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魔王を倒したらクリアだと思ってました  作者: アトアル
一章 魔剣があれば楽が出来ると思ってました
1/35

エンディング

「グギャァァアアアアォオオオオオオオオオオォォォォォオ」

 闇の龍が吼える。

 最後の力で、この世の全てを憎むように、呪うように。その声からは、恨みに満ちた響きしか感じられなかった。

 そうして、どれほど叫んだだろうか。

 やがて声は止み、邪龍の巨体は力を失い、地に倒れ伏した。

 俺は邪龍――魔王を貫いていた聖剣から手を放し、座り込んだ。

 ――――長い戦いだった。

 一昼夜に及ぶ激戦だった。最後に放った、仲間の支援を受けた聖剣の一撃が決まらなければ、勝ったのは間違いなく奴だ。それほどに、際どい戦いだった。

「……終わった……」

 達成感、安堵、今までの疲労。

 全てから解放されたような気分に、緊張の糸は切れ、俺は邪龍の横から動けず大の字に倒れた。

 ボロボロになって所々天井の抜けた魔王城。

 そこから見える夜空は白み始めていて、ああ、もう夜が明けるなと、ぼんやりと思った――






「…………それで、どういうことだ」

 ……俺の記憶にあるのはそこまでだ。

 気がついたときにはここにいた。

 ただ、真っ暗な空間。右も左も前も後ろも黒一色。地面も定かではなく、立っているのか、浮いているのかもあやふやだ。

 ……一体、何が起きた。

 魔王を倒した。そのはずだ。

 魔王城、その玉座にいた邪龍。深く暗い、おぞましい闇の波動。圧倒的な威圧感。まさしく魔王と呼ぶに相応しい強大な敵だった。

 ……実は致命傷を受けていて死んでしまった?

 いや、確かに死闘だった。だが、勝利したときには十分体力はあった。変な状態異常、毒や呪いといったものも受けた記憶はない。


 ……そうだ、現に魔王城の外まで歩いたはずだ、思いだした。自分の足でピンピン……までは行かないが、僧侶に肩を借りて普通に歩けていたじゃないか。

 そして、朝日を、

「――――――――ッツ」

 そうだ、朝日。あれを見ていた時。急に世界にノイズが走って――



 ザザッ、ザ、ザザザ、ザッ

 朝日に目が眩んだその時、光にやられたのか、目の前の景色が欠けたように飛んだ。

 とたんにラジオのチューニングに失敗したかのように、テレビの受信が乱れたように、耳にノイズが鳴り、視界はドットがが欠けたみたいに乱れ、点滅していた。

 これは、そうあれだ、まるでファミコンのカセットをプレイ中に引っこ抜いたあの感じだ。それが突然目の前の現実で、世界が丸ごとバグってしまったかのように始まった。

 俺は明滅する世界に、不快感と吐き気を催し、耳から離れないノイズに三半規管までやられ、もはや天地の感覚も無くなり始めて、完全にパニックになっていた。

 いつまでも続くかに思えたその状態は、だが今度はラジオのチューニングが合わさるように、徐々にノイズが消え始めた。

 明滅する世界も黒い部分が増え、やがて点滅しているのは一本の白い棒だけになった。

 体の感覚はなく、目は開いているのか閉じているのかも分からない。それでも、網膜に直接刻まれるかのように、暗闇の世界で、その白線の点滅だけがあった。

 それはまさに、入力待ちのカーソルのようで、その直感通りに、誰かがタイピングしているのか、暗闇に文字が刻まれた。








 B A D  E N D 1




 ――――――――と。







 

 ――そのまま文字が消えると同時に、気を失って今に至ったのか。

 天地が分からないほどの黒一色の世界。だが、さっきとは違い、自分の手足は見えている。視界はまともなのかもしれない。そういえば、無駄に長くて目にかかる前髪も視界に入っていた。少し自慢のさらさらの髪も無事らしい。まずそもそも、光も見えないのに体が見えるというのもおかしい気がするが。いや、そんなことよりも、もっとおかしなことがある。

「……バッドエンド、だと?」

 あらゆる意味で意味が分からない。散々一年もファンタジーやらされて来て、いきなりこのゲーム的な演出もそうだし、そもそもBADってなんだBADって。俺魔王倒したじゃん。テンプレ的に国王に『勇者よ、魔王を倒してきてほしい』とか頼まれて。完璧なゲームクリアじゃん。ハッピーエンドでめでたしめでたしじゃん。何がどうしてBAD? 何故にホワイ? そしてどうなってんだこの真っ暗な世界どこここ? BAD? BADだから? 何かしらの罰的な空間だったり? いやそれだと意味分かんないし理不尽にも程があるし。いや駄目だ、あらゆる意味で意味が分からない。

 答えの出せるわけもない、疑問・疑問・疑問に、頭から?マークを飛びまくり、思考はぐるぐる回りまとまらない。

 黒い世界で一人、大混乱する俺だったが、神は俺を見捨ててはいなかった。

「そう、ばっどえんど、というやつじゃ。久しぶりだの、少年」

 ――文字通り、神が。

 最初の召還以来の――女神様がそこにいた。

 …………そぉかー、何かと思ったら、最初の神様の異空間かここー……




「……で、一体どういうことなのか説明してくれるんですよね」

 再会の衝撃も抜け、なんとか挨拶も返してから、ようやく本題を切り出せた。

 ちなみに、今は神様がどこからか、イギリス人がおしゃれなティータイムで使ってそうなイスとテーブルを用意してくれたので、それに向かい合って座っている。

「うむ、そのためにわざわざ時空を超越したわらわの空間にまで呼んだのだからな、少年、天海水星あまみガイアよ」

「頼むからフルネーム呼びはやめてくれそのキラッキラすぎる素敵ネームで呼ばれると震えが止まらないんだ。ガイアってのも厳しいが名前だからしょうがない、ガイアと呼んでくれ……って最初の時も言わなかったっけか?」

 天の海の水の星。故にガイア(地球)。この時点でかなりのツッコミが来る。そこを乗り越えても、ガイアって何だよセンスすごいっすねー! となる。マジでよくこんな名前にしやがったよ家の両親は。何も考えてないんだろうが。

「うむ、覚えておるぞ――故にフルネームで呼んだ」

「やっぱどうかしてんなあんた!?」

 カッカッと、目の前で尊大に笑う女神様。だが、見た目は八歳くらいの幼女なので威厳は全く示せず、かわいさと微笑ましさだけが漂っていた。うん、ちょっと許した。

「……言っておくが、これは主の好みに合わせた、言わばさーびすと言うやつじゃからな? その気になれば、神々しくて目がつぶれるような絶世の八頭身美女余裕じゃからな?」

「人をさらっとロリコンにしてんじゃねぇ!?」

 まあちっちゃい子も好きだけど! 別に彼女にしたいとか幼女じゃないと駄目とかそういうのじゃないから! ライクだから! 法に反するようなやましい気持ちとか持ってないから!

「まあそういうことにしておいてやろう。もっとも、今のわらわの体は主の思念を読み、最も望ましい姿のいめーじを、信仰として受け取り作り出された依代であってな、つまり」

「それで! さっきのバッドエンドについて何ですが!」

 これ以上この話題を長々としてもしょうがないし、何も良いことはないので無理矢理本題に戻すべく、大声で打ち切った。決して焦ってなどいない。

 女神も、弄りに満足したのか話題の切り替えに乗り、こう言った。


「あれな、よい演出であっただろう」

 うん?

「ただ呼んでもつまらんかと思い、主が好きなげえむを参考にしてな、わらわが作った」

「アレあんたの仕業かよ!? じゃあBADって言うのもあんたの主観かまさか!?」

「む、心外な。わらわはちょっと、主にえんたーていめんと、というものを味わって欲しくてだな。演出に凝っただけじゃぞ」

 ぷんすこと頬を膨らませて、おこな女神様(外見年齢8歳)、話の重要さに映像が全くかみ合わない。

 

 そして、バッドエンドだというのも撤回する気はないらしい。


「……じゃあ聞きますが一体何がBADだと? 魔王倒してめでたしめでたし、ってところだったでしょう」

「主のした冒険じゃとそう見えるのじゃろうな。じゃがそれは違う。主はまだ何も分かっとらん」

「どういうことだよ?」

「そもそも、わらわは主になんと頼んだ」

「? ……魔王を倒してこい?」

「たわけ、そんなことをいったのはあのクソヒゲ大王じゃろう」

 大層えらそうなお髭のダンディに、酷い言い草だった。でも、あれ? 神様もそんな感じのニュアンスのこと言わなかったっけ?

「わらわが頼んだのは『この世界を救ってくれ』じゃ。それは『魔王を倒す』とは意味が異なる」

「な、に?」

 魔王を倒せなんて言ってない?

 必死に耐えてきた命がけの異世界生活が、死闘が、今までの冒険全部が、報われたと思った魔王の撃破が……まさか、最初から間違ってたと、こいつはそう言っているのか!?

「まあ一つ安心させておこう。世界を救うことと同義ではないとは言ったが、魔王を倒すこと自体は間違っているという訳でもない」

「もう何がなんだかわかんねぇよ……じゃあ、あんたの言う世界を救うって何なんだ? 何をさせたかったんだ?」

 というか、最初の説明でそんな抽象的なこと言ってないで詳しく教えてくれよ。おかげでどうにも無駄足踏んだ感がすごいんだが。


「それは……               」

「あん?」

 急に口をパクパクしだしてなんだ?

「             ……やはり駄目じゃな、この情報は伝えられんようじゃ」

「おい全部説明するって話じゃないのか」

「誰もそんなことは言ってないと思うがの。まあすまんとは思うが……わらわが話せる内容には制限があるのじゃ」

「制限? 神なのにか?」

「うむ……この世界を作ったのは、わらわなのじゃがな、だからと言って好き勝手にいつでも何でもころころ弄り作り替えられたら、そこの住人はたまったものではないじゃろ?」

「まあそりゃあ、たまったものではない、で済まないよな」

 地殻変動で大陸沈没、とかそういう規模、いやそれよりも上か。もしや消そうと思えば跡形もなく歴史ごと人とか消せたりするのだろうか。

「わらわが作った世界じゃが、作ったからには一応責任があるじゃろ? あんまり無責任にほいほい弄り捨てるようなことがあってはまずいと思ったんじゃ」

「それは自分が無責任に世界弄り倒して捨てる性格だと分析出来たってことでいいのかな?」

 その最悪な事実の確認はさらりと流された。


「そこで手出しをし過ぎぬように世界そのものに管理人……神のようなものををつけたのじゃ。そやつの許可なしには干渉できぬように、わらわの力を分けたのじゃ。そこで奴と作った、いくつかのルールがあってな。その一つが、創造神は例外を除き、直接世界に干渉してはならない、じゃ。このルールのせいで、わらわ自身は問題解決に向かえん、と言う訳じゃな」

「……いや、世界滅ぶような危機なんじゃないのか、それでも干渉できないってどうなんだ?」

「本当にどうしようもなく、大地が腐り星が死ぬところまで行っても許可はほぼ出ぬな。今回のはその一歩手前くらいまで行きそうじゃし、今の文明は見ていて楽しいからの、何とかしたかったんじゃが」

「頭の固い神だ……うん? じゃあ俺になんやかんやするのもルール違反なんじゃないのか?」

「うむ! そこでわらわは知恵を絞ったのじゃ、この世界に直接干渉出来ないなら、他所の世界から間接的に弄ればいい! と、この勇者送り込みを思いついてな。それでこんな無駄に危険で困難な厄介事を引き受けてくれるお人好しを探してな!」

「そんな条件で選んでたのかおい!?」

 聞きたくなかった。もっと秘められし力が、とかそういうのをさ!?


「まあなに、これはこれで誇れる才じゃて。それにわらわも主には本当に感謝しておる、こんな姿をするくらいにはな」

「それはもういいです」

「とまあそんなわけで世界神と組んだルールの穴をついて主を送り込んもうとしたのじゃが……出来たのは本当にそれくらいでな、具体的な指示を与えたり、思考を誘導するような真似は干渉し過ぎと見なされたんじゃろうな、おかげでほぼ何も伝えられなかった」

 なるほど、一応ちゃんと理由はあったのか……


「じゃあ今説明出来てるのは、もう旅も終わったからか?」

「終わったからと言うより、主の旅の功績という奴じゃな」

「ほう」

 今まで無駄骨感しか感じない話ばかりだったからな、俺の旅にもやっと意味があるということが―――

「もっと言うと、ばっどえんど1の解放ぼーなすじゃ」

「畜生駄目じゃねぇか!?」

 ちょっと期待してたのに! がんばったのに! ていうかそうだ――

「そもそもそこだ。何がどうなってバッドエンドなんだ、俺は納得しないぞ!?」

「うむ、やっとここまで話が来れたの」

 ふぅー、と大きく一息つく女神。


「それはじゃな、このえんでぃんぐの解説なんじゃが

 ――あの直後、世界が滅ぶ」


 …………はい?


「皆仲良く、一様に、人も魔物も区別なく、どかんじゃ」


 …………………………


「まじ?」

「まじ」


 ……………………………………………………


「ぱーどぅん?」

「まじ」






「何がどうしてそうなるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」




 ひとしきり絶叫した俺はぜぇぜぇと肩で息をしていた。

「ハァ……ッゴハッ……ゼェ……ゴホ……そ、それで、だ…………ゲホッ」

「叫びすぎじゃて、まあ気持ちは察するが落ち着け」

「それで、世界っが、滅ぶだと、何でだ!?」

 落ち着けるかっ。今直ぐちゃんと説明しやがれ!?

「魔王は倒しただろ!? じゃあいったい後一体何があるってんだ!? 何が起きた何のせいだ今からでも止められないのか!?」

「もう手遅れじゃ、絶対、100%間に合わぬ。……むう、詳しく説明したいのは山々なんじゃが……あいにくほぼ発言権がないの」

「ああん!?」

「いや待てそう睨むでない……いや待った、すまんて、謝る、謝るて、ごめんなさいじゃからその凄むのはやめるのじゃ!?」

 女神様が土下座しそうな勢いだった。流石に、見た目八歳児に土下座させるわけにも行かないので、なんとか落ち着きを取り戻す。

「それで……説明も出来ないならこの世界も救えなかった役立たずの無駄骨折りに一体何の用なんです? 魔王倒すのが目的じゃないのに魔王倒してあげくに世界も救えていないただの道化に何の用だってんですか」

 ケッと吐き捨てるように言う。落ち着きはしても、受けたショックは心を荒ませて余りあった。

 救えなかったのだ。目の前の幼女に頼まれて、王様に押しつけられ、なし崩しに始まった旅だったが、それでも、この世界は楽しかった。この世界の、皆の命がかかっていたから。町の人も、仲間も、いい人達だったから、救えるならがんばろうと、そう思って来たのに、救えたと思ったのに、これじゃあ全部無駄だった――

「ま、まあまあ、わらわがほんの少し祝福を授けたとは言え、ただの少年だった主がここまでやったのじゃ。十分誉め称えられることじゃて! それに初見でここまでなんじゃ。次はもっとうまくやれるじゃろうて」

――――――――――――――――――――

「次?」

「うむ、そのために結末が決まった時点で主をここに呼び寄せたのじゃ。改めて頼もう。勇者よ」

 そうして俺は二度目となる女神の言葉を聞いた。



「――この世界を救ってはくれぬか」



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