1.始まり
どこを見渡しても暗闇しか存在しない世界。そこに俺とあと一人、美しい女性が静かに立っている。
黒髪で紺のジーンズに白いパーカー。一般的以外に形容する言葉が見つからない容姿の俺。
それに対して、黄金のように輝く金髪で露出の多い神秘的な容姿をしている女性。全身がまるで作り物かのように美しく、見る者全てを虜にしてしまいそうだ。大人びているがどこか幼さを感じさせる、そんな雰囲気が身を包んでいる。
「龍峰 流史さん。貴方は死にました。たくさんの人を悲しませながら。たくさんの人に涙を流させながら。たくさんの人を不幸にしながら。無残に、無様に、そして無粋に死にました」
目の前の美しい女性は口を開き俺に向かって透き通る声でそう言う。淡々としていて、感情の介入を許していないような声。
十九歳の俺は高速道路上で玉突き事故を起こして死んだ。八両を巻き込んだ大事故で、死者は俺含め十五人。生存者曰く「地獄だった」そうだ。
正直なところ、俺は自責の念に駆られている。車側のトラブルとはいえたくさんの命を奪い、たくさんの人を不幸にしてしまったのだから。
無残で。
無様で。
無粋。
相応しい最期なんだと思う。
「異世界。ご存知ですか」
女性は俺に尋ねる。
「そりゃあ最近の流行りですから、少しは」
「貴方をそこにご招待することになりました。一つ、特殊な能力を与えて」
異世界転生のテンプレート。異世界で新たな生活を送る+特殊能力。本当にありがちだ。でも、こんな自分に新たな人生は似合わないだろう。
「俺は、自分はそんなところに行かず今すぐ地獄に落ちるべきだと思います」
「天国や地獄というのは所詮人の創造物です。そんなものは存在しません。死んだ人間は皆新たな世界で新たな生活を送ることになっています。それも、死亡時の外見のままで」
都合のいい世界だこと。
「私たち神の世界でも死せる魂を都合よく処理できる技術は確立されていません。だから異世界にぶち込んで残りは任せているのですよ。失礼、少し口が悪くなりました」
そもそも彼女は誰なのだろう。先ずはそこの謎を明かしてくれなければ納得できることも納得できないというものだ。
「自己紹介を忘れていましたね。私はイリア。一応女神をさせてもらっています。まだ新米で人々にも知られていないのですが……」
ありがとうございます。これで納得できそうです。自然と心を読まれている気がするのは置いておくとして。
「神ですから」
やっぱり。
「それは置いておきまして。次は特殊な能力についてお教えします。貴方の能力は"criear"。身近な人が涙を流す度、自分の総合的な能力が向上するものです。貴方は人を泣かせるのが得意なようですし」
女神様はシニカルな笑みを浮かべる。女神様が皮肉を言うのはどうなのだろうか。しかも能力も皮肉の塊みたいなものだ。神々というのは実は悪い者たちなのかもしれない。
「いえいえ、決して悪い者ではありませんよ。一応人に恵みを与えるのが仕事ですから」
例えば?
「からあげクンをセールにしたり」
それはローソンの経営手腕だろう。
「ファミチキをセールにしたり」
それはファミリーマート。
「家の近くにオール百円の自販機を設置したり」
恵みを受けることのできる対象が限られてるな。そんなので神と言われるのならコンビニを経営している会社の社長はだいたい神だ。
「細かいことは置いておいてください。もうあの世界に居ない貴方には関係のないことです」
すらっと現実を見せてくるのが最高に最悪だ。本当にこんな人が神様でいいのだろうか。
「もう。送りますよ。元気に新生活を楽しんでください。たまに会いにいくかも知れませんので、よろしくお願いしますね」
了解しました。
「貴方が向かう世界は魔物と人間が決別して暮らす剣と魔法の世界です。どう生きようが勝手です。行った途端に自殺しても私は知ったこっちゃありません。飽くまで貴方の人生ですから」
それも了解しました。色々ありがとうございました。
「貴方が健康に暮らせることを祈っております。では」
彼女がそういうと真っ暗だった世界が光に包まれ、俺の意識はどこかへ消えた。
次に目が覚めたとき、先ず最初に目に飛び込んだのは、十九年間で見たこともないような鮮やかな碧空だった。美しい、そう感じることしかできないほどには。