課題1:起き上がりには飛び道具を重ねておく事
深夜のコンビニはやはりいい。冷たい空気が体を撫でる感覚も勿論だが、軽い運動で眠気覚ましにも効く。
今日も俺、竹原大吾は格闘ゲームのネット対戦に興じるため夜更けまで起きていた。
時間も遅いしなるべく物は食べないようにおにぎりをふたつとペットボトルをひとつ。それとレジ前の惣菜が残っていたのでそこに陳列されていた唐揚げを買った。
信号を待ちながら早々に唐揚げをつまむ、旨い。やはりホットスナックは素晴らしいなと考えていると次第にこちらへと差し込む光が強くなってくる。
顔を向けると、突如、目の前にトラックが突っ込んできて――――
あまりの出来事に俺は咄嗟にブロッキングで高威力の一撃を凌ぎ、大足で相手のタイヤを刈り取る。不意の反撃にバランスを崩したトラックは片輪走行を決めながら脇をすり抜け横転した。
「危ねえ、危うく轢かれるところだった……」
アスファルト上を金属が引きづられる音も聞こえなくなり一息ついていると、不意に俺を中心に四角く切り取られたかのような影が差した。
振り向くとそこには先程横転したはずのトラックが再び迫ってきていた。
横転からの復帰は180フレーム程度、そこからレバーを2回俺の方に倒し加速していたようだ。
「なっ!?」
驚愕の声を上げるも、強溜めバンパーでガードを崩しレバー半回転のドリフトを決め速度の乗った荷台の後部で空中に打ち上げられてしまった。
「がぁっ!!!」
激しい痛みが通り抜けていく。トラックは後を追うように飛び上がりエリアルへと移行する。
空中弱バンパー×5>中バンパー>大ワイパー>弱バンパー×2>236ドア開閉……
コマンド技を使ったことからエリアルコンのラッシュが終わったと思い空中受身を取ってしまった俺は、
トラックの投技でドアに挟まれたまま地面へと打ち付けられ――――
――――現世での命を引き取った。
◇
「――――――さい」
なんだ……?
「――――ください」
誰かの声が……
「おきてください!」
開きかけた視界を一部遮るように影が落ち、額に衝撃が走る。打ち込まれた上段強パンチが脳を揺らした。
「いってええ!」
跳ね起きた俺の隣りに座っていたのは小柄な少女。すごく綺麗な金のロングヘアを両サイドに束ね揺らしていた。
そう、例えるならループ世界に陥った某格闘ゲームに出てくる傍観者を名乗る少女のような。ただ、服装は黒ではなく白でふわふわした、天使のような姿だった。
この流れは蒼の魔道書が出てくるやつだなーとか考えながら呆気にとられていると心配した少女から声が上がる。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
「……ノーガードに打ち込んできたのはキミなんだけど?」
苦言を呈すと顔を下げ「ごめんなさい」と謝ってきた。
「ああいや、俺の方こそ……。死んだと思ったんだけどキミが助けてくれたんだよな? それとここは一体……」
空の色は夕焼けというには淡いオレンジ色、足元は雲のように白くふわふわとしていて、周りにはシャボン玉のような物が浮かんでいた。全体的に見るとパステルカラーの淡い色使いと言った感じか。
「本当にごめんなさい。こちらの手違いで貴方を死なせてしまいました」
は? 今何と?
死んだ? 俺が?
深く頭を下げる少女の真意が掴めず、呆然としてしまった。
「あの、もしかしてまだ状況がよく分かっていませんか?」
「俺が死んだ? ホントに?」
「はい……」
目の前の少女は悲しげな顔をしていることから、本当に悪いことをしたと思っているのだろう。それもそうだが、重要な事がもうひとつ。
「やっぱり起き上がりに飛び道具重ねとかなきゃ駄目だったかー。おにぎりとペットボトルもってたのになあ……」
そう、ダウン起き攻めはしっかりとやらなきゃいけない。これは最近の俺の練習課題だった。
「あ、あのー……」
気を取り直したのか俺の様子を伺う少女は意味がわからないと言った様子。
「えーと、怒らないんですか? どうしてこんな目にー、とか」
どうやら俺が怒り出すと思っていたようだ。
「別にわざとじゃないんだろ? それならこれは俺の対応力の課題だ。それとも何か怒ってほしかったのか?」
そう言いながら少女の頭を軽く撫でてやった。
「ふぁあ、ありがとうございます……あっそれと!」
一息つき、撫でられながらも少女は続ける。
「こちらの不手際ですので、代わりにひとつ何でも言って下さい!」
「小足を見てから昇竜が打てるようになりたい」
特に疑問に思うでもなく、つい口からこぼしてしまった。それは昔伝説の格闘ゲームプレイヤーが使ったと言われている技。俺もそれが使えればきっと今よりも強くなれると憧れていた。
「何ですか? ちょっとよくわからないです」
少女が首を傾げるとそれに合わせて束ねた髪も揺れていた。どうやらうまく伝わらなかったらしい。立ち上がって見本を見せる。
「こんな感じで相手が下段弱キックを放ってきた一瞬を見極めて――」
スッとローキックをかなり低めに、足首を狙うかのような地面すれすれを2度3度と往復させる。
「瞬時に反応して、それを避けてえぐり込むようにアッパー!」
拳を握り相手の胸から首へ、顎を下から殴り抜ける様な動作を取りつつ軽くジャンプしてみせた。
「どう、こんな感じなんだけどさ」
「何となく分かりました。相手の機微を察知し機敏な動作で顔を吹き飛ばすんですね!」
「いやいやいや顔は吹き飛ばさなくていいから、別にアッパーじゃなくても蹴りでも何でもいいからさ」
何だか物騒な認識をされているみたいなので訂正しておいた。
「うーん、そうすると威力というよりも振動や衝撃で揺らす様な感じのほうがいいですね。わかりました!」
確かに昇竜拳も衝撃みたいの出てたしそんなもんかな。
「ああそれと、炎が出たり風を切り裂いたりも出来るといいな」
「おー、何だかかっこいいですね!」
どうやら少女にも昇竜の良さが伝わったらしいと俺は嬉しくなった。
「あと言いづらいのですが……元いた世界ではもう死んでしまっているので別の世界に生まれ変わる形になってしまいますが宜しいでしょうか?」
「宜しいも何も他に選択肢はないんだろ」
「そうなんです……」
良いも悪いも既に死んでいる訳だし、他所でコンテニュー出来るってことは1クレジットもらったようなもんだしな。
「姿なんかもこれからの世界に合わせなくちゃいけませんので、えーっと」
少女が立ち上がると、周囲を光の粒子が立ち上るように照らしていく。
「理想の肉体とかを思い浮かべながら目を瞑って下さい」
言われるがままに瞼を下ろすと次第に意識が遠ざかっていった。
その時俺は、持ちキャラのしなやかな筋肉を持つ老人ではなく――――
丁度練習していたサブキャラの方の、細身の少女を思い浮かべていた。