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森の朝

 遠くから鳥のさえずりが聞こえる。光も伝わらない、外の様子が分からないテント……? の中で分かりにくいが、どうやら朝らしい。

 もそもそと、体に巻き付けていた毛布代わりの厚手の布から這い出て、テントの外に出る。

 朝日が水色に揺れる湖面に反射して、淡く辺りを照らしている。周りは鬱蒼とした森の中だが、湖という開けたこの場所は、明るく、爽やかで心地よい空気が流れていた。

 こんなゆったりと、自然を感じれるのは珍しい事だなと、そんなことを思いつつ、んんー、と大きく伸びをする。

 その背後、テントの方から声がかかる。


「あー、マスタぁー、やっと起きたー……?」


 訂正しよう、俺の背後、テントから声がかかった。


「や、おはようスフィア。おかげで安心して眠れたよ」

「……別にいいんだけどさー、マスタぁー? もっと強い武器とかー、すごい武器とかー、私はー、そーいう使われ方をねー?」


 いいんだけど、と言った割に納得いかなげな言葉を漏らすスフィア。まあ……流石にテントに使われるなんて想像もしてなかったろうしな。

 目の前の真っ黒いピラミッドを見上げる。その頂上部からは剣の柄が生えていた。テント、とは言うまでも無く、昨日俺が魔剣錬成でそういう形に練り上げたスフィアの事である。

 昨日は焼肉騒ぎや……それ以前にロディの一件で疲れに疲れていたので、このテント状の物体を作り上げてすぐ寝入った。それで言う暇もなかったが……スフィアには物申したい事があったようだ。


「おかしいなー……私を掴んだ人に合わせてー、どんな武器にでもなるーっていうー、武器らしい活躍ー……のはずがー?」

「逆に剣やただの武器だけで済ます方がその能力の無駄遣いだと思うがな。武器って固定観念に囚われ過ぎだぞ。別に鎧にもテントにもなる剣があっていい、そう思わないか」

「剣ー……剣って何だっけー……テントはー、剣ー? 私は剣ー……じゃあ私はー……テントー?」

「スフィアはスフィアだろ、落ち着け」


 ペチペチとテントを叩く。どうにも布っぽい感じは上手く作れなかったので鉄板で四角錐を組み上げた感じだ。作れそうだが、何かコツが要りそうだ。あれ……なら別にテント型に拘らなくても良かったんじゃ……普通に小屋型にでもすれば良いのか。眠くて気づかなかったな、次はそうしよう。

 展開してる刃……刃? 部分を解除し、回収したスフィアを腰に納める。


「んむぅ……んんぅ…………すぅ……」


 そして、テントが展開されていた場所には、まだ起きていなかったロディと、一緒に寝ていたハヅキがポンと残された。


「ん……ふふへ…………が……ほにょ……だかぁ……」

「んぅ……うう……」


 どんな夢を見ているやら、見るだに楽しそうな寝顔で、怪しげな寝言を漏らすロディに、若干うなされ気味なハヅキ。魔法だけでなく、ハヅキにも興味津々だったし、寝る時も何やら騒いでいたようだから、そのまま夢に出たのかもしれない。テントの中は仕切ってたから何してたんだか知らないが……うん、この寝顔だけで、いいイメージは欠片も出来ない……寝ててもこちらを不安にさせてくるとは流石な。

 ……はぁ、これからこいつに魔法を教えるって本当に大丈夫なのか……


 昨晩の、何か一発で炎出しちゃった事件。

 最初に出た炎は、出たことに動揺と興奮し(俺も含む)、すぐに消えてしまったが、その一回で、魔法を使うという感覚、を理解したらしいロディは、何度か教えた言葉を呟き練習すると、マッチ程度の炎なら出せるようになった。

 いや、出るかな? とは思ったし、出せるように行動したわけだから結果としても正しいのだが。いざ実際にやられるとビビるものである。何にといえば、その飲み込みの良さにだ。

 こいつ、論理立てて筋道立てた理解をしている……ように見せかけてその実、とても野生的に、直感が先に立っているのだ。俺のあんな雑な説明でも魔法が使えたのも原因はそこにある。最初に本能で正解を感じ取り、その直感を信じ、最後に理屈立てて納得できるかを考えている。その速度が速過ぎるので普通に頭の回転がいいだけに見えるのだ、本人にさえも。この辺の事は前の周で感じた事だが、ロディも無意識でやってる理解であり、自分じゃ順序立てて物事を考えるタイプだとそう思っていた。

 まあ結局理解力が高いっていう点は変わらないんだからどっちでもいい話……という訳にもいかないのだ、この状況では。


「……頭の痛い話だ。こんな超速理解する奴に、全力で教える、なんて言ってしまったんだよな……」


 最初にゴールさえ見えていれば、そのままそれを実践できる可能性すらあるのがロディで、そして俺は、ゴールと言っていい一年後のロディを知っている訳で。

 ……その成長速度は……これ最後までついて来る可能性が余裕であるのでは……


 朝から寝顔一つで微妙な気分になったので、まだ寝っ転がってるロディと、ついでにハヅキのほっぺたつまみ上げて強引な起床にしてやった。






「はい、それじゃ今後の予定と、ロディの具体的な修行プランを発表します」

「ふぁーい」

「……おー」

「わー」


 昨日焼肉った空間で、椅子に座り話をする。

 ちなみに返事は、ほっぺたを押さえながらそれでも元気に返事したロディ。同じくほっぺたを押さえて、ジト目を向けるハヅキ、多分何も考えてないけどノリで返事したスフィアの順だ。


「昨日は炎出した衝撃……なんかも放り投げて、ひたすら肉食って寝ただけだったからな」

「お肉美味しかったです! 料理って焼くだけじゃダメなんですね」

「俺も調味料を失念していて焦ったがな。鞄にスパイスと少量の塩があって助かった。それと道中で果実やらハーブの類を適当に拾えたからな。何とか味付けになった」

「……すごい料理した感出してるけど、肉豪快に丸焼いてがっついてただけだったわよ。完全に見た目蛮族だったわ」

「あれが正しい肉の食べ方だ。そう昔の料理担当も言っていた」


 さて話を戻そう。今後のことだ。


「えー、大体話したが、俺たちは今情報収集に勤しみ、特に人間以外の国ではこの異変をどう受け止めているのか、どういう状況かを当面の目標に国外を目指している訳だ」

「異変、って言うのは、あの」

「あの。各地で起きてる魔物の活性化を始めとした魔力異常、それを端にする、国内、いや、世界で広まる“魔王の復活の予言”の事だ」

「世界中でおかしな事象が相次いで起こり始めたのは魔王が復活する前兆である、今、この世界に魔王が蘇る……そんな話が、異変と同時に広まり、曰く、魔王、それは魔族の長、魔族を統べるものとされていて、人間に復讐するために現れ、世界を滅ぼす存在なのではないかとまことしやかに言われてる……あの!」


 興奮してこの長い解説的文章を一息に語るロディ。そうだよな、魔王なんて面白存在お前の興味対象に入りまくってるんだから、この話も調べてるわけか……

 ハヅキにはぼんやりと伝えていたが、最初にクソヒゲの国王に頼まれていたのも、この予言の話についての事だ。『魔王が復活するという。然るべき力――俺の実力、そして聖剣など――を手に入れ、魔王という存在を探し出し、其奴を討伐してほしい。魔族を調べるといいだろう』大雑把にまとめるとこんな感じだったか。

 だが、クソヒゲも言っていた。あくまでもこれは噂話であると。


「おおー、そんなすっごいー、お方がーっ?」

「え? スフィアが知らないの? 魔族の王様なんでしょ?」

「……ふえー?」


 ハヅキのツッコミに沈黙するスフィア。

 今ロディが言った通り、魔王とは魔族の王である……という噂なのだが、当の魔族には一切の心当たりがなさそうなのだ。そして今この通り、伝説の武器、自称魔族の聖剣ディス・フィアですら、魔王という存在を知らない事が判明した。


「……そういう訳で、予言なんて言われてるが、中身の信憑性が皆無な、本当に噂話レベルの話ではある」

「なんだー、魔族の英雄が現れたんじゃー、ないんだー……」

「でもガイアさん魔王を倒したんですよね? じゃあどういうことか知ってるよね!? 魔王ってなんなの!?」

「…………さぁ?」

「「えっ」」


 ハヅキとロディの驚きが重なった。


「なんて説明すればいいのか……俺たちが戦ったあの竜は間違いなく魔王だったし、この異変の元凶ではあったんだ。でも、正直アレが何だったのかと訊かれると……」

「いや、何でそんなよく分からないのに魔王だって断言はできるのよ?」

「……さて? この噂話の印象が先立って、元凶=魔王って結びつけてたからかもしれん」


 でも、確信だけが記憶に強く残っている。


「ただ……魔王という言葉は間違いなくあいつを指す言葉だと、あいつに会って、その印象だけは、強く焼き付いているんだ」


 ハヅキはよく分からないという困惑顔で、ロディも流石に抽象的過ぎる話に頭をひねっている様子だ。


「まあ今重要なのは魔王そのものじゃなく、その噂話の方だ。魔王本体は一旦忘れよう」


 この話を続けてもあまり進展はないだろう。そもそも、魔王が何か、なんて分かってる奴なら、倒したけど結局世界滅びましたとかそんな結末に――――やめよう、泣きそうになる。

 そっとロディから目を逸らしながら、話を続ける。


「そもそもにして謎が多いだろうこの予言とやら。一体誰が言い出したのかも分からず、予言なんて胡散臭い話の上、そもそも……人族のほとんどが“魔王”なんてピンときてない状況で、何故これだけ噂が広まったのか」

「……そうよね、それは聞いてて思ったわ」

「まあ後半の魔族云々は、ほぼ間違いなく魔族憎しで尾ひれがついた結果だろう……もっとヒレにヒレをつけた豪快な魔族黒幕話もあったしな。そんなヒレ付きの話でも、魔王が復活する、って部分は必ず出てくる。伝言ゲームの結果、消えてもおかしくはないのにな。そして、降臨でも誕生でもなく、復活と来たものだ、その辺のニュアンスも気になる。クソヒゲも、その辺の怪しさから異変と関係がないと思えない、そう言って魔王を倒せ、なんて言った訳だ」


 それにクソヒゲたちは、サンの奴から直々に世界が滅ぶって神託をもらっているからな。そんな状況で怪しい噂が流れてたら関連付けて考えるよな。


「あ、だから人間の国じゃなく……」

「そう、人の国の噂はもう散々聞いたし、そもそも魔王がらみに偏見が強いし」


 納得した様子でロディが言う。そう、それで、だ。


「だから国を出て、他種族の国ではこの話はどうなっているのか……その辺りを調べようって訳だ。人の国じゃ伝わってなくても、他の国では“魔王”についてもっと違った話が聞けるかもしれない」

「なるほど! うっわぁ、楽しみ!」


 旅の目的も分かり、興味深い話を聞けそうな予感に高揚してはしゃぐロディ。はははかわいい奴めおい待て。


「何ナチュラルについてくる前提してんだ能力足りなきゃ容赦なく置いてくからな!?」

「そんなの余裕でこなして見せるしー! 絶対ついていくしー!!」


 がるるると睨み合う俺たち。たった一言で臨戦態勢だ。


「ようし、そこまで言うなら早速修行に入るぞ……! 覚悟いいなおい……!」

「もっちろんだよ! 早く早く!」

「いや、あんた達テンションの上がり幅おかしいでしょ……」

「それじゃあまずはお前に要求する合格点の話からしようか!」


 突然沸騰したテンションにハヅキはついてこれなかったようで、それどころじゃないテンションの俺たちは当然スルーした。


「他種族の国に行って情報を調べると言う行為で大事なのは、まず人と友好関係があまり無いってところだ。魔物だけでなく、その国の住人も敵になる可能性も高く、安全な場所など確保できないかもしれない。そんな状況に置かれても、隠れ、耐え抜き、凌ぎ、時に殲滅し、絶対に生き延びれる……そんな強さを持ってもらいたい」

「せんせー! 何か魔法あんまり関係なさそうな技能多くないですか!?」

「魔法を教えるとは言ったが、魔法だけで同行を許可するなんて言ってないよ? 言っただろ、『ついて来ても邪魔にならないレベル』ならいいって」

「しまった……! ガイアさんそういう人だった…………!!」

「まあ魔石装備も持ってないお前にそんな肉体派な修行をしろとは言わん。そういった格闘や潜伏スキルがあれば……という部分は概ね全部、魔法でどうにか出来る方法を考えよう。膨大な魔法の種類になるだろう上に、仮にその頭の良さで魔法の習得自体は出来ても、それをぶっ通しで丸一日使ってられる位の魔力量がなければ認めないが……二週間でつくといいね?」

「ぐにゅ…………つけるもん!!」

「よぅーしよく言ったー! さて、それじゃまずどんな魔法が必要かリストアップするから、その間時間が勿体無いし、昨日の炎出すやつをひたすら続けててくれ。魔法のステータスは物理能力を体鍛えて上げるのと違って効果が出やすいからな……あ、少しでも疲れたら休むように。まだやることいっぱいあるからな」

「はーい!」


 パタパタと距離を取り、言われた通り魔法を使い始めたロディ。それを見届けてから、ハヅキがこそっと話しかけて来た。


「……ところでガイア? 前ロディアちゃんについて聞いた時、二ヶ月は必要とか言ってなかった?」

「魔石装備でかなり補った上でかつ、それくらいの時間修行しないとダメかもな?」

「……鬼ね」

「俺でさえ死にかねないところに行くってんだ、当然の処置だろう」

「あ、ところで、ロディアちゃんの修行って移動中にやるって言ってなかった? 随分ゆっくり腰据えそうな感じに見えるんだけど」

「あー……いや、そのつもりだったんだけどな。流石に街での補給が一回もできてないから……一回ここいらで少し物資補給しないと旅が困難でな」

「………………」

「わかった。よく分かった……もう言ってもしょうがないみたいな諦めで黙ってくれたことには感謝もするから、その突き刺さる目を解いてくれ」


 全部あんたが勢いで行動したツケじゃないのよ。そう目で刺すハヅキさんに冷や汗を浮かべつつ答える。


「ま、まあそれだけじゃなく少し気になることもできたしな……そんな訳で何日かこの辺を拠点に干し肉でも作りながらロディの魔法をみようと思う」

「分かったわ。ま、この辺り私にも快適だし別に文句はないわよ」

「…………じゃあさっきの目は」

「え? やっぱり文句があることにして欲しいって?」

「何でもないですわぁいさっすがハヅキー俺の超理解者ー話が分かるー!」


 これ以上はまずい、俺もやることをしようとそそくさと腰を上げて動き出す。


「あ、そう言えばせんせー? 結局今行こうとしてる所って、どこの国なんですか?」

「あれ? あー……言ってなかったか」


 そのタイミングで、魔法を唱え続けていたロディが振り返りそう尋ねて来た。そうか、言ってなかったか。


「ここからもっと南下して、クソヒゲの領土を抜けてエルシャディアに入り更に南下。南下出来るとこまで南下したその先、この大陸最大の大河であるエナ・ユーレリア河を挟んだその向こう」

「おおぉそこはっ」

「ああ、森と獣の国――獣牙族の国だ」

やっと獣の国の話が出ました。

……決めたのいつだ……

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