封印の祠(魔剣)
魔剣ディス・フィア。
かつて混沌期と呼ばれた創世の時代。混沌大戦という、人族、獣族、竜族、魔族など、ありとあらゆる種族全てを巻き込み、魔物達が暴れまわった、戦争とも呼べない、地獄があった。
その大戦において、魔族が作り出したと言われ、夥しい程の呪いを受けた剣である。
特定の持ち主がいたという記録はない。これは、使い手すらも、呪いから逃れることはできず、次々と命を奪われたせいだと言われている。
にも関わらず、この魔剣の名は大戦時、もっとも恐れるべき脅威としてその悪名を響かせた。特に人族の間では、この魔剣こそ、もっとも多くの同胞を葬った災厄であると伝えられていた。
「……というのが、大戦後に封印を施し、子々孫々とこの魔剣を管理をしてきたアーディア王国の国王クソヒゲから聞いた魔剣についてだ」
「ガチモンのやばい奴じゃないの――――!?」
時は丸一日過ぎた、夜。
朝には女将に礼を言い、宿を出た。その後は街道を外れてひたすら森を行き、日が落ちきるギリギリになって、俺とハヅキは封印の祠がある丘の麓へとたどり着いた。
時間の都合もあり、町でそろえた道具――といっても最低限の寝袋や生活用具くらい――を広げてここで野営をし、体を休めることにした。
そして今は、魔剣についての知識をハヅキに教えているところだ。
「まあ、あくまで言い伝えだ。結構話も盛ってあるだろうし、実際そこまで禍々しいような物体ではなかったよ」
「そ、そうなんだ……って、もしかして見たことあるの?」
「ああ。前回の、半年くらい経った頃だったろうか。アーディアっていろんな国の中心にあるから頻繁に通るんだが、その度に王城に顔を出してたんだ。で、ある時クソヒゲに、魔剣にかけてあった封印が解けた、って言われてな。様子を見てきて、問題が起きていたら解決してほしいって頼まれたんだ。さっきの話もそのときに聞いた」
「へぇ、そんな勇者らしい仕事もしてたのね……」
「お前最早俺のことをただ幼女ストーキングしてるだけの奴とか思ってるな!?」
ともあれ、そんな事情もあり、俺はこの魔剣とその祠についてかなりの知識を持っていた。
「でまあ、前回は色々あった末に結局再封印したんだが、その時に魔剣を装備する機会があったんだ。それで、その強力すぎる性能もやばさも知れたって訳だ」
「え、装備するだけで分かるようなやばさだったの?」
「ああいや、そうじゃない。このサンの腕輪を使ったんだ。こいつに鑑定機能とかが付いてる訳じゃないが、俺が装備した武具は加護となり、俺のパラメータ扱いになるからな。装備品の性能はステータスで見れるんだ」
「なるほどー。改めてその腕輪大分ずるいわね」
「ほぼ唯一の勇者補正って奴だ、それくらいあっても許されるだろ……! そんなわけで魔剣の強さは保証するよ。魔剣と呼ばれるだけのことはある。鬼のように強い」
「流石、言い伝えられるだけはあるのね」
「呪いも鬼のように強い。流石魔剣と呼ばれるだけのことはあるな」
「言い伝えばっちりじゃない!? 何がそこまで禍々しくないよ!? どうすんのよそれ!?」
「多分、どうにか出来る……筈」
「はず!?」
「いや、一回は装備できてるし、大丈夫だったんだから、どうにかなるとは思ってるんだけど……確証はない」
「何でその調子で、魔剣なんて物騒なものを取ろうなんて思っちゃたのよ……」
「性能はトップクラスだからな。この剣のことを思うと他の選択肢はあり得ないな」
「完全に魔剣に魅入られちゃった人の台詞なんだけど。あと他の選択肢あったじゃない」
「今存在する装備としては、だ。魔石はまた価値の考え方が別だし」
それに、だ。
「この魔剣を持ってしても正面からじゃ勝ち目のない毒蛇に挑むのと、クラーケンにヒュドラに跋扈する海底洞窟で発掘するのと、今からでも変えようか? なに、ステータスの補正的には似たようなものだ」
「もっと丁度良い難易度なかったの!? 装備も無しに挑む場所じゃないわよ!?」
「という訳だ、魔剣もましに思えるだろう」
「そうね……物が呪われてるとはいえ祠に取りに行くだけだし」
「え?」
「あれ? 何か違った?」
「言わなかったっけ? 強奪するって」
「…………え?」
「いやだって、王国にとってどれだけの危険物か話したじゃん? そんなもの、例え勇者でも祠に入る許可すら出ないし、まして今の俺は一般人。くれる訳ないだろ」
「え、じゃあ、え?」
「今から行くのは、王国が魔法都市や他国の協力を得て、総力を挙げ作りあげた最高難易度の人造ダンジョンだ。高練度衛兵もいるよ?」
「あんた馬鹿なんでしょう!? 薄々思ってたけどあんた馬鹿なんでしょう!?」
「おい馬鹿大声を上げるな。ここはもう丘の麓、頂上には祠の監視の為に作られた兵士の詰め所があるし見張りもいる、聞こえたらどうするんだ」
「完っ全に発言が盗賊のソレじゃない……!」
「まあまあ落ち着け、腹が減っているからイライラしてるんじゃないか? ほら、このフローネちゃんが作ってくれたサンドイッチでも食べたらどうだ、うまいぞ?」
俺はもしゃもしゃとサンドイッチを食べ、話しを逸らそうと試みる。ちなみにこのサンドイッチ、昨日まで無一文であった俺たちを心配して、女将さんが弁当を持たせてくれていた。フローネちゃんからは昨日助けてくれたお礼でもあるとか。かわいい。
「イライラしてるのは1000%あんたのせいでしょ……あむ」
そういいながらも大人しくサンドイッチをかじるハヅキ。サイズが自分と同じくらいの食べ物にかぶりつく様子は、ちょっと可愛らしかった。
「さってそれじゃあ実際どうしようって話だが」
食事を挟み、ハヅキもとりあえず落ち着いたので話を再開した。
「まず祠について説明しようか。地下二十五階、侵入者に備えてトラップ塗れの結界だらけ。今から説明するのは俺が前回踏み込んだ時に見聞きした物だ。けど、あの時は先に進入者がいたみたいだからな。一部のトラップは解除されてたみたいだから、俺の知らないトラップもあると思う」
「そういえば封印が解除されてたんだっけ」
「ああ、あの祠にはいくつかの封印があるんだが、その全部が解除されてたよ。兵士たちが気が付いたのは入り口の封印だったらしい」
「入り口からして封印されてるのね」
「入るのにも扉が封印されてる。呪いが出てこないように、中の物が外に出られないように祠全体に魔術が。魔剣自体にも抜けないようにとか、使えないようにとか、呪いを抑えるのとか沢山。更に部屋中に進入禁止な結界とかトラップとか……とにかく酷い数だったな。いったいどうやってあれを突破したんだか」
「何人事みたいに言ってるのよ、今から同じ事しようってのに。そういえば、その封印破った犯人、何者だったの?」
「知らん」
「あれ? 会わなかったの?」
「結構あの事件謎でな……犯人が何したかったのかも分からないんだ」
「どういうこと?」
おかしな返答に首を傾げるハヅキ。俺は、改めてあの事件を思い返していた。
「俺たちパーティーが祠に着くと報告通り入り口が開いていた。聞くと、兵士たちはずっと交代で見張りについていたから、誰かが通ったら気が付くはず。だが、いつ封印が解けたのかも誰か通ったかも分からないそうだ」
「何か魔法にでもかけられてたのかしら」
「可能性はいくつか考えられたが……まあ犯人捕まえれば分かるだろうと、とりあえず中に踏み込んだ。すでに魔剣が奪われてて逃走された、なんて事になってたら面倒だからな。中に犯人がいることを祈ってたよ。それで最下層に向かったんだが……トラップは解除できないとのことでな……突破することに、なったんだ……」
つい、頭を抱えた。正直、必要がなければ永遠に忘れていたかった。
「古今東西、あらゆる技術、魔術をふんだんに詰め込んだ嫌がらせと殺意のフルコース……」
「ガイア? 顔色悪いけど」
「矢が飛んでくるとかそんなオーソドックスなものを想像していたらアレだ。開幕から地雷+落とし穴とは恐れ入った。しかも丁寧に迷路のど真ん中まで行かせてからフロア全部が爆破で抜けるとはな。あれは十階層分は高さがあった。落ちていたらバラバラになった床石ともみくちゃになりながら擦り潰されてミンチだっただろう。魔法使いの風魔法で飛びながら肝を冷やし、認識した。本気だ。本気で殺す気しかねぇ、と」
その後、魔法で飛びながら壁を調べると隠し通路があった。通り抜けた時、轟音に振り返るとフロアが元に戻っていた。パネェ。一フロアで、そんな感想しか言えなくなるくらい、心が疲弊した。
「階層全部毒ガスに覆われてる。道が剣山(毒付き)。魔術で迷彩がかけられた迷路は、即死トラップは当然として何より正解の道なんてなかったのが素晴らしい。先に通った犯人の奴が作ったと思わしき穴を見て、愕然としたね。ちなみに位置的にそこからしか次の階には行けなさそうだった。こんな感じで階層ごとに変わった趣向でおもてなし、ていうかこれ絶対一階層ごとに担当者別にして競って遊んで作っただろ制作連中」
「よ、よく死ななかったね……」
そこからも多種多様なエリアがあった。魔道具全部壊さないと進めないエリアとか。水攻めとか溶岩攻めとか。マグマなんてこんなところにどうやって用意したんだ。ここら辺は先に通った奴が踏んだ後、元に戻らないようで、魔道具は破壊済みだった。水攻めエリアは完全に水没して別空間だったが、マグマも。
「極めつけは地下二十階だったか。一階とは逆に上のエリアが崩壊してきた。生き埋めだな。下の床にはえらく強い結界が張ってあったから、何かあるんじゃないかと警戒してたんだがな。上の崩壊に耐えるためと逃がさないためだったんだな、はは。ふざけんな。二十階分の質量とか防ぎようがねえって」
「いやいやいやいや。どうやって凌いだのさ」
「俺が知りたい……崩壊から逃げようと辺りを見ると、そのえらく強力な結界突き破って穴が開いていた。先に通った犯人だろうな。俺らもそこを通って何とか逃げ出した」
あのトラップは俺たちの力じゃ確実に死んでいた。犯人には感謝である。そいつがいなきゃこんなクソみたいなところに踏み込んでないが。
「……とまあこんな感じで死に掛けたが何とか魔剣のある階層に着いたんだが」
「犯人とは会わなかった、のよね。じゃあ魔剣はもう取られてたの?」
「それが、魔剣はあったんだ」
「ええっ?」
「そこの部屋のトラップも、魔剣の封印もすべて解除されてて、あとは持ち出すだけ……に見えたんだが。犯人の姿もなく、魔剣は台座に刺さったままだった」
「……どういうこと? 封印を解くことが目的だった、とか?」
「真相は分からないが……おそらくは、こうだったんじゃないか、という結論を、その時一つ出している」
それは、だって、目の前にあるものがアレなんだから。
「その目的の魔剣自体に呪われ、消えてしまった、のだと」
「それは……な、なるほど」
「そんな訳で、犯人も死亡したとみられ、その目的もわからずに事件はそのまま……終わったんだ」
「……今どうして言い淀んだの?」
「事件自体は終わったけど……色々……あったんだ、帰り道とかなぁ……!」
「あ…………そ、そうなの……」
帰るまでが遠足。出るまでがダンジョン。
この後、魔剣を装備するに至ったアレやらコレやらがあったが……それはきっと、今関係ない話だろう。だからこの話はここでおしまいだ。聞いてもただの愚痴しか出て来ないぞ……!
「それで、祠について分かってもらえたと思うんだが」
「うん、言っていい?」
「なにかな?」
「無理でしょ絶対!?」
「はっは、何をそ怒鳴っているんだーそんなことー。
誰がどう聞いても当たり前に決まってるじゃないか」
「なにその態度!?」
頼りになる仲間が三人に、今よりずっと強かった俺でも死に掛ける。たどり着いた犯人は魔剣を使えず呪いで死んでいたと見られる。そんな話を聞いて行けると思う奴はそりゃあいない。
「そもそも入り口の封印すら破れんな。術式とか詳しくないから正攻法も無理だし、そもそも魔力足りないな。力尽くにはもっとパワーが足りんし」
「ほんとに、何でここに来たの!?」
憤慨するハヅキ。少しふざけ過ぎたかもしれない。マジ切れする前にそろそろ計画について説明しないとやばそうである。
「そんなの魔剣を取るため以外ないだろう……いや待て、せめて話を聞いてから判断しよう。一応考えはあるんだ。だからもったいぶった話の進め方をした件は謝罪するのでその目をやめろ……!?」
その時見たハヅキの目は黒々と濁っていて、その半目からは侮蔑と怒りと、ほんの少しの殺気が含まれていました。




