課題2:戦いはキャラセレクトから始まっているという事
ああ、あれからどうなったんだったか……。
確か不慮の事故でトラック転生とか言うやつと同じような状況に陥ってしまって、それから――――
「おきてください!」
戻りかけた意識を手繰るようにゆっくりと、頭の回転速度を上げようとレバガチャしていた所に痛みが走る。
「いってええ!」
目を瞑っていた為に何を打ち込まれたのかは分らないが、ライフゲージが2割程削られた気がした。
つい最近似たような状況で起こされたよなあこれ?
「あっ、気が付きましたかー」
「ピヨり値溜まってるとこに強パンチ撃ちこむのやめてもらえません?」
目を開けると眼前、俺の頭上に上段でグーを形作る手が浮かんでいた。せめて起こすなら弱パンチとかにしてくれ頼みます。
ゲージ消費技とか入れてこないだけ良心的だと思うことにしておこう、うん。
過ぎた事を考えても仕方ないか。ふと気づけば頭の後ろに当たる柔らかい感触に、膝枕をしてもらっていたようだということを認識する。何だか毎度すみません。
「あー……看病してくれてたのか、ありがとう。所で――――」
体を起こし辺りを見渡す。目に映る物はほぼほぼ何もない白い部屋の中だろうか。殺風景で何も配置されていないてことはトレーニングモードのステージみたいなものか。
気づけば減っていたライフゲージも既に元通りの10割に戻っている。
「此処がキミの言っていた別の世界なのか?」
分からない時はこの場所へと連れてきた本人に聞けば手っ取り早いだろう。
「違いますよー。先に手続きをしないといけませんので寄り道です。通称……あーうーんえーっと、そ、そうだ!」
頬に人差し指を当てながら小首を傾げ思案する可愛らしい少女の姿が目に映る。何か丁度いい答えを思いついたのかぱあっと顔が明るくなったと思うと口を開き、
「通称、メンタルとタイムのルームです!」
おいおいおいおいちょっと待てそれはヤバくない? ねえ!?
何でそんな不思議そうな顔でこっちの様子伺ってんの? ねえ!?
触らぬ神に祟り無し、オーケーこの話題はもうやめよう。この場所については後回しにして手続きとやらをさっさと進めようと思う。
「それで手続きっていうのはどうすればいい?」
「え? もう終わりましたけど?」
そ、ソウデスカ……。
内容の方も教えていただけると助かるのですが。
「手続きについてですけれど、教えていただいた『小足見てから昇竜』? という能力の付与と、こちらへ移る際に思い浮かべて頂いた姿への変更許可の2つです」
会話は噛み合わなくても心の声は通じているようだ。やはりそういった便利な超能力が使える存在なのだろうか。
しかし動きを見せてまで説明した昇竜についての理解がついてきていないようだ。これは理解出来るまでここのトレモで623ぶち込むべきか? この、ええと名前聞いていないな。
と、ここまで来てやっと気づく。
そういえばこの子の名前も何も聞いていなかったな、と。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね!」
どうにも考えていることを先読みされる。ご都合主義もいいところだが聞く手間が省けたようだ。
彼女は立ち上がると言葉を続ける。
「私はこの辺の世界を担当している天使代行のレイチェルと申します」
完全にアークシステムです、本当にありがとうございました。
挨拶と共に挑発ボタンを使いスカートを掴み形式ばった挨拶をしてくれた。
「レイチェルか。俺の方も自己紹介してなかったな、俺の名前は――――」
「あっ忘れてました! その姿に合った名前を考えていただかないと」
手を合わせさも今思い出しましたと言わんばかりに俺の言葉は遮られた。
そういえば姿を思い浮かべて云々言われたっけか。咄嗟の事でうまく出来ていたかは分らないが――――
多分想像していたであろう姿は、今やりこんでた格ゲー『アアススタ』の4作目に当たる作品『アアススタ -silver dream-』に出てくる持ちキャラの『服部ブラック』になっていることだろう。
こいつは普段は公務員だが、忍者服部家の末裔であり1作目から出てくる暗器の使い手だ。筋骨隆々ではないが、細身の長身にしなやかなで強靭な筋肉を携えた老紳士キャラだ。
特徴は起き上がり時間(他のキャラは固定フレーム数)を調整することで起き上がりに合わせて相手が重ねを合わせることが難しく、こちらのリバサ昇竜の発生無敵も合わさり拘束されづらいキャラクターだ。
そう、そのはず。そのはずなのだが……
眼前へと持ち上げた腕は細く白い。
筋肉など無縁とでも言いたげなこれは、どういう事だろうか。
頭に過る疑問を解決するかのように「今姿見出しますからちょっと待って下さいねー」というレイチェルの声が耳に届く。やはり頭の中を覗かれている。
立ち上がり彼女の近くへと向かうと、
「そいやー!」
とか言いながら波動コマンドをキメて来やがった! おいやっぱりこいつワザとやってない?
咄嗟の事にガードも間に合わなかったがノーダメージ。何も飛んではこなかった。
直後、ドカドカと重量のある物体が落ちてくる音が後ろから聞こえる。振り向くとそこにはタンスや丸机等の家具が降ってきていた。成る程上から降ってくるタイプの飛び道具か、こういうのは大抵強弱で距離が変わったりするんだったかな。
これで空まで飛んだりしたら画面端上空に陣取る大会禁止キャラの動物屋さんになりそうだな。
しかし降ってきた家具の中に姿見は見つからず、そいやそいやと数回ほどレイチャルは同じコマンドを入力していた。発生は固定ではなくランダムらしい。
「出ましたー。これが今の姿ですよ、いい名前を考えてくださいね!」
そっと鏡の前に押し出された俺が目にした姿は――――
「あー……DLCの課金カラーだこれ……」
予想していたキャラではなく、同じく『アアススタ』の1作目から登場しているキャラクター『逢坂ダークネス』の限定カラーリングになっていた。
「どうしてこうなった……」
頭を抱えその場へとへたり込んでしまった。
一体何を間違えた?
俺の筋肉ライフは一体どこへ?
ああ、一晩中サブキャラのコンボ練習なんてしてたからだろうか。神様どうか助けてください。
「神は言っていました、ここで死ぬ運命ではないと。ですがステージセレクト手前でもう一度キャラセレやり直すのはちょっとマナー悪いので無理なのです」
確かに相手のキャラセレ見てから選びなおすとかされたら自分でもムカつくだろう。すんなりと納得し大人しくこのキャラで行くことに心を決めた。
名前……そうだな、どうせなら色交換になった親友キャラの方の名前でも使うことにするか。
「名前は『幸村ホワイトノート』、白と呼んでくれ」
こうして俺は異世界で、俺より強い奴に会いに行く事になるのだった。
アアススタに関しては作者の創作なので元のゲームは存在しません。