決闘と、そんなことをした結果
ミョルディア・噴水広場、その片隅。
運動、訓練、子供たちの遊び場……等に使われる、グラウンドは今。
向かい合う二人の少年と……その二人を取り囲む、むさい筋肉と暑苦しいローブでひしめいていた。
「大事になり過ぎてない!?」
決闘をする。
そう決まって、ギルドから数百メートルのここへ移動するその間に、『成金に一撃かました男がそのまま奴と決闘をする』という話が一瞬で町一帯に広まるという事件があった。
その話に特に興味を持った、迷惑を掛けられた冒険者と、日常的に恨みを持つ学生は、集まれる限りが集まり……その結果、広場は異様な熱気に包まれた異空間と化した。
そのある種団結力とでも言うべき行動力に、驚いているのはハヅキだけで。
「……まあ、あいつをボコるって言うのは、そういうことだよ」
「どういう!?」
どうもこうも。
「前の時も、あの時はここじゃなく学園内で、立会人とかもいたしっかりとした決闘だったが……特に呼びかけも何もなしに、ギャラリーはこれくらい集まったからな……全部ローブだったが。みんな、みんなに嫌われてるんだよあいつは……」
「………………そう。でも、これだけの人の前で勝てなかったら、やばいのはガイアよ? 大丈夫なのよね?」
「一度ボコってる相手だ、問題ない……といいんだがな……」
「ちょっとガイア?」
「いや、ほぼ十割俺が勝つと思う。ただし、少しばかり際どい戦いになる」
あんな野郎を認めるのは癪だが……魔法の腕だけは確かにあるのだ。さっきハヅキに基本クリスタルじゃ碌な魔法を使えないと言ったが、あいつが例外だ。だってあいつ金使い放題だもの。
ちょっとアルバイトしたくらいじゃ到底手が出ない高レベルのクリスタルを、三個も四個も五個も六個も、好きなだけパリンパリンしてやがるあいつは、多様な属性、多様な攻撃手段を持っている。それもそこそこ高火力の。あいつ本人の戦闘能力なんか抜きでも、これだけで脅威だ。それに、あいつは加護付きの魔石装備も、金の力で分不相応な高ランクの装備を所持している。技量が追い付いていないから、スペック通りの強さではないが、今の俺の体力もたかが知れている。
まあだからと言って、こっちもスフィアなんて卑怯なモン持ってんだから、やろうと思えば一発で片づけられる。が。
「スフィアは基本使わないで、魔法だけで戦うつもりだ。それがギリギリな一番の理由だ」
「え……? やっぱり、こんな場所で使うのは、まずいから?」
「魔法だけでボコった方があいつ悔しいじゃん」
「そこぉ!?」
という非常に大事な理由があるので、俺は魔法だけで戦わなければいけない……!
「MPが実はさっきの顔面に撃った魔法で半分持ってかれてるんだよね。魔法さえ無制限に使えりゃあんなぶっぱ脳な素人の魔法使いに負ける要素はないんだが」
「いや、え? 魔剣の祠じゃあんだけずっと魔法使ってたじゃない?」
「あれスフィアの呪い食らう前だったし、ゴーレムの魔石取り放題で貯金もあったからな……というか、あんなところに配置されたゴーレムの魔石があったから、だ。もう滅多にあんなことはないと思ってくれ……初期値だとこんなにもMPに余裕がないとは……俺も驚いている」
あと、つい殴るのに魔力回し過ぎた。
「……まあ、何。そんなこんなでギリギリだが……」
それでも、百回やっても百回俺がギリギリで勝つだろうさ。
「やれやれ、こんな大勢の前で地べたに転がることになるなんて、君もついてないね? でもまあ? この私に喧嘩を売ったんだ。自業自得ってもの」
「はいはい御託はいいからさっさと始めんぞエリート様」
ハヅキとの内緒話も終わった頃に、急に雑音が聞こえたのでつい軽くキレてしまった。
そしてさっさと始めろと言った言葉通り、それが合図となり、決闘が開始された。
「じゃあ遠慮なく食らわせてあげよう! ……leufy・el・furamyuera・furannai……マア・フォリエル!」
クソ成金魔導士からブツブツと、人に発声できるのか、といった感じの声がつぶやかれた。クリスタル魔法の特有の詠唱だ。声に反応し、周囲から赤い光が奴のもとに集まっていく。そして、軽く背丈の倍はありそうな巨大な火球が生まれ、こちらに向かって放たれた。
マア・フォリエル。火属性の上級魔法……まあ上級と言うのはここのクリスタルの区分で、俺が魔王と戦った時に使っていた魔法と比べれば格下の魔法だが、上級の名は伊達ではない。火球を撃ち出すだけの単純な魔法故に、リソースが攻撃力にガン振りされている魔法だ。食らえばただでは済まない火力だって言うか断じて人に向けて撃つような魔法じゃないだろ何考えてんだ、外す気もねえ、直撃狙ってるだろこいつ。こないだのヴェアヴァルフくらい余裕で薙ぎ払える魔法だぞテメェ、決闘中の事故って事で死んだところで問題ないってかだからこのクソは。
「ふッ!」
しかしあくまでも真っ直ぐ火球を飛ばす魔法。来ると分かっていれば、今の俺でも避けるのはたやすい。
クリスタルの魔法はしっかり詠唱も聞こえるし、あいつは魔法名も叫んでくれるからな。
「はん! よく避けたね? じゃあこれはどうかな!」
次に撃ってきたのは水の上級魔法ヴァル・リュート。空中に生み出された水が、龍を模り、波打ちながら俺へと襲い掛かる。動き回り避けにくい魔法だが、どんな軌道で迫るかは知っている。飛び込み前転で何とか躱す。
さらに土魔法グラム・グラディア。成金から俺までの地面に鋭くトゲが生み出され、串刺しにせんとする魔法。だが土の扱いで負ける気はしない。トゲの発生地点を魔力で探知し、先端を避けて、発生の勢いを利用して蹴り上がり、範囲外へ転がり出る。
その後も上級、中級の多種多様な魔法を覚えてるだけ惜しげも無く打ちまくる成金魔法使い。だが、その全てを避けられ、成金魔法使いに苛立ちの色が見えてきた。
更に、いくら何でも上級魔法を撃ちすぎたようだ。今では中級はおろか、下級魔法を、適当に投げつけてくるくらいにまで勢いを落としていた。体力も集中力も無くした下位魔法など、余計に避けやすい。
「くっ、そ……! このドブネズミの様にちょろちょろと! ほら、どうしたんだよっ。逃げてるだけじゃ勝てないんだよ! どうした! 君も撃ってきたまえ、よ!」
苛立ちと疲労で狙いも定まらなくなってきた成金。
……今がチャンスと見た。
言葉と共に撃ってきた風の魔法シェイディ。横一閃、風の刃を飛ばす魔法だ。が、位置が若干高い。
真正面から迫るシェイディに向かって、全く気にせず走り出し、前傾姿勢ですり抜け、成金へ距離を詰める。
「ヒヤァ!?」
……ロスを少なくするため、紙一重で回避を狙ったせいで、フードの中のハヅキが悲鳴を上げるくらいにはギリギリだったみたいだが、まあうん、無傷だしよし。今は決め時、一気に攻める!
「土よ!」
回避で取った前傾姿勢。そのまま地に倒れ込み、その地面ごと、成金に向かって加速する。
「っなぁ!?」
波のように、地面が流れるように動き、俺を一直線に成金のもとへと押し出す。
何が起きたのか理解の追い付いていない成金は硬直し、完全に隙だらけだった。
「手前ぇ如き一撃で十分だ! 潰れろォ!」
まあ、一発しか魔法打つ余裕無いだけだが。
成金の目前まで来た俺は、そのまま高く地面を持ち上げ、大きな土の波を生み出し――
そのまま、事態も理解できないままであっただろう成金を、飲み込んだ。
土の大波を引いていく。おおよそ元通りに、平らなグラウンドの状態に戻った地面に、成金は地面に頭だけ残して地面に埋まっていた。
というか、俺が丁寧に埋めた。
「……うん、見たところ死んではいないな。良かった。あんなのの命なんかいらないからな」
軽くつぶやいた言葉だが、思いのほかあたりに響いた。あれ? と思い周りを見れば、始まる前、そして決闘中も、あれだけ盛り上がっていたギャラリーが沈黙している。
ひそひそと小さく、指を指して何かを言い合っているようだが――
「ガーイーアー……!?」
「うわっ、何だハヅキ、どうし……ていうか何で普通に出てきてんだ、隠れてないと」
「気づいても無かったの!? あんたがあんな避け方したせいで私はフードごと吹っ飛びそうになったんだからね!?」
……おお、言われてみればフードがない。最後のシェイディ避けた時に、巻き上げられた上に斬られたみたいだ。
という事は、今は普通に顔がもろ見えで、ハヅキもバレて……
「最後何やったんだ……あんな魔法は……」
「おい……あの黒髪…………あれ……ギルドに…………」
「妖精? そんな希少なのいる訳は……じゃあ…………あの手配……」
「やっぱり……いやまさか…………」
「でも…………あれ……」
広がった混乱。大きくなった騒めきは俺の耳も届いてきた。
……あっれー? いや待て待てまだこの街に騎士はついてない筈。黒髪とか妖精とか聞こえるけど、うん、珍しいから目立ってるだけだよな……!
『ねぇねぇー、マスタぁー?』
「うおっ……!? スフィア?」
そんな時、突然耳元でささやかれた様に、スフィアの声が頭に響いた。
「お前、しゃべるなって……しゃべってない?」
『私ー、乗っ取りとか出来なかったけどー、精神に干渉できたしー? そんな事よりー、あれー、君ー?』
つまりあれか、頭に直接テレパシーみたいなことが実は出来たと。もっと早く気が付けば……いや、こいつのテレパシーなんて大声でツッコミかましそうだ、使わないに越したことはないな。……って、そうではなく。
「あれ?」
アレって言われても、指とか指してくれるわけじゃないんだからどれだよ……いや、よく見れば指すまでも無いことだった。ギルドの傍だからか、この一帯にはある張り紙があちらこちらにぽつぽつと、塀だの壁だのに貼り付けてあった。
それは、大きくWANTEDと書かれた紙で――その中でも特に多く、目立っている物が――
妖精を肩に乗せた黒い髪の男が描かれた、指名手配書が、そこにあった。
――――――――――
「がっつり指名手配されてる――!」
はっはっはよく見りゃどこにもそこにも張ってあんじゃねぇか、フードで俯いて売り物だの成金だのに意識奪われてたからさっぱり気づかなかったな、はっはっはー……なんでさ!?
「ちょ……ガイア!? 追われてるどころかばっちり指名手配されてるんじゃない!? やっぱり!」
「それもちょっとびっくりだが、いやそもそも何でこの手配書はこんな所まで出回ってる……!?」
おそらく騎士団はまだあの農地に着いたくらいで、ミョルディアまでは来る余裕はないはず……道もここ一本だし遭遇もしてないし……一体何故……
「あ。ここと王都に通信用の魔道具あんだっけ? なるほど、つまりここは一番早く情報が伝わったわけか……」
「なるほどじゃないわよ!? あんなどうでもいい成金の魔法覚えててどうしてそういう重要なところが抜けるのあんた!?」
まずい。つまりあの視線はあれだ。金に困る学生たちが獲物を見つけた目ではなかろうか。そういえば俺の賞金は……1、0、0、0……八桁? 一千万? 一千万!?
ちょ、大盤振る舞い過ぎんだろクソヒゲ!?
「うおっちょ!?」
その、混乱が極まった見事なタイミングで、俺の背中に衝撃が走った。
後ろからタックルされた……!? 決闘の疲れと、手配書の混乱で全く気が付かなかった!? まだ全員ざわざわと混乱してる様子だってのに何て気の早い奴だ――!?
感触からするに相手は子供、小学生くらいの体格。やはり俺を狙うのは学生か。後ろからしっかりと抱きつかれ、がっちりホールドしている。この両腕からは、逃がす気はないという強い意志を感じる。
「待てっ、あれだ、きっとよく似ているだけの偶然って奴でつまりそう人違いであり俺なんかを捕らえてもお金なんかに――――! ッ!?」
とにかく何とかしなければと、勢いだけでまくしたてながら、首だけで振り返り――今度こそ、俺は混乱の極みに至った。
背中に張り付く子供。逃がすまいと必死さのあまり、俺の背中に顔をめり込ませる勢いで抱きついてきてるので頭しか見えない。見えたのは――とても目に馴染む、見間違えることなどない、彼女の――ただ真っ赤な髪のみ。
振り返った俺に、バッと顔を上げたその少女――ロディアはとても勢いよく、
「私を弟子にしてください!!」
――人の話を聞かない時の、キラキラした目で、そう大きく告げた。
詠唱は適当。ギリ聞き取れるけど普通には発音できない感じの言葉。
年末年始ってこんなに忙しかったっけ……体調も崩して投稿ペース最遅を記録しました。でも今から四月までも立て込みそうなのでそんなに更新できなさそう。




