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悪魔のPC

作者: 頭山怛朗

 私はファミレスの店長をしている。


 その男は店に入ってきたのは午前七時頃だった。男は空席が目立つ店の中で窓から遠い一番奥の片隅の席に座った。男は疲れていた。異常にやつれ、目は虚ろだった。

「ドリンク・バー」と、男は言った。

 さらに男は言った。「突然、店を出るかも知れない。金を先に払って置きたい」

 私は代金を受け取った。

 男の顔を何処かで見たことがあるような気がしたが、どうしても思い出せなかった。

 男はノートPCを開き画面を見つめた。そのPCにはロゴ・マークが一切ない不思議なPCだった。男はPCをただひたすら見つめ続けた。キーボードには一切触らなかった。音は聞こえず動画を見ているのでも、音楽を聴いているのでもなかった。折角、料金を先払いしたドリンク・バーも一切利用しなかった。

 少し、いや、大分異様の男だった。

 そのうち、店員達もその男の異様さに気づいた。「気味が悪い」と、店員達が言った。

 さらに気味が悪いことが起こった。男が突然消えたのだ。それもノートPCを置いたまま消えたのだ。

 誰も男が店を出て行ったのを見ていなかった。防犯カメラにも男が出て行ったシーンは写っていなかった。駐車場にも男が乗ってきたと思われる持ち主不明の車も自転車も無かった。

 あの男は何処から来て、何処へ行ったのだろう?

 

 男が残していったノートPCを私は自宅に持ち帰った。不味い行為である。犯罪、泥棒である。しかし、悪魔に魅入られるように、私はそのPCを自宅に持ち帰ってしまったのだ……。

 二・三日後、自分の勤務時間を終え自宅に帰り時間つぶしにテレビを見た。翌日は休みだった。

 そこに、あの男が映し出された。“謎の作曲家、謎の失踪! ”。 男は数年前、突然現れた作曲家。でも、今では皆が彼の曲を求めた。J-ポップス歌手、演歌、コマーシャル・ソング、テレビ・映画の音楽……。実際、彼の作品は音楽面は疎い私でもよく知っている曲ばかりだった。

 男が残したPCを思い出し、机の上で開いた……。

 私は高校時代から小説家になりたかった。歴史に残る、数百年後の世界でも読まれている小説を書きたかった。それで、PC相手に小説を書き、あらゆる雑誌の新人賞に投稿してきた。でも、出来映えはひどいものだった。自分でも分かった。恐らく担当者が数分、数行読んで、ゴミ箱行きだろう。

 PCの電源が勝手に入り、ワードが勝手に立ち上がり、文字が勝手に打ち出された。凄い小説だった。PCは“あっ”と言う間に原稿用紙百枚分を書き上げ、ある文芸誌の投稿サイトに入り私の名前で勝手に投稿した……。

 疲れた。ただPCの画面の見つめているだけだったのにひどく疲れた。そのくせ、ベッドに入っても少しも眠れなかった。元の戻るのに数日、かかった。

 私が投稿した小説は文芸誌の新人賞に満票で選ばれ、そのまま芥川賞に選ばれた。

 文芸誌の編集者から次作の依頼があった。あのPCを開けば小説の一本や二本簡単に書けるだろ。でも、それは“命取り”だと思った。私は死にたくはないので、「書けない。待って欲しい」と答えた。

 そのくせ、私は操られるようにあのPCを開いた……。また、ひどく疲れ、とてもファミレス店長の仕事を続けることは無理で「辞職願」を出した。「ファミレス店長なんて、馬鹿馬鹿しくてやってられませんか? 」と、本部の担当課長が皮肉な笑いを浮かべ言った。

 新作も評判が良かった。「ノーベル賞が貰えるかも? 」とまで文芸誌編集長が言った。

 実際、作品はよく売れ、銀行口座の残高の桁が増えた。でも、私の健康状態は少しも改善しなかった。あらゆる健康ドリンクを飲んだが少しも効き目がなかった。病院も行ったが“原因不明”と言われた。

 原因は私には分かっていた。あのPCだ。勝手に小説を書くPCだ。あのPCは“ノーベル賞が貰える”小説を書く代わりに、私を食い殺す。あの男も、このPCに食い殺されたのだ。

 それでも、私はPCを開いた。まるで、薬中になったようだった。


 私はある日、あのPCを持ってK珈琲店に行った。若い女が注文を取りにきた。

“今度はこの女か!? ”と、私は思った。


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