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探検、なんか胡散臭い洞窟

 暗い洞窟を松明の明かりを頼りに進んでいく。

 高さのある大きい洞窟故に閉塞感は感じなく、明かりは周りを良く照らしてくれる。

 やや下り坂気味な道を進む。地面の下にもぐっていくようで、木の根が絡まる岩の壁が印象的だ。


「こういう時には光魔法があると優秀な明かりになるんだ。ライトっていう光の玉を出す魔法が明かりにベストな魔法だった。ロディなら炎で代用できるしそっちの方が出しやすいだろうから忘れてたが。でも、どっちにしろ今のMPじゃ維持するので力尽きそうだな」

「そんな魔法も。光魔法ってあまり聞いてなかったね」


 思ったよりも洞窟は奥に続いており、そして思ったよりも何も起きなく、ロディに魔法の話をしながら進める程度には平和な探検だった。

 そのロディは話も聞きつつ、洞窟の様子も興味津々といった様子であちこち眺めている。

 ……こいつはこんな面白みのなさそうな壁も楽し気に調査する奴だったな。

 とは言え俺も、面白いかは置いておいて、壁の様子には注意を払ってはいた。


「ロディ、あそこの壁、分かるか?」

「あそこ? んー……あ、少し何か、こすれたような感じ、かな」

「ああ。多分あの辺とか、掘って広げたんじゃないかって感じの個所が少し見られる。と言う事は?」

「誰かが掘った……広げた、感じ、それにこれは道具とかじゃなくて、爪? つまり、モンスターが巣にしてるっ」

「その通り、爪と分かるのは流石だな。もうがっつり住処にしてる感じだなこれ。何匹かは分らんが間違いなく大型の獣が潜んでるな」

「モンスター……」


 そう呟くロディの表情を窺えば、初めての戦闘への緊張、恐怖が三割ほどに、初めてのモンスターを観察できる機会へのワクワクが七割と言ったところ。


「ロディだものな……余計な心配だった」

「? 何が?」

「いいや。それよりロディ、こういう閉鎖空間では炎魔法っていうのは結構扱い難いものでな、出来るなら土魔法で戦ってみろ」

「えっ、まだ使った事も習ってもいないよ?」

「森も土属性は強いが、洞窟は更に強いからな。ここの方が土魔法の感覚掴めるんじゃないかとな」


 それに追い詰められる環境にいる方が人間力が発揮されるものだしな。俺たちが何度土壇場で新魔法、新技を編み出して切り抜けた事か。


「それと『千里眼』を覚えるいい機会だ。この魔法の概要は説明してあるな」

「むぅ……聞いたけど、考えるな、感じろって説明なの……?」


 『千里眼』はその名に反し、遠くを見る魔法ではなく、遠くを感じ取る魔法だ。

 空気、大地、湿気、乾気、光、闇、自らが精霊たちから感じ取れる全てを使い、目の届かない周辺の情報をも感知するという効果で、俺なら土から地形や、歩く敵の衝撃などを察知できる魔法となる。

 多様な属性適性のあるロディが極めたそれは、正に千里眼と言うべき性能を発揮していたものだ。


「んー……むむ……むぅー……?」


 尤も、今のロディでは目の見える範囲も感じ取れないようだが。

 こんな探索中に無理して覚える必要も無いと言えばないが……試験の期間を考えればこの辺で覚えてくれると、大分合格が近くなる。

 だからまあ、覚えてくれなくてもいいのだが。


「まずはロディ、俺の持つ松明の炎に意識を集中しろ」

「はい!」


 全力で教えるとの約束を守る以上、ここで覚えさせるくらいじゃないと約束違反だからなぁ。


「炎なら感じ取れるだろう? その炎が照らす光、発する熱、温まった空気、地面や壁と、徐々に意識を周りに広げていく」

「む、むむむ……」

「炎から感じられる情報でも洞窟の様子は分かるはずだ。そこまで感じれたら、その壁や地面からも同じように魔力を探り取る。まあいきなりは難しいだろう、洞窟にいる間に出来るように頑張れ」

「むー……むむ? 何か洞窟の中がさっきより良く見えるような?」

「……はい優秀。炎の属性だけでも感じ取れるようになった成果だろう。感じ取った情報を、脳が見えてるものと思い、視界にも影響が出たんだ」

「ほぁー…………あの、ガイアさん……?」

「ああ、土属性に慣れるのは無理でも『千里眼』は間に合ったようで何より。見えたな? 来るぞ」


 洞窟である以上、俺にはとっくに感じ取れていた敵の気配。不慣れなロディでさえも感じ取れるという事は、もう目の前と言う事であり。


「グゥルルルルルルルゥゥゥゥ…………」


 不機嫌そうな、威嚇が洞窟に響く。


「熊!? 熊よガイア!?」

「熊……予想はしてたが熊だねハヅキ……」

「くまさん……! メムルーナにいる熊のモンスターと言えばルーナグリーズ……深く魔力を吸って強靭な腕を持ち、魔法も使えると言われている……」

「ロディ、ロディ、敵の前、敵の前!」


 現れたのは、二足で立ち、洞窟の高さ一杯もあるおっきな熊さん……ロディ曰く、ルーナグリーズだ。

 メムルーナの森と縁のなかった俺は初見のモンスター。知っているのは今聞いた解説のみ。まあ、似たような魔物なら戦ったこともあるから、大体の事は分かるが……魔法が使える種族か。それだけは厄介だ。


「ロディ! 話は覚えてるな!」

「はっ。う、うん、私が倒す……倒せるの!?」

「それを知るのが目的だ。倒す算段は全部任せた……来るぞ!」


 俺は松明をロディに預けた後、スフィアを抜き、切り殺さないようにバット状に魔剣を錬成し、前に出る。

 これは、ロディに実戦を経験させ、今の状態でどれだけ戦えるのかを感じてもらう為のルール。

 俺はこの洞窟内で決して攻撃を行わず、盾役に徹してロディを守る。

 敵を倒すのは全部、ロディが担当すること。


「いや、いきなりこんなのと戦わせるのはひどくない!?」

「大丈夫だ。その程度の覚悟ならスッキリ置いていける」


 そしてハヅキ。そんな温い奴なら、俺は今こんなに苦労してない――! あと危険だから隠れててね!?


「グウルァ!!」

「ふッ!!」


 ルーナグリーズの振るった腕に、攻撃を合わせ相殺する。

 俺にあるのは超常の攻撃力のみ。攻撃を防ぐ手立ては無いに等しく、一撃食らえば即死が待ってる。

 故に、対抗する方法は一つ。

 相手の攻撃に、同等の攻撃を合わせ続ける――!


 ドガン、ゴォン、鳴り響く打ち合いはとても生き物が出していい音ではなく、重機を動かすような轟音が連続する。

 強靭な腕と言うだけはある……! 肥大化し、明らかにアンバランスな巨腕から放たれる攻撃は圧巻の一言。本気のスフィアの攻撃力には比べるべくもないが、逆にスフィアでもなければ、この腕力と打ち合えなど出来ないだろう。

 しかし、この熊も攻撃に特化しているのだろう。攻撃以外の動作は緩慢で、速さというものは感じられない。一発一発をしっかり合わせるだけの余裕はしっかりあった。

 後はこれをどれだけ続けられるか――


「ほぁぁ……! あれがルーナグリーズの剛腕……! 魔力を吸って育ったっていう情報だけど魔力で腕があんなに大きく育つものなんだ。魔物は体の一部が魔力で構成されていくっていうのはそういう事なのかな。魔力であんなになるっていう事は魔法でも応用が出来るのかなぁ……! 硬さも十分ありそう、はっ、魔力の結晶が魔石……魔力には硬度が……いやないよね。でも集まると……」

「ロディさぁん!? 研究も大事だけど倒す研究して!?」


 ――ほら見ろ!? こんな普通ビビりまくって動けなくなる大熊を前にしてこの態度!! 初モンスターこれでいいのかなとか考える方が馬鹿らしくなるだろう!

 最初の緊張や恐怖はどこへやら。すっかり目を輝かせ観察モードに入り、目的を忘れて楽しんでいる様子である。

 ――その様子に気を取られた。打ち合っていたルーナグリーズの様子が変わる。

 打ち合いでは埒が明かないその事に、奴も気づいていたようで。

 魔力が練られる気配……これはッ。


「ロディ! 引くぞ!」

「……! え? ふぇ!?」


 〈幼女の守り手〉が叫んだ。この攻撃は、ロディも巻き込む……!

 バックステップで飛びのき、全速力でロディを抱える。


「ガアァルァアアアアア!!!!」


 ルーナグリーズが咆哮と共に両腕を地面に叩きつける。そこから、地面が沸き立つ。

 次の瞬間、衝撃を中心に地面が盛り上がる。

 ルーナグリーズが使用した土魔法。洞窟の全域に広がっていく杭の大波。

 突き上がり、天井まで貫く岩の杭。波のように広がる杭の生成が、今、俺たちの足元まで迫る。


「スフィア――!」


 そのタイミングで、盛り上がり始めた地面に、鉄球のように先端を変化させたスフィアをカウンターで叩き込む――!


 ドゥン!!!


 更に、魔力を流し込み、この地面一帯を支配する。

 これで、とりあえずはこの地面で魔法は襲ってこない筈。

 魔法を使うって言っても、この規模を行使するか……こいつ実はかなりの大物なんじゃ!?


「ふぅ――――大丈夫だな? ロディ」

「――――――――」

「……ロディ? お、おい、大丈夫か?」

「――――は。はい、いける、大丈夫。バッチリです」

「お、おう。そうか。良かった」

「だからガイアさん、もう一回さっきの状態になってください」

「――? 打ち合ってればいいのか?」

「はいっ、お願いします」


 抱え込んだロディの無事を確かめたんだが……何か様子がおかしい。

 命の危険に流石に驚いたかとも思ったが……そんな様子ではないな。いや、いい。何か考え付いたようだし、その要求にこたえるのが今することだな。


 何より、考えている場合ではないと、何かが警鐘を鳴らした。

 魔法を撃ち終わり、ルーナグリーズの放った土の杭が崩れていく。その向こうから突撃してくる四足歩行の影――!?


「ちょおッ!?」

「ギルァァァッァアアアアアア!!!」


 慌ててハンマー状態のスフィアを振りぬく。飛び掛かってくる両の腕を一振りで凌ぎ、立ち位置を変えながら受け流し急いでロディを降ろす。

 あの熊ッ、魔法を隠れ蓑に力を溜めてやがった……! もう一歩で死ぬところだったぞ!?

 大魔法すらも囮として使う、必殺の不意打ちに冷や汗が止まらなかった。

 この緊急回避もひとえに〈幼女の守り手〉のおかげであった。ロディを抱えていたことにより、不意打ちを体が認識するより早く察知、その対処も、ロディを無事に守り切る方法を危険の感知から導き出し、流れるように体を動かした。

 おかげで何とか体勢を立て直し、更に、敵はこちらの間合いに入ってくれている。


「ふっ、っらぁ!!」

「ゴァアアアアア!!!」


 スフィアをバットに直し、ロディの要求通り打ち合いの硬直へと持ち込むことに成功する。

 これで、後はロディが何を企んでいるか……!


「……土……どこにでもある……どこまでも広がる……私を支える……土……大地……」


 かすかな呟きが聞こえる。それは精神を研ぎ澄ます、自己暗示の言葉。呪文。

 ロディのソレは、両手を組み、世界に祈る願いの言葉。


「応えて……穿って……力強い大地よ……っ」


 その言葉に従い、ロディの土魔法が発動した。

 それは俺と打ち合いを続けるルーナグリーズの、その足元に。

 突然盛り上がった土が、ルーナグリーズの足を持ち上げ、払ったのだ。


「グガァ!!?」


 俺との打ち合いに集中していたルーナグリーズはこれを回避できず、後ろに頭から倒れこむ。

 そこに本命の一撃が叩き込まれる。


「グレイブ!」

「コッ……!? ギ、ァ」


 地面へと向かうその後頭部に、鋭いトゲが持ち上がる。

 地面からトゲで攻撃する土魔法、グレイブだ。


「うわぁ……」

「ひっ……」


 俺はスフィアを降ろす。ハヅキは悲鳴を上げる。勝負はついた。

 後頭部から頭部を貫かれ、ルーナグリーズは息絶えていた。


「……やったっ、やりましたよせんせー!」

「火力が足りないと踏んでの、こかして重力で地面に突き刺す……恐ろしい子……!」


 慣れない属性を使い、息を切らせながらも喜ぶロディ。とたとたとやってきて戦果を確認する。


「……うっ。ぅぇえ……」

「あっ、こら、見ちゃいけない、レーティング違反だぞ……!」


 殺傷への躊躇いは一切無さそうだったが、だからと言ってグロへの体制は全くないロディは、顔面グッチャの熊の最後に、口を押えてうずくまった。


「ぐ、グロイことに……」

「いやお前の仕業だからな……一旦外出るか?」

「う、ううん……だ、だいじょう、ぶ……ちょっとビックリしただけ……」

「狩りとかあんまり見せないようにしてたし、急にこれじゃまあ気分も悪くなるよな……」

「ふーっ、ふーっ……う、ん。落ち着いてきた」

「そうか? 無理はするなよ……それはそれとして、あのグレイブは見事だった。土魔法を使えたことそのものもだが、発想がひどい」

「えへへー……あの熊さんが魔法使って、ガイアさんが打ち砕いたとき、魔力みたいのがぶあぁっって感じて、それで土属性も何となく分かるようになったの」


 ……あの時のぽかんとした顔はそういう事か。急な魔力に充てられてビックリしていたのか。


「発想についてはガイアさんが教えてくれたんでしょ?」

「……え?」

「ほら、昔話せがんだ時に、こうやって倒したんだーって」

「あー、あー……」


 そういえば寝る前とかに、魔法以外の話として色んな冒険も話したような……え? それいきなり実践したの?


「通りで……ガイアみたいな汚い技だと思ったわ」

「汚い言うなよ!? 立派な戦術だろ!?」

「流石ー、マスタぁー、私がー、操るよりー、ひどい事出来そうー」

「おいお前こんな時だけ話に加わって肯定するんじゃない……!?」

「何を言うんです! 私は感心してます!」

「教育によろしく無さそうで喜べないから……! さて、立てるか、ロディ?」

「あ、うん……っとと……?」


 立ち上がったと同時によろけるロディ。横に控えていた俺はその体を支える。


「慣れない魔法だから余計に魔力を食ったんだろう。攻撃は一回でも、魔法は三回も撃った訳だしな。ふむ……どうするかな」

「私なら、まだ、大丈夫だよ……!」

「いやもう戦闘も出来そうにないだろ。けど、ある程度は余裕ありそうだし……この奥だけ確かめてから帰るとするか。多分この先はそう深くない……気がするし」

「大丈夫なの? この熊がこの先にもっといたら……」

「その時は本気でスフィア振るえば、大体は何とかなる、筈だ」

「そう? ……大丈夫なのね?」

「やばそうだったら途中で引き返すさ。ロディが危険な目に合うようなら、感覚で分かるし」

「……流石ね、ロリコン」

「ふっ、何度言えば違うって分かるのかね……!」

「ろりこん?」

「お前が知らなくていい知識というのも世の中には沢山あるんだ分かったら復唱、余計な深入りは身を滅ぼす、はいっ」

「余計でも深入りして突っ込め!」

「やめろよお前ほんとそういうとこ!?」


 騒がしい声が洞窟に反響する。

 ここまで騒いで何も起きないという事は、熊はあの一体だけとみて良さそうだなと、やや気を楽にする。

 熊肉の血抜き処理だけ軽く済まし、俺たちは洞窟最深部へと歩き出した。

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