怒涛のボスゴーレム
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる
ひたすらに逃げる。
日の出てないこの時間、ただでさえ暗い森の中は暗いというよりほぼ闇の中だった。視覚はあてにならず、土を操作するときに感じる大地の感覚を頼りに木々を避けて行く。
後ろから土を持ち上げ斜面を作り流れて進み、前方の木を避けるようにカーブを描く道を作る。速度は一切落とせない。感知と操作、MPが厳しい。回復しきれなかったのは本当に痛い。だが出し惜しんでは、それこそ一瞬で終わるだろう。気を抜けば奴らに呑まれる。
そう、奴ら。
ドゴゴゴゴと爆音と共に迫ってくる土煙。後ろから木を薙ぎ倒さんとする勢いで、実際何回も木に高速でぶつかり薙ぎ倒しながら、森を突き進み追ってくるゴーレム共。
ゴールもない。終わりも見えない。止める方法も分からない、そんな絶望的な鬼ごっこ。しかも鬼の数、体感1000。
「ハヅキ! 何か!? なんか思いついたか!?」
「あんたに! わかんないこと! 私に思いつくと思うの!? 魔法もよく! わかんないっての!」
「俺は! 考えてる! 余裕なんか! ねぇって言ったじゃん!?」
「私は! 私で! 無いわよ!? そんなの!? そもそも! 答えなんてあるの!?」
「無かったら!? 死ぬしかないじゃない!? 何か! 絞り出すしか!?」
揺れに耐え、爆音でも聞こえるように叫びあう俺とハヅキ。もう十分は続いているこの状況。打破するアイディアが浮かばなければ、魔力が尽きて終わりだろう。ああ、終わりはあったな、俺達の終わりが!
十分。ああ十分前。下手を打った十分前。たった十分でこのドン詰まりに陥った。いや、原因となる出来事は二分にも満たなかったな。
十二分前。
MP枯渇による非常事態だった説明などもしながら、これからどう逃げるかのんびり考えよう、なんて暢気に構えていたあの時。
俺は、高度二十メートルの空中にいれば安全だと、完全に慢心していた。
だから、その対処にも焦り、後手に回った。
突然、ガゴン! という衝撃が床石から伝わった。
「何だ!? なにが起きた!?」
「ちょっ、下、下!? 跳んでるあいつら!?」
「はぁ!?」
死角になっていた床下、真下の方向。
端まで寄ってのぞき込むと、そこには、こちらから地面に向かって落下していくゴーレムが一体。
そして、そいつとは逆にすれ違いながらこっちに向かって飛んできているゴーレムの姿。
地上から、この高さまでゴーレムが跳躍して襲ってきたと、そういうことだった。
第二打が、床石に打ち込まれた。
「おま、アリかそれ!?」
「言ってる場合じゃないって!? 何かいっぱい来たぁー!?」
一体が攻撃したのを見て、周りのゴーレム達も学習する。こうすれば攻撃が届く、と。
学習は高速で伝播する。下を埋め尽くすゴーレム達、その全員に。
どうなるか。
大地が、浮いた。
俺の目には、そう映った。
ゴーレム全員による、同時大跳躍だった。
判断は一瞬だった。
土の支えを解いて、下に落ちる。
あのゴーレム達と空中で横に並べばどうなるか分からない。直接殴られる、乗り込まれて落ちる等、色々とまずい状況にしかならない。上に逃げても、こいつらの跳躍は迫ってくる予感がした。もう上空も安全ではない。そう判断した。……それが正しいのかは、分からなかったが。
突っ込んでくる一団に床石の落下でカウンターをかまし、浮き上がる大地に穴を空けて下に降りる。ゴーレムを踏みつけながら、地上へと帰ってきた。
問題はここから。
空を見上げる。跳躍の頂点に達したゴーレム達。脚力や飛ぶ方向にもズレがあったのだろう。面で迫ってきた上昇時と違って、空にいる彼らはかなりバラバラと散らばったようだ。
非常に、大変、嫌なことに。
ゴーレムは、飛べない。
頂点に達すれば、後は落ちるしかない。重力があるから。ガイアイズパワー。今は憎らしい。
非常にバラバラとなった軍団が、下にいる俺たちに降り注いでくる。
「くっそ判断ミスったかなぁぁぁぁあああ!!?」
「いいから前見て逃げてぇぇぇええ!!?」
前後左右、上方三百六十度。
あらゆる方向からゴーレムが迫る地獄が生まれた。
「いやあれだ! このまま上にいるとタイミングずれて二回目の跳躍した奴に下からも襲われるから地面に行くしかない! あってるあってる!」
「間違ってるのはあんたの頭そのものだから!? 降ってきてる降ってきてるーー!?」
「避け切れてもゴーレムの集団に囲まれるだけじゃねぇか!? 駄目だ!?どっか逃げる場所……ねぇからこんなことに!!」
「森! 森の方は少なくとも降ってこないんじゃ!?」
考えてる余裕はなかった。ハヅキの言うとおり、森ならば最低限、囲まれもせず、上からの爆撃も回避できる。
土の波を起こし全力で丘の外れに向かう。
跳躍の弱かったゴーレムから、地面に戻ってきた。
というか着弾した。
高さと重量があり、土と爆音を辺りにまき散らした。
連続する。
「う、うおあ、うおおおおおおおおおお!?」
目の前に、直ぐ後ろに、右に左に、時に真上に、迫るゴーレムと増えるクレーター、舞う土の雨。
捻り、かわし、回り、飛び、ゴーレムの流星群を避け続ける。
「うぉわぁああああああ!?」
「ひぃやぁぁぁぁぁあああああ!?」
至近弾。直接は当たらなかったが、衝撃を避けきれずに吹っ飛ばされる。
幸い、そこはもう丘の端っこ、森が見えていた。
姿勢を無理矢理整え、爆風に逆らわずに吹っ飛び、森に突っ込んだ。
「ゼェ……ゼェ……た、助かったか……?」
「そうでも、なさそうなんだけど」
森の奥の方を向いていた俺。そのフードに入り、反対が見えたハヅキ。その情報の違いは。
「あいつら、起きあがっ」
魔法を発動、森の奥に無かって波を起こし、魔剣サーフィンを再開する。
「くっそ!? このまま森を利用して引き離せないか!?」
「今のところはまだ追ってきてな……うわいっぱい来たぁ!? ってか速ぁ!? ちょ、まずいってこれ!? 引き離すどころか詰められるって!?」
「何それどうなってんの!? ってうっぅお!?」
眼前に迫っていた木に気づくのが若干遅れたので、急旋回気味の捻りで避ける。その途中、目の前の、その木が吹っ飛んだ。
横目に、ゴーレムが木の下敷きになっていくのが見えた。
木にぶつかるのを恐れている場合じゃないと、加速する。
全神経を張り巡らせた鬼ごっこが、こうして始まりを告げた。
それから十分。
つまり今に至るわけだが。
既に全身に疲労感が走り、集中力も落ちている。既に一回体力切れも起こしていたしな。魔石吸収しても精神の疲れまではどうにもならないか。あそこの出来事足しても、地上に出てから二十分くらいしか経っていないだろう。まだ日も見えないし。おかしい、時が遅い。もう二時間くらい戦ってない?
「もう森抜けて街道の方に帰るのは!?」
「これ引き連れてか!? それにどうせ何処までもついてくるぞ!? 木でかく乱できるここの方が良いんじゃね!?」
こう言った事情もあり、この鬼ごっこは祠付近に広がる森が会場となり、グルグルと開催されていた。
「あんたの土魔法は!? 転かしたり何だりで動き止めるのは!?」
「一体二体ならともかくあの数じゃあ! それに埋めても這い出てくる気がする!」
それとMPも足りない。
「ええと……! どうにもならない! 現実は非常である!?」
「お前は後で知ってる知識洗いざらい話してもらうからな……!?」
やったか、の件と言い知識が偏っている。魔法はよく知らないとか言ってるくせに。こいつの常識はどうなっている。
というか、この状況で使いたくなるネタなのは分かる。が、洒落になっていないのでやめてほしい。反撃のアイデアが浮かばないのは見ての通り。助けに来てくれる仲間はそもそもいない。
「後があるんでしょうね!?」
「俺と! お前次第!」
それでも打開策を出さなくては、死ぬ未来しかない。やってやるしかないと言うわけだ。ブラシヘアーの彼もこういう気持ちだったのだろうか。いや、伺い知る機会など欲しくはなかった。
そして、人がひっそりテンションを下げた中、暗い気持ちが厄を招くというのか。
俺達の前に、そいつは現れた。
「ちょ、ちょっとガイア!? あれ! あのキモいの何!?」
「は!? キモいのってなん……まさか!?」
「知ってるの!? あんなのを!?」
木々の隙間、ちらりと見えた、とうとう朝日も射し込み始めた、丘。そこに、そいつはいた。
そいつもまた、ゴーレムだった。
丸みを帯びてずんぐりとした後ろの彼らよりも、背も高く、スリムさがあり、バランスはより人型に近い。
少なくとも、上半身だけ見れば、だ。いや、下半身も人型に近いと言えば近いのだが。
その人型に近づいたゴーレムは、顔を数えれば三体いた。
……突然だが、二人三脚は知っているだろうか。二人の人間が横に並び、互いの右足と左足をヒモなどで結びつけ、その状態で息を合わせて走るというアレだ。
あのゴーレムは、言うならばそれに近かった。
だが、目の前のソレは、横並びではなく、全員が互いに背中を向けた状態でいて、その足を連結されていた。よく見えないが知っている。あいつらは膝から先の外装が完全に一個のパーツで出来ている。二本の足を溶接したような形の足、一本で、作られている。
二人三脚とは違い、全部の足を、三角形に、一周して繋ぐ。
三人四脚ならぬ、三人三脚だった。
彼ら三体のゴーレム……いや、あれで一体なのか……? は全員が足を蟹股に開き、腰を深く落として、全上半身がそれぞれ、バラバラの方向に前かがみに、相撲取りのような構えを取っていた。
そしてそいつは、その姿勢のまま、器用に足を動かして、俺たちがいる森へと向かって、突進しているのだった。
「やばばばばばばばやばいやばいやばいあれはやばいって!? 何が一番やばいってアレを作った作者のセンスが一番やばい!?」
「そんなとこのツッコミ後にして!? あれ何なの知ってるの!?」
「前回俺達がゴーレムの集団とやりあった時にも出た一番やばい奴だ! そして今最も会いたくなかった奴だよ!? 何でこんなタイミングで!?」
やばいしか言ってないが、あれは本当にやばい。
単純に見た目がやばい。構造がおかしいあの意味不明なデザインで何故動き回れるのか。いや理由は知ってるけど、そういう話じゃない。その発想の時点で狂ってる。
爆発しすぎてる圧倒的な芸術的デザインから放たれる威圧感は半端じゃない。だが、真にやばいのはここからだ。
あいつは、あの異常構造の癖に、尋常じゃない速度で動くのだ。
「ちょ、もう追いついてきたぁぁぁああああ!?」
「あいつはあの足の癖に絶対に転ばないし異常に速いぞ頭おかしいな!」
「動きキモぉぉぉぉ!? っていうか捕まる捕まるぅぅぅううう!?」
一瞬で距離を詰め、森に飛び込み、木々を物ともせずに背後に付いた三人三脚ゴーレム。
上体を細かく揺らしてバランスを取り、時に足の関係で回り、むしろ高速で回転しながら迫り、枝を掴んだと思えば猿のように勢いとつけて飛ぶ……やりたい放題だった。
真っ直ぐ立てば三メートルはあるだろうその巨体、三人分。それが森の狭さも関係なしに、他のゴーレムたちの倍はある速度で、疾駆してくる様は恐怖としか言いようがなかった。
その速さは、こちらの逃げる速度を超え、こちらとの距離は近づきっていうか、視界の端に腕が、
「のうっああああああああ!?」
咄嗟に小さくジャンプ。床石を横に向けたと同時に衝撃が足元から響く。殴られた。吹っ飛ばされる。が、勢いに逆らわずに土の波に乗りなおす。パンチの衝撃分、距離が空く。
逃走を再開する。するが――
「ハヅキ! あいつからは絶対逃げ切れない! 倒すしかない!」
「はぁ!? いやいやいやあんなのどうやって倒すのよ!?」
「逃げられないんだから倒すしかないんだ!? それに後ろのゴーレム達より勝ち目はある!」
「どこに!?」
パンチのモーションからは、流石に直ぐには追って来れなかったと見える三脚ゴーレム。だが、硬直を立て直してからは、異様な瞬発力で再加速。またグルグルと高速キモ歩行で、後ろに迫っている。
「こいつは魔石の強度が強化されてない! だから殴れば簡単に割れる!」
だが、と思う。高速で頭を振りながら迫る変体ゴーレム。ちらりと振り返り、言い直す。
「殴れれば! 簡単に割れる!」
「あのキモイ速度の奴どうやってさー!?」
「しかも三体の頭それぞれにある! 全部割らないと駄目だ!」
「あの!? キモい速度の奴に!? どうやってさぁぁ!?」
大事なことなので二回言われた。うん、無理なんだよなぁ……!
改めて、その姿を確認する。
異様なステップでカサカサ走り、それでも姿勢も崩さない、その不気味な姿。手はしっかり二本ずつ、六本ある。他のゴーレムが丸く、球体になっていたのと違って、指の付いた人の手になっている。若干ゴツめ。顔は、他のゴーレム達と大差無い、丸顔に穴の付いてるだけのデザイン。おかげでより不気味さが増している。当然目は光っている、魔石はあそこだろう。
こいつは、さっき勝ち目がある、といった通り、ここの魔石に弱点がある。このキモゴーレム、他のゴーレムと違って、魔石の強度強化術式が、掛かってないのである。魔石の強度はただの石ころと変わらない。殴れば俺でも壊せるのだ。
だがらといって壊せるかと言われると、あの一瞬でもハヅキが気づける程の、大きな問題がある。
このゴーレムの作者は何を思ったのか、こいつの特性は速さガン振りなのである。この形状で。この不安定さで。こんなアンバランスそうな奴で。本当に作る時に何を考えてたんだ。
だが、そのアホみたいなデザインで生み出されただろうこいつは、それは凶悪だった。
前回、湧き出るゴーレム達を倒し切った俺たちの前に、突如として現れたキモゴーレム。その時、俺は封印が解けていた魔剣を装備していた。呪いがあるらしかったが、何故か、その時は、俺には特に異常は起きなかったのだ。せっかくだから有効に使うことにした。火力は目を見張るものがあり、あのゴーレムの固い装甲も裂ける威力だ。おかげであの時は苦戦しなかった。くそう、これが使えれば。そんな訳で、その時は、異様な見た目に圧倒されたが、十分倒せると思っていたのだ。
甘すぎた。
今、走り回る分でも十分に速いキモゴーレムだが、その真価は瞬発力にあった。前周では、丘地で戦った。広い空間を縦横無尽に跳ね回るあいつには、こちらの攻撃のほぼ全てを避けられた。魔剣の高速の一振り、騎士とのコンビネーションでの剣戟、魔法の弾幕、どれもこれも当たらなかった。避けなくても、ほぼダメージの無いだろう弾幕も、無駄に全部避けた、異常なステップで、華麗に。途中絶対踊ってやがった、あいつ。
稀に当たりそうになった攻撃もあった。だがそれも、足さばきを使った受け流しで、ノーダメージで切り抜けられたのだ。あの三本足で、華麗な足裁きってほんとに何なんだもう。
そしてギャグのような三体融合形状。ただキモいだけではなく、どこから襲っても死角がないその形状は、どう攻撃しても三面の誰かに対応される、最悪二体、四本の腕で襲い掛かられるという、ネタ全振り構造のくせに隙が無かった。理解したくもないが、間違いなく最強格だった。
そんなのにどうやって勝ったか、一応取れる手段はいくつかあるのだ。
例えば、広範囲の、面を制圧する攻撃。流石に、回避範囲の全てを攻撃すれば、何とかなる。あの時は無理だったんだが。魔石が脆いといっても、装甲の堅さは知っての通り。広範囲かつ、頭部装甲を破壊できる威力となると、なかなか厳しかった。魔王撃破時のステータスなら、土魔法だけで圧倒できる自信はある。聖剣があれば、より簡単だ。あいつ、超攻撃特化だったし……
別の手段として、空中に浮かしてしまえば、いくら速くても何もできないというもの。宙でじたばたしてるキモゴーレムになら、魔剣も当てられた。頭の一つはこれで落とした。
最後に、あいつは姿勢制御が優秀過ぎる。どうやっても絶対に転ばない。どんな無理な姿勢になっても、絶対に持ち直す。それというのも、あのゴーレムに刻まれた術式、他の奴らの頭部には魔石強化と書かれていた部分。そこの部分が、全部、姿勢制御と、加速の術式になっているからだ。……あの動きの不可解さに、こいつだけはきっちり、隅々、魔法使いと調べて判明した。他にも全身、あらゆる場所にぎっちりと、刻んであった。そこまでして、この足で、走らせたかったのかと。二人で正気を疑ったものだ。
さておき、絶対に、何をやっても転ばない、となると、その動きには多少の無茶が生まれるものだ。
執拗に体勢を崩すように、足場を崩したり、三体の一方に攻撃を集中したり、バランスを崩し続けると、それでもあいつは絶対転ばない事を最優先に動くために、一定の方向にしか動けなくなる。そこを狙うことで、避けようのない一撃を繰り出せた。それでも最後、胴体二つが砕け、バランスが崩壊し、とても歩けないような状態になっても倒れることは無かった。天晴れだよ。どうかしてる。
とまあ、色々な方法はあるのだが。
今、このステータスの俺に取れる手段は、無いんじゃないだろうか……?
木々の間を先ほどよりも細かくかい潜る。しかし、距離は離れるどころか、細かい移動の方が本領発揮というように跳ね回るキモゴーレム、更なる加速で追いすがってきた。
あの高速機動に、この床石をぶつければ頭一個くらいは砕ける気がする。ただ、普通にやっても当たらないだろうし、良くて逸らされる。
空中にいる時を狙う。だが、アレもパーティーで全員の連携がうまくいったから出来たことだ。姿勢を崩すのもそう、とても今の状況で出来はしない。
面攻撃で制圧? もっと不可能だ。一体何処にそんな火力がある。
後は、土の塊でも目の穴に狙撃するくらいだが……当てられると、そんな未来が欠片もイメージ出来ない。
止まるとゴーレムの集団に捕まる。そして、このキモゴーレムはそもそも、振りきれない。
よし。
「ハヅキ!? 詰んでね!?」
「ここに来て諦めないでよ!?」
「いやだってあんな頭狙えねぇよ!?」
「その急に正気に戻るの本気でやめて!?」
「じゃああいつの装甲抜けるだけの衝撃と当てる方法でもあんの!?」
「そ、それは、えーと。あ! う、後ろのゴーレム達にでも巻き込めば!」
「お前天才か」
そうだ、後ろのゴーレムの集団。逃げ切れてはいたが、引き離せもせず、キモゴーレムの後ろから更に追ってきているあいつ等。
あいつ等はきっと何も考えない。道の邪魔だと思えば他のゴーレムも踏んで走る。このキモゴーレムも、うまくあそこに巻き込めば、追って来れなくなるし、運が良ければ衝撃で魔石も割れるかもしれない。
「だがそれが出来ればなぁ!」
足を止めて、集団に呑ませる。それを行う為の術が、思い当たらない。
今の戦力だと、土魔法で足止めするしかないだろう。だが、もう大きな魔法を使うだけの体力は無い。下手な拘束では、引きちぎられるし、まず当たらない。
避けられないような土の大津波を被せる。それくらいしなければ足止めもままならない。
集団にキモゴーレムは叩き込む。他にもう考える余裕も無い。ていうか他の手段とか無い気がする。だから、これをやるしかない。
じゃあどうやってだ、簡単な土弾くらいならまだ飛ばせる。空中にいるあいつに当てれば、後ろの奴らが追いつくくらいには止められるか?
そうだな、あいつも、空中にいれば簡単な攻撃も避けれないんだ。あいつを空中におびき寄せて集団に呑ませる……あ。
さっき、空中で、面攻撃で、ともすれば回避不能な、装甲も砕ける、光景を、見たような。
「ハヅキ」
「何! 何か名案が!?」
今度はしっかり話すと言った。避けるのはキツいが、それでも、これは言っておかないと、また恨まれる気がする。話す余裕は無理をしてでも作り、言う。
俺も、この方法は、まったく気が進まないので、ハヅキに寄ってもらい、テンション低くそっと告げた。
案の定、ハヅキが叫ぶ。
「は、はぁ!? 正気なの!? 逆に正気よね!? あんたおかしな事言ってる時の方が正気なのよねそれ!」
悟りと、諦めを感じる叫び。ひどい。俺を何だと。
ちなみに、今からこうするからよろしく、と告げている。ハヅキの返事は聞いていない。もうやる以外の選択肢はないのでな……!
完全に追いつかれているキモゴーレムを、それでも攻撃を躱し、何とか旋回し。
俺は、森から抜けた。
その様子は森の中からも、よく見えただろう。森のあちこちからゴーレム達が溢れてくる。多少は引き離せていた奴らが、再び丘を埋め尽くそうと湧き出る。
集団が向かう先、森から離れ、丘の上を先頭には俺達、ぴったりついてキモゴーレムが。3秒ほど遅れてゴーレム軍団の先頭が走り抜ける。
広いフィールドに出て、いかんなくその速さを発揮し始めたキモゴーレム。もはや回避は難しい。
その為、俺はパンチの射程から逃れるために、上方へと、サーフボードである床石を持ち上げた。
高度は上げ過ぎない。あくまで、キモゴーレムの攻撃が届かない程度、五メートル前後の高さに道を浮かせ、コンベアのようにスライドして持ち上げて走る。攻撃できなくても、キモゴーレムは道の下をぴったりついて来ていた。その道を、ある程度丘の中心まで行った所で、森に向けてUターンした。
キモゴーレムも、追従して引き返す。
だが、そこにいるのは、更に後ろから追って来ていたゴーレムの集団。俺たちはその頭上を走っている。
こうすれば、あのキモゴーレムはどうなるか。
答えは予想通り。
ガゴンガゴンと後ろから音が連続する。
ゴーレムが、ゴーレムを踏む音だろう。
それは、離れずにぴったりと後ろに迫ってきていて。
振り返り、見る。
そこには、キモゴーレムが、他のゴーレム達を踏み台にし、こちらへと迫っている光景があった。
「ガイア前!」
逆に前方を見ていたハヅキが、気づき、叫ぶ。
視界を戻し、見えた正面には、下にいるはずのゴーレムが、真正面に。ジャンプだ、さっきと違い、とても小さく。
慌てて土を更に持ち上げ――上る、最初に落とされた時よりも高く、上り続ける。
「ちっ……轢かれてくれれば、こんなことはしないで済んだのに……!」
「ほ、本当に……もうここまで来たら始まってるわよね……」
「その通りだ……とっくに退路はない……!」
Uターンアタック、どうせ躱すだろうとは思っていた。あの程度で沈む相手じゃない。いや、轢かれてくれることを切に願ったが。そこで終われば、危険度はもっと格段に下がった。
まあ、どうせ最初からこうする作戦だったのだ。覚悟を決めて、上昇を停止、眼下に振り返る。
先ほどと、ほぼ同じ風景。
大地に広がる赤い星。それは、俺達を中心に、またも地面を埋め尽くしていた。
静止した俺たちを見て、来た。
ゴーレム達の大跳躍。もう一度、大地が迫ってきた。
先程と違うのは、一点。
そこから迫る、一つの塊、六つの光が、何より早く飛び込んでくる。
キモゴーレムだ。
その跳躍力は群を抜き、何よりも早く、俺たちの元へと飛翔する。
「さあ、逝ってもらうぞ変態……!」
そこへ、カウンターとなる一撃を飛ばす。
当然、この床石を。今度は俺たちは空に残り、魔剣と床石だけを、土魔法で投げた。
激突する。
丁度真下だ、破壊の確認はできない、が、やれてはいないだろう。ちらりと、隙間から腕と頭が見える。胴体と腕をうまく使い、きっちりと受け止めたようだ。
しかし、それで跳躍のエネルギーは使い果たし、ゆっくりと落ちていく。
その落下の衝撃も、きっとうまく着地してノーダメージだろう。
だから、ここからが本番だ。
床石を運び、乗ってきた土を、細く、広範囲に延ばす。粗い目だが、網のように。
その網で、受け止めるものは当然、空に迫りくる大地――ゴーレムの集団。
受け止める。全てを止めるのではなく……跳躍力の違いによる、到達高度を揃えるように、飛びすぎる奴らを、ここでまとめて叩き落とす。
「グ、ッギ……!」
細かな魔力制御に、勢いを抑え込む出力。魔法を使い続けた全身は、既に悲鳴を上げている。
それを気合いで噛み殺し。飛んできたゴーレム達を、空中で一つの大きな面へと仕上げる。
下から見れば、それはまさに天井だろう、ゴーレムで出来た面は。
「超広範囲の面攻撃、そして高貫通力だ。是非とも抵抗しないで潰れてくれ」
ゆっくりと、その力の方向を変え、下に向かい、加速し。先程のような連続音ではなく。
ドォオオンンンン!!! と、たった一つ。爆音と衝撃を響かせた。
衝撃で、地面が一段低くなった地上へと降り立つ。
正確には、そこに埋まるゴーレム達の上であるが。
地面に落ちた奴らは衝撃を土が吸収して、壊れてはいない。急がねば、また再起動して襲い掛かってくるだろう。だが、少なくはない数のゴーレムは、落下時に周りのゴーレムとぶつかり、腕や足を潰され、動けなくなっているようだ。さっきの時も、振り返っている余裕はなかったが、結構な数が行動不能になっていたのだろうか。森を回るうちに別の場所に出たようで、確認はできないが。
そんな、ゴーレムと、ゴーレムの残骸が転がる中でも、三人三脚、あのキモゴーレムは、その形故、簡単に見つかった。
全ての胴体が砕け、周りにいるゴーレムに押しつぶされて、地面に埋まったのであろうソレ。だがしかし、それでも三本の足は残り、クレーター広がる荒れ地に、悠然と立ち続けていた。本当に、何だこいつ……
周りをよく見ると、ゴーレムの物ではない材質の石が散らばっていた。床石だ。魔剣も、キモゴーレムと一緒に地面に落としたのだ、巻き込まれたのだろう。
その魔剣は、あのキモゴーレムが床石を抱えたまま、ゴーレムの落下を受けたのだろうか。地面に立つキモゴーレムの足、その中心に、突き刺さっていた。床石砕け取れて、抜身の剣だけが。
砕け散った床石に、少し感傷的な思いがよぎる。短い付き合いだったが、床石には世話になった。ありがとう床石。お前とのサーフィンは、忘れたくてもトラウマで忘れられないだろう……!
周りを見れば、無事だったゴーレムが起き上がり始めている。さっさと魔剣を回収して逃げよう。
残った三本足によじ登る。少しふらつく、もうかなりの体力を消費している。床石が無くなった分、身軽には動けるだろうが、果たして逃げ切れるのか……
などと、先の不安と、ここまでの疲労で、ぼんやりしていた俺は気が付かなかった。それどころじゃあない、その事態に。
そもそも、床石が完全固定されていたのは、何故だったか。杭の衝撃が、剣の周りではなく、床全体に広がったのは、防護の封印の範囲内だったから。
その床石が砕けている。その事実の意味を、俺は、
「…………うん?」
魔剣を掴む――その瞬間、刀身から溢れ出る、黒い靄。
「――――え?」
「――――は?」
俺と、ハヅキを飲み込み、広がる闇。
唐突に、思い出す。〈遺跡の大怪盗〉、その効果欄。
神からの助言、『あと30分』とは。
……封印が、解ける、までの、時間?
剣を掴んでから――その呪いに飲み込まれ、薄れ行く意識の中で、やっと。
――封印がもう掛かってないことに、気が付いた。
もっとサクサク魔剣なんて抜けると思ったのに……何故こんなに長くなったんだろう……魔剣編が終わらない……




