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魔王を倒したらクリアだと思ってました  作者: アトアル
一章 魔剣があれば楽が出来ると思ってました
8/35

ゴーレムの荒波

 遠目にも分かるほどだったその異常な光景は、近づくことで、よりその異常さを感じることとなった。

 見渡す限りのゴーレムゴーレムゴーレムゴーレムゴーレム……それら全てが祠の入り口、その付近に建つ衛兵の宿舎へと詰めかけていた。

 宿舎は、祠の守護・監視を目的に造られているので、魔剣を狙う輩に襲撃されることも考え、防衛にも向いた、堅牢な作りをしていた。

 衛兵たちはその宿舎を巧く利用して、防衛線を敷き、何とかゴーレム達を凌いでるようだった。

 だが、それも長く持つものではあるまい。相手は疲れ知らずのゴーレム。傷一つ与えられず、防御に手一杯の衛兵達では、崩壊は目に見えていた。


 さて、では助けなければならない。

 が、目の前には見渡す限りのゴーレムゴーレムゴーレム。ひしめき合い、とても道なんてなく兵士達の元へ近づけたものじゃない。そもそも、こいつらに近寄っただけで一撃で沈められる自信がある。

 ではどうするか。


 そこには、魔剣があった。

 ああ、俺もパラメータ一つも上がらない上にもはやただの岩塊と化したこんな物、お荷物でしかないとそう思っていた。

 いや、そもそも考えて欲しい。こんな二メートル越えるサイズの岩盤、どうやって運ぶんだ、と。

 そう思ったとき、その答えに至ったとき、この状況を打破する戦術が生まれた。


「ぃいぃいいいいいいやっっほぉぉぉおおおおおうううぅぅぅ!?」

「うわ、きゃー!? きゃぁぁぁ!? うぎゃ、きゃぁぁああああああ!?」

 俺は、ガゴンガゴン音を立てて、ゴーレムの頭上を、土で作った波でサーフィンしていた。


 床石に固定された魔剣に掴み付き、土魔法で道を作り上空まで持ち上げ、後は道を川を下るように流れるだけ。上へ下へと揺れながらゴーレムの頭に攻撃を仕掛けつつ集団を越えていく。あ、でもこれ動き的にはサーフィンっていうかスケボーだろうか。


 パーカーのフードに隠れ、必死に捕まるハヅキ。がくんがくん揺られる度に派手に悲鳴を上げている。俺も乗りに乗ってるテンションに見えるが、最後に疑問符が付いちゃった辺り、自分でもおかしいと思ってしまったんだな。

 だが、流石は魔剣……を守る祠の床。その強度は先程、苦しめられた通り。勢いに乗ったサーフィンアタックはゴーレムに、僅かではあるが傷を与え、こんな乗り回しをしても砕ける様子もない。


「ね、ねぇ! このっ、攻撃ならさっ! こいつら魔石砕いて、倒せないの!? 頭にっあるんだしさ!」

 ハヅキがガクンガクン揺られながらも意見を述べた。がんばって話してくれたが、それは辛い。

「忘れたかっ、あのゴーレムヘッド、形とか色々な理由はあるんだろうが、この床と同じ壁砕いてへこんだだけだぞ!? 多分割れて尖ってる部分で、全力で、突き刺して、ギリギリ穴空くかなってくらいだし! その時はこの床も砕けかねん!」

「じゃあっ何で攻撃、してっるのさ!?」

 普通に飛び越えて衛兵達のところまで行けばいいじゃない。わざわざゴーレムの頭でサーフィンする必要は。言葉にはしなかったがそう言いたいのだろう。


「そりゃ、うおっとぉ!?」

 前方、宿舎に向いていたゴーレムが急に振り向き、こちらに掴みかかってきた。

 道をねじり、体を九十度ひねる動きで腕を避ける。そのまま一回転を決め体制を戻し、一旦空に逃げた。

 高さ四メートル。その開けた視界には、宿舎までもう少しという地点まで迫っているという事と、ゴーレム達の動きから、あそこにいるであろう、という事しか分からなかった、宿舎の入り口で奮戦している衛兵の姿までを遠目に映した。


 ――そして眼下では、数百はいそうなゴーレム達が、大地を埋め尽くしている光景が。そして、そのゴーレム達の半数以上と目があったという事実が、広がっていた。

 肩から顔を出し、覗き込んだハヅキが、ヒッと息を飲んだ。


「御覧の通り……こっちが本命の強奪犯だとゴーレムも気づいてきたようだ」

「救出目的だから狙い集めたのは分かったけどこれ大丈夫なの!?」

 ヘイト集め。そのための煽り行為が先程までのサーフィンというわけだ。


 …………でも、こう、分かってはいたけどさ、ちょっと数多くね?

「まあなんとかなるだろ」

「声震えてるんだけどー!?」

 あれだ、こういう場面でよく言うだろ、武者震いってやつだよ。こういう場面で言う、武者震いってやつ。


「結構距離があっても、こっちに狙いを変えたやつも多い。封印されてて魔力とか感じないものかと思ったが、この距離だと気づくのか? 何にせよ好都合だ。このまま全員引きつけてから逃げるぞ」

 もう中途半端に近づくとゴーレムに捕まる恐れがある。ヘイト稼ぎも順調のようだし、このまま上から宿舎を目指し、土を……操作しようとして、止まる。


 MPが、もう無い。



 分かりやすいからMPという名称を使っているが、体に魔法を使うためのマジカルなパワーがある訳じゃない。その実体は、気とかチャクラと言われるような、身体から絞り出したエネルギーの事である。もっと言うとカロリー消費しているようなものだ。まあ、魔石などに存在するエネルギーは、また違うのだろうが。つまり、魔法は使うと激しい運動をしたかのように疲れるのだ。


 穴掘りの時は定期的にゴーレムの魔石というカロリーを摂取できていた。そうじゃなければフルマラソンでもした後みたいに、ぐったりとした俺がいたことだろう。いや、四十二キロも走ったことないし完走できる気もしないが。まあ、魔法を限界まで使うって言うのは、それくらいの無茶な負担が襲ってくるって事だ。


 そうなってくると、戦闘時、剣も使い、前衛に立つ俺は魔法を使いすぎる訳にはいかないのだ。ともすれば、剣を振る力すら無くなってしまう訳だからな。そうならないように、俺は魔法を使ってもいい体力上限を自分で設定した。それが、MPだ。

 つまり、MPとは、俺が勝手に決めた、俺の行動に支障が出ない程度の体力、ということだ。


 さて、穴掘り中など、魔石を吸収したエネルギーは俺に還元されたが、俺の体力の余剰分は腕輪がストックしてくれた。回復した傍から使いまくっていたから、その量は多くはないが。

 最後に吸収したのは、魔剣の部屋に入ってからトラップを解除したときだ。

 その後、地上に出るために追加で穴を拡張するのと、魔剣と床を持ち上げるのに魔法を使い続けた。この時に使ったのは、俺自身のMPだった。ストック分はいつでも使えるし補充もそうそう出来ないからな。


 そして、この時点で既に、俺自身のMPは使いきっていた。

 技で消費押さえたり、魔石吸収し続けたりと色々あり、何だ、能力リセット直後でも全然困らないだけ魔法使えるじゃないか、とハヅキ辺りに思われるような事をしていたかもしれない。だが、俺の体力は現在値で15。一般高校生よりも貧弱な俺の体力、5の三倍。せいぜい体力あるスポーツ選手程度じゃないだろうか。数十m掘るのにフルマラソンほど疲れるのだ。重い床持ち上げながら130メートルも拡張工事をしながら上り切れただけ、がんばった方じゃないだろうか。



 と言う訳で、今使っていたのは腕輪のストック分だったのだが……完全に尽きた。MPは、もう無い。

 いや、まだ、使おうと思えば魔法は使える。言った通りだ。体を動かすことさえ考えなければ、その分のエネルギーを魔法に使うことが出来る。

 だが、このゴーレムに囲まれた状況でそんなことをすれば、どうなるかは言うまでもないだろう。かといって、使わなければこのままゴーレムの群に落ちるだけだ。

「まずいどうする……!?」


 考えろ考えろ!? 魔法を使うのは確定。残り少ない体力で何をするか。


 逃げる。いろんな意味で不可能だ。この体力全部MPに回してもそう遠くには行けない。魔剣にしがみつく行為も結構体力を使った。冗談抜きに体力はそう無い。直ぐに動けなくなるし、そうなってもゴーレムに攻撃されない場所に逃げるしかないが、そんな場所は無いだろう。


 使いきった時点で、死ぬ。

 なら、切らしてはいけないんだ。補給するしかない。

 残りの体力全部を駆使して、ゴーレムを掻い潜り、魔石を吸収、体力を回復する。


 ……いや、無理だろ。

 ゴーレム達は、かなり密集してる。一体うまく一撃で吸収できたとしても、離脱する前に周りのゴーレムに絶対捕まる。というかそのまま殺される。

 うまく反撃の来ないように、今の体力で? 方法の見当も付かない。一体しかいないような場所、駄目だ、あるかも分からないし探しようもない。


 ……駄目だ、どうやってもゴーレムから魔石を奪えるイメージが見えない……!

 だが、もう一か八かで突っ込む以外の選択は……!?

 どうにか、どうにか安全に魔石を吸収できれば……


 魔石。魔石?


「飛ぶぞハヅキ掴まってろよ!?」

「え、ちょなにきゃぁぁぁぁあああ!!?」


 残りの体力を使いきる勢いで、足場にしていた土で床石を掴み、放り投げた。MP事情を知らないハヅキには、突然の謎行動だっただろう。だが話している余裕はなかった。許してほしい。

 勢い良く流れる視界。その先に見えるのは、宿舎、その入り口。俺達は、その真上目がけて一直線に飛んでいた。宿舎に近づくことでより鮮明に衛兵の防衛状況が見えてきた。


 どうやらゴーレム達は、律儀に入り口の門を通ろうとして、壁を壊したりはせずにほぼ一カ所に殺到していた。そこまで頭脳は良くないようだ。

 数の暴力で押し込まれそうになるのを、前衛の兵士達が、ゴーレムのパンチなどを受け流し、後衛では術が使えるものが、魔法で進行を押し留めていた。

 しかし、術者の体力が無くなってきたのか、ゴーレムを止めきれずに門を突破されそうだ。それは、非常に困る。


 その時、衛兵達もこちらの存在に気が付いたのだろう。何人かの視線がこちらを向いた。

 俺達の位置は、門の真上まで迫っていた。投げた勢いで逆さまになり、床を天に向け、地面、戦場に顔を向けて。

 叫ぶ。

「ちょっとそこ避けろぉぉぉぉおおお!!」

 最後に残った体力を絞り出し、空中で道を作る。大きく弧を描く、横から見ればCのように見える道を。

 門を飛び越えて、宿舎の敷地内側に入る。そこから、弧の内側、天井部分から床を滑らせ、勢いを殺さぬように縦に回り、ターンする。むしろ、下に降りる軌道で加速した。


 道の先には、入り口の門が。

 回り始めたあたりで俺の意図に気づいた前線の兵士達は、慌てて門から飛び退いた。

 目の前には、術士達に足止められたゴーレム。

 激突した。



「ゴッファッ、ゲホッ……ったぁぁぁぁ…………俺が、衝撃に耐えられないの、ェホッ……忘れてた……良く死ななかった俺……!」

「だから何でそういう重大な部分忘れられるの!? ほんっとにどういう頭してるの!?」


 門に飛び、加速した勢いのままに床をぶつけてゴーレムを押し出そうとした作戦。

 肝心の俺が、そんな衝撃に魔法も無しに耐えられないということに、激突二秒前に気が付いた。

 空を飛べるハヅキを放り投げ、後は斜面を滑走していくだけの魔剣と床石から飛び降りた。というかもう体力も限界だったので転げ落ちた。

 作戦自体はうまくいった。ゴーレムは飛んでいった床石に薙ぎ倒され、ドミノ倒しに広範囲に被害が出た。その勢いのまま地面に床石が突き刺さり、転けたゴーレムと合わさり、いい感じのバリケードとなった。


 が、俺は転がり落ちて地面に体を打ち、慣性そのままに転がり、地面に刺さった床石にぶつかる事でやっと止まった。

 奇跡的に大したダメージもなく、全身がものすごく痛いだけで済んだ。ハヅキも、放り投げてしまったが大事無かったようだ。空から降りてきて、大変元気にツッコミを入れてくる。全身の痛みよりも痛い言葉がそこにはある。

 痛みもそうだが、MPを越えて魔法を使ったため、体力が限界寸前だった。息は切れ、全身を激しい倦怠感が襲う。背中を打ちつけたのと併せて非常に咳込んだ。


 色々な痛みに打ちのめされて転がったままでいると、衛兵達がこちらに駆けてきた。

「お、おい大丈夫か?」

「ゼェ……あー……ッゲホハァ、お、お構いなく。ゴホァ、色々、自業自得、なので」

 ろくに動けないでいると、衛兵の一人に助け起こされた。目の前にいる兵士達を見て、全然寝てられる状況じゃない事を思い出す。しかし、魔法の限界使用に全身殴打。どっちみち一人じゃ動けもしなさそうだ。肩を貸される事で何とか立てた。


 痛みに顔をしかめながら周りを見渡す。周りには急に空から降ってきた俺を、驚愕と困惑と警戒と、様々な感情を浮かべ見つめる人たち。ここでゴーレムを退け続けた、魔石装備に身を包んだ衛兵達。

 背後では、転がって復帰に時間がかかっているゴーレム達。もう少しは余裕がある。

 この状況こそ、俺が求めた、助かるための最善策。

 今、この場所こそが、この戦場で唯一の、安全に魔石を獲得できる空間だった。



 …………いや、しかしどうしたものか。

 ここに来る選択が最善だというのは、きっと間違いではない。MPを使い果たすのは目に見えていた。そうなった時に一時でも安全が確保できる上に補充できる魔石がこんなにたくさん。素晴らしいことだね。

 しかし、まああれだ。

「それで、君は一体?」

 目の前、記憶にある人物、白色の鎧を着て、前衛兵士達の中で一人、兜も被らず素顔を晒しているイケメン。ここの隊長だ。

 何者だ、とも、何が目的だ、とも、色々含めた『お前何なんだ』という問いが、にこやかな語気で放たれた。


 そこに軽めの威圧と、俺に剣先を突きつけてさえいなければ、もっと穏やかな空気でいてくれただろう。

 左の首筋に冷ややかな剣の感触。右側で肩を貸してくれていた騎士も、その手に力が籠もった。ただ肩を貸しているんじゃなく、いざという時、俺を取り押さえられるように構えているようだ。

 俺の左後ろ、展開について行けてないハヅキが軽くヒッと言う音が聞こえた。


 当たり前の話だが、ここもここで敵地ど真ん中だった。


 そりゃあそうだ、魔剣を封印している重要地点、俺は軽くやってきたが、場所を知らなければ到達できない迷彩の魔術も張り巡らされた場所だった。

 人が侵入しているというだけでも、有り得なくおかしい所に、ゴーレムの大群が現れるという異常事態の中、旅をするようにも、戦うようにも見えない姿の子供が空から乱入してきたのだ。怪しさ大爆発じゃないか。

 しかも、その正体はまさに捕まえるべき兵士達の大敵、魔剣泥棒なのだ。俺のことなんだが!


 一応、先程の突撃で兵士達の味方をしていたし、魔剣は見られていないと思う。地面に刺さった床石は壁のように垂直に立っていて、魔剣は向こう側、ゴーレムたちの面に刺さっている。まさかあんな石に魔剣があるとは思うまい。状況的に非常に怪しく、警戒対象だと思われてるだろうが、敵意までは向けられていない。筈。ように見える。うん、多分。


 でだ、この状況で、兵士達の装備から魔石を吸収しなきゃいけない訳だが。

 肝心のその方法が、思いつかなかった。

 彼らに訳を話して吸収させてもらう。無理だろ。誰がこんな素性もしれない怪しい奴に、この状況で生命線である装備を渡してくれるって言うんだ。そもそも事情の説明が出来る気がしない。魔剣奪いましたとか言ったら絶対斬られるよな。

 誰か装備を失ったりしたのを掠め拾う。誰も剣落としたり、鎧壊されたりしてないね。くそっ、優秀な奴等め。まあ仮にあったとして剣突きつけられてるのに拾えるかという話になるが。


 よし、何も思いつかない。

 諦めて覚悟を決める。どうせすでに色々やらかしてきたんだ、ここまで来たら最後までごり押しで通そうというものだ。

 流れを見て適当に動く、そう決めて、息を整えてから話し始める。


「そんなことよりも今は後ろのゴーレムをどうするか、じゃないか? 転ばしたが、復帰するまでそう時間もないはずだ、今のうちに対策を講ずるべきだと思うが?」

 とりあえず、話を逸らしてはぐらかした。実際、時間はないしな。


 そのまま、俺は問う。

「ここの兵達の被害は?」

「……いきなりの襲撃だったからな、ここから離れて見回りをしていた数名が負傷した。何とか逃げおおせて大した怪我ではないが、戦闘は出来ないからな、この中に避難してもらっている。防衛に当たった面々は、見ての通りだよ。疲労困憊だ。長くは持たない」

「……とりあえず、死者はいないか、良かった」

 俺のことは警戒したままだが、彼も時間がないのは分かっているのだろう。怪しんだままだが、言い争いもせず素直に話してくれた。

 一番気になっていたことが聞けた。俺のせいで死人を出してしまうような事態だけは、回避できたようだ。

 俺の安堵が、本気のものだったからか、隊長の警戒が少し、ゆるんだようにも見えた。まあ、兵達の心配と言うより自分の気分の面が強いんだけど、今の。


「君は対策を取るべきだと言った。確かに今はそうするべきだろう」

 そう言って、隊長は剣を下ろした。緊急時ということで、今は生き残るために使えるものは怪しい子供でも使うことにしたようだ。そう言う考えをしてくれる奴だと思っていたよ。

「だが、私達も、君も、その有様だ。加えてあのゴーレム、尋常な強さじゃない。何か策はあるのかい?」

「ああ、実はあのゴーレム、狙いは俺なんだ。俺の存在に気がつけば、全てのゴーレムが俺に向かってくるはずだと思っている」

 非常に怪訝な顔をする隊長。そりゃそうだろう、俺がこの事態の原因ですって言ったに等しいんだから。いやまあ、言わなくてもこの状況じゃ関係あるとは思われてただろうが。


「言いたいことは分かるが時間がない、スルーしてくれるとありがたい。だから、今、奴等の詰めかける中心、ここに来たことであいつ等の注意は俺に向いたと思う。この状態で俺がここから離脱すれば、ゴーレム全員を引きつけれる、筈だ」

「……君が真剣に言っているのは分かった。だが、仮に今の話が本当でも、君はもう動けないだろう。それでどうやってあの数のゴーレムから逃げる気だ」

 後ろから、ガンッという音。地面に刺さった床石に殺到するゴーレム。そうだ、あれ魔剣なんだからむしろ俺より、アレを取り返すのが目的かもしれない。俺の殺害が目標でも、どっちにしろ床石を越えられるとやばい。本格的に時間がない。


 話はここまでだ、どっち道この先の交渉は成功させるつもりもなかった。やるしかなくなって覚悟が決まったってもんだ。

 俺は肩を借りていた兵士から離れ、よろよろと隊長に近づく。

 周りの兵士たちは見構えたが、隊長は、それでも行動は起こさなかった。一応敵ではないと思ってくれてるようだ。

 右手を肩に起き、言う。


「俺のせいだしな。あんた等の命はなんとしてでも助ける。それだけは信じてくれ。だからな、まあ、何だ、許せ?」

 言いながら、俺は左手をスナップさせ、隊長が右手に持っていた剣、その鍔にはめ込まれた宝石……魔石に、腕輪をヒットさせる。

 吸収。体力が戻ってくる。


「!? 何を!?」

 魔石を奪われた事に気がついた隊長が構え、周りの兵士達も剣を向けた。だが、それより早く、隊長の左手にはめられた籠手、その魔石も吸収する。

 露出して奪えそうな魔石はこの二つ、他の兵士たちも同様だ。鎧は内部などの触れられない位置にあるのがほとんどだ、吸収できまい。兵士達の兜も魔石装備に見えたが、石の位置は分からない。


 二つの魔石を吸収したことで大分体力が戻った。全快を狙うなら、あと四つは欲しいが、ストックも出来るから狙えるだけ狙いたくはある。だが、時間は全くない。

 行けるだけ行く。そう決め、後ろ、肩を貸してくれた心優しい兵士に狙いを決める。すまないな、君が助け起こした奴は恩を仇で返す様な奴なんだ。


 俺が振り向き、近づこうとしたところで、剣を上段から降り下ろしてきた。剣道の面の形だ。さっきは助けた相手に、結構迷いがないものだ。流石兵士。そして良い装備なのだろう、加護も掛かって速い。

 だが、その一撃は左手一本で、肘で剣の腹を打ち、受け流す。そのまま肘を伸ばし、左手首で剣の鍔を弾き姿勢を崩すと同時に魔石を吸収。

 左手を降った勢いに乗り、姿勢を180度回転しながら右手で相手の左腕をつかみ、密着。籠手の魔石をもらい、離れる。

 二周目に入ってから、初の近距離戦闘だが、何とかいけそうだ。

 何せ技700越えだ。前周で培った近接スキルは伊達ではない。まあ、全身鎧で加護を持った兵士にダメージなんて与えられないが。それに、パリィに使った左腕が痺れてる。素手で金属に挑むものじゃない。


 距離を取り、入り口付近、魔剣刺さる床石の前に立つ。改めて、兵士達と向き合った。

 今のやりとりで完全に敵対した。皆、油断無くこちらに剣を向けている。

 こんな状況で手出しも出来ず、宙でおろおろしていたハヅキが肩に降り、小声で慌てる。

「どどどうする気? ていうか何してんの? 何するの!?」

「見ての通り体力の回復だ。説明してる余裕がなかったが、さっき限界だったんだ」


 背後を見る。ゴーレム達は完全に体制を立て直し、床石に掴み掛かっている。

 ……油断無しの兵士達から、これ以上魔石を奪うには時間が掛かりすぎる。パラメータでは圧倒的に負けているのだ。いくら技があっても力押しに攻められては対処のしようがない。そうならないように立ち回っていてはゴーレム達が突破してくるだろう。

 回復量は充分とは言い難いが……それでも行くしかなさそうだ。


「離脱だハヅキ。フードに戻れ。このゴーレム引きつけて脱出するぞ」

「ふぇ!? う、うん!?」

「そういうわけだ衛兵諸君! 俺はこいつら引きつけるから、しばらく動かないことをおすすめするよ!」

 床石にしっかり掴まる。土魔法を発動し、床石を刺さっている地面ごと、上まで高く土柱を伸ばし、入り口を新たに塞ぐ壁にした。掴みかかっていたゴーレムも、地面に落ちていく。

 そのまま、こちらを見上げるだけで何もせずに見送った兵士達を、見下ろしながら上へと逃げ去った。



 床石の向きを戻し、魔剣を握り直した所で。

 ゴーレムの集団、その頭上およそ二十メートルの高さ。

 宿舎入り口から、ゴーレムの集団の真ん中に向かって移動を始めた。

 真下、ゴーレム達の様子を伺う。


「うわキモっつかこわ……」

「背筋、背筋がゾワって……」

 上空からの景色は、祠周りの地形をはっきりと映していた。

 周囲全てを森で囲まれた、草に覆われたほぼ真円な丘。大変見晴らしの良い空間だ。そのおおよそ中心、丘の頂上に祠の入り口と、そこから五十メートル程離れた位置に、先ほどまでいた宿舎が。


 そして、その宿舎から端の森まで、数キロを埋め尽くさんとするゴーレムが、見えてしまった。


 どうやら全てのゴーレムは狙いをこちらに移したようだった。俺が宿舎から離れたのと同時に、ゴーレム達は襲撃をやめて俺の方へとついて来たようだ。もっとも、密集してるせいでそんなに移動は出来てないが。

 そんなゴーレム達が何を見てるかと言えば当然俺たちで。


 日の出前、薄明るい地上は俺たちを見つめる赤い光で埋め尽くされている。びっちりと。さながら星空のようになっていた。大地の光は全て敵。寒気がする。

「な、何にせよこれで衛兵の救出は大丈夫だろう」

「それはいいけど、私たちは大丈夫なんでしょうねコレ……?」

「…………」


 実際、どうしよう、これ。

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