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ラッキー握手

「……そうですか~。勇者様のパーティを探しておられると。それは大変ですね、勇者とやらがほんとに見つかるといいですね」


 コータローが抵抗している。

 テーブルに突っ伏した直後、自分たちがまだ身分を名乗っていないことを思い出したのだ。


 隣にいるエミリアがぼそっと、

「みっともない」


「待て待て、オレは試してるんだよ。まあ見とけ」

 コータローもぼそぼそ答える。


 タナカは、あからさまにため息をついて言う。

「これはうっかりしておりました。先ほど言いましたとおり、私は旅をしているタナカと申す者です。あなたがたは、いったいどういったお仲間ですか?」


「石油王とその妻たちです」


「はあ?」

 エミリアのほうが反応する。

 コータローは、待て待てどうどうのジェスチャー。


「せ、石油王……。なるほど、それはその、どういったことをされているのですか?」

 この世界で石油は採掘されていないのだろう。当然の疑問だ。


「まあ、寝ているだけで湯水のようにお金が湧いて出てくる感じですかね。やることといったら、夜の営みを昼夜問わず……といったところでしょうか。いてっ、イテテテッ」

 エミリアに腿をつねられているようだ。


「ほ、ほほう……」

 タナカが困っている。

「職業についてはこのくらいで。では――先日、勇者様が転生されたことはご存じですか?」


「てん……せい……?」

 とぼける。


「別の世界で亡くなられて、この世界へと出現なさったということです」


「しゅつ……げん……?」

 無理がある。


 タナカは無視して続けることにしたようだ。

「あれは五日まえのことでした。私が東の空を眺めていると、魔王城のある方角から、まばゆい光が突然広がったのです。あれは伝説にある、勇者転生の光に間違いありません。私は居ても立ってもいられなくなり、故郷を出て、魔王城へと向かってきたというわけです」


「そうですか~。では、魔王城へとお急ぎください。徒歩で半日もあれば着きますよ」


「お詳しいのですね?」

 暗い目が一瞬だけ輝く。


「いや……まあ、常識というか、目測というか……。オレたちくらい旅慣れてくると、わかるものなんですよ」


「ほほう。先ほど門番のかたにお聞きしたところでは、誰も魔王城など行こうと思わないから何日かかるかわからないと言われてしまいまして。さすがですね。……そうそう、あなたがたが来られた方角は、魔王城のほうでしたよね? もしかして魔王城から来られたのでは?」


「まーそれはそのー。油田の場所は企業秘密と申しますかー」

 政治家のようになってきた。


「それから私、聞き耳を立てるつもりはなかったのですが、このお宅にお邪魔してからいくつか耳に入ってしまった言葉がありましてね。そちらの……第一夫人のかたですかな? 何やら魔王への生贄として差し出され、一度死んで戻られたとのこと。しかも、『中に魔王がいる』ともおっしゃってましたよね?」


「第一とか第二とかはありません。愛は平等です」


「……もしや、あなたが転生された勇者様で、何らかの方法で魔王を女性の中に封じ、その女性を助けるために旅をされているのではないかと私は思うのですが、違いますか?」


「……」

 コータローは涙目で、エミリアにバトンタッチした。


「この馬鹿が勇者コータロー、アタシは夫人じゃなくて()()のエミリアよ。お話は、ほとんどタナカさんのおっしゃるとおりですけど、一点だけ違います。アタシはもちろん助かりたいんですけど、アタシたちは魔王軍と勇者とのいわば連合軍。つまり、ここにある――」

 エミリアは自分の胸を指し、


「魔王の命も救う方法を探して旅をしているのです」


 タナカは暗い目を見開き、

「魔王の命を救うのは、あなたと分離するための手順のひとつではないということですか?」

 心なしか、テーブルに身を乗り出して言った。


 エミリアはくすりと笑う。

「タナカさんって、ほんとは熱い人なんでしょうね。そっちのほうがいいのに。――ええ、アタシは魔王の命が失われることを望んでいません。かといって、もちろん人間側が滅ぶことも望んでいないわ。そもそも、アタシが生贄になったのだって、アタシが志願したことだったんだもの。何もできずに一瞬で踏み潰されたのは予定外でしたが、たとえアタシの命がなくなるにしても、せめてひと言でも、魔王に人間族との共存の道を提案するつもりでいました」


 それを聞いて、ようやくデミリアの目が元に戻った。

 だらりとタナカ側に寄りかかって座っていたのを、そそくさと座り直し、

「エミリアお前、生贄になったのが不運だと言って嘆いていたではないか。わたしが自分の不運を話しまくったせいもあるかもしれんが、お前は自分が不運だと間違いなく言っていた。あれは単なる対抗心か?」


「ううん、本当よ」

 そう答え、エミリアはすこしうつむく。

「アタシの不運は……言っちゃうと、アタシがアタシであること、かな」


 自分語りは苦手とばかりに矢継ぎ早に言葉を続ける。

「アタシの両親はこの村の有力者というやつなの。だから、魔王軍から生贄を求められたとしても、選ばれるのはアタシじゃなかった。アタシじゃない、誰かだった。でもアタシは、その誰かが友だちだろうと仲の悪い誰かだろうと、生贄として悲しい思いをさせるのが、そしてそれを見送るのが、絶対に嫌だったの。そんな思いをするならアタシでいい、そう考えた。しかも――」


「誰かに負い目を感じさせるのも、嫌だった。アタシじゃない誰かが指名されてから身代わりになれば、その子はきっと一生そのことを忘れられない。だからアタシは、魔王軍から求められた直後に、『じゃあ行ってきます。こんなアタシでごめんなさい』と、勝手に生贄になったのよ」


「――なんだろうね、これ。アタシは不運としか表現できないわ」

 そう結んで、エミリアは笑った。


 タナカは立ち上がり、

「試すような質問をしてしまい、申し訳ありませんでした。エミリアさんと私の思いは、きっと同じ未来を向いています。私の言う『世界を救う』は、魔王も、あなたも含めた世界なのです。誰の自己犠牲も不要となる世界のため、どうか、あなたがたにご同行させてください」

 握手を求めるように、エミリアに手を差し出す。


 その手を――


 勇者コータローが横から急いで握った。


「勇者はオレだぜ、タナカさん。石油王は来世でやる予定のやつだった。オレのほうこそ試したみたいになってすまないが、これも、エミリアとデミリアを危険から守るためだ。タナカさんは信頼できる、これがオレの結論だ!」


 そして、エミリアのほうをびしっと指さし、


「エミリアちゃんが不運だと思ってるそれ、オレと一緒にいれば気にならなくなるぜ。オレの幸運(ラッキー)があれば、どんな貧乏くじだって最高の当たりくじに変わる。どんなことでも、あとで心からよかったと思えるなら……それはもう幸運なんだ!」


「お母さ~ん、今日のお夕飯、みんなの分もお願いできる~?」

「はいはいエミリア、わかってるよ」

「不肖このデミリアも、お手伝いをさせていただきたく……!」

「私も料理はそれなりに嗜むので、もしよろしければ一品」

「タナさんの手料理~♪ ひさしぶりだ~」

「あらもう、にぎやかになりましたね。エミリアも無事で本当に――」


 キッチンから楽しそうな声が聞こえてくる中、コータローは伸ばした指のやり場に困っていた。 

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