表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘い毒薬

作者: 神谷アユム

 かわいらしいジッパーのポリ袋に包まれた、いかにも手作りらしい、優しい形をしたチョコレートを、一粒つまみ出して、口に入れる。チョコレートは甘く柔らかく口の中でほどけ、そして喉の奥に消えていく。

 バレンタインデー。女の子が男の子に、チョコを送って想いを伝える日。それが正しいとするなら、私は伝えられる想いを持たない。もう一粒、つまみ上げて口の中で溶かす。こんな気持ちは、どこへも行けない。

「先輩先輩! あの、私チョコレート作ったんです! もらってください!」

 そう言って、笑顔でチョコレートを差し出してきた彼女を思い出す。正直、驚いてしまった。「友チョコ」という文化は知ってはいたが、他人と関わるのがそんなに上手ではない私には、縁遠い話だった。

「あ、あのね茜ちゃん、私、お返しにあげられるものとか持ってないから……」

 断ろうと思って、嘘をついた。本当は鞄の中にまだ、数少ない友達と交換した時に余ったクッキーが――大人数でもないのに、数え間違えてしまった――入っていた。クッキーのこともそうだが、私が彼女にあげられるものがないということ自体、嘘だった。

 彼女になら、何でもあげられた。内向的、と表現するには少し暗すぎる性格で、同級生には多少友達がいても、面倒見もよくなければ愛想もよくない私は、後輩には見向きもされない存在だった。――先輩って、暗くて怖い、という言葉は飽きるほど耳に入った。でも、私は変われない。ずっとこうやって生きてきたから。ずっとこうやって生きてこられてしまったから。だから、そういう言葉は甘んじて受け入れようと思った。これは、罰だ。みんなの望む「先輩」になろうとしない罪への、罰だ。そう思ってきた私に、唯一先輩先輩と懐いてきたのが彼女だった。

「先輩って、実は美人さんですよね! 髪も黒くて長くてきれいだし。どんな手入れしてるんですか?」

 そう言って私の髪を梳かす手を、私は振り払えなかった。彼女はなにかと私のそばにいるようになった。シャンプーの話なんて、友達ともしたことがなかった。

 彼女は私を、休みの日に外に連れ出したりもした。そのうち後輩たちの嫌な噂も聞こえなくなった。一度、彼女が私を悪く言っている後輩に笑顔で、――先輩はね、と話しているのを聞いてから、私は彼女に、すべてを捧げてもいいと思うようになった。

「先輩は、そんなに簡単に愛想を振りまいて、誰にでも好かれようなんて思う、安っぽい人じゃないんだよ。ほんとは、優しくてかわいいところ、いっぱいあるんだよ。ほんとに大事な人にしか、あげないだけ」

 気づかされた。私の中で彼女が「ほんとに大事な人」になっていること。大好きな人になっていること。

 元々男の子は怖かった。大抵は私の暗い性格や容姿を敬遠して遠巻きに悪口を言うばかりだったし、近づいてくる男の子は「私」ではなく「女」を欲して近づいてくるのが怖かった。話したこともない男の子が「私」の何を知っているというのだろう。なら、別の「女」でもいいじゃないか。そう思うと、告白されても受け入れる気にはなれなかった。彼が好きなのは「私」ではなく、「私の姿をした女」だ。

 彼女だけが見てくれた。「私」を見てくれた。「誰にでも好かれようなんて思う安っぽい人」になりたくないと願っていたことまで、ちゃんと。友達の誰も知らない「ほんとに大事な人にしかあげない」気持ちのことも。ただ闇雲に、先輩先輩と懐いているだけだと思っていたけれど、本当はそうではなかった。彼女はすべて、わかっていたのだ。だから、すきになった。

 小さな袋のチョコレートは、残り二つ。食べてしまえば、何か大切なものを失うような気がする。でも、一気に食べてしまわないと泣いてしまう気もした。

「お返しなんてあとでいいですよ! 先輩のために作ったんですから、受け取ってもらわないと困ります!」

 あきれるほど、舞い上がった。私のために、作ってくれた。それなら私も、あなたのためのものを返さないといけないと、そう思ったので、鞄の中の余ったクッキーは出さずに、ただありがとうと言って受け取って、その場で一つ食べた。私のために作ってくれたものなら、この場で感想を言うべきだ。

「……おいしい。茜ちゃん、お料理上手なんだね」

 それだけ言った。心臓がばくばくと高鳴った。今思えば、私は彼女に何を期待していたのだろう。

「ほんとですか! やったー! 先輩ありがとうございます! これで、彼氏にも安心して渡せます!」

 そりゃあ、そうだ。優しくて明るい彼女には、それを守る王子様がいて当たり前だ。私みたいな、ただ気まぐれに視界に入っただけの「女」が、何を勘違いしたのだろう。

「じゃあ、先輩も頑張ってくださいね!」

 彼女はそう言って、私にぎゅうっと抱きついてから、去って行った。何を頑張るのか全くわからなかった。ただ、彼女の体温だけが、残酷に、生々しく、体に焼き付いた。それでわかった。何でもあげられると思っていたけれど、こんな汚い気持ちは、渡せるはずがないのだと。

「私先輩が男だったら、絶対彼氏にしたいです! 先輩と付き合う人って幸せなんだろうなぁ」

 彼女がいつか、そんなことを言ったっけ。いつの間にか、袋の中身は最後の一つになっていた。それをつまみ上げて、舌をだし、お行儀悪く口に入れて、ねぶる。

 私が「男」だったなら。あなたの恋人に、なれたのかしら。そんな疑問は口の中のチョコレートと一緒に、溶けて流れて毒になる。

 甘い甘い毒薬は、いつ、私をころしてくれるのだろう。もう、誰にも用のない私を。

できれば、この次に投稿されている「苦い良薬」と合わせてお読みください。

やばい、悲恋にしたのに幸せにしたい病がうずきだした!


……まあ、気が向いたら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ