モテモテ2
こちらに気付いたのか、サラサラの髪をかき上げながら振り向く。
夕日に照らされた彼女は最早女神のようだった。俺の心はもう奪われていた。
この言葉を聞くまでは……
「さっきから何を見ているのかしら? 気持ちが悪い」
彼女は腕を組みながら冷たい瞳で一瞥した。
「ーーいや、その……」
唐突な罵倒と第一印象とのギャップがありすぎて、俺は言葉を詰まらせる。
「うじうじしていて、更にキモいわね。早く消えてもらえるかしら?」
さっきよりも冷え切った瞳。汚物でも見るかのような視線に耐えられず俯き気味になると、彼女の太もも。いや、細ももが目に飛び込んでくる。
それにしてもニーハイっていいよな。
「……え……っと……」
「何? はっきりと言えば」
ニーハイを凝視していたせいで、また言葉がうまく出ない。危なく「ニーハオ」と挨拶するところだった。
それにしたって言いすぎだろ。いくら顔がいいからって、スタイルがいいからって、気品があるからって……あれ? 完璧じゃね?
だが、そんなの関係ねぇ。あんまり俺を怒らすなよ。
「てめぇ。調子のってんじゃねぇーぞ」
「てめぇ? この私に向かって言っているの?」
「ーーち、違いますよ。そ、それでは、さようなら……」
怖かった。漏らすかと思った。
そこに鬼が仁王立ちしているかのようだった。
俺は逃げることにした。戦略的撤退ってやつだ。てか、逃げの一手。
モブはこれに限る。
「ちょっと待ちなさい。てめぇって、私に言ったのよね?」
これ以上癇に触れぬよう腰を低くし逃げようとした俺は、睨まれただけで止められてしまう。
まるでメデューサに睨まれ石化したみたいだ。
彼女が小首を傾げた。たったそれだけで、全身の毛が逆立つのを感じた。
「だ、だから、違いますって。さ、さようなら……」
震える足をなんとか動かし、その場から立ち去ろうとする俺に、「待て」と凍てつく一言。
石像のように固まった俺を見るや否や、真顔で地面を指差した。
「そこに座りなさい」
「は、はい!」
飼い慣らされた犬のように言われるがままにお座りーーいや、正座してしまったが、流石に周りの目が痛いんですが……
下校途中の生徒の視線が一挙に集中する。
「私にてめぇと言い、生きていたモノは一人しかいないのだけれど」
「一人はーー」
「黙れ」
「はい!」
ツッコミさえ入れさせてもらえない。いや、今はツッコミなんてどうでもいい。もう少しでアレが見えそうなんだ。
そう、男の夢。
ーーパンツ!
風よ。今こそ我の力を解き放つ。風よおおおおおおおッ!
両手を天高く突き上げているつもり。実際は太ももの上に置いたまま。そんな自分が情けない。
「だから貴方はもう生きられないの。生きたいのなら、私の奴隷になるしかないの。わかる?」
「いや、全然わからないんですが……」
本当に意味がわからない。なんで風吹かないの?
「そう、頭も悪いのね。それでは馬鹿でもわかるように説明してあげる。この学校の理事長は、私のお父様なの。だから貴方をいつでも退学にできるというわけ」
「そ、そんな自分勝手な事が、で、できるわけ……」
まさかの展開! 目をつけられた相手が理事長の娘なんて王道もいいところ。
しかも実際にその状況に出くわすと、かなり驚くし冷や汗も出るんだな。ぶるぶる。
「できるわよ。私は絶対なの」
できるのかよ!
お父さん、この子を止めて下さい。どうかお願いします。あと、いい加減風吹け。
「そうなんですか……」
「どうするの? 奴隷になるか、退学するか」
そんなの決まってる。モテないのに学校にいる意味はない。端から決まっていた。辞めさせてくれるならありがたい。
自分じゃ辞める勇気もないから……
「退学します。さようなら。お疲れ様でした」
きびきびと立ち上がり会釈をする。帰ろうとしてる俺を見て彼女は動揺している。
少しだけど勝った気分だ。
「は? 正気なの?」
「はい。未練はないです。モテないし。モテないし。モテないし。モテたい。モテたい。モテたぁぁぁぁあい。ーーいや違う違う。それじゃ、帰るんで」
またいつもの癖が……卑屈だ。早く帰って、抜いて寝よう。
帰宅してからの計画を立てつつ歩き始めると、そうはさせないと言わんばかりの声が届く。
「ちょっ、待ちなさいよっ!」
そのままスルーしてもよかったが、後味が悪いので仕方なく振り返る事にした。
「まだなにか?」
「本当にいいの? 私は本気よ」
「お好きにどーぞ。では」
動揺が見て取れる彼女を軽くいなし、踵を返す。
これでやっと帰れる。と歩き出すが前に進まない。進まないというか、進めない。何故なら両肩をガッチリと掴まれているからだ。
誰に?
きっと彼女だろう。しつこい女だ。ここは一言文句でも言ってやるか。
「その薄汚い手を今すぐどけろ。さもないと貴様の腕が消し飛ぶことになる」
「わ、わかったわ」
俺の膨大な魔力に気づいたのか、すぐに開放してくれた。解放されたので振り向くと凄く慌てた様子だった。
先程までの気品はまるで無い。
そんな彼女のに追い打ちをかける。
「わ、わかればいい。それでまだ何か用か?」
追い討ちをかけるつもりが、余りの豹変ぶりにこちらの調子も狂わされてしまった。
こちらの様子を伺いつつ冷静さを取り戻した彼女は、仕切り直すかのように小さく咳払いをした後に口を開いた。
「ーーあるわ。先程モテたいとか言っていたわね。貴方をモテ男にするわ。そしたら私の奴隷になりなさい」
「ほ、ほんとうか?」
「ええ、生まれてこの方嘘をついた事はないわ」
単純な俺は、その言葉を聞いだけで魂が燃え上がった。
この俺をモテ男にするだと、これが事実なら、まだ可能性は残っているということなのか。
モテるのを完全に諦めかけていた……だけど、まだチャンスがあるならなんだっていい。
奴隷にでもなんでもなってやる。
「そうか……俺をモテ男に……」
「ええ。して見せるわ」
俺はまるでモテない過去を振り返り、しみじみと噛み締め天を仰ぐ。
暫くしてから彼女に視線を向けると、偽りなど微塵も感じさせない真剣そのものの表情がそこにはあった。
その時俺は確信した。
こいつに着いていけば奇跡が起きるかもしないと、無意識に頭を深々と下げていた。
「それなら是非とも、お願いしゃーす」
「それでいいのよ。私は絶対なのだから」
最初に話していた時の勢いが戻り、生き生きとしているように感じる。
彼女は続けざまに口を開く。
「ここははっきりとさせておくわ。貴方がモテ男になったら私の奴隷になるのよ。呉々も忘れないように」
「はい。お願いします。ーーあっ、俺は茂木直っていいます」
無駄に頭を下げた。
ーーニーハイ最高!
彼女はそれに気づいてないのか、クスッと笑った。
「女みたいな名前ね」
「よく言われます。そう言えばそちらの名前をまだ聞いてませんでしたね」
そう、そこのスカートと太ももの間の名前……確か……
彼女は程よく膨らんだ自分の胸に手を当て、堂々と言い放つ。
「私は飾霧ノア」
「飾霧さん。ご指導ご鞭撻の程お願いしまーす」
そうだ思い出した! 絶対領域だ。なんて甘美な響き。
「思いのほか礼儀正しいのね。だけど、さんではなくて、様よ」
「失礼しました。飾霧様」
何度だって頭を下げてやるよ。そこに絶対領域がある限りな。
ーーじゃなくてモテ男になる為ならな!
「よろしい。では、明日から早速始めるから教室で待っていなさい」
「わかりました」
返事はしたものの、俺のクラスを知ってるのか?
二年にこんな美人がいたらすぐ気付くよな……今は細かい事は気にしないでいいか。
「では、また明日」
長い髪をかき上げ、歩き去る姿はとても美しかった。見入ってしまい挨拶を忘れた。
一時はどうなるかと思ったが、終わってみれば最高じゃないか。
ついに俺にも春が……
飾霧が見えなくなると同時に心の叫びが声になった。
「いょっしゃあああああああ! やっと俺のモテモテライフが始まるぜぇええええッ」
下校する他の生徒が俺を避けながら冷たい視線を浴びせてくるが、そんな事はどうでもいいくらいに今日はハッピーだ。
明日からやっと始まるんだ、本当の高校生活が。
モテモテ王に、俺はなるっ!
最後まで読んでいただき感謝の言葉もありません。
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