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混乱の、円満解決策と結果

 人は魔法を使えない。

 それがこの国の、人の常識であり、その唯一の例外が、ミョルディアで売っているクリスタルから習得出来る魔法であった。

 人は魔法適性に優れていない、というか魔法適性が基本的に存在しない種族だ。だから、自然な手段で、魔法を習得することは不可能。そんなことが出来るのなんて神話の世界、おとぎ話の中の話さ。ああでも、神官の治癒術はまた別な。あれも魔法だろうけどなんていうか、あれはジャンルが違うし?


 ……といった感じの話を、俺は一年ほど前、街の人から、旅の仲間から、教わっていたなぁと、のんきに思い出している自分が、意識の隅っこで確かに存在していた。







 さて、俺は先ほど何をしただろうか。

 地面が大きく波打つ、特大の土魔法。

 とてもここのクリスタルで使えるとは思えないその魔法。何より、それを使った奴は詠唱なんて一つもしていなかった。仮に土よ! とか言ってたのが必要な文言だったとしても、そんな言葉で魔法が使えるならこの世はもっと魔法使いに溢れているだろう。

 つまりは、俺は……常識的にあり得ない、常識的な普通の魔法を使っていたという事だ。


 それはそれは、ここの人たちには、俺の想像をはるかに超えるとても大きな衝撃を与えたのだろう。


 そしてそれは、その魔法の存在は、例えばクリスタルを使わずに魔法を覚えようなんて特異な考えの奴には、とてもとても大きな衝撃であったのだろう。


 だから俺には、腰と、心臓に、他の人にはとても分からないだろう、とても、とても、とても大きな衝撃が、叩き込まれることになっていた。



 深い赤の髪。背に顔をうずめられるほどの小さな体躯。見た目にもわかる可愛らしい女の子。

 ……そんな事を欠片も感じさせない、肉食獣のように獰猛なオーラ。

 輝く両目はがっちりと俺を捉えている。

 回した腕ががっちりと俺を捕らえている。

 声に出したその中身より、その表情が、その態度が、何よりも雄弁に語っている。


 こんな貴重な獲物、絶対に逃がさない……! と。






 …………やらかしたぁぁぁぁああああ!!?

 盛大に心の中で叫ぶ俺。何をどうして、どこを間違えたのか。なぜ俺は今、この見覚えしかない赤い少女に抱きつかれなければいけないのか。そんな疑問は一瞬で脳内を駆け巡った様々な思考と状況把握により一瞬で解決した。最初に戻ろう。やらかした。

 ロディ。そう、ロディアがいた。

 何度も話に上げた――ここで出会った、魔法使いの仲間が。


 散々話した。彼女は自力の魔法研究をしてたと。

 都市中のローブ連中はこの決闘を見に来てるって、自分で言った。

 特に成金なんて恨み買いまくってるから、そういうやつは絶対見に来るって知っていた。


 じゃあここでこんな目立ち方したらこいつは間違いなくこうするって俺なら分かるだろ常識的に考えて――――!!


 どれだけの付き合いだよ。魔王倒した仲だろ。こいつの性格も面倒さも何したらスイッチ入るかも十分学んだだろ――!? いや、そりゃあ努めて思い出さないように努力して意識の外に追い出してたとはいえ、そんだけ今会いたくはなかったんだろう!? だからもっと避ける方向について考え巡らせよ。赤の他人だからそんな接点ないし関わることはないだろうとか思考停止しているからこんなことによぉ!!


 ――高速で自分の責任追及することコンマ一秒。しかし、頭がどれだけ高速で回ろうと、受けた衝撃の大きさに体は三秒しっかりパーフェクトにフリーズしていた。本当に無駄な思考時間だ。どれだけ高速で思考して状況把握したって、これどうしよう――! しか感想が出てこないのだから……!


 ……ああくそ、本当に困ってるのに、どうにかしなきゃまずいと思ってるのに。

 やっぱこうじゃないとなって、すごく嬉しく思うのを止められない。

 ……だから会いたくなかったんだ。今は仲間にするわけにはいかないってのに、引き離したくなくなるじゃないか。


 固まりに固まる俺を、しかし現実は、目の前のロディアという少女は一切待ってくれない。


「私! クリスタル使わない魔法をずっとずっと調べていて!」

 ああうん、よく知ってる。


「今の! 詠唱も何もない見たことない土の津波のやつ! あれ! あれクリスタルの魔法じゃないですよね!? 教えてください! どんな! どんな小さなことでもいいからさ……!」

 よく知ってるよ。お前絶対小さなことなんかで済ます奴じゃないだろ……! そう言って最後までがっつり教わるまで離れる気ないだろ……!


「知りたいんです。だから、だから小間使いでもいいので私を、私を弟子にですね……!!」


 ――――駄目だ、こいつを止める方法が思いつかない。こうなったらどんな説得もこいつには無意味だ。するだけ無駄なのはもう身に染みている。この勢い、もうどうしようもない。

 ……もう逃げるか。振りほどいて逃げるか。がっちりホールドされてるとはいえ少女の小さい手だ。死ぬ気で掛かってくる分苦戦するだろうがそれでも余裕で逃げれ……あ、駄目だ。〈幼女の守り手〉が叫んでる。それやったらロディが本気で泣く。それじゃあ出来ないじゃないか……!

 もういっそ、連れて――だから駄目だって言ってるだろ俺。今の状況もこれからの状況も、こいつがいたら困るだろう――くそっ! ロディを困り者扱いするなんてっ……いつものことだったな、うん。


 進退窮まる俺。そこへ、横から新たな声が割り込んで来た。


「盛り上がってる感じのところわりぃんだがよ、そこのあんちゃん、いいか?」


 イカつい、がっしりしたいかにも冒険者と言った男。ちらほらと、肌が見える部分にはどこも傷跡が見え、背には立派な長剣。それだけで歴戦の強者感が漂っている。

 確か……成金とギルドで向き合っていた男じゃなかったか?


「聞くまでもねぇこったがな……アレ、あんただよなぁ?」


 そういって親指で何かを指し示す男。その先にあるアレ、とはもちろんそこいらに貼ってある手配書であり、そしてそれは間違いようもなく俺のことだった。


 敵が増えた。


「きっ、気のせい……いや、そう、これはきっととんだ偶然、奇跡的な確率で起きた他人の空似って奴ですよ旦那。まさか俺がそんな高額の懸賞金掛けられるような大物に、そんなどエライ悪党に見えますか?」

「ほぅ、とんだ偶然黒髪のお前が、とんだ偶々に俺でも見たことがない妖精を引き連れて、悪党かはさておき、この屑を軽く撚れる実力の持ち主だった、と。」

「……いやぁ世の中には想像もつかないような珍事ってのが起き得るものですから……!」


 全く誤魔化しきれる訳がなかった。相手もこちらの言い分など全く興味がないような感じだ。一欠片の疑問の余地なく俺が手配書の男だと、いやまあ思わない奴とかいる訳無いが。

 こんな茶番な問答をしている間に、周囲のギャラリー達も、様子を伺う段階から、ジリジリと、犯罪者に怯える目や、悪人を倒す冒険者の目、そして……獲物を狙う者の目つきに変わってきている。

 早く、早く状況を打開しないと秒増しで状況がやばい事に――!


「ふむなるほど。じゃあお前は――たまたま手配書の男に似ただけの、無関係な奴だ、と」

「……え? お、おぅ」


 だがその状況は、意外な方向に傾き始めた。

 目の前の長剣の旦那はギャラリーへ向き直す。


「なあお前ら、どうやらこいつは一千万も掛かるような悪人様本人じゃ無いみたいだぜ? どうだ、この騒ぎはここらで解散って事にしないか?」

「何を言いだすんだグレオスの旦那ぁ!? そいつ、どっからどう見ても手配書のガキっすよ!?」

「しかも一千万だ」

「いやそんなこと言ってる場合か! そんなやばい奴放置できるわけ無いだろ……!」

「そうだっ。こんな重罪人見逃すなんて……!」

「どういうつもりだグレオスさん!?」


 パラパラと、あちこちから疑問、憤慨、困惑、様々な声が上がり、グレオスと呼ばれた男に飛びかかる。

 男がどういう立場の人間かは知らないが……周囲の人間からは、この男への敬意や、信頼、それ故の発言への動揺……の様な空気を感じる。……成金とも、周囲を代表して立ち向かっていた感じだったし、実はこの男、何かしらの権力者なのだろうか。

 そしてこの男……グレオスは、その信頼に応える様に、言った。


「だぁから、この街にはそんな奴はいなかったんだ。こいつは、手配書にあるような犯罪者じゃなく、偶々この街に通りがかって――そこの魔法使い様を決闘で完璧に負かしただけの男だってな」


 ピタリと、周囲から声が止んだ。


「確かに……あの腐れ馬鹿が地面に埋まった時は胸がスッキリしたな……」

「俺もあのイカれこんちきが魔法の一発も当てられない様には笑いが止まらなかったが……」

「私も……今も地面で生首状態のゲロカスを見てると日々のストレスが抜けていく様で……」

「でも……いくら彼があのドクズ生ゴミを沈めてくれたとは言え……」

「いや……あのクズ金ゴミ虫を成敗してくれたんだ。それだけで悪人では無いというのは十分じゃ無いのか……?」

「お前ら悪口のバリエーション豊富過ぎんだろ」

「ガイアも似た様なこと言ってた気もするけど……」


 グレオスの一言で、周囲からの警戒、恐怖、敵対心、悪感情のほとんどが消え失せた。

 ……今のミョルディアにおいて、成金を叩きのめした男というのは、一千万の価値を超えた英雄になれるみたいだ……


「だがそうだとしても流石にこの数の冒険者が揃って賞金首見逃すのはどうよ……?」

「流石に騎士達も黙ってないんじゃ……」


 それでも、どう見ても犯罪者確定の男を見逃すという判断にはひどく当たり前に抵抗があるようだ。


「だから言ってんだろお前ら。ここにそんな奴は来ていない。ここにいるこいつはただ、髪が黒くて、偶々犯罪者と同じで妖精を連れてただけの、すげぇ魔法が使えるだけのガキ、そうだろ? それに、さっきの見ただろうが。あんな魔法使える奴が、手配書通りの男なら、お前達なんか返り討ちにあうだけだろうが」

「まあグレオスがそういうならよ……」

「そうだな……こいつは剣もなんも使わず魔法だけでこの腐れ頭ぶっ飛ばしたヒーローだものな……」


 ……これ以上、ただの住人も多いこんなところで騒ぎを大きくしたくないというのは、どうやら彼も同じらしい。

 もう駄目かと思ったが……あんな状況が一転、グレオスさんのおかげで平穏無事に解決へと転がりだしたな。

 ……ただ、


「なあところで少女よ。どうやら人違いという結論が出たが、どうも俺は手配された重罪人とそっくりらしく、このまま俺についてくると、そのことでさぞトラブルに巻き込まれるだろう。離れたらどうだ?」

「逃亡生活のお手伝いも頑張りますよ!」

「人違いだって言ってるでしょう!?」

「きっともっとすごい魔法使ってすごい事したすごい人なんでしょう! ああ、知識が足りないばかりにすごいってしか想像出来ない! 是非ともそのすごいことを教わりたく! ええ!」

「知ってたけど聞く気ねぇ!」

「きょ、強烈な子ね……」

「そう! そちらの妖精の方! 妖精なんて初めて見た! 妖精は自然ととても近くて風や妖精独特の魔術に秀でてるのではって話はあるけど会った人が少なくて情報も少なくて! ねぇ、どうなの? すごいの? あなたもすごいの!? そもそもそんな珍しい妖精族がどうして一緒にいるの? どういう関係? あなたの魔法と関係ある!?」

「ふぇっ、ぇぇぇええとわた、私? わた、しは、え、ぇぇぇぇえええっとぉ……!」

「ぉおいそこの長剣の旦那! ええと、グレオスさん!? こんな小さな女の子が不審者一歩手前な奴についてくるのは問題だとは思わないか! 誰が不審者だ!?」

「自分で言って自分でキレんのか……変な小僧……あー……ほら、見たことねぇ魔法を使い、学園都市トップの実力者様を叩き伏せた男だろ? うん、学生達の大英雄ってもんだ。そういうファンの対処は自分で頼むぞ英雄殿」


 こんなやりとりがあっても、一切動かず、全く力を緩めず腰にへばり付いてるロディという、個人的に最大の問題が物理的に離れてくれなかった。いっそロディも解決してくれないかと思ったのに……くそう。

 指名手配されてた件はとりあえず街から出るまでは問題ないだろう。だがそれも、こんなとこでもたもたしていては気が変わったり、制止も気にせず襲ってくる奴が出かねない。早々に立ち去りたいんだが……!


「そうです、見事な魔法でしたよ師匠! 師匠の魔法に私一発で惚れました! ですから私を弟子に……あ、まだ名前も名乗ってませんでしたね。失礼しました私はロディアと言います! あの、師匠のお名前はなんでしょう!」


 ……向けられた、とても真っ直ぐな視線の、とても誠実な初対面の挨拶に、状況も忘れ、表情をしかめるしか出来なかった。


「……師匠はやめろ」

「はい師匠!」

「お前に魔法を教える事になろうと無かろうとだ。師匠はやめろ」

「えぇー、でも師匠、お名前も聞いてませんし!」

「教えるような仲じゃないからな。それでも師匠はやめろ。やめろ……絶対だ」

「うう、ん? ええー……じゃあなんて呼べばー……」


 ――俺に魔法を教えてくれて、俺と一緒に魔法の研究に明け暮れた同志に、師匠なんて呼ばれるのは、駄目だ。

 ああ、もう、どう扱っていいのか分からない。こいつへの向き合い方も、こいつに向ける俺の感情の事も。……ロディでこの調子だ。敵対してしまってる騎士の一員やそれに協力する僧侶様方と不意に出会ってしまったら、どうなることやら。


 俺が過去に想いを馳せ、一人センチに浸っている……そんな時に、そいつは動き出した。

 土を吹き上げ、顔を真っ赤にした男が地面に戻った。


「この……貴様……ッ……貴様が……! 貴様、貴様ァ!」

 声に正面へ向き直せば、言葉にならない感情を、俺への怒りを滾らせた腐れ成金が……意識を取り戻してやがった。

 自分の土魔法で無理やり自分を持ち上げて這い出たのだろう。失敗した。口は封じておくんだった。詠唱できなきゃ何も出来ないのに。

 こちらに怒気を叩きつける成金。鬼気迫るといったその表情に、俺に近づいていたグレオスも、思わず後ずさった。いや……あいつの気迫に引いたっていうか、面倒くささに巻き込まれるのを避けた感じだあれ。


「認めるか……あんな魔法を! しかも貴様が、あの、クソッ、丁度良いさ、あんな決闘、お前みたいな指名手配者が! そんな奴と受けた決闘なんて無効だ! 負けてなんかいない! 貴様なんか獄中に、いや、この場で晒し首にしてくれる! ああ、それで全部全部元通りだぁあ! 貴様なんかに劣っているはずが、本気を出せば負ける訳がないんだぁあああ!」


 グレオスの判断の正しさを証明するように、狂ったような叫びとともに、懐から大型のナイフを取り出して成金が向かってくる。あれは、何かの魔法的な加護がついたナイフか。本気、というのはあの武器のことか。おそらく、魔法のサポート道具。

 こちらに向かってくる成金から、詠唱が聞こえる。ナイフを出そうと魔法使い、やはり魔法で戦うようだ――いや待て、お前その詠唱は。


「マア・フォリエル! 死にさらせぇえ!!」


 特大の火球が迫る。俺と――腰に引っ付いたままのロディに向かって。

 それは、奴の執念が魔法にも効果を及ぼしたか、あのナイフのおかげか、決闘の時よりも威力も、それに伴ってサイズもかなり大きかった。更にあの野郎は近づいてから魔法を放った。火球との距離が近い。避けるのは至難だ。そもそも何より……腰にロディをぶら下げては避けれるものも避けれないし……ロディがいるのに避けるなどという選択肢は無い。……グレオスは逃げたんだからお前も離れとけよ。何でこの状況でも張り付きっぱなしなんだよ。ハヅキは、まあ仕方ない。このままじゃあいつも妖精の丸焼きになる位置だ。流石に離れてろとも、懐に入れとも言えなかったし。

 ……というか、だ。


 ……そうか、お前はロディなんか知ったことかって言う訳だ。そうか。そうだよな。そういや知ってたよ。


 背に抱きついたままのロディ、前を向いているから表情は見えないが、ギュッと、体を縮こめるのが伝わってくる。突然迫る死の気配に、彼女も恐怖している。


 それだけで、あいつの罪状は十分だった。


 火球が、迫る。


「ッ…………ぅ、ぁ、れ……?」


 漏れた驚きの声は、後ろにいたロディから。隣に浮いているハヅキも似たような声を上げている。

 背に隠れていたロディは、何も起こらない自分の身に。

 そして、横で見ていたハヅキは、跡形もなく消滅した火球を見て。


「は……な、ぁ?」


 目の前で、何か呻いている奴がいる。自分の魔法が掻き消えた事が信じられないようで、向かってきた勢いも失い、ただボンヤリと、俺の方へと……俺の振り上げた、縦に半分に欠けた剣を見つめることしかできなくなっていた。


「ガ、イア? 今、のは?」

「見ての通りだが。ただ振っただけだ」

 そう俺はあの瞬間、ただ全力でスフィアを振り抜いただけ。難しいことなど何もしていない。


 その一振りで、火球は跡形もなく消滅した。


 俺はそっと、固まったままのロディの手を解く。


「少し、ここで大人しくしていてくれ」

 軽く頭に手を乗せ、言い、返事も待たずに前へ出る。


「俺とするのは決闘じゃないんだったな。本気の戦いだと。良い覚悟だ。上等だ。一切の躊躇はいらないな?」

「へ、あ」

 踏み込み、横に一閃。

 ィン、と小さな音を立てて、成金の持つナイフの刃が、根元から落ちた。


「ひっ、そん、馬鹿なっ」

「余所見とは余裕だな」

 刃の消えたナイフを愕然と見つめる成金の横っ面にスフィアを叩き込む。無論、今度は刃の無い面で。かつ、とても手加減した一撃で。

 衝撃に悲鳴も上げられずに飛び、転がる成金。

 そのまま胴を足で抑え、倒れ込んだ姿勢の成金に追撃を入れる。こんなやつを殺す気なぞ毛頭ないので、特に加減に気を付けて、頭とかも避けて、ひたすらに攻撃を加える。そうだ、スフィアを弄って殴る用の形状にでもしておこう。うっかり切っても困るし、地味にこの姿勢殴りにくいしな。

 ……ひどいリンチだ、いや、やってるのは俺一人だが。

 などと他人事みたいに考えながら、徹底的に殴り続け……ようとしていたのだが。


「師匠!? 後ろ!」

「は!?」


 突然上がったロディの声と、背後に迫る寒気。

 振り向いた先には、既に振り下ろされていた長剣の影が。その一撃を咄嗟に受け止め……きれる訳もなく、無理やり体を捻り、弾き飛ばされながら受け流す。


「ッチ……まあやっぱ無理かぁ」

「ッ……! どう言うつもりですかね、旦那? 俺は人違いだ、って結論が出ませんでしたかね?」


 そこには、俺に斬りかかってきた長剣を構えた男……グレオスが立っていた。


「そりゃあよ、俺としちゃあこんな場所で暴れて欲しくもないし、その馬鹿ぶっ飛ばしてくれた恩があっからなぁ、穏便に済ましたかったんだが」


 そこで深く溜め息をつき、続ける。


「さっきでさえすっげー苦しかったのによ……流石にそんなモン抜かれたら、見なかったフリも限界ってもんだ」

「…………こ、これはただのよく切れる普通の剣で」

「黒い塊吹き出しながら形変える普通の剣があってたまるか! ったく、魔剣とは書いてあったが想像以上にやばい剣じゃねぇか……あの火球一撃で消すとか、どんな恐ろしい加護秘めてやがんだ」


 心底嫌そうな顔でスフィアを見やるグレオス。


『むぅー……消すー?』

『喋らなかったのは本当に偉いと思うからさ、あともう少し寛容に我慢してくれないか……!』


 その視線と扱いに、やっぱ人間滅ぼそうオーラを出すスフィア。ははっ、そりゃあこんな剣見ちゃったら放って置けないか……! あの状況じゃ仕方がなかったとはいえ、穏便な解決はもうどっか行ってしまったかなぁ!


「そんな恐ろしい魔剣って言うんなら……下手にちょっかいかけずにそっとしておくのが一番じゃないですか?」

「言ったろ、見かかったフリなんか出来そうにねぇ、俺はともかく……周りがな。はぁ……国からの依頼もこなす俺の身としちゃあ、お前レベルの犯罪者を見逃しましたって訳にもな。こうも周りに犯罪者って認められちゃあもう無理だ。それに……その剣は物騒すぎるしな。既に学園の警備隊あたりに通報しに行った奴もいたし、どうあっても大事だ」


 ……グレオスの言った通り、見物していたギャラリーは大きくどよめいていた。いくら殴られていたのが成金とは言え……スフィアの存在は大き過ぎた。

 皆、いくら俺が指名手配犯に間違い無いと思っても、その実感が沸いてなかったのだろう。日本に比べて顔の濃い連中も多いこの世界じゃ、子供扱いされることも多かった俺だ。俺は冗談めかして言ったが、街の人たちは本当に思っていたのだろう、まさかあんな少年が、と。それが、スフィアを見て、目が覚めた訳だ。

 目の前にいるのは、正真正銘の、危険人物であると。

 だが、さっきのグレオスとのやりとりと、成金しかまだ殴られていないという点が、俺を完璧な危険物と見なせない要素になり、ギリギリどよめいているという程度に騒ぎを抑えた様だ。

 だがそれは、あくまで戦う力のない人々の考えで。


「グレオスさん! 俺達も手伝うぜ……!」

「下がってろ! お前らじゃ何人いても吹っ飛ばされて終わりだぞありゃ!」

「一千万が掛かってるんだ……グレオスさんでもそれは聞けねぇな!」

「抜け駆けは無しだ! 賞金は俺のもんだ!」

 冒険者達、それも主に賞金に目が眩んでる感じの連中が、グレオスの制止も聞かず俺を取り囲む。


 ……このくらいの連中なら、適当に捌ける自信はあるが、スフィアの加減をミスるとあのやばい攻撃加護でぶん殴ることになるんだよなぁ……!

 それにグレオスもいる。実力はわからないが……あの長剣はとても質が良さそうだ。良い魔石を使っているのだろう。つまり、そんな魔石を手に入れられるほどの実力者のはずだ。今周りにいる連中とは格が違うだろう。とても気が進まない。だが、もうこうなってはどうしようもない。全員を何とか蹴散らすに留めて、一気に街の外まで逃げ出すしか……くそ、体力持つか……!? MPほぼ尽きてるってのに……! というかハヅキどうしたっけ。うまく回収しないと……何処だ? 確か最後は……


 スフィアを構え、ジリジリ迫る冒険者達と、間合いを図る。牽制しながら、冒険者の様子と一緒に、ハヅキを思いながら辺りを見渡す。そう、最後は確か、そう思い出していると、まさに丁度思い出していた、赤の色が、この緊張を破り、割り込んできた。


「駄目!? 師匠には一杯話を聞かなきゃいけないの!? 邪魔をするなよ貴方達!?」


 しっかりとハヅキを確保した、ロディが、空気ガン無視で突っ込んできた。


「色々おい待てそこの赤ボケ。状況、状況見ろよ」

「状況はよく見ました! 師匠が捕まりそうです! それじゃあ私が弟子になれないじゃないですか……!」

「おい嬢ちゃん! そこから離れろ!? そいつは犯罪者なんだぞ!?」

「邪魔すんなよ!? 引っ込んでろ!?」

「引っ込むのは貴方達です!? この人を何だと思ってるんですか!? 詠唱無しで魔法を唱えた人など混沌期の古い伝承で噂されるくらい、そんな人に会うなどどれほどのチャンスか! それに、話が真実ならあの剣は伝説に語られるディス・フィア、そんな物まで持っている! あり得ないのパレードだよ! この人からは、文献からは知り得ない未知の魔法や未知の技術とか未知の伝承に未知の世界……とても多くの未知が聞けるに違いないんだよ!? その千載一遇の機会を、貴方達こそ何だと思ってるんだ!?」


 ――あまりの剣幕に、グレオスにも怯まなかった冒険者達は、引いていた。


「何だと思ってるはお前の方だ……!? 俺は珍獣か!?」

「珍獣以上です師匠!」

「否定をしろそこはあと師匠やめろ……! で、その手に抱えてるハヅキはどういう事だ」

「きゅ、急に掴まれて一緒に突撃することに……」

「師匠の! 大切な仲間をしっかり保護しておきました!」

「……そうか、それはありがとう、もう大丈夫だろう返してくれ」

「いえ、師匠は剣も構えて大変そうですし私が大事に守ってあげますよ!」


 朗らかに言い放つロディ。

 ああうんなるほど? ……人質のつもりか貴様……!? 弟子にしなきゃそのまま離す気ねぇな……!?

 その登場に、冒険者達は対応に困り、俺は更に身動きが取れなくなる。


「おい、どうすんだあれ……」

「あれじゃあ手出しが」

「構うか、犯罪者庇うような奴はあいつの仲間だろうが!」

「あ、おい!」


 だが、いち早く状況に見切りをつけ、構わずに俺を倒すと決断出来た冒険者がいた。一人が駆け出すと、それに続いて混乱から抜けた冒険者が後を追い、前後から計三人の冒険者が迫って来た。


 その動きを見たロディが、俺を庇うように前に立つ。だが、迫る男達は一切躊躇せず、その足は緩まない。

 正面、片手剣で突きの構えの構えの男。おそらく顔面狙い。ロディを避けて左に回り込む男。払い斬りの姿勢。後方、ちらりと見れば槍の姿が。突きではなく薙ぎ払いの動作。

 一番真っ先に駆け出した、正面の男の剣が迫る。その勢いに、俺を庇って出たロディも、身をすくめる。怖いだろうに、それでも前に出てしまったのだろう。

 だからまず、そのロディを右後ろに庇い、前に出た。

 相手から距離を詰められると思っていなかった冒険者は突きの間合いを見失い、突きへの動作が遅れた。そこを逃さず、成金のように剣を根元から切り落とす。遅れて……刃もない剣で突きを繰り出す男。そこへ、前に出て来る動作に合わせ、足を出し、直蹴りで突き飛ばした。


 今度は、回り込もうとしていた冒険者があっさり突き飛ばされた男に動揺し、動きが鈍った。その隙にスフィアから、力を引き出すイメージをする。

 加護を引き出す。しかし、スフィアの加護で普通に攻撃しては、どれだけ先端を丸めようとも軽く人が死ぬ。だから……


「そぉい!」

「は、ぅぁぁあああああ!?」


 動きの鈍った男にスフィアをただ触れさせて、その状態から振り抜いた。

 ほとんど力の籠らないそのスイングでしかし、その男は後ろに真っ直ぐ吹っ飛んでいった。


「な、ぐおぉ!?」


 そのまま、後ろから迫っていた槍使いの男にぶち当たり、二人仲良く、冒険者の輪に叩き戻された。

 三人の冒険者が瞬殺された事に、唖然とする周りの冒険者たちからは、それ以上攻撃を仕掛ける奴は出てこなかった。

 その代わりに……後ろで控えていたグレオスが、前へと歩み出て来た。


「だから……お前らじゃ無理だって言ってんだろうがよ。しかもあいつ、かなり加減してやがるぞ」


 溜息と共にボヤくグレオス。そう、一応全員、構わず襲いかかって来たとはいえ、ロディはちゃんと避けてたからな。そこまで派手に殴る気は無かった。

 そのロディは……あ、駄目だ。より目を輝かせてる。むしろ抱えられたハヅキが完全に無表情だ、また目が死んでる……どうしてこうなるんだ……うん、なんかごめん。


「心臓に悪いのよ……本当に……! もうどうやって収拾つける気よガイア……!? あの人とか、やばそうよ……!?」


 一転、目が合うと感情豊かに怒ってきた。うん。そりゃそうだ……怒るよな……でもハヅキ、今回収拾つかない原因の一つはそこで人質になってるお前もなんだぜ……!

 何故少女に人質を取られて身動き取れないなんて事になるのか。普通少女を人質に要求を通すも、の……ではないのか?


 ザリ、と言う音に、ハヅキから視線を切り、振り返る。

 冒険者の輪を抜け、グレオスが長剣を構えていた。


「つー訳でだ……今度こそ俺が相手だ坊主」

「あんまりやる気ないだろあんた。ちょっと目をつぶってくれれば穏便に終わると思うんだが?」

「これも国の為に働く善良な冒険者の義務ってもんでね。俺クラスになると逃げれもしないんだこれが」

「最初逃す気満々だったじゃねぇか……」

「捕まえる理由がなかったからな」

「無理やり無くしたって言うんだあれは」

「まあ何にせよ今は理由があるんだ。今度は、ちょっとやそっとじゃ逃がせないな。だからほら、さっさと構えな。それくらい待つからよ」

「ほう……ところで旦那、善良な冒険者というのは、いくら賞金首を捉えるためでも、罪の無い街人を巻き込んだりなんて当然しないよな?」


 俺の切り返し方に、ああん? と構えを緩めるグレオス。


「そりゃそうだがな。だが、例えばその街人が賞金首を庇って邪魔するようなら、それは罪の無い街人じゃねぇよな? まあ、無論殺しなんかしないがよ、引き剥がしてぶん投げるくらいは、俺は躊躇わんぞ?」

「確かに、それはそうだな。じゃあ、誰がどう見ても、賞金首に無理やり連れてかれてる奴なら、どうだ?」


 は? という顔をしたグレオスを無視して、後ろでキョトンとしているロディの後ろに、おもむろに付いて、


「動くな。動くとこいつの首が飛ぶかもな?」


 ――首筋に、スフィアを突き付けた。


 はぁ? という顔で見上げてくるのは、ロディに抱えられたハヅキ。

「は、お前、は、はは」

 察し、吹き出すのを堪えるようなグレオス。そして、


「きゃーたすけてー、殺されるーっ、きゃー! 何もしないでみんなー!」


 とてもいい笑顔で、はしゃいでるとしか思えない口ぶりで、そう宣言した、ロディア。

 あいあむ、人質、と。


「は、ははは、こいつは困った! 人質を取られては俺も手出しできんなー!」

「う、うわー困ったー」

「これは見逃すしか無いなー」


 グレオスと、彼の考えに追従する一部の冒険者から、とても見事な棒読みが飛び出した。冒険者達もも勝ち目のない危険人物なんかに居座られたくないのだろう。評判に関わる事態だしな。


「そういう訳だ。騎士なんかがくる前にずらからせてもらう……! ほらっどけっどけ……! 道を開けるんだよ……!」

「大人しくいうこと聞いてー! 私のためにー! いやーしにたくなーいー」


 こちらからも見事な棒読みだった。棒読みの前に率先して道を作るグレオス。

 ロディを抱え、駆け出す。


「おうお前! 今回は街ん中だったのと貸し一つだったから見逃したがな! 今度は俺から捕まえに行くからよ。覚悟しときなぁ!」


 すれ違う時、グレオスがそう言ってきた。


「貸しだぁ? んなもんないだろ?」

「あんだよ。仕事取り返してくれてありがとぅよぉ。あのドブごみからな!」


 ……ギルドでの会話を思い出す。あの時、成金とグレオスが言い合っていた。ハヅキにも、その会話の予想を伝えたそれは……完璧に予想通りだったようだ。


「……ああわかった! けど、次は無いぜ……絶対にあんたなんかに会ってやらねぇ……!」


 に、と笑うグレオスを最後に。

 振り返らずにミョルディアを駆け抜けた。









「……なんか、いい話風にまとめて来たけどさ、ガイア」

「ぜひゅー、はぁ、はひゅー……何、だ、ハヅキ。はぁ、ハァ……も、ちょい、息……ハァ整えさせて……」

「師匠! 大丈夫ですか! 背中さすりましょうか!」


 ミョルディアを出て――ほんの数十メートルの茂み。

 少女一人抱えて全力疾走なんて暴挙に出た俺は、無様に大の字で地面に転がり、今まさに命が燃え尽きようとしていた。


「さっさと……息……整えて…………もう少し、距離空けないと……!」

「いや、それは分かるけど……どうするのよ、これ」


 ……努めて考えないようにしていたそれを、容赦なく疲労状態の身に突き付けてくるハヅキ。


「大丈夫ですか? 近くの水場まで案内しましょうか? 師匠?」


 それ、とはもちろん、逃げるためとはいえ、連れて来てしまった……俺についてくるため、喜んで誘拐された、ロディアのことだった。

 ……いやいやながら、体を起こしてロディと向き合う。


「あ、起きれますか? 師匠。そうだ、肩貸しましょうか? 師匠」

「…………アマミ・ガイア。ガイアが名前だ……だから師匠はやめろ……ガイアでいい」

「はいガイア師匠!」

「分かった……分かったから……しょうがないから色々教えてやるよもう……! だから二度と師匠と呼ぶな……」

「本当ですか! 約束ですよ! いぇーいガイアさんいぇーい!」

「さんもいい……いやまあそこはいいか……はぁ……」

「……本当に連れてくの? いいの、ガイア?」


 全然良くない。良くないが、こうなってはもうどうしようもない。適度に物を教えれば満足して離れてくれるかもしれない。少なくとも別行動くらい取ってくれるかもしれない。というか取らせる。流石に次の目的地へは何があっても連れていけない。それまでに、こちらからも譲歩して、向こうにも納得させる方向で……


「あ、ししょ……ガイアさん。早速聞きたいことあるんですが!」

「あー……うん、なにさ。移動しながら話せるもので頼む」

「あ、はい! ええと」


 そこで、一呼吸置いたロディは。

 次の言葉で、こちらの呼吸を止めた。


「ガイアさんは、私の何を知ってるんですか?」

空いた……期間が……! 俺は悪くねぇ……! いざ書こうと思ったらフリーズして全く動かなくなったうちのパソ子が悪いんだ……!

サブ環境にiPadを購入。これで速度も上がる……といいですね……


ロディことロディアさんのキャラが定まらない。口調とかニ三転するかも、性格も……

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