メムルーナ 昼
ロディへ当面の修行プランと必要魔法のリストを送り付けた俺は一人、森へ入っていた。ハヅキもいない、二周目で初めてのソロ行動である。
「ふふーんー、ちょっと魔力吸ったからってー、動物なんてー、相手にもーならないー」
……すっぱり切り伏せた鹿に向かって勝ち誇るこいつを人数にカウントしなければ、であるが。
何故ハヅキまで置いて一人で動いているか、と言えば色々と理由はある。一つはフットワークの軽さだ。
妖精という身で、小さく邪魔にもなりにくいハヅキだが、やはりこの鬱蒼と茂る森の中では、ほんの少しでも身軽に動きたいという気持ちがあった。これが重要な探索などが絡むのなら無理してでも連れていくが、今は食糧集めが主目的だ。湖のそばでリラックスできると言っていたし、せっかくだからゆっくり休んでもらおうとなった。一緒に残すロディの様子を軽くでいいので見ておいてくれと頼んだので、彼女次第で、もしかしたら休むどころではない事態が起こるかもしれないが……
まあ最悪、何か危険があればスキル『保護者の眼差し』が反応してくれるだろう。獣、魔物に襲われても即座に駆け付ければ間に合うという自信があってこそ、単独行動を決意した所がある。あとは……その反応がロディの暴走なんて理由で起こらない事を祈るのみだ。
「……そういや、どうでもいいことだがロディは『保護者の眼差し』でがっつり反応するんだったな……」
先程切り飛ばした鹿肉を解体していた手が止まり、呟きが零れた。
こないだロディは少女であって幼女じゃないだとか、だからロリコンじゃないとか、ハヅキと話したものだが『保護者の眼差し』さん的には幼女分類で問題ないらしい。幼いの判定誰がどう行っているやら。少なくても、俺のどうでもいい基準は考慮されている様子はなさそうだ。
ちなみに感覚だが、ハヅキも反応対象だ。確かに小さいと言えば小さいが妖精としてのサイズ的な小さいであって幼いわけでは無いとも思うが。頭身で測れば俺とそう変わらないくらいの年頃に思う。ツッコミのキレも半端ないし。
……いや、でもある意味生まれてからまだ数週間か? 超幼いじゃんハヅキ。そりゃ反応するわ。
「僧侶の奴にはちゃんと反応しなかったんだよなー、まあしっかりはしてたしなあいつ」
あいつは十六くらいだったか。歳の割にはだいぶ世間知らずな面や偏った常識があったようだが……いや、俺もこの世界の常識疎かったからそんなに分からなかったんだが、騎士とかの反応見てるとそんな空気だった。教会の秘蔵っ子だそうだしな。箱入りって奴みたいだったな。
とは言え、自分の面倒は自分で見きれるちゃんとした子でもあった。寧ろ俺が良く世話になった。そういう所か。俺が面倒見てるわけじゃないもんな。保護者とかなりようがない。
……あいつはどうしてるんだろうなぁ。
かつてのパーティーメンバー。今周では仲間にしないことを選んで、その寂しさからなるべくは意識の外に置いていて――そんなことお構いなしに引っ付いてきたロディアのせいで色々台無しになり、こうしていろいろ思い出されてる彼女。
僧侶ソアラルーシュ。
ソアラと呼び、本来なら、召喚された直後にクソヒゲ国王によって旅の共につけられていたはず彼女は、今、俺についてこないこの世界だと何をしているのか――
「マスタぁー? ぼーっとしてー、どうかーしたー?」
「ん? ああ、そのものズバリぼーっとしてた」
解体した肉を葉で包み鞄にしまう。
薬草、香草、果実に薪、そして肉。
入りきらないほどの収穫がそこには詰まっていた。
「まだ昼ちょうど位だよな……いや、豊富すぎるなほんと」
大して探す気がなくても見つかるほどそこかしこに有用な植物が生えているおかげで碌に歩き回らずとも採取が終わった。肉も、少し歩いていれば向こうから襲い掛かってきてくれたので手間要らずだ。
……まあ、スフィアがいるからこその余裕だが。さっきの鹿でも、魔力を吸って育った影響か皮膚とか硬かったり脚力半端なかったりしたし。魔物化一歩手前では? そりゃああんなんうろついてたら誰も入ってきたがらないわ。
「さって、採取はこんなもんだな」
「……んー? マスタぁー? そっちはー、湖の方じゃないけどー? どこ行くのー?」
「少しこの辺見ておきたくてな。ちょっと遠回りしながら帰ろうかと」
今は湖の拠点を中心に凡そ円を描く感じで探索をしていた。このまま進むと湖にぶつかる辺りで半円を描く形になりそうだ。
「だからそこまで見てから帰ろう。もう昼だし、おなか空いたって騒がれないように急ごう」
「おー」
装備の身じゃその辺どうでもいいや、といった感じのおざなりなスフィアの返事を聞きつつ、森を切り開きながら走り出した。
「……赤い火……火。赤い赤い火よ…………来て、火。うん、やっぱりちゃんと唱えたほうが安定する。けど火の一言でも炎は出せる。むしろ出すぎる? なんとなく魔力の感覚は掴めてきた……火力安定? そう言葉に出したほうが魔力が安定してる……心の問題? 想像力……いやでも放出する方法が…………」
…………怖いよこの子――!
拠点に戻り、目に入ったのが手のひらの炎を前にひたすらブツブツとつぶやき続ける少女の姿だった。
もう声が聞き取れるほど真横に立っているのにこちらに気づく様子はなく、たった一つしか教わっていない魔法の知識から、今得れる最大まで掴み取ろうと恐ろしい集中を見せている。
正直その気迫はホラーに近い。
「あー……みずうみ気持ちいー……空きれー……ふふふー」
目を逸らしてみると、湖の上でただ空一点を見つめ、ぷかぷか浮いているハヅキ。
ある意味彼女もまたすごい集中力だ。何にも関わらないよう、全力でリラックスに挑んでいる。
…………
「とりあえず……昼ごはんにしようか……」
周りには触れずに、そっとご飯支度を始める事にした。
火打石で昨日の焚火跡で火をつけ直し、その辺の木の枝を切り落とし、成型して串にして適当に肉を刺す。それを焚火の周りに並べる。
鞄からスパイスを取り出し、並べた串に振りかける。このスパイスは胡椒のような辛みのあるスパイスに、風味付けのスパイスが2種類ほど混ざられているもので、アーディア王国では広く使われている調味料だ。これだけではやや味気ないものだが……いや、日本人の感覚で味気ないだけでこの世界じゃこれでも十分な味付けのようだ……塩やスパイスは補給もちょっと難しいし、ある程度は節約してかないとな。
さらに鞄から鍋を取り出して湖から水を汲んで火にかける。妙にきれいな水だが流石に生水は怖いので沸かして飲む。ついでに、採取できた薬草を少し放る。煮だすだけでお茶のような風味になる便利な薬草だ。
途中、ハヅキにも話しかけてみたがすごくぼんやりリラックスしてたのでそのままほっとく事にした。
後は待つだけなので、そのままでも食べられる果物の類を捌いて時間をつぶすことにした。
「う……ん、あ、れ? おいしそうな匂……ガイアさん!?」
「やっと気が付いたか……ほら、もうちょっとで飯が出来るぞ。休め休め」
肉の焼ける匂いでようやくロディが俺の帰還に気が付いた。
手招きして焚火の横に呼び寄せる。
「ほら、肉焼けるまでまだかかりそうだ、これでも食べてろ。疲れただろ」
「え、あれ? ありがとうございます。ガイアさんいつの間に?」
「この準備を見てもらえばわかると思うけど結構前だよ。えらい集中っぷりだったな……」
えへへーと笑いながらロディは差し出した果物をシャリシャリと口に運ぶ。
甘い果実なので疲れてるだろう頭にも効くだろう。
「魔法が使えるっていうのが本当に楽しくて……! 炎一つ出すだけでも色々考えることがあって!」
目がキラキラしてる。すごくキラキラしてる。テンションもモチベーションも最高潮のようだ。
流れもちょうどいいのでそのまま魔法の話をすることにした。
「色々呟いてたもんな……気が付いたみたいだけど、魔法で大事なのは想像力なんだ」
「想像力、ですか」
「魔法っていうのはこの世界に溢れてる精霊に働きかけて物事に干渉する術な訳なんだ。だけど、言葉が通じたりする訳じゃない精霊達に意思を伝えるのは、普通出来ない」
「だから人間は魔法が使えなくて、自然に近いエルフや亜人達でないと魔法は使えない。という話ですよね!」
この辺の話も大雑把にしか知らない人が多いが、魔法の研究に明け暮れてたロディは当然、しっかりと把握している。
「さて、やや憶測も含む話だが」
そう前置きして、俺は前回ロディから聞いた話を記憶から引っ張り出し、ロディに伝える。
「あらゆる物質には精霊が宿っている、らしい。ならば当然人にも精霊は宿っている。その内にいる精霊を介し、外の精霊に働きかける能力、それが魔力ではないか、と。人の内に宿っている精霊の多寡が魔法の適正に影響し、多いほど魔法が使いやすく、そして人間は種族的に精霊を多く持たない人が多い故に魔法が使えないのだろう」
「はいせんせー、それなら何でミョルディアのクリスタルは魔法が使えるようになるんですか!」
「人間も多くないとはいえ全く精霊を持たない人間はいない。そして、ロディや魔法学校の連中みたく多くの精霊を宿せる人間もちょくちょく存在するんだ。時に、学校の入学試験憶えてるよな、ロディ?」
「あ! アレはそういうことなんですね?」
「そう、『水晶に触れて光るかどうか見るだけ』の試験。光の大きさと色で触れた人の魔法適正と魔力量を計る道具で、一定以上光れば合格っていうあれ。あれは実際、その人に宿ってる精霊を調べる道具な訳だ。使ってる側はもうそんなこと知らなんじゃないかと思うが。とまあ、最低限アレを光らせられる人間なら魔法が使えるっていう事だ」
「それなら、私たちはもっと普通に魔法が使えるんじゃないんです? 実際使えちゃったわけですし。あのクリスタルは……?」
「おそらく、本当に最低限なんだ、水晶が光るっていうのは。クリスタルっていう裏技で魔法を使えるかどうかの」
「うら、わざ?」
そう、あのクリスタルは途方もない努力と研究の末に作られた半端ない裏技の結晶なのだ。
「魔力で精霊に働きかけるって言ったけどさ、実際そう言われてほいほいと使える? 魔力」
「さっぱりです。いえ、一回使えてからは、何となく動かし方、みたいなものを感じますけど……」
「うん、精霊と縁遠い人間じゃこの魔力を使うっていう感覚がまずない。精霊への働きかけ方が分からないし、その力も弱くて認識しづらい。言うなら人間がしっぽや羽を使うようなもの、って感じだ」
「何となくは分かります!」
「うん。でまあ、だから使った事のない羽をまず動かしてもらおうっていうのが昨日の炎だ」
とりあえず一回使えさえすれば、何となくこれが魔力だ、と言うのが掴めるだろうという思惑だったのだ。思った以上に成功して冷や汗が出たが。
「とにかくフル出力で思念を飛ばして言葉でも伝える。そうすれば微弱でも魔力が放出されて魔法になる……まあ、ロディ並みに適性があればこそだけど。そのイメージを一番しやすいだろう、と思って伝えたのが、ロディが集中する時に呟いていた言葉だ」
「はぁ……それで、大事なのが想像力」
「使ってみたら分かったと思うが、魔力を作るのは意志の力が大きい。より強いイメージを精霊に届けれるかっていうのが魔法の強さなんだ。これを何のサポートも受けずに人間がこなすにはかなりの才能が要る。精霊量と、魔力を作れるかとでだ」
そこで出てくるのがクリスタルだ。
「じゃあ何でクリスタルを使うと魔法が使えるかと言うとだ、あのクリスタルにはとある魔法がかけられていて、割った人間を対象に発動するようになっている。当然、それで魔法を憶えているとみんな思っているわけだが、その正しい効果はだ、『刻み込まれた言葉を正しく唱えられるようになる』アイテムなんだ」
「え…………?! あ、ああっもしかして」
「精霊の言語が封入されているんだ。より直接言葉で精霊に働きかける事が出来る。だから、魔力が低くても精霊が少なくても、魔法への変換効率が異常に高いから魔法が発動できるんだ」
精霊がどんな存在で、いるのかも感じ取れないが。
存在し、意思が通じるならそのための言語が存在してもおかしくはない筈だ。
そう考え、精霊言語の存在を信じ、研究し続けた魔法使い一派がいたらしい。
「その研究の末にクリスタルの生産にまで到達したらしいんだが……魔族との小競り合いとかいろんな時代要因が重なり研究成果は失われ、何とか守ったクリスタルの生産道具だけが残りそれに頼り続けた結果……魔術は衰退したらしい」
「いや研究しなおしてよ!? バカなの!? ていうか他の派閥もあったんだよね!? クリスタル以外の魔法使いは!? 何でこうなったの!?」
大昔の魔法知識を残せなかった連中に沸点低く爆発し口調が荒くなりキレるロディ。
なんか既視感あるな、これ。
「……えー、こんな感じの話をいつかの日に学園都市の偉い人締め上げたりとか色んなとこで調べた結果知ったんだが……どうも戦争だか紛争だか、研究成果が失われたって辺りで何かの戦闘に巻き込まれて、とにかく魔法が扱える奴がいなくなったみたいだ。おかげで伝えるべき知識がどの魔法使いのとこも途絶えたっぽい……資料が残ってないっていう辺りからの推察になるが。その後は再び魔法を研究する余裕がさほどなかった……のかな」
または、意図的に情報操作し、魔法を独占してクリスタルで一儲けと思った奴がいたか……いや、定かではないが。
「……ぐぬぅぅ……!!」
既に悲しみと怒りがオーバーヒートしている。余計なことは言わないほうがいいだろう。半分邪推だし。
……前もこの事を突き止めた時、半目で虚空を睨みつけていたっけ……
このせいで苦労している魔法使いとしては怒らずにはいられないのだろう。
「あー……ほら、肉焼けたぞ。食うか?」
「食べる!!!」
貴重な歴史が失われた怒りをやけ食いで沈め、はぐはぐと肉にかぶりついていく。
「……いっぱいあるぞ」
「うん!!!」
「……食べたらちゃんと俺が魔法教えてやるから」
「うん!!!」
少し気を取り戻したいい返事を聞きながら、午後の授業良いものにしないとな……と、教える中身を今一度考えて、肉をかじった。




