異世界短編その1「出会い」
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テキトウに読んでいただけると
ダンジョンを進んでいると岩の影にナニかが居るのを名無しは感じ取った。
さっき倒したゴブリンの生き残りかと思った名無しだが、魔物探知用の小鳥は反応しない。
「……だとすると、人か?」
独語を小鳥に投げかけた名無しは岩から一定の距離を保ちつつ、ナニが居るのかを確認した。
そこにはいたるところから血を流している一人の女性が居り、こちらを睨めつけるように見ている。
「大丈夫、ではなさそうだな……今ポーションを──」
名無しが回復ポーションを鞄から取り出しながら近づこうとした時、女性が声を出す。
「こっちに来るな、死ぬぞ」
その言葉の意味を名無しは罠があると解釈し、罠探知の魔法を唱えたが反応はない。
「ん? 罠ではないのか」
それを見ていた女性は小さなため息をつき、自分を放って置くように言う。
「去れ……お前も死にたくはないだろう? それにポーションは……私にとって毒でしかない」
死という言葉には疑問を感じさせられた名無しだが、その後の言葉で理解した。
「なるほど、魔物でありながらその姿……お前は吸鬼か」
吸鬼、それは魔人の一種であり人間とは殺し殺されの憎き相手、相容れない存在である。
「そうだ、だから──」
「だから、どうした」
「──は? 魔人と人間だぞ、出会ったら殺し合うのが──」
「俺はそういう関係には疎いんだ、だから助ける……だがお前が闘いたいのなら別だ」
吸鬼は少し黙っていたが名無しが近づく足音を聞き、名無しを脅しにかかる。
「こんな状態で闘っても私が勝つぞ? 知っているだろう、吸鬼は──」
「近くにいるだけで人間の生命力を吸い取り傷を癒す……だったか?」
名無しは吸鬼の目の前で片膝を折り手をさしのべていた。
その状況に吸鬼は少し動揺する。
「そ、そうだッ! 既にお前の生命力は徐々に私の傷を癒す糧に──」
「なら急いでくれないか? 俺もまだ死にたくはない、気持ちは同じだと思うがな?」
名無しは吸鬼の脅しにも能力にも恐れを感じていないかのように振る舞う。
「……」
そして吸鬼は名無しのペースに乗せられ手を取り肩を借りた。
「しかし魔人が居るのに小鳥が反応しないのはどういう事だ、仕事放棄か?」
名無しが吸鬼を支え歩きながら独語を漏らすと吸鬼がそれに答える。
「その小鳥は立ったまま気絶している、魔人に近づくと小鳥はそうなるんだ」
名無しはその指摘に驚き小鳥をじっくり観察、白目を向いている事に気づいた。
「おいおい、これだといつ魔人に襲われるか分かったもんじゃないな……」
吸鬼はその言葉を聞き小さく笑う。
「今襲われているみたいなもんだろう? でもまぁ今回は小鳥でよかった」
「何でだ?」
「魔人にも耐えられるほど成長した鳥なら今頃大暴れ、耳を塞ぎたくなるだろう」
「そう……なるのか、小鳥に教育が必要とは吸鬼より面倒くさい奴だ」
『……ぷっ、あははは──』
吸鬼にとって人間と親しげに話すのは初めてだったが、悪くないと感じていた。
それは相手が名無しだからなのか、そんな疑問は今の吸鬼にはどうでも良い。
傷の痛みも忘れ、ただただ名無しとの会話を楽しみ、笑っていた。
二人はいろんな話をしながら笑い合い、時には無言で歩き続け数十分が経った。
「おい人間、出口だぞ」
「……」
「私の傷はだいぶ良くなった」
「……」
「まあなんだ、礼を言う」
「……」
吸鬼は気づいていなかった──
──いつから名無しを支え歩いていたのかを。
「おい人間、聞いているのか? 出口が──」
吸鬼が無意識に支えをほどくと、名無しは地面に崩れ落ちる。
「──ぇ……おい! 人間!!」
吸鬼の声はダンジョンの奥深くまで響くような声であった。
「うそだろ、おい!! 目を開けろ!」
吸鬼の見せた反応は通常、魔人が人間にするものではなく友人や家族に対するものであるかの様だった。
「……」
しかし吸鬼がどれほど叫んでも名無しは目を開けようとしない。
吸鬼が名無しの心臓の鼓動を確認するが三秒に一度、四秒に一度、五秒に一度と回数が減ってきており、それは吸鬼の止めることのできない生命力の吸引が引き起こしている結果である。
吸鬼は名無しから離れることを思いつくが、ここまで衰弱していたら死ぬ向かうだけである事も分かった。
鞄の中に回復ポーションがある事を思いだし鞄をひっくり返すとポーションが出てきた。
五本中四本が既に空である。
吸鬼は話している時に名無しが笑いながらポーションを飲んでいたのを思い出した。
名無しの笑顔は若干ひきつっていたかもしれない。
最後の一本を飲まそうと口元へ持っていくが名無しに意識はなく、唇からポーションが滴り地面へと落ちるだけである。
「……なんでだ人間」
吸鬼は泣いていた。
吸鬼にもそれが何故だかは良くわからない。
死に行こうとしているのが名無しだからなのか、そんな疑問は今の吸鬼にはどうでも良い。
心に痛みを感じ、ただただ名無しを見つめて、泣いている。
すると心の奥底に閉まっていたある言葉を思い出した。
幼い時に聞いた祖母の言葉、それを吸鬼は復唱する。
「自分を殺してでも人間を助けたいと思ったならその人に口づけをしなさい、誰にも言っちゃダメよ……これはおばあちゃん以外知らない魔法なの」
そして吸鬼は名無しの唇にキスをした。
それは禁忌の口づけ。
それは祖母しか知らない魔人の弱点。
『人間を助けたいと思う魔人の心』が条件となり発動する特別な魔法。
吸鬼は名無しに吸い込まれる感覚を全身で感じ、次いで凄まじい脱力感が体を襲う。
「な、に……コレ」
何もしたくないほどの疲労感を押し殺し、吸鬼は名無しの胸に耳を当てると心臓の音がトクントクンと正常な間隔で鼓動していた。
「……でも、よかっ……た」
吸鬼が安堵するとこちらに走ってくる足音が二つ聞こえる。
「こっちー!」
「おーい! お前ら大丈夫か?!」
その足音は吸鬼の大声を聞いて様子を見に来た人間。
吸鬼は終わりだと思った。
魔人と人間が出会ったら殺し会う。
どちらかが無抵抗でも情けをかけたら騙され殺される。
であるが故に、吸鬼にとって名無しは理解ができない存在だった。
でも今回はそうもいかないだろう、と覚悟を決める。
しかし何故か吸鬼は柔らかい笑顔で名無しの鼓動を聞き続けていた。
「一人が気絶、あと一人は……意識がある!」
「何があったかはわからないけど、まずはダンジョンから出した方がいいんじゃない?」
「そうだな!」
駆けつけたのは男女のペア。
男はすぐさま名無しを背負い、女は吸鬼を支え立ち上がらせる。
人間は何をしているのか、早く止めを刺せと言わんばかりに吸鬼は言葉を発する。
「私は……魔人──早く殺……せッ」
「ねぇねぇ、この女性が魔人だから殺せって言ってるよ……?」
「何?! 魔人に襲われたのか! でも安心しろ、俺の愛鳥であるピーちゃんが反応していないからもうこの近くに魔人は居ないだろう」
吸鬼はその言葉の意味が理解できなかった。
脱力感で口も思考もうまく回らない。
「ナニ……を、言って──」
そして、吸鬼は喋っている途中で気絶した。
「気を失っちゃった、大変なおもいをしたんだね」
「ああ、相手が魔人なら仕方がない……運が良い方だろ」
「近くの町の宿屋まで運んであげようよ」
「わかった」
こうして吸鬼と名無しは宿屋まで運ばれることとなる。
そしてこの二人がこれからどうなっていくのかはまだ誰も知らない。
読んでくださりありがとうございました
続きなどは特に考えていませんが書けなくもないので、気が向いたらもしかして程度です