魔法都市ミョルディア
「そういえば、すんなり街に入れたわね。農地ですら衛兵いたのに。街の大きさの割に、詰所どころか門も堀も柵もないし」
「街の周りにとても雰囲気ぶち壊しの怪しい柱あったじゃん? あれが魔物が入ってこれない結界を作ってるらしい。野盗とかは素通しだが。まあ、こんなやばい街で騒ぎを起こそうと思う奴はいないだろうしな」
「どういう街なのよ……でも、思ったよりも賑やかな街ね」
ローブ姿の人で溢れる大通りを抜けていく。
入り口から続くミョルディアのメインストリートは、左右にズラッと店が立ち並ぶ、この街で最も活発な商店通りだった。
目立つ黒髪と、そろそろ顔も隠して歩きたいので、フードを目深に被り歩く。幸いにも街はローブだらけ、この不審者スタイルも怪しまれないというか、むしろ馴染んでいるので非常に助かるところだ。
そして当然のようにスフィアはしゃべらないように厳命、ハヅキはフードの中だった。
多種多様な店、そして意味不明な商品の数々に、フードの中のハヅキは興味津々といった感じで、隙間から覗き込むべく、俺の首や肩の周りでパタパタと動き回っている感触があった。
「こら、あんまり暴れるな。そんなに気になるか?」
「いやだって……気にならない方がおかしいわよ、これ?」
小声でハヅキに落ち着くよう告げたが、まあ、うん、そりゃあ無理ってもんだよな……
「見て、ガイア。あのよく分からない蟹っぽい脚の羽が生えた怪物の絵、『将来の夢』ですって。なりたいのかしら」
「そもそも、それを店に並べてどうしたいんだ彼は。自分の理想図を売るのか。そしてどこへの需要だ。あれはどうだ、ハヅキ。炎ダメージを肩代わりする天使像だそうだ。一回で使い捨てかつ一部でも欠けると効果がないらしい」
「成人女性位のサイズな上に、翼が繊細過ぎて運べたもんじゃないと思うのだけど? あの彫像の形にする必要あったの?」
「防御系の魔法は信仰力とか必要みたいな話も聞くし、あの形じゃないと術式組めなかったんじゃないか? 貴重なアイテムだとは思うぞ」
「さっきのじゃないけど、どこにも需要ないわよね」
「あんなもの背負って炎限定の防御一回のみって誰が使うんだ」
とまあ、商品の中にかなりの頻度で紛れ込み、その溢れんばかりのツッコみ待ちオーラで目立ちまくる商品を前にしては、騒ぐなという方が無理だろう。特にハヅキはツッコみ体質だし。
「まあ、あの天使像の店だって、目立つから見栄えで置いてるだけで本気で売る気でもないだろう。他の商品は(まだ)まともそうに見えたしな」
「一瞬空いた変な間に本音を感じるわ。まったく……外からも酷いと思ったけど、中に入っても見た目通りに酷いわね……」
顔の横にいるので見ることはできないが、ハヅキが今、すごい半目をしているだろうという確信がある。何せ、俺も初めてここに来た時そうだったしな!
「まあ……今になって思えばこの酷さも納得だが……むしろより酷い景色に見えてくる……」
「? どういうこと?」
「……店の人の顔をよく見てくれ、みんな若いだろう」
「え? ……ええ、ホントね。あ、もしかしてみんなアレかしら、ガイアの言ってた、学生って奴?」
「察しがいいな。その通りで、ここにある店の半分くらいは、若い学生が開いてる店なんだ。残りの半分はまっとうな商人が極少しと、この街に何故か多い芸術家や研究家とかの変人など」
「それで、この、なんていうか……」
「全般、質が残念なのはそういうことだ。学生レベルの作品じゃいいものは限られる」
「バッサリ言ったわね……でも、何でこんなに学生が店……を……ぁあー……」
言葉の途中で何かに気付き、とても冷めた、か細く、悲しい声がハヅキから漏れた。
「……学園って何、そんなにクソなの?」
「多分、割と。そうやって学生に稼がせて、その金をクリスタルで巻き上げる、と。あんなものじゃ、基本的に大した魔法も使えるようにならねぇのに」
そう、考えるまでも無い。学生がここまでして金を稼ごうとするのは、クリスタルの為だ。
ある学生はは農業飲食などのアルバイトをし、剣が扱える学生は冒険者ギルドの依頼で魔物を狩ったり、戦いは苦手な学生は薬草や鉱物の採取に行った。そうしてどこもここも仕事が埋まり、探索にも行けず、バイトも無い、そういった学生たちがそれでも何とか金を稼ごうとやっているのが、この店店だった。
「つまりこの商店通りが活気にあふれている事こそ、この街の闇そのものだった訳だ。ははっ二周目になって気が付いた。前回は知る前に問題解決されたからな……!」
「全然笑い事じゃないから……!」
「まったくだ……とは言え、何とかするのも面倒だし難しい……前回は偶然うまくいっただけだし、もう一回同じことやれって言われても多分無理だからな」
それに、前周はしっかり勇者やってここに来ていたが、今回は半ば犯罪者扱いだしな。ふつう取れる手段も取れなくなってる。
「そんな訳で、予定通り今回はスルーだ。人が死ぬような大問題でもないだろうし、それに面倒だし」
「……まあいいけどさ……それでいいの勇者が……っていうか、そんなこと言いながら、わざわざ成金はボコりに来たのね」
「街がクソなのと、そこでクソがのさばるのは、別問題」
学園の人にとっては死活問題かもしれないが、クリスタルが買えなくても死ぬわけじゃない。そんな物で詐欺られるのと、カモられてるのにも気づかず調子に乗るってクソが粋がるのは、訳が違う。
「そもそもだ、俺の信条として、あの手のクズは見つけ次第屠ることにしている……!」
「……結局、私怨100%じゃない。何かあったの……?」
たいした事ではない。ただの学校生活ではよくあることの一つだ。ガキ大将、マストダイ。
話に熱が入り、周りの様子なんて気にしなくなっていたが、ふと明るさを感じた。
「おや……もう道抜けてたか」
目の前では、大きな噴水から溢れる水が光を反射しており、開けた広場と相まって光あふれる空間が広がっていた。
都市の中心部にある、噴水広場だ。
「あら……? すごい、きれいで、普通の街っぽい……?」
「だから、あの通りが特別頭やられてるだけでな?」
清涼感溢れる噴水を中心に、円形に広がる大きな広場。周りには都市の重要な施設、学園へ続く道や、教会、冒険者ギルド、役所などがある。だからせめてここは見栄え良くしたんだろうか。
雰囲気の良さから学生、街の人にも人気で、今も見た感じ、読書して時間をつぶす人、恋人といちゃついてるリア充、すみっこで魔法の練習をしてる学生、ギルドの入り口でもめてる冒険者など、様々な人で溢れている。
「いや待て最後おかしい」
冒険者ギルド。主に魔物との戦闘で生計を立てる冒険者たちの拠り所。集会所であり、酒場であり、依頼の仲介をこなす、まさに俺たちの想像する冒険者ギルドというギルド。
その入り口、よりしっかり眺めると、その少し奥、建物に入ってすぐの辺りがとても騒々しい。その騒ぎのせいで入り口に人が集っているようだ。
……そりゃあもう、何か、非常に嫌な予感しかしない。だが同時に、あれは俺が向かうべき目的地だという直感もあり。
「ガイア、あの騒ぎは……」
「…………とりあえず、様子を見てみるか」
若干足取り重くギルドに近づいてみる。歩みに合わせて、怒号が大きく、ハッキリ聞こえてくる。
「――――ァ!? ――……ぁテメェ!? ……にさまだっつってんだよ!? 俺等の仕事を何で手前みたいなガキに指図されなきゃいけないんだよ!?」
「ハッ、黙ってなよ筋肉ダルマ! 魔法もろくに使えない三流職業の冒険者のくせに、えばり散らして」
「これはお前たちの為に言ってあげてるんですよ? ああ、脳みそまで三流のブォウケェンシャア様にはァ? 難しいお話でしたねェ?」
「おいおいやめろよお前たち。底辺には底辺なりのプライドがあるんですよ? 口でしか強さも表せない凡俗に、頭の悪さまで突きつけたら何もなくなってしまうじゃないですクェベァ!?」
――さて、ギルドの入り口にまで着いたわけだが、どういうことだろうか。やっと見えた中の光景は、何が起きたかさっぱり分からなかった。何故かアッパーカットでもされたかのような姿勢で宙に舞う、顔はよく見えないが身なりの良さそうな服を着て、先程まで話していた、人をイライラさせる声音の持ち主と思われる少年の姿が、まずそこにあり。
そしてその真下から、どうしてこんなギルドに出来たのか、真、不思議でしょうがないのだが、人の腕程の太さの土柱が、ギルドの床を突き抜けてそびえ立っていた。
土柱近くには、吹っ飛ばされただろう少年と、そいつと同じくらい身なりのいい青年が二人。その周りには、事態を睨んでいた多くの冒険者。そして特に彼ら近い場所に立つ、対峙していたと思われる強面が四人ほど。
全員が、突然の出来事に停止していた。
が、一拍して、冒険者達も『誰が何をしたか分からないが、きっとイラっと来てた奴があいつをぶっ飛ばした』のだろうと判断。
結果。
「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「YHAEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ZAMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
ギルド内は、倒れた少年へのバッシングと、攻撃を加えたであろう誰かへの歓声で溢れることになった。
「――ふぅ……一体どういうカオスな状況だ、さっぱり意味が分から」
「あんたの仕業なんでしょアレ――――――――――!?」
ギャラリーでただ一人、事態を完璧に把握できたハヅキは、人の耳元で、器用に小声で大きく叫んだ。
こちらも、歓声に紛れて小声で答える。
「いきなり何を叫ぶんだハヅキ。俺が少し探していた成金のように見える少年が倒れていて、その側に明らかに土魔法による一撃の跡が残っているくらいで誰がやったかなんて――――当然俺だが」
「知ってるわよ!? 分かるわよ!?」
そう、説明するまでも無く、あの土柱と倒れた少年の光景は……クソ成金がいたので、俺が土魔法でぶん殴った結果だった。
「まあ待てハヅキ」
「あんたその語りで始まった時アホな事しか言わないの知ってるわよ!?」
「いやな、俺だっていくらあいつは屠るつもりだったとはいえ、こんな大っぴらに騒ぎなんて起こすつもりもないし、もっと穏便に行くつもりだったんだ。だったんだが……声だけでイラっと来てつい」
「やっぱりアホな理由じゃないの!? そ、そんな状況も良く分かってないのに殴っちゃって……」
「……大丈夫じゃねぇの? この様子」
取り巻きと思われる二人に抱え起こされ、顎を押さえる成金に、依然飛び続ける罵倒と広がる歓声。
「どうせあれだろ、仕事に口出しとか聞こえたし、何か大口の依頼を独占しようとでもしたんだろ。君たちには荷が重いーとかそんな感じで」
「……あー、うん、まあ、この歓声だし、相当なことしてたんでしょうね。じゃあいっかー……いえ、いいのかしら……」
俺の言葉に流されそうになり、ハヅキが混乱を始めた横で、成金の奴がどうにも立ち直ったらしく、ヨロヨロと動き出した。
そして立ち上がった彼は、ブンッ、と右手を空に一払いした。途端、横に残っていた土柱がパリンと砕け、バラバラと散っていった。
土柱の崩れる音に、冒険者たちも歓声を止め、動き出した彼が何をするのかと、静観に入った。
周囲の視線を浴びながら、しかし意に介さず、成金はギロリと辺りを睨み、
――ビシリと、指を伸ばした。
その伸ばされた指の先、何があるのかと、冒険者たちが振り返り、道を開け、その指先に立っているものは、ハッキリ一つだけになった。
ぼんやりと、ローブを羽織って立つ……俺だけが。
「ぐっ……く、この……不意打ちのグライアとはやってくれる……! 凡俗の陰に隠れても誤魔化せないぞこの卑怯者めが……!!」
顎を押さえ、涙目になりながらも懸命に、しかし真っ直ぐに怒りを込めて――ハッキリと、俺を睨みつけてきた。完全に、俺が犯人と見抜いている。ちなみにグライアとは、ここで売っている土属性のクリスタルの魔法の名称で、今俺がしたみたいに、地面が隆起する魔法だ。無論、似てるだけで別物だが。
……ッチ、腐っても学園でトップと言われる男か。魔法がどこから使われたか、魔力の反応を読まれたようだ。
バレた、面倒くさい、どうしたものかなぁ……と、反応に困って立ち尽くしていると、続けさまに成金少年が叫んできた。
「ハン、今の魔法を見るにそこそこは使えるようだけど、魔法が使えるってことは学園の生徒な訳だ。なら分かってるんだろう? この僕に、魔法で挑んでも勝てやしないってことがさぁ。だから無様に、卑怯に、そうやってコソコソ、凡俗を盾にしてしか挑みかかって来れない訳だ。ハッ! 魂の貧しいことだ! 魔法が使える者でありながら凡俗にすら劣る愚昧だな!」
……どうやら、アッパーを食らっても舌は噛まなかったようだ。饒舌に小物臭い台詞が回る回る。
しかしながら、この言い分、この感じ、この展開は、もしや物事が最も楽に運べるパターンに続いてくれるんじゃないか。
調子づく感情逆撫で待ったなしの彼の煽りが来るのを、しかし全く正反対の感情で、期待すら込めて待機した。そして続いた言葉は、
「学園の生徒なら正々堂々正面から決闘を挑んで来たらどうなのかなぁ? おっとぉ、君のような三流以下の下民には酷な話だったねぇ。陰でコソコソするしか能の無いドブを浚って生きる三流ネズミにはさぁ。この私の前じゃあ君程度、立つだけで霞んでしまうものねぇ。何だいほら、言いたいことがあるならハッキリ言ってみたまえよ、ほら、正々堂々とさぁ!」
……前言は撤回しよう。期待通りの発言をされても、殺意しか湧かないことが世の中にはあった。
…………堪えろ……いや堪えなくてもいいのか……? そうだ、希望通りの展開な上に、どうせボコにしに行くのだから……!
「つまり、正々堂々正面から売った決闘なら、受けてくれるんだな?」
ギルドに来てから、初めて口を開いた。大物感たっぷりに、むしろいっそ、そういう雑魚っぽく。
「もちろんだとも。もちろんだが……プッ、ッハ! 蒙昧ここに極まったな! よもやこの私に、魔法で勝てえると思う奴が存在したとはな! 哀れ過ぎて見ていられないなぁ!」
堪え切れないというようにケタケタと大笑いを始める成金クソを無視して、その場の冒険者に大きく宣言する。
「聞いてたなお前らぁ! あんたらの怒りは全部俺が買ったァ! このクソが地面這いつくばるとこしっかり拝んどけ!!」
さて、ローブに隠れたちんまい奴から、こんな荒っぽい言葉が飛び出すとは思っていなかったのか、皆、一瞬面くらった顔をしたが、そこは血の気の多い冒険者、一瞬で、割れんばかりの歓声をもう一度起こした。
「決闘だぁぁあ!」「おいおい兄ちゃん大丈夫かぁ?」「ちゃんとクソガキぶっ殺せんだろうなぁ!」「頼んだぞ!」「殺せェ!」「殺れなかったら覚悟しろよ!」「やっちまえ坊主!」「二度と見れねぇ面にしてやれ」「殺れー!!」
……血の気多すぎひん?
いや、あっれ、もっと穏便な人とか……頭脳派の理性的な人とかも冒険者やってるはずだよな……あ、ここ学園の生徒も多くが金稼ぎに来るっけ……最初からヘイトあり過ぎたのか……
……少し、パフォーマンスが過ぎた気が、急にしてきたが、ま、まあこれで、どうせ逃げないとは分かっていたが、必ず決闘にはなる……つまり、この衆目の前で堂々とぶちのめせる。
ローブでは隠しきれてない口元に大きく笑みを浮かべ、ギルドの外、広場へと向かう。
さて、二度目の天誅だ。
体調崩したり執筆時間取れなかったりで一か月も空いてしまいました。
ぼちぼち再開するとは何だったのか。
これからも私の発言は真に受けず、期待せずにお待ちいただけると幸いです。




