洞窟リザルト
「おおぅ……これはまた」
「わぁ……きれいね」
「ふあぁ……魔石? これ全部……?」
熊を倒してからそう遠くない場所で洞窟の終点についた。
そこには水が流れていた。どこから流れているかは分からないが、この森には地下水脈があるようで洞窟の隙間から隙間へ、小さな川となってどこかへと流れていくようだ。
そしてその水へと木の根が伸びている。ここから直接水を吸っているのだろうか、だが何よりも特筆すべき点はその根から結晶が生えている事だろう。
洞窟の壁面を伝うその根の隙間や川に触れている面、そこに大量の魔石が輝いていたのだ。
一つ一つは小さなものだが、数がとにかく多い。それ自体が淡く発光していて、水面に反射し、薄明りに照らされる光景は幻想的でとても美しかった。
……その光景に一番感動しそうな少女は、美しさよりも魔石が一杯という点に感動しているようだが。
「これはびっくりだな……どういう現象だ」
「木の根についているって言うよりは、木の根から魔石が生えているね……! 初めて見た……!」
「木が魔石を生み出すっていうのは聞いたことがあるし見たこともあるが、何か? 知らなかっただけでああいうでっかい木の根はこうなっていたんだろうか」
「普通木の幹とかに埋め込まれてるみたいに見つかるんだよね?」
「そうそう」
ロディと二人、興味深くその光景を観察する。
「んー、んー……わっかんない、けど、あれかな? ここの水、この木には魔力が多すぎるのかな?」
「ほう、なるほど。吸い上げた水に含まれてる過剰な魔力を排出した結果、ここに魔石として生み出されたと? 呼吸するように、ここで水を吸い上げ魔力は出す。その結果、根で圧縮された魔力がこうして魔石となって張り付いている……説得力があるな。あの熊も、妙に進化した個体だと思ったが……ここの水で生活してたからか?」
「あの、二人とも? この光景見て研究以外に思うことは無いの?」
「それはそれ、これはこれ、だ。ハヅキ。美しい景色であると同時に宝の山だぞ」
「興味の山でもあるんだよハヅキ!」
「あー、うん、好きにしなさい……」
言われた通り好きにする。
魔石に近づき、試しに一つ採ってみる。思ったよりも簡単にぽろっと取れ、小石サイズの魔石が手に収まった。
そのまま、サンの腕輪に食わせてみた。
「お、思った通り魔石を吸収自体は出来る……加護には影響しないんだろうが。魔力の補充は出来てるのかな……」
「わぁ、本当に消えた。どういう仕組みになってるのかなぁ……!」
「神の仕業だからな、まるでさっぱりだ。バラそうにも腕から取れんしな」
「……いつかー、外してー、みせる……!」
「変なとこで気合出さなくていい……!?」
ともあれ、効果はまだ疑問だが、魔石の吸収機能も問題なく働くようなので、取れるだけ魔石を取り、持ちきれない魔石は全て吸収して、洞窟を後にした。
拠点である湖に戻った頃には日もしっかり沈んだ夜になっていた。
「色々と収穫はあったが……はぐはぐ……ロディの装備に出来そうなものは見つけられなかったな」
「むぐむぐ……熊さんの家だっただけだもんね……もぐもぐ」
収穫のその一つ、熊の肉を食べながら俺たちは今日を振り返る。
「まあ、おそらく魔物しかいないんじゃとは思っていたから予想通りの結果ではある……熊の強さは予想を少し超えたが。初めて魔物と戦ってみてどうだった、ロディ?」
「うーん……夢中だったから……怖かったような、ワクワクしたような……あ、でも、私が、魔法で魔物と戦えたんだよね……!」
「いや、正直本当に倒すとは……あの熊、毛皮も硬かったし、今のロディじゃダメージは通せても倒せないくらいだと思ったんだがな」
「せんせーが魔法の使い方教えてくれたからだよ! えへへ……やっぱりガイアさんについてきてよかった!」
その先生、そんなズルっこい戦い方は教えた覚えはないんですけどね。
「ていうかロディちゃん……良くあの後でお肉もりもり食べるわね……」
「え?」
「いや、その、何でもないならいいのよ」
ハヅキは朗らかに熊を倒した事を話すロディに驚いているようだ。
まあ、顔面グロでうろたえていたからな。その肉を平然と食べれるのはメンタル強いよな。
「あまりにも顔面グッチャが衝撃的だったからダウンしたが、日本よりは狩りや肉の解体が身近だからな、この世界の人は基本そういう耐性があるというか、常識としてそこまで気にすることじゃないってのが染みついてるもので……肉は肉、って割り切りが強いというか」
「あ、そういう感じなんだ……」
「はぐはぐ…………?」
元気に肉をほおばるロディ。うん、いっぱい食べて大きく育ちなさい。
「まあ、ともあれ。魔法でどれくらい戦えるか、戦闘でどれだけ消耗するか……魔法で戦い続ける事の大変さは理解できただろ。あの熊一匹だけだったから何とかなったが、あれが十匹くらいで襲ってきたらひとたまりもあるまい」
「それはそうでしょ……え? ガイアさんの要求ってそんなの……?」
「そんなの。現実として、これからそうなる予定もあるからな」
「……へ?」
「結局、あの洞窟の最深部、熊の生活空間らしき場所には魔石しか発見できなかったからな。ああいう巣は、偶に魔物がアイテム貯めこんでたりするんだが、それもなかったし。となると、装備を求めて、次なる場所へ捜索に出る必要がある訳だ」
「つぎっ、他にも洞窟が?」
「いや、次に狙うのはこの森の中心部分。メムルーナの森深層、と言ったところか」
肉を片手に、もう片方の手で棒を持ち、また地面に線を走らせていく。今度は字ではなく図形だが。
「山の頂上のように、森にも一番深いところ、終点みたいな場所がある、らしい。この森の最深部ともなれば……きっと何かあるだろ」
「なるほどー……ならなんで最初にそこ行かなかったの?」
「色々あるけど……一番は場所が分からないからかな」
「知らないの?」
「俺もこの森探索するの初めてだからな? まあ大体は見当付けたけど……っと」
そこで書いていたものが出来上がる。簡略的なこの周辺の地図である。
ミョルディアから下へ、くのに大きく伸びた街道、その間に挟まるように広がるメムルーナの森。
「俺たちが今いるのがこの辺り……大体ミョルディアとエルド・エルディアの真ん中、やや東くらいか。で、こういうのは基本、人里離れた方向に深くなってくからこれより東の方」
ガリガリと、東の一部を丸で囲う。
「それと歩いたみた感じも併せて、この辺だと思われる」
「……結構広くない? 候補?」
「まあ多分この中心くらい、に、あると思う、のだけど……まあ、結構探し回ることになりそうだ」
正直なところ、未体験の事が多いので、断言できる事があまりないのだ。
「更に奥となると、この熊みたいな魔物がまだまだ潜んでいる可能性もあるし、大変な探索が予想される。だから、一回ロディに自分の実力を把握してもらおうと、簡単そうな洞窟に行ってきたんだ」
「本当に熊さん十匹に襲われるかもしれないんだね……」
「念のため聞いておくが、ロディが行きたくないならやめるぞ。危ないし。あくまで、お前の魔法勉強を全力で手伝う一環としての探索だからな」
「もちろん行くよ! 合格の為にもそうだけど、この森の最深部とか気になるし!」
「知ってた」
「今回の洞窟探検で改めて分かったからね! ガイアさんについていけば絶対面白いものが見れるし、知りたい事が山ほど知れるって! 何としてでもガイアさん納得させるからね!!」
闘志に燃えるロディ。瞳はキラキラを超え、激しくメラメラしてる。やはり火属性だこの子。
「はぁ……じゃ、しょうがない。深部へ探索……の前に、お前に習得してもらわなきゃいけない魔法があるので、これから一週間程はまず練習の続きだ」
「え、そうなの? ……熊さん十匹じゃ死ぬから?」
「熊さん十匹じゃ死ぬから、だ。今度は庇いきれない状況に陥る可能性もあるからな。防御、回避の魔法と、今の体力でそれがどれだけ使えて、何が出来るか。深部へはそれがみっちり理解できてからだな」
「うん、分かりましたせんせー! ……でもそろそろ期限大丈夫……は、遅らせて失敗させるのが狙い……!?」
「どっちにしろそれは習得できないお前の問題だから知った事ではない……! が、ちゃんと真剣にやっているとも。それでも博打付きでギリギリなだけだ。半月の約束だったから、十五日間、今から一週間後で更に探索の期間も考えると、それでぴったりくらいだな。ここで習得が遅れたらもう厳しいな」
「むぅ……望むところだから……!」
「ふっ、やる気たっぷりで何よりだ。という訳で、まずは……」
「まずは!」
「寝ようか」
「ええー!」
改めて言うが、もう真っ暗である。空を見上げれば木々の隙間に星の瞬くTHE・夜。帰ってきた段階でそれであり、肉食って話してだ、もういい時間である。むしろこいつは眠くないのか? これが子供のパワーか?
「今日もう体力尽きてるだろ俺もお前も。特に最後の肉を運ぶのに疲れた」
「まだ全然いけるからー! それにガイアさんお肉はスフィアちゃんでソリ作って余裕そうだったでしょー!?」
「ソリ引くのも結構体力要るんだぞ! あとそもそもソリ作るのに魔力食うんだからな!? 洞窟に行って疲れてるだろ? 今日はもう寝ようぜ」
「急に声のトーン変えてどうしたの!?」
「こう言えば、相手は何も夜行動が許されずただ寝るしかなくなる最強の妨害呪文なのさ……!」
「そ、そんな魔法が……!?」
「無いわよ。騙されないの」
「あの猫のせいで……キーピックが足りなかったりDVDが見れなかったり散々なんだ……!」
「猫……?」
「ロディちゃん。今度こそ本当に知らなくていい時間の無駄よ。アホなこと言ってはぐらかしてるだけよ」
「ハヅキ、余計な事をバラすんじゃない」
「せんせー勉強せんせーせんせーせんせ-!」
「ああもうっしょうがない。明日からの練習について軽く話すくらいだぞ」
「わーい!」
とりあえず寝る準備としてスフィアで寝床を作る。どうせ寝て体力は回復するので好きなだけMPを消費して小さな小屋サイズに広げる。
あとは中で、寝付くまでのお話しタイムだ。
「明日からは風魔法を中心に習得することになる。リストを覚えてれば分かると思うが、防御や回避に一番便利なのが風魔法で、とにかく風魔法が入ってただろう。緊急回避用の魔法とかは複合属性で難易度が高くなるし、一つの属性をまず完璧に使えるくらいじゃないとな。それと風は火属性ととても相性が良くて、それが如実に表れてるのが『ジェット・ステラ』って魔法でな……」
授業開始十日目。
「すぅ……むむむ……」
ロディはいつになく集中をしている。それは、二つの属性を合わせる高難度の魔法、更に暴発の危険もある制御の難しい魔法を使おうとしているからだ。
俺はその光景を――釣り糸を垂らしながら眺めていた。
「……ねぇ、もっと傍でちゃんと見てあげてなくていいの?」
その指導するやる気の無さにハヅキが呆れ口調で問いかけてきた。
「この距離でも、何か起きても対処は間に合う。もし、この場で間に合わないなら未来予知じみた直感で先んじて動き出す。なら、後は信じてここで見守っていた方が集中の妨げにもならない。そして何より……俺は今、重要任務を遂行中だ」
「……そう言ってここ数日ずっとそうやってるけど、何も釣れないじゃないの?」
「……この湖魚いねぇんじゃねぇのかな……!」
「そう思うなら尚の事やめなさいよ……」
そうは言われても、俺は、釣れないことも含めて、この作業をやめる訳にはいかないのである。
等と、ハヅキと話していたその時、
「――ジェット・ステラ!」
ロディの叫び声と共に、〈幼女の守り手〉が反応を示した。
直感のままに、俺は歩き出す。
一方のロディアは、魔法を正しく発動させ、空を舞っていた。
『ジェット・ステラ』――火と風を合わせたジェット噴射で吹っ飛ぶ魔法。
流星のように空を駆け、一目散に離脱する緊急脱出魔法――
一歩間違えばうっかり爆発させてしまい、自爆になりかねない危険な魔法でもあるのだが、ロディは見事にこの魔法を制御し、上空へと跳躍に成功していた。
……が、そこで〈幼女の守り手〉が反応したという事はだ。
「やったっ! 飛べ……たぁぁぁぁひやぁぁぁあああああああああ!?」
着地の事を忘れ、上空からただ落ちるのみとなったロディの叫びが木霊する。
その結果が分かるより早く、俺は先に落下地点にまで移動を完了していた。
「――水流舞、清流――!」
水を操る『水流舞』、そして、水の流れで攻撃を受け流し無力化する『清流』の応用。
湖から巻き上げた水でロディを掬い上げ、流れる水がその勢いを横へと逸らし、緩やかにウォータースライダーを滑るように、ロディを俺の元まで降りてこさせる。
そしてしっかりとキャッチ。
「も、漏らすかと思った…………」
「うん頑張った、超頑張った。よく耐えたな……魔法の発動も含めて本当に頑張ったよ……もう大丈夫か?」
「う、うん……はあ、びっくりした……飛ぶって事の想像が足りなかったよ……」
「俺もその辺もっと注意しておくんだったな……済まない、完全な先生のミスだ。風魔法での減速が出来ないほどの精神状態というのを考えてなかった……魔力の方はどうだ? 動けるか?」
「うん、かなり怠いけど、まだ歩けるかな」
「とりあえず成功を喜んで休憩にしよう、ハーブティーでも用意してくるよ」
「う、うん、ありがとう。あ、ちょ、ちょっとお花詰んでくるね」
とたとたと駆けてくロディを見送り、焚火の方へと移動する。
乾燥させた薬草やハーブを調合して、お茶の用意をしながら、ぼんやり考える。
駆け出せるくらいの体力もある、か……十日で魔力制御も滅茶苦茶上手くなってるよな……そして結構ギリギリだったのな……いや、アウトになるんだったら、そんな幼女の危機、発生する前に魔法止めるなり対処するが。
……『ジェットステラ』も成功、かぁ……ふふ、もう習得面の不合格は諦めた方がいいな……途中から分かってたけど……!
深部への探索はもう決まった様なもの、改めて作戦と日程を調整しないと……
ロディを落ち着かせるために用意したハーブティーだったが、まずは自分の心を落ち着けるために先にいただくのであった。うまい。
本当におもらししそうなら、幼女の尊厳を守るため全力でその未来を阻止する〈幼女の守り手〉パイセン。飛ぶと何をしても漏らしてしまうけど魔法習得のために飛ぶしかない、という避けられない場合でも、どこからともなく事前におむつが用意される。
それが〈幼女の守り手〉パイセンの力――!




