ロディアという少女
「……知っている、などと、言われても。どういう、意味だろうか」
本当に、本当にどういう意味だ。
そりゃ、当然良く知っている。お前の知らないお前のことまで良く知っている。
だが、何故それを、何も知らないはずのお前が聞いてくる――!?
どういう、どういうことだ。何か覚えて? そんな素振りは無かったはず。い、いや待て別に大したことじゃなく、魔法のことが聞きたい的な? そう言う事を変な言い回しで聞いてきただけかも知れない。
とにかく、話を、聞いてみないと。下手にこっちが動揺して余計な事を言ったら、それこそこいつに食いつかれて大惨事だ。だからハヅキ、お前もそんな鳩が豆鉄砲食らったような顔で固まってるんじゃない……!
「私とガイアさんって、初対面ですよね」
「……ああ、間違いなく、お前が俺と会うことはないだろうな」
「うん、そう言うところも。ガイアさんって、変わった言い回しといいますか、嘘をつかない話し方をしますよね。グレオスさんに指名手配犯だな、って言われた時とかも、きっとこうでは? 悪い奴に見えますか? 珍しい事もあります……って、一度も自分は犯罪者じゃない、って言ってませんし。どういう理由かは分からないけど、ガイアさんは嘘をつくことが嫌なんだと思います。だから、さっきの言葉も嘘じゃ無いんです」
「なら、俺たちは初対面で知ってる事も何もない、って事で納得出来たんじゃ?」
「初対面だ、で済むところを、そうは言わないで。会ったことはありますか? に対して、会うことは無いだろう、と言う返しをしたんです。それも、私が、とわざわざ付けて。この言い方だと、ガイアさんが私に会ったことは無い、とは言ってないです。きっと、本当に私はガイアさんに会ったことは無いんでしょう。でも、ガイアさんは私と会ったことがあるのでは? 言ってることがおかしいですけど……でも、今の言葉だけでも、そう感じます」
「……今の言葉だけって、他にも何か?」
「はいっ。特に大きかったのは、『知ってたけど聞く気ねぇ』って言いましたよね? 知っていた、何を知っていたんですか、ガイアさんは? 分かってたとか、そんな気がしたと言ったニュアンスの、特に意味の無い言葉だったのかもしれないけど、あの場面で、とっさに出る言葉が“知っていた”って言うのは、気になります。ガイアさんは私を知っている、そう思って振り返ると、初めからガイアさん変だったですし。態度でいうなら、私の事呼ぶ時に一拍間があったり、妙なタイミングで固まったり、そうかと思えば、会話のテンポは非常にスムーズですし、あと、私が弟子にしてくださいって言った時に、断ったり説得したりって全然しなかったですよね? 他の方に話しかけられたり多かったとはいえ。本当に“知ってたから”余計な説得をしなかったって事じゃないですか? あ、あとついでですけど頭撫でられた時すごく自然でした、撫で慣れていらっしゃる……?」
……こいつは探偵か何かか……!? あの乱入、横槍、冒険者の襲撃わさわさな状況で、人の言動そこまで見てるか普通!? 侮っていた……こいつの観察力を敵に回すとこういう事態に陥るのか……!
「と、言うわけで、ガイアさんはきっと私のことを知っているのでは、と。でも私は知らないです。私は会ったことは無い。でもガイアさんは会ったことがある様子……うん、私を見た事があるとかじゃなくて、会って、話した、知り合いのような感じの態度です。謎です。矛盾してます。でもきっとそういう事な筈です。じゃあその矛盾を解く何かがきっとある。無いと説明がつかない。ここには、私の知らない何かがあるんです。この不可思議な現象を説明できる何かが! ええ! とても気になります! これが魔法ですか? それがガイアさんの魔法と関係あるんですか!? ねぇっ、色々教えてくれるんですよね! 約束しましたもんね! さぁ、さぁ、どう言うことなんですか!? ねぇ! ガイアさん! 早速教えて下さい……!」
「……………………………………………………………………」
……なんだ、この、とても詰んだ感じは……
もう、俺がロディの事を知っているという事は確信されているんじゃ。今から何とかはぐらかせるか……いやでも、はぐらかしてもこの場での追求をやり過ごすだけで、聞き出すまでしつこくありとあらゆる手段で迫ってくるだろう。そういう奴だ、こいつ。だからと言って、何て説明する。二周目だからどうこう言って、そんな話を信じるか……こいつなら信じるかも知れない……ディス・フィアなんて物を持って、知らない魔法も使ってる異常な人物だ。意外と説得力もあるかも知れない。
だけど、今のこいつに、そんな事を説明してどうする、どうなる。お前と一年旅をしたんだ、なんていきなり言われても……あ、やばい、思ったよりすごい胡散臭い。やっぱり説明しきれる気がしない。それに、こいつがその話を信じたら信じたで、どう思うんだ? ……分からない。
誤魔化す。どうやって。この探偵じみた奴をうまく納得させて、かつ大事な部分は伏せて? できる気がしない……
……あああもうまとまらない、兎にも角にも、時間が欲しい、考えをまとめる時間が……!
「ところでロディアさん」
「はいなんですか!」
俺はおもむろに、スフィアを持ち上げ、そこいらの地面に刺した。
「これが伝説の魔剣、ディス・フィアだ。なんと喋ることもできるすごい剣だ」
「……伝説のー……魔剣ー?」
「うわぁ! 本当に剣が喋った!? ディス・フィアってあのディス・フィアなんですよね!?」
「あのってー……どのー……ディス・フィアはー、ディス・フィアだからー……マスタぁー? どういうつもりー? 最近完璧に私を魔剣呼ばわりだしーっ……」
「そこか。それは悪かった。て言うかもう魔剣でもいいんじゃ無いか? カッコいいぞ、魔剣……嫌か、そうか。いや、呼んではいるが、本当に魔剣と思っているわけでは全くなくてな。そう、スフィアはスフィア、唯一の存在。ただ魔剣って言った方が話がスムーズに進むから仕方なくな?」
「つーん」
「剣のくせに妙に可愛い拗ね方を……!?」
「お、おお……! すごい、ちゃんと意思があるんですね。どうなっているんでしょう、剣が魂を? 物質系の魔物などにはそう言う例もあると聞いたような、その例かな。いや、それとも武器だし、誰かが剣に混ぜたってことも。それとも生き物をそのまま剣に、とか?」
高速で考えを巡らせ、想像を広げブツブツと呟くロディ。
よし、釣れた。
「あの! えっと、スフィアさん!?」
「ぅえ? んー? なにー」
「色々とお聞きしたいことがあって! 話を聞かせてください!」
「まぁー、いいー、けどー?」
ひっそりと俺に電波を飛ばしてくるスフィア。
『マスタぁー? えっとー、この人はー……』
『呪うなよ? 良い人類だからな? ちょっとその調子で少し相手をしてやってくれ。別に話したくないとかだったら、そう本人に言ってくれていい。対応は任せる。呪ったりは無しで。頼む、少しお前で気を引いておいてくれ……!』
『まぁ、いいーけどー? でもー、呪いはー、割と自動でー』
「おいロディアさんー!? 迂闊に寄ったり特に触ったりなんか絶対するなよ!? その場で話が聞けなくなる恐れがあるからな!? マジで! フリじゃないからな!?」
「はいガイアさん、分かりました! ……話聞き終わってから触ればいいんですね?」
「シャレじゃなく死の危険が生まれるから止めろ!?」
そのままあれやこれやとスフィアに詰め寄るロディ。忠告もしっかり聞き入れ……多分、きっと、聞き入れ、世にも珍しい喋る伝説の剣に夢中になっている。
見事にさっきまでの話題を忘れてくれたようだ……いや、とりあえず優先順位がスフィアに変わっただけだな、あいつが興味対象を忘れ去るとかあり得なかった。俺に興味が戻る前に、何とか対策を考えないと……!
剣の前で正座している少女から、そっと距離を取り、こそこそとハヅキに話しかける。
「……と言う状況なんですが、どうしましょうハヅキさん……!」
「どうしようもこうしようも……どうするのよ……? ていうか、またあんたのうっかりじゃないの」
「あいつ相手じゃ、何しても結局はどうしようもなかったと思うがな……!」
「あれが、ガイアの仲間だった人の一人……そうよね……ガイアの仲間だものね……変人でやばい奴じゃない訳がなかったわ」
「どういう納得かな? 何が言いたいのかなハヅキ? ……まあだが、それだと、ノルに会ったらビックリするだろうな」
「ノル?」
「っと、今はそんなことを話してる場合じゃなかった。ロディだロディ。あれを本当にどうするかだ……!」
「そもそも……どうにかしようはあるの、あの子?」
「……とりあえず、もう追い払うのは不可能だ。絶対付いてくるし、振り切れるかも怪しいし、下手な場所で振り切ったらあいつが危険だし……安全な場所に置いていけない以上、連れて行くしかない。というのがさっきの諦めだったんだが……」
「危険安全で言うなら連れてくのも相当危ないと思うけど……今までの体験的にねぇ? あ、でも、ガイアの仲間だったって言うなら、戦力としては期待できるのかしら?」
「……流石にあんなゴーレムレベルの無茶はそうそうしない……しない筈……する気は無いから……でも、今のロディは本当にマジでただの女の子でしかないからな、普通の魔物相手でも危ない。ロディの強さはその魔法の才能と、それを支える装備と称号あってのものだったからな。まあ……二、三ヶ月も旅しながら鍛えりゃ一人で放り出しても大丈夫だろうが……今はそこまで面倒みれんしな」
「連れて行くって言うなら、面倒見る時間も余裕もあるんじゃないの?」
「これから行く先は決めただろ? 流石にあの国に忍び込むのには連れていけないからなぁ……懐に入るお前くらいが庇える限界だし。せめて人の国の中なら……今の俺じゃそっちの方が危険か? あれ? ついてこられるとこいつの安全な場所は……」
「いや待ってガイア? 今変な言葉が聞こえた気がしたのだけれど?」
「おっと、また話が逸れたな。そんな訳でとりあえずは連れて行くが、ずっとは連れて行けない。最悪でも国を出る時には別れてもらわないと困る。ので、そういう風に説得しなくちゃいけないんだが……」
「……あとで絶対聞くからね? それで……彼女、説得とか聞くの?」
「……………………物分かりはいいんだ、こっちの事情も話せばきっと分かってくれるかもしれないだろ……!」
「そんな希望にすがる目で言われても……ガイアが一番分かってるんじゃないの……」
ロディの理解力はとてもすごい。さっきの話だけでもそれは十分に分かるだろう。だから、連れていけない理由やその正当性も、とても良く分かってくれるだろう。
分かった上で、全部無視するだけで。
「あいつの好奇心と興味が……国の外、他種族へと向いたら……大人しく離れてくれるかは……果たして……」
「その場合はもう、無理なんでしょ」
「そうか……うん、そうだろうな。向いた時点できっとアウトだな。その事に興味を持たれないようにするか、より強い興味で動きを縛るかじゃなきゃ、間違いなく国外までも追いかけてくる……」
「……ガイアなら彼女の扱いも幼女の扱いも得意でしょ? 頑張って……!」
「人が聞いたら誤解待ったなしの表現はやめてもらおうか……!? ちょっと称号で幼女の危険が分かりやすくて一緒にいた仲間だから話をしやすい訳であってな……!? そもそも今のあいつは俺のこととか全く……ってそうだよ、それだハヅキ。どないしよう、バレてる」
「何でそんな口調なのよ」
「つい動揺して」
「動揺するとそうなるの……?」
「割と。ううん……そもそも、冷静に考えりゃ別に二週目云々自体は隠すことでもないんじゃないかと思い始めたんだが」
「え? ……そうなの、かしら?」
「ああ、問題は信じてもらえずに変人扱いされる事が主だからな」
「それを隠さなきゃいけないことって言うんじゃ……」
「つまり信じてさえもらえるならほら、隠すことでは無いだろ。が、まあ……実際、初対面の知らない相手に、別の時間軸で一緒に戦った仲間なんだ! なんて言われるの、どう思う?」
「引くわ。頭疑うわね。ああ、でも……」
そこでハヅキは、スフィアに目を輝かせているロディに視線をやる。
スフィアから何を聞いているのか、ロディアの表情は、驚愕、歓喜、納得、とグルグル変わっている。
「……あの様子なら確かに、話も信じてくれるかもしれないわね?」
「スフィアなんて胡散臭い存在の話であんなテンションになるくらいだしな。それに……もう何かおかしな事が起こってこんな状況になってるとまで読んでたもんな……」
「……普通、あんな発想出ないし、それを信じないわ……」
「……それもそうだな。ロディだってそんな妄想じみた話、信じ切ってる訳じゃ無いはず。半分はカマかけというか、仮説の一つをぶつけてみたって感じか? それなら、初対面だって言い張って、はぐらかせる道もあるか……?」
「あれ、全部話してみるって話じゃ?」
「……話しても問題ない話とは言ったが……あいつの場合、信じられたら信じられたで……」
「……魔王と戦った勇者なんて……興味津々よね、絶対」
「誤魔化したら誤魔化したで、何を隠されたか聞くまで諦めないだろうしな……どう転んでも面倒には違いない……さて、どう話を進めたら、上手く行くだろうか……」
「そうね……」
ハヅキと二人、首をひねる。
話すべきか、話さざるべきか。どこまで何を話すか……難しいが、二人で考えれば、最善の道もつかみ取れる……!
そうして、ハヅキと話を進めようとした所で。
「ガイアさん――! スフィアちゃんの言ってる、神様とか! 勇者だとか! 二回目だとか! 詳しい話を聞きたいんだけど……!!」
「……ガイア……」
「……何も言わないでくれ……」
俺の道は、最初っから踏み損ねて、道なんてもう一本しか残ってなかったと思い知らされた。
そっかー……スフィア、全部話しちゃったかー……任せるって言ったもんなー……うんー、任せた時点でアウトだった……! いや、でも流石にそんな俺の話に及ぶなんて思ってなかったし、ていうか何だスフィアちゃんって!? この短い時間で剣なんかと打ち解けすぎだろロディ――!? いや、やっぱりこれ俺のうっかりじゃないって、こんなん想像できるか――!
――――もうどうにでもなあれと、空を仰いだ。
「――いや、そこで投げ出すからいつもいつも大変なことになるのよ!? かーんーがーえーてー……!」
「……はぁ、それもそうだな」
ハヅキのツッコミに正気を取り戻し、詰め寄るロディを何とかなだめながら、話す中身を考え始める。
……もう多少しか変わらないだろうが、少しでも上手く話が運びますように、と。




