いや。あいつはあいつで師事している冒険者がいるからな。お前たちと同じ班になったのであればともかく、そうでないなら俺は手を出さん」
「だったら、しばらくは俺たちだけかあ……」
ユウに断言され、走りながら器用に肩を落とすロイド。
自分たちと同じ目にあう後輩ができるかも、と期待したのにあっさりその目がつぶれてしまい、割と本気でがっかりしていたりする。
「あの、ロイド先輩」
「ん?」
「どうして、リカルド君はうちの班に来ないんですか?」
「ん? ああ、そりゃ単純な話で、今年は二人になる班が出てくるからだよ」
ティファの質問に、あっさりそう答えるロイド。
付与魔法科は年度の途中で退学者が出た、新入生が入ってこなかったなどのどうにもならない理由がない限り、二人以下になる班を出さないよう作られる。
去年のロイドたちの班同様に、今年も班員が卒業して二人になる班が一つあるので、リカルドは自動的にそちらに入ることになるのだ。
「何やら妙な期待をしていたようだが、リカルドはお前たちより体力があるぞ?」
リカルドがそれほどがっつりとした鍛錬をしていない前提で話をするロイドに対し、そんな無情な現実を突きつけるユウ。
鍛錬メニューの性質と濃度、およびスタート時期の差でティファほど鍛えられているわけではないが、それでもリカルドはロイドやミルキーより半年は長く鍛錬を続けている。
鍛えれば鍛えるだけ伸びる年頃で、半年の差は大きい。
特殊な鍛え方を一切していないのでいずれ伸びが鈍化してきて追いつくだろうが、現時点ではロイドやミルキーがリカルドに体力で勝つのは不可能である。
「えっと、あの、ロイド先輩、ミルキー先輩。リカルド君も私とそんなに変わらないぐらいの期間、鍛えてますから……」
「あ~……。で、でもまあ、戦闘魔法科とか防御魔法科はともかく、それ以外のところよりは、私たちのほうが多分体力あるはずよ、ね?」
「平均と比較すれば、そうなるだろうな。もっとも、何事にも例外があるから、戦闘に関わらない学科の生徒にお前たちより体力がある人間が居ても、何ら不思議ではないがな」
ティファに事情を説明され、それならばと希望的観測を口にするミルキー。
その内容を大筋では認めつつも、釘をさすことは忘れないユウ。
残念ながら、ミルキーもロイドも並よりは上という程度の体力や身体能力しか持っていない。
ミルキーたちの年代だと、才能に恵まれていて日ごろからそれなりに体を動かしている人間なら、必死になって鍛えなくてもこのぐらいの身体能力を持っていることは割とある。
もっとも、これは結局のところ、鍛えられる前のミルキーとロイドが一年程度では才能の壁を越えられないぐらい貧弱で、ティファほど切実に体を鍛える動機がなかったが故の結果に過ぎない。
体力面に限って言うならば、さすがに同じことを二年やれば、才能だけで一切鍛錬していない人間ぐらいは一般人でも超えられる。
「そう言えば、今日さっそく体育の授業がありますよね?」
「そうなんだよなあ……」
「今日はただ走るだけみたいだけど、うちの科と同じぐらい体動かさないところの子に周回遅れにでもされたら、ちょっと立ち直れないかもしれないわね……」
「絶対にありえないとは言い切れないのがなあ……」
ティファが告げた本日の予定に、ロイドとミルキーが嘆く。
見習い魔法使いとしてはかなり体力があるティファですら、気功による底上げがなければ、駆け出しを卒業する頃合いの冒険者にスタミナでしか勝負できない。
その程度なので、趣味で体を鍛えている人間がいれば、ロイドたちを周回遅れにするぐらいは簡単にやってのけるだろう。
「でもまあ、そのあたりは今更どうこう言っても手遅れだし、腹くくって頑張るしかないわね……」
「だなあ……」
少し悩んだ末に、そう割り切って腹をくくるミルキーとロイド。
周回遅れにされて恥をかくのは、全員同じことである。
「ふむ……。ならば、別に手加減する必要はなさそうだな」
ミルキーたちの様子を見て、そんな風に結論を出すユウ。
こうして、カリキュラムの変更など気にすることもなく、いつものペースでミルキーとロイドを鍛え上げるユウであった。
そんなこんなで、本日最後の授業となる体育の時間。
体力測定も兼ねたマラソンの結果、体力を使いきった生徒たちが死屍累々といった風情で横たわっていた。
「初日の割に、結構きつかったわね」
「だなあ」
その様子を横目に整理運動を続けながら、二人してそんな感想を口にするミルキーとロイド。
去年だったらそちら側だった自覚があり、かつティファやリカルド以外にも三人ほど、非戦闘系の学科に自分たちより体力も走力もある生徒がいたので誇る気はないが、去年に比べて体力が付いたものだと感慨深いものはある。
なお、ミルキーとロイドにとって予想外だったのが、案外戦闘系の学科の生徒が体力がなく、逆に医療魔法科の生徒が新一年以外全員余裕で完走している点だ。
医療行為はなんだかんだで重労働であり、体力も精神力も必要とされるのだから、学科を挙げて鍛えているのはおかしなことではないのだが、さすがに戦闘系の学科よりも鍛えているとは思わなかったのである。
ちなみに、新一年生で現在まともに立っているのはリカルドだけ、もともと同じクラスにいた、というくくりで見てもリカルドとティファだけだ。
無事に進級できたティファの元クラスメイト達は、大部分が馬鹿にしていたティファやリカルドに惨敗しする結果となったのである。
「ねえ、ロイド先輩、ミルキー先輩。あっちの人たち、ぼく達のことをすごくにらんでない?」
「あ~、あいつらか……」
「知ってるの、ロイド?」
「知り合いって言えるほどじゃないけど、知ってはいる。つっても、知ってんのは一人だけだけどな」
へたり込んで肩で息をしながらにらんでくる連中の顔を見て、そんな微妙な表現をするロイド。
その言い方にあまりいい関係の相手ではないと察しつつ、自分のほうに心当たりがないことで思わず怪訝な顔をしてしまうミルキー。
その疑問を、率直にロイドにぶつけることにする。
「てか、ロイド。あんたと私って、大抵一緒に行動してるわよね? あんなのとどこで関わってたのよ?」
「あの中に、初等科時代のクラスメイトの弟がいるんだよ。兄弟そろってこっちに入れたって威張ってたやつがいてな。たしか、ミルキーの一個下だったと思うが、あんまり興味なくて正確なところは覚えてない」
「その割には、顔見ただけで一発で分かったのね」
「しょっちゅううちのクラスに来ては、兄貴と一緒になって俺たちの事馬鹿にしてたからなあ。関わらないようにはしてたけど、あんまりに鬱陶しい感じだったからよく覚えてたんだよ」
ミルキーの突っ込みも兼ねた質問に、実に嫌そうな顔でそう答えるロイド。
いいところの坊ちゃん風メガネの割にチャラいところがあるロイドだが、いわゆるエリート意識の類は薄い。
そのせいなのかは不明だが、いくら当時主席だったとはいえ、エリート風をふかせて周囲を見下すような連中とは馬が合わない所がある。
なので、基本関わらないようにはしていたが、それでも兄弟そろって周囲に威張り散らしていたため、覚えたくなくても覚えてしまったのだ。
なお、念のために記しておくと、ミルキーの一学年下だと、本来ならティファの一学年上になる。
アルト魔法学院の初等科は、ロイドの事例のようにクラスメイトの兄弟が通っているケースでもなければ基本的に縦のつながりがないに等しいため、ティファとリカルドは彼らのことを一切知らない。
もっとも、ティファにしろリカルドにしろ、仮にロイドの時のように彼らが頻繁に顔を出して威張り散らしたところで、クラスメイト達とセットで完全スルーして記憶の片隅にも残さなかっただろうが。
「で、その兄貴は?」
「攻撃魔法科のところにいるとは思うんだけど……、ああ、いた。あそこでばててるわ」
「兄弟そろって、体力づくりは怠ってたわけね」
「まあ、その件について言うのは酷な話だろうよ。今立ってるのって、俺たちみたいに事情があって体鍛えてる人間か、身体強化系の魔法が得意な人間かのどっちかだろうしさ」
自分たちも到底人のことは言えないようなことでマウントを取ろうとするミルキーを、苦笑しながらそうたしなめるロイド。
そもそもの話、ミルキーとロイドは無事ゴールできた生徒の中では真ん中ぐらいの順位だと言っても、ティファはおろかリカルドにも惨敗している。
はっきり言って、何の自慢にもならない。
「……なんだよ、その眼は。どうせずるいことして完走したんだろうに、何俺たちのこと馬鹿にしてんだよ?」
そんな話をしていると、ようやく息が整ったらしいリーダー格の少年が、立ち上がると同時にロイドたちのもとへ大股で近づいてきて、なぜかティファに絡み始める。
「えっと、ずるですか?」
「何しらばっくれてんだよ? お前みたいなのが、あんなに速く走れるわけないだろうが!」
「冒険者の皆さんと比較すると、むしろ私の足は遅い方になるんですけど……」
言いがかりとしか言いようのない少年の言葉に対し、困ったような表情を浮かべつつ大真面目にそう告げるティファ。
確かに今回ティファは、三年生以下を全員周回遅れにするペースで走って、息一つ乱さぬままゴールしている。
が、この日走った距離は校庭十周ほど。冒険者ならそれぐらい、トップスピードを維持したまま汗もかかずに走り切る距離である。
今日のティファは諸般の事情で気功も魔法も使わずに走っているため、手を抜いているという方向で文句を言われるのならば、まだ理解はできる。
が、この程度の距離をペースを落とさずに走り切った程度でずるをしていると言われても、まるで意味が分からない。
「あのさあ。そもそも、あんたの言うずるいことって何よ?」
放置しておくと、延々噛み合わない会話を続けた挙句に少年が一方的に切れかねない。
そう判断したミルキーが、横から口を挟む。
「決まってるんだろ!? 魔法とか薬とかマジックアイテムとかで水増しして、ってやつだよ!!」
「むしろ、なんであんた達はやってないの? 戦闘魔法科なんでしょ?」
妙なことを言い出した少年に対し、思わず真顔でそう聞き返すミルキー。
訓練の趣旨が確実に逃げ延びるための体力と逃げ足を鍛える事なのだから、他人を攻撃する以外、特に禁止事項はない。
更に言うと、魔法を使いながら長距離を走るのはそれはそれで体力を使うし、身体能力を強化するマジックアイテムや魔法薬もある程度訓練していなければその身体能力を使いこなせず体力を無駄遣いしがちだ。
結果としてろくに訓練もせずに身体強化系の魔法やアイテム、薬などを使ったところで、特に長距離走の場合は大きな差が出づらい。
なので、少年がずるだというやり口は、実際のところはちゃんと鍛えている証拠にしかならなかったりする。
「ちなみに、私とロイドは身体強化系の魔法は使ってないわ。専門じゃないし練習もしてないから、魔力はともかく制御の方で最後まで魔法を維持できないし、そっちに気を取られて却ってペース落ちそうだったもの」
「魔法薬も使ってないぞ。たかが体育の授業で高価な魔法薬を使えるほど、俺もミルキーも小遣い貰ってないしな」
「マジックアイテムもないわね。身体強化系のアイテムはいろいろ調整が難しいから、四年の後半まで作り方を習わないし、買うと目玉が飛び出るほど高いし」
少年が何かを言う前に、自分たちはどうなのかという話をするミルキーとロイド。
言うまでもないことかもしれないが、魔法薬やマジックアイテムは、自作できない限り非常に高価だ。
魔法薬に関しては、高価だと言っても中堅冒険者パーティである「深紅の百合」が訓練や依頼でためらいなく使える程度の値段ではあるが、まだ見習いでまともに収入もないアルト魔法学院中等部の学生が体育の授業ごときで購入して使えるほど安いものでは決してない。
マジックアイテムに至っては、身体能力を多少上げる程度の大した性能ではないものでも、ちょっとした財産となるぐらいの値段が付けられる。
ミルキーにせよロイドにせよ付与魔法使いの見習いなので、いずれはこういったマジックアイテムを作って身に着けることにはなるだろうが、現時点では不可能だ。
自他ともに認める貧乏少女であるティファに至っては、魔法薬など作り方を覚えて自作するか誰かに恵んでもらわない限り永久に使う機会は訪れないだろう。
さらにティファの場合、ブルーハートという実例を踏まえると、能力強化系のマジックアイテムを自作するのも怖い。
「あんたらはともかく、そっちの女はマジックアイテム使ってるだろうが!」
「これが、そういう効果だったら、どれほど気分が楽になったでしょうか……」
ブルーハートを指し示しながらの少年の言葉に、死んだ目でそうぼやくティファ。
そのあまりにも虚無を感じさせる表情に、言いがかりをつけた少年が思わずたじろぐ。
「これの持ってる機能は魔力の増幅と、勝手に私の魔力を使って攻撃したりいたずらしたり、エンチャントの最中に勝手に魔力を操作して変なものを作ったりなんですよね……」
「一応、多少は魔法の規模を絞る役に立ってるはずよね」
「魔力を一使ったファイアーボールのはずの魔法が規模十ぐらいのファイアーウォールになるのを、規模八ぐらいのファイアーウォールに搾れる程度です。無駄とは言いませんけど……」
「むう……」
一応フォローを入れようとしたミルキーを、ばっさり切り捨てるティファ。
その容赦のない評論に、ティファの胸元でブルーハートが傾く。
そもそもファイアーウォールになること自体が問題なのだから、その規模が二割やそこら減ってもさほど意味がない。
ティファの肉体が育ち切っていないことが魔法の規模を絞れない一番の原因なので、現段階でまだ未完成の第一形態にすぎないブルーハートに多くを求めても仕方がないのは事実だ。
が、主であるティファが一番求めている機能においてさほど役に立っていないのに、自律行動で勝手なことをしてはティファに尻拭いをさせているのだから、ティファの評価が辛くなるのも当然ではある。
今日の体育でティファが龍鱗ぐらいしか使わなかったのも、ブルーハートが勝手に飛んで行って悪さをしようとするのを必死に抑え込んでいたのが最大の原因だ。
ブルーハートからすれば、主に対していろんな意味でぶしつけな視線を向けてくる連中に制裁を加えようとしただけなのだが、それで立場が悪くなるのはティファなのだから好感度が上がる訳もない。
こうして、今日もまたブルーハートの行き過ぎた勝手な愛情は、しっかりティファのストレスとなっているのである。
「と、とにかくだ! お前みたいな落ちこぼれが飛び級した上に俺たちより足が速いとか、絶対なんか不正をしてるに決まってる! その化けの皮を剥がしてやるから、覚悟しろ!」
「化けの皮を剥がす、ねえ。具体的にはどうやって?」
「そんなもん、決闘に決まってるだろうが!」
「だ、そうですけど、先生。どうします?」
ミルキーが引き出した少年の要求について、ロイドが近くまで来ていた教師に振る。
さすがに授業中にこれだけ騒げば注目を集めるわけで、もめごとの気配を感じた教師が様子を見に来るのも当然であろう。
「そうだな……放置しておいてノックスのようなことになっても困るし、いつまでもベイカーが落ちこぼれだというイメージが残っているのも面倒だ。準備をするから、少し待っていろ。ベイカーもそれでいいな?」
「あの、それはいいんですけど、私が魔法を使って攻撃するのは、危なくないですか?」
「ああ。なので、特別ルールだ。ベイカーは防御に専念し、ドースティンがベイカーの防御を抜ければ勝ち。逆にドースティンが魔力も体力も尽きた際、ベイカーがまだ我々の防御魔法を抜けるだけの攻撃魔法を使う余力があれば、ベイカーの勝ちだ」
「それでいいのであれば……」
「後、意味はないだろうが、いらぬ言いがかりをつけさせないために、その発動体は決闘中は外しておくように」
「はい」
教師の指示に従い、ブルーハートを首から外してミルキーに預けるティファ。
「分かっているとは思いますけど、余計なことをしたら今度こそユウさんに壊してもらいますからね」
ぞっとするほど冷え切った声で、ブルーハートに釘を刺すティファ。
ティファに釘を刺され、ミルキーの手のひらで震えるブルーハート。
まともに意思疎通も出来ない無機物なのに、こういうところだけは感情表現豊かな宝石である。
「さて、こちらも準備が整ったようだ。ベイカーとドースティンはグラウンドの中央に、それ以外はトラックの外側まで退避するように」
教師の指示に従い、生徒たちがぞろぞろと移動する。
その際、付与魔法科の生徒たちが公開処刑を楽しみにしている、といった風情の表情を浮かべているのだが、気が付いているのは親交が深い生活魔法科の生徒たちぐらいであろう。
何気に学科に関係なく中等部新一年生の三割ぐらいが、付与魔法科と同じような表情をしていたりするのが興味深いところであろう。
「では、始めの合図で……」
「隙あり!」
ギャラリーが退避し、審判の教師が決闘用の結界を起動し終えたタイミングで、ドースティンと呼ばれた少年が開始の合図を待たずに不意打ちを仕掛けてくる。
奇襲のために速度を優先し、悟られないために詠唱を省略した荒い魔法だが、その割には威力も精度も高い魔法が発動する。
教師が割り込んで消そうにも弾速が早い雷光系なので間に合わず、普通に食らえば大怪我では済まない威力の魔法が一見無防備に見えるティファに容赦なく襲い掛かる。
が、ユウに散々あちらこちらに連れまわされ、傍から見ればあわやというような状況を何度も経験し、無意識に常在戦場の心構えが成立してしまっているティファ。
相手の魔力の動きから、何となくそういうことをやってくるだろうなと予想していたこともあり、素晴らしい反射神経で使い慣れた初級の防御魔法を雑な魔力制御で適当に発動させる。
ティファ的には使ったとは到底言えない程度の魔力量を込めて発動した防御魔法は、中等部の生徒が使ったとは思えないほどの強さでティファとついでに審判の教師を守る。
「なっ!? 先生に守ってもらうなんてずりーぞ!」
「ルール違反の奇襲をかけた人間がいう事ではないが、一応訂正しておく。さすがにやらないだろうと思っていたので準備していなかったから、今回私の防御魔法は間に合っていない」
「えっ……?」
教師の言葉に、顔を青くするドースティン少年。
今の奇襲が、ティファだけでなく教師も巻き込む可能性があることに気が付いていなかったのだ。
「さて、言うまでもないが、殺意を持ってルール違反を犯したのだから、本来なら退学処分が妥当だ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「が、被害が出ている訳でもないのに一方的に退学処分にすると、またしてもベイカーの立場が悪くなる。今回は初回であること、似たようなことをしていたノックスですら初等部とはいえ即時退学ではなかったことを考慮して、退学処分だけは勘弁してやろう」
何かを言い募ろうとしたドースティン少年を制し、そう結論を告げる教師。
正直な話をするなら、二年に一人は決闘の際にルールを無視して不意打ちをしようとする生徒が出てくるので、やるかもしれないとは思っていた。
なので、さすがにやらないだろうと思っていたというのは正確ではなく、やったところで実効性のある威力の魔法は発動しないだろうと高をくくっていた、というのが正しい。
教師にあるまじき怠慢だと言われればそれまでだが、仮に防御が間に合わなくても大きな怪我をさせないために、わざわざ決闘用の結界を張っているのだ。
結界の性能により、今回ドースティン少年が使った程度の魔法は一瞬で無力化されるので、どう転んでも似たような結果で終わっていただろう。
そのあたりも考慮した上で処分が決まるが、今までの事例を踏まえると、今回初犯であるドースティン少年は留年及び早朝と放課後に各神殿での奉仕活動を一年、病欠などの正当な理由なしで奉仕作業を欠席した場合は問答無用で魔力封印処置の後退学処分、あたりが相場である。
因みに、こういう時の奉仕作業は最初の一カ月が戦神神殿というのがアルト魔法学院の伝統だ。
戦神神殿に預けると、朝と放課後は強制連行のために信徒が押しかけてくる上、逆恨みなんて後ろ向きなことは考えなくなるほど厳しく鍛え上げてくれるため、更生に失敗したケースはたった一件だけという信頼と安心の奉仕先なのだ。
「では、仕切り直しだ。ベイカー、必要なら、すぐに魔法をかけなおすように」
「はい。……発動しました!」
教師に促され、念のためにちゃんと詠唱して防御魔法をかけなおすティファ。
魔力感知ができる人間なら勘違いしようがないほどはっきりと魔力を放出しながら魔法を使ったため、さすがのドースティン少年も今回は言いがかりをつけられなかった。
すでに手遅れとはいえ、ここで恥の上塗りをしない程度には頭が冷えたらしい。
が、その冷静さのせいで、ティファが使った防御魔法の絶望的な防御力を理解してしまう。
「そうか。では、決闘開始」
教師の宣言を聞き、やけを起こしたドースティン少年が現在注ぎ込めるすべての魔力を注ぎ込んだ一撃を放つ。
戦闘魔法科とはいえ二年生の初日の生徒が放てる魔法なので、使う術式は中級魔法がせいぜいであり、既に消耗しているドースティン少年では、限界まで魔力を注いだところで無限回廊十層のモンスターを一撃で仕留めるのは無理な威力しかない。
が、それでも先ほど不意打ちで使った魔法など比較にならぬほど強力であり、当たれば命の保証はない点は一切変わらない。
それを、ティファの防御魔法は平然と受け止め、あっさり弾き返す。
着弾時点で威力の大部分が消失しており、弾き返された魔法は情けない音を立てて拡散、地面に落ちて消滅する。
「……えっと」
あまりにあっけない結末に、腑に落ちないという顔で首をかしげながら、あまり意味のない言葉を漏らすティファ。
それを見たミルキーが、結界の外からティファに声をかける。
「一応言っておくけど、私達は見習いなんだから、あれぐらいが普通よ。冒険者を基準にしちゃだめだからね」
「は、はい」
ミルキーに指摘されて、言いそうになった言葉を慌ててひっこめるティファ。
ミルキーに釘を刺されなければ、まだ駆け出しを抜け切れていない去年のザッシュでも、もっと小さい魔力で強力な魔法を使っていた、ということを言ってしまっていた。
そんなミルキーの配慮を、第三勢力ともいえるリカルドが横から口を挟んで台無しにする。
「ねえ、ティファちゃん。そもそも、さっきと今の魔法って、防御魔法使って防がなきゃダメだった?」
「えっ?」
「直撃してもティファちゃんの魔法抵抗力を貫けない気がするんだけど、どうかな?」
「さすがにちょっと、それは分からないです……」
リカルドの指摘に対し、どことなく不安そうな表情でそう返事をするティファ。
飛んできた魔法に一切の脅威を感じなかったのは事実だが、その本当の理由がそれだとするとさすがに人間としてどうなのか、という不安が大きすぎる。
「そのあたりは今後、ユウさん立会いの下で適当に確認すればいいんじゃね? ってことで、ティファ。そろそろ帰りたいから、いい加減止め刺してやれよ」
「あっ、はい。えっと、ファイアーボールで大丈夫でしょうか?」
「そうだなあ……。あんまり地面とか荒らさない奴がいいから、何もいない方向に向けてシュートレイでも撃ち込んだらいいんじゃね?」
「分かりました」
いい加減飽きてきたロイドの指示に従い、生命力探知で安全な方角と角度を確認し、無詠唱でシュートレイを撃つ。
できるだけ威力を殺すためにあえて雑に放ったシュートレイだが、ブルーハートなしで使った魔法故に魔力の絞りがどうしても甘くなる。
その結果、ティファが放ったシュートレイは本人の身長よりも太い直径とけた外れの密度を持つ上級魔法すれすれの威力に化け、アルトの上空数千メートルまで垂直に光の柱を立てることとなる。
「……むう」
「予想通りっちゃ予想通りだけど、また見事な怪奇現象になったわね」
「つっても、地面に向けて撃ったらどの魔法でも死人出かねなかったしなあ……」
「ティファちゃんの魔法の威力、前に見た時より強くなってるよね」
「前にって、いつの話よ? 初等課程の時の話だったら、さすがに情報が古すぎるわよ?」
思った以上に威力を絞れなかった魔法を見て、不満そうにうめくティファ。
そのティファに対し、追撃を入れまくるミルキー、ロイド、リカルド。
あまりの言われようと反論の余地のなさに、ティファは涙目になりながらがっくりする。
「聞くまでもないことだが、ベイカーの魔力はまだ残っているんだな?」
「そもそも、減ってません……」
「そ、そうか……」
ティファの告白に、思わずドン引きする教師。
付与魔法科及び一部新一年生を除き、他の生徒たちも同じぐらいドン引きしている。
そんな彼らにとどめを刺すように、付与魔法科の生徒たちがくすくす笑いながら余計な情報をばら撒き始める。
「一見凄そうに見えるけど、よくよく考えたらあの魔法に使ってた魔力って、クリエイトウォーターの魔道具三つ分ぐらいだよな」
「十倍は魔力いる奴を一度に分散付与で十個以上同時に作って平然としてるんだから、あれぐらいで枯渇はないわよねえ。しかも、それを時間が許す限りやってるから、大魔力流し込んで焼き切ったり変質させたりするのも含めて一日に何百個って魔道具を毎日作ってるし」
「ベイカーさんって、初めてやる付与は大体十倍以上の魔力を流し込んで回路を変質させるものねえ。そのおかげで美味しいものが食べられたり、悩んでた問題が解決したりするから、私達としてはありがたいけど」
「ティファちゃんはそのたびにへこんでるけど、高等課程の先輩方とか卒研組なんかは、むしろ参考になりそうな研究対象ができてよろこんでるしなあ」
次々と語られるティファの伝説。それを語っている付与魔法科の生徒たちが妙に誇らしげなのが、彼らの日ごろの隠れた鬱憤を物語っている。
もともと少人数かつ尊敬されつつ見下される感じの扱いを受けがちな付与魔法科は、縦も横も変に結束力が強い。
そんな彼らがマスコット兼アイドルとして裏でひそかに可愛がっているティファが、他の学科に対していろいろ見せつけたのだから、自慢げに追い打ちをかけるのは当然なのだろう。
無論、全員が全員ティファを可愛がっているわけではないが、よその科の生徒に馬鹿にされて快く思う訳もないので、この場では結局似たような反応になるのだ。
「とりあえず先生。ティファが付与魔法科でよかったですよね」
「……ああ、認めざるを得んな。どんな事故が起こるか分かったものではないから、少なくとも戦闘魔法科では扱いきれなかっただろう」
「はうっ!」
ミルキーが出した結論に、疲れた顔でそう同意する審判役の教師。
二年前、初めて魔法が使えるようになったころのティファならまだどうにかなったが、今のティファは付与魔法科のような大魔力を日常的に使用する学科以外、うかつに実習も受けさせられない。
「来月予定らしいダンジョンでの合同授業が、実に楽しみだよな」
「あまり教師をいじめんでくれるか……」
胃が痛くなりそうなことをしれっと言ってのけるロイドに、心底嫌そうな顔で苦情を告げる審判役の教師。
この日の騒ぎで、半ば都市伝説扱いだったティファの実力は、噂のほうが控えめだという事実とセットでアルト魔法学院に定着するのであった。
ティファが空に向かって魔法を放ったのと同時刻、アルト近郊の小高い丘。
「……ふむ。さすがにまだ接触するのは時期尚早かな」
放たれた魔法を見た青髪の青年が、そんなことを小さくつぶやく。
彼の周りには比較的厄介とされるモンスターが数体、力なく横たわっている。
よく見るとまだ息がある、どころか致命傷になるような傷すらないところを見ると、恐らく殺さないように手加減したのだろう。
「とはいえ、自力で気が付かないようだったら伝えておかなきゃまずいこともあるし、どうにか直接接触しない形で伝言できないか、考えないとね」
周辺をぐるりと見渡し、目に入ったいくつかのポイントに渋い顔をしながらつぶやく青年。
もっとも、今日明日どうなるものでもなければ、今の時点で彼が直接どうにかできる問題でもないので、今日のところはいったん棚上げするしかない。
正確に言うならば、その気になれば問答無用で解決できなくもないが、悪目立ちする上に面倒な副作用が出てくる。
それだけでも気が進まないのに、その方法で解決してしまうと、場合によっては今後も全て彼が解決してくれると思い込まれてしまう可能性がないとは言い切れない。
それで逆恨みでもされた日には、割に合わないにもほどがある。
数が多いのが問題だが、一つ一つは解決できる時期が来ればユウ一人でも解決できるのだから、弟子の育成もかねてユウに解決してもらう方が誰にとってもメリットが大きい。
「さて、ユウに見つかったら面倒だし、お目当てのお嬢さんは現時点で最適と言っていい育ち方をしているようだし、今日のところはとっとと引き上げますか」
そう言って、指を一つ鳴らす青年。
その音とともに、ダウンしていたモンスターがすべて起き上がり、おびえたように後ずさってから蜘蛛の子を散らすように逃げる。
「せっかく目立たないように手加減してあげたんだから、人間を襲って返り討ちにあうような間抜けな真似をするんじゃないよ~」
逃げ惑うモンスターたちに、のんびりとそう声をかける青年。
こんなことを言っているが、別に彼はモンスターの味方でも人類の敵でもない。
単に、立場上ここにいることが知られるといろいろ面倒なので、発覚するリスクを避けただけである。
「消し忘れた痕跡とかは残ってないな」
指差し確認を終え、そう結論を出して転移反応も発生させずにあっさり転移する青年。
その場には誰かいたという痕跡は一切残っておらず、この日青年がアルト近郊を訪れていたことは永久に誰にも知られないまま歴史の陰に隠れるのであった。
ライバルをどうにかして出したかったのに、やたら血気盛んな坊やが勝手に暴走してしまった件について。
書き終わってから、ちゃんと物事を考える人間なら、そもそもこの状況で決闘なんか挑まないよなあ、という事に気が付いてしまったわけですが……。
更に気が付いてしまった絶望的な話として、ティファと張り合えるような魔力と才能の持ち主がもう一人いたら、アルトが終わりかねないという事実。
ライバル的なポジションはダンジョンやモンスターに頑張ってもらうことにします。
なお、最後に出てきた方が本編に直接かかわってくるのはもう少し先です。
余談ながら、ウィスプリに出てくるアイン・クリシード公爵とフェアクロでの宏の指導教官は同一存在です。
だからどうという事はありませんが、とりあえず裏設定として。
まあ、ウィズプリでの出番はがんばる編の天音さんと美優さんや未来さん、宏の両親あたりの中間ぐらいになるでしょうけど。