序章第3話 「無事だった(でよかった)」
ああ、体が重い。まるで沈んでいくような感覚が体をつつむ。
僕はどうしてたんだっけ、山に行って、狼じゃなくてもっと大きい魔物…、そうだ、熊に会って、吹き飛ばされて、女の人が……
「・・・さま」
なんだ?聞きなれた声が…
「お兄様!」
はっ、と僕は目を覚ます。
教会の一室のようだ。
僕はあわてて体を起こし周りを見渡す、嬉しそうにしている見慣れた顔の中にアンナとシトラを見つけた。よかった、アンナとシトラは無事だった。
そっと胸をなでおろす。
それにしても、小さな部屋だから部屋が孤児院のみんなでいっぱいだ。
すると突然。
「お兄様!よかったわ!」
そう言って女の子が飛びかかってきた。
「…プリンシア?」
「はい、お兄様のおよめさんのプリンシアです。」
「…誰もお嫁さんにした覚えはないけど…。」
そう言うとふくれっ面で
「いいえ、わたくしとお兄様は運命の赤い糸でむすばれているのです!」
と抗議してきた。そして何人かが恨めしそうなうらやましそうな顔でこちらを見ていた。
そういつものような会話をして心が和らいだ。
それと一緒に一つの疑問が浮かんだ。
「…あの女の人はどこ?」
そう言うとアンナが
「今お母さんと話してるよ。」
そう教えてくれた。
「むう、およめさんの前で女の話とは…。」
「…別にお嫁さんにした覚えはないし、それに、僕たちはもう家族だろう。」
そう言って頭をなでてベッドから起き上がる。おとなしくなってくれたか。
「もう大丈夫なの?」
シトラの心配そうな声が聞こえた。
僕は「大丈夫だよ」そうひとこと言って皆をかき分けながらシスターのもとへ向かう。
途中で医者の先生に会い心配もされたが無事でよかったと優しく声をかけられ、そのまま別れた。
よく軽い打撲だけで済んだなと笑われもしたが。
「はい、今は旅をしていて、といっても始めたのはつい最近のことで。」
「まあ、それはそれは、さぞ勝手がわからず大変でしょう。」
「ええ、ですが様々な町や土地を見ていくのはとても心踊るものです。」
「それは素晴らしい。ですが、なぜこのような田舎の村の近くで遭難していたのですか?」
「えっと…、この村の先の神殿を見てみたいと思いまして。」
「まあそうでしたか、ですがあそこは巡礼の時期の一定期間しか結界が解けないので、入るのはおろか見ることすら叶わないでしょう。」
「えっ、そうなの!?」
「はい。」
私は魔族の彼、ラビを連れ帰ってきたこと、そして子供たちを助けてくれたことに対してのお礼として、シスターからもてなしを受け、話し合っていた。
しかし失敗した、比較的近くに神殿があるからとあまり調べずに向かってきたのがいけなかった。
「ちなみに、次の巡礼はいつ頃ですか?」
「確か、一ヶ月くらい先ですね。」
一ヶ月、何もせず過ごすと長いが、何か別の事をしているとあっという間に過ぎてしまう、何とも難しい期間だ。
「そうですか、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
さてこれからどうしよう、とりあえず今日明日の宿はお礼として使わせてもらってるけど、そう何日も滞在するわけにもいかないし…。
するとノックが聞こえてきて
「…母さん入るよ。」
そう言ってラビが入ってきた。
「あら、もう動いて平気なの?」
心配するシスターに対し
「…大丈夫、先生も打撲くらいだから日常生活には問題ないって言ってたし、…あ。」
そう言ったところでこちらに気付いた。
「よかった、目が覚めたんだね。」
「…アンナとシトラを助けてくれてありがとう。」
「ちがうよ、私はただ前に飛び出しただけ、実際にあの魔物を倒したのは君だよ。」
「…そうなの?」
「覚えてないの?」
「…うん。」
予想外だった、あれほどの事があって覚えていないというのも不思議な話だ、普通ならハッキリと覚えていても不思議ではない、もしかしたら頭でも打っていたのだろうか?
「私も彼女からそのように聞いています。ですがここまで運んできたのは彼女なんですから、後でしっかりとお礼をしてください。」
「・・・うん、わかった。アレでいいかな?」
「ああ、旅の方ですしアレならちょうどいいですね。」
私がちょっと悩んでいる間に突然お礼の話になっていた。
「いいですよそんな、宿代をタダにしてもらえるだけでもありがたいのにそれ以上なんて。」
私はあわてて拒否をする、しかしラビはそれに対して拒否をした。
「・・・ダメ、ただ僕がしたいだけだからおとなしく受け取って。」
(え、ちょっと、待って、この子あらためて見るとかなり美人で、髪もさらさらで、あああ何考えてんだ私!)
「ワカリマシタ。」
つい根負けしてしまった。
ついでに、彼の打撲が引くまで数日滞在することになってしまった。どうしてこうなった。