強敵
森を歩けば野獣に襲われ、湖へ水を飲みに行った時も野獣に襲われる。
争いに塗れた毎日を過ごして半年ほど経った時、とうとう雨風を防ぐことのできる洞穴を見つけた。
中を覗いてみるとそこまで深いわけではないようで少し進めば行き止まりを示す壁にぶつかった。
壁や中の環境を軽く調べてみても特に異常なことはなく、住むには十分な条件が揃っていた。
その日収穫した木の実や仕留めた野獣の死体を中へ運び込んだ。
既に外は日が暮れかけているため、今日はもう洞穴で夜を明かそうと決めた。
しかし日が落ち森の中が闇に包まれた時、洞穴の出口を囲む木々がざわめく音を聞いた。
この半年で手に入れた自分の武器、レーベルタイガーという野獣から採取した40cmもの白く輝く牙を持ち洞穴から出る。
木々のざわめきは激しさを増し、その正体を現す。
体長3mはある大熊、耳は尖り目は血に塗られた様に紅く息遣いは荒い。
自分が仕留めた野獣の死体の匂いに誘われたのか、それともここの洞穴の宿主だったのか。
どちらにしろこの洞穴の中に入れるわけにはいかない。
現れた大熊を凝視する。
すると視界には既に見慣れた相手のステータスを表す文字と数字があり、驚愕する。
『バクーレンLv.102』
「ひゃ、102!? うっそだろ……」
今までこの森の中で戦った野獣の最高レベルはレーベルタイガーの76であり他の野獣のほとんどは50から60程度であったため半年という長いとは言えない時間ではあったが、この森にはレベル76を超える野獣はいないと思っていた。
しかしそんな考えは勘違いだと思い知らされることになる。
「グォオオ!」
驚きに体を硬直させている七戸へ向けてバクーレンは爪腕を振るう。
バックステップで避け、振るった腕の方の肩に手をおき、全体重をかけて体制を崩させる。
ところがバクーレンは崩れた体制をもろともせずもう片方の爪腕を振り上げた。
「くっ……」
寸前のところで体を逸らすが、虚を突かれたことで反応が遅れ左肩をかすめ、皮膚が裂けて血が溢れ出る。
しかしただではやられない。
ただでさえ崩れた体勢な上、かなりおお振りな攻撃を見せたバクーレンの脇へ右手に所持していたレーベルタイガーの牙を突きたてた。
「硬すぎだろ……」
牙の先はバクーレンの皮膚で止まっている。
いや、もうこれは皮膚と呼んでいいのだろうか、牙の先を止めているものは金属のように鈍く輝いていた。
またも爪腕が振るわれるが二度は同じ手はくわない、屈んでそれをよけ地面の土をバクーレンの顔へ投げつけバックステップで距離を取る。
「ガァアアアア」
目を潰され、大きく吠えながら爪腕をめちゃくちゃに振り回すバクーレンへ牙をゆっくりと構え狙いをしっかりと定める。
バクーレンの爪腕の軌道を読み、左脇へ潜り込み喉へ一閃。
「これを止めるのかよ」
放った一閃は一本の腕に阻まれていた。
バクーレンにはこの森の上位者として、捕食者として磨き上げられた野性のカンが七戸の一閃を捉えたのだ。
それを野性を肌で半年のあいだ感じ続けていた七戸はそれを理解した。
その上で今度は距離を取らずそのまま胴へ蹴りを入れた。
もちろん効いている様子はなく、完全に位置を把握したように七戸へ顔を向ける。
「勝負を仕掛けるならやつの目が潰れている今しかない……か」
一度目を強く瞑り、開く。
その目には暗闇に包まれた森の中にもかかわらず光が差し掛かっていた。
七戸の超能力の1つ"変化目視
ターンビューリング
"あらゆる変化を見通すことができるようになり、相手の動きを漏らさず把握できるようになる。
こちらへ伸ばしてくる爪腕を牙で軌道をずらし、今度はその腕に拳を叩き込み横へ移動する。
それに対応してバクーレンは体をねじって腕を鞭のやうにしならせラリアットのごとく振るう。
その一撃は近くにあった木をまるで意に介さないといった感じで叩きおった。
その事実に一瞬驚く七戸であったが気を取り直し背後に回ってハイエルボーを入れる。
そのあとは七戸がバクーレンの周りを駆け回り、攻撃をよけスキあらば効くはずもない蹴りや拳を振るっていた。
そろそろバクーレンの目が回復してくる頃になった頃、いつの間にか手に握られていた石ころを投げる。
バクーレン自体ではなく頭上を越え、音を立てて背後の地面に落ちた。
一見投擲ミスに見えるこの行動、しかしこれは七戸が思い描いたイメージ通りだった。
バクーレンは石ころが落ちたところへ視線を移しす。
その瞬間、バクーレンの背中を蹴って頭へのぼり、目へ牙を突き刺した。
土をつけられたときは比べ物にならない絶叫があがる。
普段のバクーレンであればこんな初歩的な手口にはひっかこらないが、今の場合は目を潰され、かく乱され、時々注意を引き付けるやうなことを行って注意力が劣るよう仕向けたのだ。
バクーレンはたたらを踏み足の重心がもう片方の重心へ移った瞬間、その移った軸足へ足祓いを入れる。
人間と熊では体重差で足祓いなど効くはずもないが、重心の移動という点を考慮した足祓いは的確に相手のバランスを崩した。
七戸は跳び、鼻をつかんで押し込む。
とうとうバクーレンは転び、後頭部を地面へ叩きつけた。
しかし七戸は止まらず眉間へ牙を刺しこんだ。
「グガガガァアアァァァ!!!」
またも腕を振り回し始める。
流石にこの距離ではこれをよけながら追撃するのは難しかった為距離を取る。
すると、ずっと2本足で立って戦っていたバクーレンは四つん這いになって這っていくようにその場から立ち去ろうとする。
それを追いはしなかった。
七戸とて無傷というわけではなく、直撃はなかったもののかすったことによる切り傷が体中につけられ、足元には小さな血だまりができていたからだ。
シルバーウィークの最終日、映画へ行ってきました。最高面白い映画でなんだか蟻を可愛いと思えるようになりました。
明日から平日、辛いですが頑張ります!