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混戦の幕開け

 湖の畔。

 テントを作る体力も無い俺はスフィアを地面にぶっ刺して寝っ転がっていた。より言うと、動けなくて倒れた。その俺の上ではハヅキが目を回したままダウンしていて、俺が寝床の準備もできない以上、ロディも準備できることは無く、ローブ被って同じく地面に寝っ転がっている。

 一日かけての探索はそれだけで大変だったし、何より最後のトレントの登場は精神的にも魔力的にも疲れた。最後の射出は関係ないと思いたい。

 さて、あのトレントどうするか話し合った方がいいんだが……


「死屍累々とはこういうものか」

「きゅう……」

「スヤァ」


 何もする気力が起きなく、ただぶっ倒れて夜空を眺めるしか出来ない。あ、ロディの奴もう寝始めてやがる。あぁ、あんな固そうな場所で……仕方ない、寝袋くらいは準備してやらないと……

 気合で起き上がりハヅキを肩に乗せ直し、拠点に置いていった荷物から寝袋を引っ張り出す。手ごろな地面に敷いてロディをそっと横たえる。中に入れるのは諦めた。


「はぁ……もう今日はこのまま寝るか……まあこの辺虫もいないみたいだしな」

「まさかテントってそのために毎回作ってたの……」

「そうだが?」


 どさりと俺も敷いた寝袋に倒れ込む。肩にいたハヅキは一度舞い上がり、ややあって駄目だコレと言った感じでもう一度俺の上にぽすんと座りなおした。


「まあ、こんな森の中で動物に寝込み襲われないようにってのがメインだよ一応は。スフィアで作った拠点なんて突破されないだろうからな」

「確かにこの上なく安心の守りね……それなら今は大丈夫なの? ただでさえ疲れ果ててるのに」

「ああ大丈夫。この周辺しばらく何の動物も魔物も近寄らないから」

「……え? どういう事?」


 初日からずっと気になっていたので狩りの度に調査していたのだ。おかげで確信した。


「いやだってこんだけ堂々と肉捌いて焼いて匂い漂わせて……一匹も獣が姿を見せないってどうかしてるし」

「た、確かに……」

「何を恐れているのか、きっちりこの湖を中心に動物達が離れて行ってるみたいでな。おかげで毎回遠くまで行かないと獲物が見つからなくて大変だった」

「……いやいやそれ、この湖に何か“いる”って事よね!?」

「何か“ある”かもなぁ。何にせよ、絶対何かはあるから、釣り竿の先から魔力探知して湖探ってたんだが」

「一匹も釣れないのに遊んでた訳じゃじゃなかったのね」

「そもそも本当に一匹もいないからな……反対側の方だと魚の影も見えたから、こっち付近に何かあって、魚すら寄り付いてないみたいだ」

「だ、大丈夫なの? ソレは?」

「お前だって湖で呑気に休んでただろ? 俺らにはそんな害や脅威がある物ではないんじゃないか」

「……まあそうね、寧ろこの湖は気分良かったのだし。それで、何か見つけたの?」

「ん、んー……まあおそらく何かある場所は見つけたんだが」

「……えっまずいの?」

「魔力で探知してるだけだから正体が全然はっきりしないが、かなり力のある何かだし、魔物が避けて通るようなものと考えると、まあ、襲ってくる何かって事は十分にあるな。けど、とりあえず手を出さなきゃ問題は無いと思う」

「何だ、そうなのね」


 そのよく分からない強大な何かのおかげで今日まで安全なキャンプが出来た訳だし、このままそっとしておけば何もなく立ち去れるだろう。


「でも正体気にならない?」

「気にならない事もないけど絶対碌なことにならないでしょ? もう目に見えてるわよ?」

「ぶっちゃけ奥で何も見つからなかったら釣りあげようかなと」

「触らぬ神にって言うわよね!?」

「だが何となく重大イベントの予感がするぞ? ここは世界を救う勇者としてしっかり調査をすべきじゃないかな!」

「都合のいい時だけ勇者面しないの!? 本当に関係あるのそれ!?」

「ふふ……信用ねぇ――! 仕方ないので少しだけ真面目に言うと、スフィア取りにあんな無茶した俺がこの場所の調査……だけではないとは言え、調査に二週間も費やしているという事実を考えてほしい」

「…………え? ガチなの?」

「そのすっげぇキョトンとした顔やめてもらえませんか!?」


 人の胴の上で『え……マジかよ……』みたいな目でこっちを見るな。位置的に滅茶苦茶見下ろされてるんだぞ。視線が痛いんだぞ!


「とは言っても、何か大事なものが潜んでそうって気がしてるだけで、根拠は薄いな」

「どれくらい当てになるのよ……」

「魔王倒した人間並みの感覚?」

「う、ううん……!?」

「ただ森へ与えてる影響の大きさ的に、称号がもらえる程の事件は潜んでると思うんだ」

「それは……結構すごいのよね?」

「ああ、結構ほんとにすごい。だから出来るなら正体を確かめようと思ったんだが、ほぼ一般幼女のロディもいるし、俺もスフィア頼りだからな。対処できないほどの厄ネタの可能性も十分高いし、とりあえずは様子見でほっとこうと思っていた」

「……いた?」


 ハヅキは耳聡く過去形で話したその部分に引っ掛かりを覚えた様子。うん、そう、思ってたんだけどね?


「ロディの奴、思ったよりもマジで成長したし……ここで装備さえ何かあればこの調査も無事に熟せるんじゃないかと思ってな」

「途中から何だかんだノリノリで教育してると思ったらそういうつもりだったの!?」

「ここの中身が仮に強力なモンスターだったら、ははは見事こいつとの戦闘に勝利して見せよそれが卒業試験だー! とかやってみようかなって」

「聞いてた感じそんな軽いノリで対処できる問題じゃないわよねぇ!?」

「最悪だとハニワゴーレム戦並みの激闘が予想されるな……」

「やめましょうよ!?」

「まあ、あくまで最悪なら、だし。運が良きゃただ装備が沈んでるだけだったーって可能性もギリギリ残されている……! 戦闘が起きるモノなのかどうかも確認できていないからな」

「起きると見てるわよね?」

「六、七割は戦闘だろうなぁ。好戦的な魔物か、祠みたく何かの防衛機構かトラップか」

「そっとしておきましょうよ!」

「そうは言っても調べざるを得ないこともあるだろう。これが異変解決につながる物だったらどうするんだ……!」

「うっ、まあ、私たちはその為に旅してる訳だけど……ちょっと無謀じゃないの?」

「ちなみに何でこの話を今してるかって言うと、ロディに聞かれると面倒だからだ」

「……ガイアも無謀なのは分かっている訳ね」


 探ってみた感触から行って、本当に大物が眠っている手ごたえを感じる。

 それだけに調べたくはあるが――時期尚早の気もしている。

 スフィアの時も大分無茶をしたが、あの時は一週目の知識でどれくらいの無茶かは一応分かっていた。今回は全くの初見の上、湖の中身を推測できるような情報も持っていない。

 流石の俺でも回避する選択肢を取り除くような状況ではないのだ。

 ……が、ロディに知られるととても面倒である。あいつはその辺の危機管理よりも知識欲が優先される事がとーっても多い。

 興味で目の前が見えなくなったり駄々をこねたりは勿論、俺との動向を避けれた場合、自分一人で勝手に調査しに来ないとも限らない。

 結果、ここで挑まざるを得なくなる、なんて事も十分有る。


「でも気になるんだよなぁ……そこは俺も変わらないんだよなぁ……!」

「そこまで言うなら相応のものなんでしょうけど……まだ触らない方がいいって思ってるんでしょ?」

「ミョルディアなり森に詳しそうな奴探すなり、情報を仕入れてからじゃないとそもそも無駄足になる可能性もあるしな……水底で何かが封印されてて鍵が必要とか、そういう系統のイベントだったり」

「尚の事諦めなさいよ……」

「だがそうそうこんな森の中にまで来る機会も無いわけだし……」

「いやだからって……」

「そうだけどさ……」


 そこからは建設的な話も無く、疲労もあって頭も回らずぐだぐだした言い合いが続いて、気が付けば二人で寝落ちしていた。

 ただハヅキとのやり取りを楽しんだだけの夜だった。




 そして早朝、日の出頃。

 早すぎる就寝と疲労故のぐっすりとした睡眠により、早く起きた俺達。

 まずは体をほぐして、疲れた分ご飯をいっぱい食べて、さあ今日はどうしよう、あのトレントぶっ倒そうか――そんな時だった。


 予想だにしていない問題が、向こうから押し寄せてきたのは。


「――――む……?」


 ほんのりとした警戒が胸を騒がせる。虫の知らせか、〈幼女の守り手〉か、何か嫌な予感がした。

 とりあえず、今のところは何も起きていないし何も見えない。だが、兎にも角にも嫌な予感が絶えない。

 念のためにと装備を整えて用心して、辺りをうかがい続け――


「何か……来るな。向こう、北の方から。ハヅキ、ロディ用心しろ」

「え、ええ」

「どうしたの? 魔物?」


 鳥の飛び立つ音、茂みを掻き分ける気配、遠いが、何かが来る気配だ。

 ロディにも装備の用意をしっかりさせ、鞄も荷物を整理して旅立てる様にして背負っておく。

 何かはまだ分からないが、ミョルディアの方、俺達が来た方向から何かが迫っている。場合によっては即座に立ち去れるよう完璧に準備する。

 だが、何が……いや、魔物も動物もこの湖にはそうそう近寄らないのは昨日も話した事だ。なら、近づいているのは、誰が……?


 何か魔剣錬成で対策を取るべきか、隠れるか、いやさっさと逃げるべきだろうか。

 様々な考えがよぎったが気配は既に近く、迷う暇にそいつらは視界に収まる所まで来ていた。

 湖の周り、開けた視界の奥から、茂みの揺れが目で見える。

 そして聞こえる鎧の擦れる音。


「……騎士の追手……!」


 正体をようやく悟った時、森の緑から金属の白が現れた。

 白銀の鎧に身を包んだ騎士達――


「なッ……ァ!?」


 そして、その騎士達に追従する一人のシスターの姿が。


「やっと見つけました、王国に仇なす者――」

「見つけましたよ! 怖れをばらまき女の子を攫う不届き者、悪逆非道の権化よ――! 神に背いたその悪行、裁きの時です――!」


 一歩前へ出た騎士団の隊長の声と、それを遮り飛び出した強烈な怒りを持った断罪の声。

 現れたのは、アーディア王国第三騎士隊、そして。

 第三騎士隊隊長――ノルグリット。

 教会一の癒し手――ソアラルーシュ。


 かつてのパーティーメンバーが、俺を裁きに現れた。

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