プロローグ 三年目の春
いろいろあってずいぶん遅くなってしまいましたが、ようやく公開にこぎつけました。
「「「はっ! はっ! はっ!」」」
クリューウェル大陸唯一の国家、トライオン。その首都アルトの中にある大きな公園のひとつ。
そこでは現在、十代前半から半ばの少年少女が三人、刃のように鋭く鍛え上げられた体を持つ二十代後半と思わしき男に見守られながら、長い棒の素振りをしていた。
「ふむ、そろそろか?」
弟子たちの様子を見ていた男が、やたら重々しい態度でそんなことを言い出す。
男の名は、ユウ・ブラウン。戦士系の前衛を務める冒険者で、世界最強の騎士団と名高いクリシード公爵騎士団、通称鉄壁騎士団に所属していたという前歴を持つとんでもない人物である。
ダークグレイの髪とダークブラウンの瞳という地味な配色で、顔立ちも整ってはいるがすごいハンサムという訳でもない容姿なのだが、とにかくやたら存在感のある男だ。
「何がそろそろなんですか?」
師の言葉に、長いハニーブロンドに紫の瞳の美少女が、素振りを続けながら不思議そうな表情を浮かべて質問する。
少女の名前はティファ・ベイカー。明日アルト魔法学院中等部の付与魔法科二年に進級する、いわゆる魔法使いの卵である。
中等部二年生の少女としては背が低く童顔だが、体つきのほうは学年や顔立ちに似合わず起伏に富んだ女性らしいもので、いろんな意味で将来に期待ができる少女だ。
もっとも、中等部の少女としては小柄で童顔なのも当然で、ティファは先月十歳になったばかりの、本来なら今年中等部に入るはずの子供なのである。
二年前の彼女しか知らない人間では、見た目も立場も全てにおいて今の状況を予想することなどできなかったであろう。
そんなティファがなぜ戦士であるユウに弟子入りしているのか、その経緯についてはここでは割愛する。
「ロイドとミルキーも、そろそろ気の感知ができるのではないか、と思ってな」
素振りを続けながら不思議そうに聞いてくるティファに対し、思うところをそう告げるユウ。
ロイドとミルキーというのはティファと一緒に素振りをしている二人のことで、フルネームはロイド・マクレイヤーとリエラ・ミルキー・アルセイド・ブレッド。ティファの付与魔法科での先輩で、ユウの弟子としては後輩になる。
ロイドは明日から付与魔法科の四年生に、ミルキーは三年生になるのだが、年相応で特に語るところのないロイドと違い、ミルキーはどう見てもティファより幼く見える。
それでも三カ月ほど前、年明けの頃はまだ僅差で身長だけはティファより高かったものの、この三カ月できっちり追い抜かれている。
胸に至っては比較すること自体が可哀想になるほどの差があり、一応ちゃんと膨らみとくびれがあるので幼児体型ではない、というのがせめてもの救い、というほど幼く見える少女である。
ツインテールにしているピンクブロンドの髪ところころ変わる表情がより幼く見せているのだが、髪型はともかく表情に関してはそれが魅力でもあるのが悩ましいところであろう。
なお、ミルキーとロイドは本家と分家という間柄の幼馴染であり、昔からロイドがミルキーをいじりながらもフォローするという関係が続いている。
そのロイドとミルキーだが、現在素振りでいっぱいいっぱいで、ユウの言葉を聞いてはいても口を挟む余裕は一切ない。
「えっと、ロイド先輩とミルキー先輩がユウさんに弟子入りしてから、一年ぐらいですよね? 私の時はもっと早くに始めていたような気がするんですけど……」
「去年は何かとバタバタしていたからな。それに、こういうのは人それぞれで進捗が違うのが普通だ」
ティファの疑問に、普段と変わらぬむっつりした表情でそう説明するユウ。
ティファの発動体関連で忙しく、またティファほど切羽詰まっていなかったこともあり、ロイドとミルキーの気功関連はいままで放置気味だった。
もっとも、ある程度感覚的なことは指導しており、また時々意図的に分かりやすい形で大袈裟に気功系の技を使って見せたりもしているので、全くの手つかずという訳でもない。
指導の濃度や切実さの違いもあってティファほどスムーズには進んでいないが、二人とも下地ぐらいはできているのである。
「そうだな。いい機会だから、ついでにティファにも次の段階を教えよう」
「次の段階、ですか?」
「ああ。そろそろ、練り上げた気で物理的な現象を直接起こす訓練を始めてもいいかと思ってな」
物理的な現象と聞いて、びくっと震えるティファ。
今までのユウの所業から、どんなことをさせられるか想像がついてしまったらしい。
「あの、物理的な現象って、龍鱗で飛んできた石や矢をはじくとか龍爪で石を斬るとかとは違うんでしょうか?」
「もう少し規模が大きくなるのと、ある程度の自然現象も起こせるようになる」
そう言いながら、落ち葉を拾って凍り付かせ、直後に燃やし尽くすユウ。
それを見たティファが、不思議そうに首をかしげる。
なお、龍爪とは龍鱗を圧縮して爪、もしくは刃のように成型、斬撃を放つ技である。
「あの、私みたいにちゃんとした魔法が使えないならともかく、普通は魔法で十分なんじゃないでしょうか?」
「確かに、火を起こす、凍結させる、といった類は、同じ規模なら魔法のほうがはるかに簡単だ。が、使い道がないわけではないし、そもそも物理的な現象を直接起こすのは、気の制御を上達させるための過程にすぎん」
ティファの疑問に対し、そんな答えを返すユウ。
その答えに納得し、なるほどとうなずくティファ。
ティファが納得したところで、ユウが指示を出す。
「まず最初に練習するのは、龍鱗を圧縮した上で炎、氷、雷のいずれかに変換する方法だ」
「分かりました!」
ユウの指示に元気に返事をし、龍鱗の密度を上げようと試し始めるティファ。
それを確認した後、素振りを終えて息を整えているミルキーたちに向かい合う。
「お前たちはさっきも言ったように、気の感知の訓練だ。といっても、ティファの時もそうだったが、こればかりは口で説明して通じるものでもないからな。視覚に頼らず感知する訓練をしていれば、そのうち分かるようになるはずだ」
「また、ざっくりとした教え方ねえ……」
「気配察知と似たようなものだからな。もっと正確に言えば、気の感知というのはあれの発展形のようなものだ。基礎となる気配察知が口で説明できん類なのだから、気の探知だってどうしてもそういう感じになる」
「そりゃまあ、そうだろうけどさあ……」
ユウのあまりに雑な説明に対し、事情を理解しつつも文句を漏らすミルキーとロイド。
その態度を見たユウが、むっつりした表情を崩さずに厳しいことを言う。
「二年ほど前の話にはなるが、ティファはこの説明でも疑問を口にする程度で、特に文句を言わずに訓練を始めたぞ」
ユウが示した事実に、思わず顔をしかめながら黙り込むミルキーとロイド。
正直な話、ティファと一緒にされるのはいろんな意味で困るが、かといって自分たちより年下の子供がもっと幼いころに素直にやっていたと言われると、これ以上ごねるのも格好が悪い。
結局、二人とも不満を押し殺して、気の察知という難題に取り組み始める。
「……こんなに早々に弱音吐くのはダメなんでしょうけど、正直とっかかりがなさ過ぎて、何に注目すればいいのかすらわからないわね……」
「厄介だよなあ、実際……」
開始一分で、早くも音を上げるミルキーとロイド。
においに音に魔力に気温、湿気と、集中すればするほど拾う情報が増えて、何に注目すればいいのかを考えるだけで頭がパンクしそうになる。
ユウにしろティファにしろ、よくこんなきつい訓練を手探りで進めて成果を出せたものだと感心するしかない。
「……そういえば、今気づいたんだけどさ」
「……何よ?」
「今日はブルーハートが、妙におとなしくないか?」
「……言われてみれば、そうね」
ロイドの言葉に、嫌な予感を覚えつつ同意するミルキー。
いつも余計なことをしてはティファに叱られているあの問題児が、新しいことを教わり始めた今日に限っておとなしい。
日頃の行いを踏まえると、何もないはずがない。
そんな確信とともに、ティファのほうへと視線を移すと……
「ねえ、ロイド……」
「言いたいことは分かるけど、俺に聞かれても困る……」
ティファの頭上に浮かんだブルーハートが、ティファの前方左右と後ろの足元に向けて、羽根のような形をした何かを三つ撃ち込んでいた。
それにティファが気が付くより早く、撃ち込んだ何かに対して魔力を送り込もうとして、速やかにユウに叩き落される。
「余計なことをして、ティファの集中を妨げるな」
地面にめり込んだブルーハートに対し、面倒くさそうにそう告げるユウ。
その言葉を、ぴくぴく震えながら聞いているブルーハート。
そんなやり取りを完全にスルーして、龍麟の圧縮に専念するティファ。
最近ブルーハートのちょっかいにも慣れてきて、自分だけが影響を受けるケースでは完全にスルーできるだけの心の余裕を得たのだ。
ここまで煽り耐性が高くなると、逆に不安になってくる。
「……うう……」
それから十分後。周囲で起こっている一切合切をスルーし、ただひたすら己の課題と向き合い続けていたティファが、ついにうめき声を漏らす。
「……上手く物理現象に変換できません……」
「曲がりなりにも応用発展だからな。このあたりから一気に、今までとどうつながりがあるのか一見して理解できん技が増えてくる。コツがつかめるまで、地道に試していくしかない」
ティファが漏らした弱音に、あっさりそう断じるユウ。
簡単にできないから応用発展技なのであって、あまりあっさりやってのけられては鉄壁騎士団の立場がない。
「見たところ、燃えたり凍ったりする龍鱗のイメージを作れていないのが一番の原因のようだな。単に現象を起こすだけなら密度は大して関係ないが、今朝のところは圧縮の訓練を優先して、あとで適当に参考文献を漁るなりなんなりするのがいいだろう」
「はいっ!」
ユウの指摘に、元気よくうなずくティファ。
訓練内容が次のステップに進んだところで、基本的にやってることは何も変わらないユウたちであった。
「向こうの政府もようやく落ち着いたようでな。話し合いの日程が決まった」
「ようやく、話が進みますか……」
「ああ」
ユウがティファに気の物理現象変換を教え始めたその日、ベルファールはクリシード公爵領にあるアイアンウォール本部では、団長のヘルメス・アーガイルと副長のエレノア・ラムフェスが疲れをにじませながらそんな話をしていた。
普段人前では英雄のような風格を漂わせる美丈夫のヘルメスと女神のごとき美貌のエレノアだが、今は場末の酒場で管を巻いている中間管理職と大差ない状態になっている。
「これで、少しは不安も解消できそうですね」
「まったく、こんなに胃に悪かった日々は何年振りだっただろうな……」
「本当に、事故で暴走させたという報告が来るのではないかと毎日が心配で……」
「この程度の期間で暴走事故を起こすのなら、とうに暴走させてどこかを更地に変えているとは分かっているが、な……」
「ユウさんが面倒を見ている以上、そう簡単に暴走させたりといったことは無いだろうとは信じていましたが、先日届いた報告の内容が内容だけに……」
胃のあたりを押さえながらのエレノアの言葉に、さりげなくヘルメスも同じ場所をさすりながらうなずく。
数日前にユウから届いた、発動体が完成したティファについての報告。その内容と付属していたデータが、かなり衝撃的でヤバい内容だったのだ。
肉体的にはほとんど魔神と変わらなくなっているヘルメスやエレノアだが、それでもティファの現在の全力をまともに食らえば無事では済まない、どころか下手をすると跡形もなく吹っ飛ばされかねない。
単なる大魔力であれば肉体の頑丈さに任せて制圧することもできなくはないが、ティファの魔力は大量に気が練りこまれている上に、もともとの性質として異常なまでに魔法を変質させやすい。
この特徴が、威力や規模を減衰させる技や魔法とひたすら相性が悪く、対処を難しいものにしている。
いくらユウの管理下にあるとはいえ、そういう存在がこれといった対策なしで鍛え上げられているというのは、胃に悪いにもほどがある。
「正式な話し合いには俺とお前が行くとして、それ以外にも一人ぐらいブラウンのフォローに人員を送っておきたい。誰か、いい人材に心当たりはないか?」
「難しいですね。正直、今はどこも人が足りていませんから……」
ヘルメスの質問に、渋い顔をするエレノア。
そうでなくても特殊で過酷な訓練のオンパレードで、団員一人育てるのも苦労するのが鉄壁騎士団だ。
大量に殉職者を出してから五年では、人手不足の解消などできるわけがない。
「そんなお困りの団長たちに、耳よりの提案があるんだけど聞かない?」
二人して渋い顔をしていると、第三大隊部隊長のリーシャ・レオネット千騎長が入ってくるなりそんなことを言い出す。
なお、対外的にはヘルメスが最上位として知られているが、実際には団長と副長、リーシャを含む三人の千騎長は実力も立場も同格だ。
真面目で相対的に要領が悪いヘルメスとエレノアが、多少の役得と引き換えに役職という面倒ごとを押し付けられただけである。
「人員不足をどうにかする妙案がある、ということか?」
「そっちはさすがにないけど、ユウ君のところに送り込む人員については考えがあるのさね」
「……聞かせてもらおう」
「フォローするだけなら、フォルク君を行かせればいいんじゃない?」
「ロドニールをか? だが、あいつは……」
「あれだけ気脈を損傷しちゃうと、さすがにうちでやっていくのは無理だけどね。それでも、下級魔神ぐらいは余裕じゃん。ユウ君のフォローぐらいはできるっしょ」
リーシャの言葉に、しばし考えこむヘルメス。
今名前が出てきたフォルク・ロドニールは、ユウの七年後輩で一般的な軍隊で小隊長にあたる十騎長という地位にいた人物だ。
いた、と過去形で語られていることやリーシャの台詞から察せられるとおり、フォルクは少し前の戦闘で気脈を大きく損傷し、この度退役することが決まっている。
が、決して戦えなくなったわけではなく、気脈の損傷により鉄壁騎士団の軍事行動や長時間の戦闘に耐えられなくなっただけで、三十分程度でけりが付く下級魔神ぐらいはまだまだ普通に仕留められる。
「不安の半分は、魔神に対する備えの薄さだからねえ。一人フォロー要員が増えるだけでもだいぶ違うんじゃない?」
「そうだな。ロドニールに打診は?」
「まだ。さすがに団長たちに話とおす前に、勝手に打診するわけにはいかないし」
「そうか。ならば、レオネットの考えている通りに話を進めてくれ」
「了解」
ヘルメスの許可を受け、軽く手を挙げて出ていくリーシャ。
それを見送った後、ヘルメスが小さくため息をつく。
「これで、少しはましになると思うか?」
「何とも言えないところですね。聞いた感じ、私達が思っている以上に備えがない様子ですし、ティファさんのフォローという点では何の解決にもなっていませんので……」
「ベイカー嬢のことはともかくとして、こんなに無防備で建国から、いや、入植から今までか、よく魔神災害にあわなかったものだな」
「恐らく、こちらと違って魔神召喚を試みるような愚か者が居なかったか、ことを起こす前に排除できていたからでしょう。『ネリー平原』や『魔神の巣』のような特殊な土地もしくはダンジョンでもなければ、自然発生するのは百年に一度ぐらいの確率ですし」
「羨ましい話だ」
エレノアの考察に対し、心底そう漏らすヘルメス。
入植から百年ちょっとでしかない歴史の浅さゆえ開拓がさほど進んでおらず、トライオンの実効支配地が大陸の広さから見ると大したことがないという要素もあるだろうが、魔神に悩まされたことがないというのは楽園なのではと錯覚するぐらいあり得ない話だ。
とはいえ、普通に考えて約一世紀という長期間、その手の不届き者に一度も魔神召喚を起こさせずに排除しつづけていると考えるのは無理があるので、恐らくは魔神召喚の技術が失われているのだろう。
もっとも、理由がどうであれ、魔神に対して平和ボケしていられたのが羨ましい事には変わりないが。
「後は、お館様がどう出るか、だな」
「そうですね」
ヘルメスの言葉に、ため息交じりに同意するエレノア。
頭痛薬と胃薬から解放されるまで、まだしばらくかかりそうなヘルメスとエレノアであった。
「そういや、今年は後輩が入ってくるのかしらね」
同じ日のお昼時、麗しき古硬貨亭。
相談事という名目で数人の冒険者に連れ出されていったユウを見送り、昼食が出てくるのを待っている間にミルキーがそんな話題を振る。
「後輩、ですか?」
「そ、後輩。って言ってもティファの場合、飛び級か落第してる子じゃない限りは元同級生だけどね」
「去年は落第の話が出てないから、十中八九元同級生だろうけどな」
「……なんだか、凄く気まずいです……」
元同級生が後輩になるかもしれない、と聞いて、心底気まずそうにするティファ。
そうでなくても年上や同期の部下や後輩ができるというのは気まずいのに、ティファの場合性格的にもそう言うのが苦手で、さらに元同級生たちと関係がよかったとは口が裂けても言えない。
恐らく同級生の大部分は不人気な付与魔法科には来ないだろうが、もし来たとしたら非常に気まずい空気になりそうだ。
「まあ正直な話、去年は三人も来てるから、今年はどうだろうなあ、って思ってはいるけどな」
「付与魔法使いって世間的に尊敬はされてるけど、進路としてはびっくりするほど人気がないものね」
「高等課程まで行けばともかく、中等課程で作れるようになるものはほとんど、同じことができる機械が普及してるからなあ」
「中等課程で勉強する付与魔法使いにしか無理な事って、せいぜい武装への付与とアイテムバッグ関連ぐらいよね」
「だよなあ」
自分たちの学ぶ魔法について、どこか遠い目をしながらそんなことを言うロイドとミルキー。
実のところ、中等課程で学ぶことなど大したものではないのは、別に付与魔法に限った話ではない。
ただ、攻撃魔法や回復・治療魔法が専門課程の最初に習うようなものでもそれなりに役に立つのに対し、本格的な付与魔法は専門の初歩ぐらいでは使い物にならない。
付与魔法使いは、とにかく地味で大器晩成なのだ。
「考えれば考えるほど、今年は後輩を望めない感じよね」
「それが、そうでもなかったりするんだよね~」
そんな話をしていると、昼食持ってきたマスターの娘のカレンが、そんな風に口を挟んでくる。
ティファと並ぶ麗しき古硬貨亭の看板娘で、本人にその自覚は薄いが人口の多いアルトでもトップ争いに食い込める美貌を持つ、冒険者以外の恋人募集中の十六歳である。
冒険者の酒場の娘としては珍しく、立ち居振る舞いにどことなく気品のようなものがあるのは、恐らくマスターが元ベルファール貴族の当主だったという前歴の影響であろう。
上品だがひまわりのように朗らかな笑顔を振りまきながら、ポニーテールにまとめた栗色の長い髪をなびかせて背筋を伸ばし颯爽と店の中を歩き回る姿は、麗しき古硬貨亭の名物となっている。
姿勢の良さからあまりそういうイメージはないが、ミルキーほど極端ではないだけで実はアルトの成人女性の平均身長よりかなり低いことが、本人的には結構深刻な悩みになっているのは近しい人間しか知らない秘密である。
もっとも、最近はティファと一緒に下着を更新した結果、逃げていた肉が胸に戻った挙句に追加で育ってしまい、そろそろ邪魔でしょうがなくなっているという人に言えない悩みのほうが大きくなっていたりするのだが。
「どういう事よ?」
思わせぶりなカレンの言葉に、怪訝な表情を浮かべるミルキー。
付与魔法科の評判や一昨年のティファとクラスメイトとのあれこれを考えると、わざわざここに相談に来てまで付与魔法科を選択肢に上げるような生徒がいるとは思えないのだ。
「まあ、ティファちゃんと揉めてた、というより一方的に攻撃してた子が多いから、ミルキーちゃんが不思議に思うのは分かるよ」
「べ、べ、別に、そんなことは思ってないわよ!」
「残念。ミルキーちゃん、態度が語るに落ちてるよ」
思っていたことをズバリと指摘され、思わず吠えて噛みつくミルキー。
が、声に動揺がにじみ出ている上に目が泳ぎ気味なため、ある程度付き合いが深い人間にはごまかしが通じない。
「続報を聞いてないから確定情報じゃないんだけど、ティファちゃん達が無限回廊に行ってる間に、ティファちゃんの元クラスメイトが二人ほど、フィーナさんに相談しに来てたんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。冒険者として最前線で活躍してる人に聞きたかったらしいんだけど、そこそこキャリアがある若い魔法使いの冒険者が、フィーナさんぐらいしか知らなかったんだって」
「……もしかして、相談に来たのってリカルド君ですか?」
「うん。確かリオちゃんって言ってたかな? 同級生の女の子を連れてきて、それはもう熱心にフィーナさんに質問してたよ」
リオ、という名前を聞いて、誰だったっけと少し首をかしげるティファ。
元クラスメイトとはかかわりが非常に薄かったため、正直顔と名前が一致しているのはリカルドぐらいである。
それどころか、過半数はティファにとって毒にも薬にもならなかったこともあり、名前自体がうろ覚えだったりする。
リカルド以外はすでに退学しているエフィニアのほうが印象に残っているあたり、どれだけティファにとってのクラスメイトがどうでもいい存在だったか察せられよう。
「まあ、明日になれば分かるんだから、楽しみにしておけば?」
「……はい」
カレンの言葉に一抹の不安を隠せないまま、とりあえずうなずいて同意するティファ。
その不安が何なのか、最後まで気が付かないままティファの春休み最終日は穏やかに過ぎていくのであった。
今回こそは恋愛パートまで行けたらいいなあ……。
ちなみに、ティファやカレンのような成長期が残っているキャラの肉体的な成長は、全部サイコロ振って決定してます。
ミルキーは犠牲になったのだ、ピンクのツンデレはペタなロリだと主張するサイコロの神様の犠牲に……。
後、気脈をやられて引退した鉄壁騎士ですが、簡単に言うと故障して二軍落ちしたので引退したプロスポーツ選手、という感じで考えてくださればいいかと。
第一部で初めて出てきた魔神ぐらいは単独で倒せるけどそれが限界で、二体出てきたらまず間違いなく負けるって感じまで弱体化してます。
なお、第1部はこちらとなります
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