神の代行人
一人の青年が真っ黒で何もない空間に佇んでいた。
しかしその青年は動く気配がない、なにも話さないどころか置物と比喩しても遜色の無いほどだ。
そんな青年の前に一人の男が現れる。
「こんにちは黒川七戸くん、気分はどうかな?」
「……」
その青年の名を呼び問いかける男、その声は黒川七戸という名の青年が瓦礫の下敷きになる直前に七戸へ問いかけをしていた声だった。
男は自らの問いに答えない七戸を面白いものを見るかのように見据えながらこう続ける。
「たしかに死ぬ直前の感覚を受けてしまえば話す気力なんてあるわけないよな〜。でも俺の立場からすればそんなことどうでもいいから要件を話すよ、信じるか信じないかは君次第だけどね」
「まず君は死んだ、トンネルが崩れる直前に運悪くやって来て巻き込まれた。ここにいる理由は君の過去を振り返ってみるとどうもやるせなくてね、それに不思議な力も持っているみたいだしちょっと俺なりのサービスってことでここに呼び寄せたのさ」
「……運悪くて僕が悲惨すぎたからここへ呼び寄せた……か」
「お、しゃべった。そうだよ、で続きだけど俺は君にもう一度チャンスを与えようと思うんだ」
「チャンス?」
「フフフ、君は異世界転生という言葉は知っているかな?」
「知ってるさ……その類の本は少しばかり読んだことがある」
「そうかい、なら話が早い。君には異世界転生をしてもう一度人生を送るチャンスをあげよう」
「おもしろいことをいう……そんなことを信じろと?」
「君がそう思うなら仮の話として考えてもらえばいいから次起こることを予想してみてよ」
「……仮にそれが本当だとしたらお前は僕を見知らぬ空間に呼び寄せた、なら次は僕にチートをよこすってところか?」
「正解、まぁ主人公によっては暴れてそれをなだめる作業を挟むことがあるんだけど、君は大人しいんだね」
「別にもう生きることに未練なんてないからな……それに僕は今のことを夢だと思っているし」
「未練がないのは仕方ないことだよね、あんな仕打ちを受けたんだ、まぁそれだから呼んだんだし」
「じゃあ君の回答通りチートをあげちゃおうかな」
「待て、僕はチートなんていらない」
「そんなこと言わないで、君には向こうの世界で死んでもらっては困るんだよ」
そういうと男は黒川の肩に手を置き、体に大きな衝撃が走った。
「……ぐっ!」
「痛かったかな? ごめんね、でも終わったよ」
「お前、無理やり僕にチートをつけたのか?」
「……俺は君が力を持ちすぎて大変な目にあったことは知っている、でも納得して欲しい。君の世界の感覚では生き残っていけない、向こうの世界は甘くないんだ」
「僕が力不足だといいたいのか?」
「そう、君は向こうの世界に行った時知り合いはいないし家も所持品もないんだよ? 君のいる世界の基準で考えちゃだめだ。まして超能力を使わずに生きていけるなんて甘いことは考えないことだよ」
「それに、俺が君に与えたチートはよほどのことがない限り周りの人から気づかれないものを2つ選んであるから支障はないと思うよ」
「1つではないのか?」
「君にはすぐ死んでもらいたくないからね。本当に出血サービスのつもりなんだ」
「どうせ取り除くことはできないんだろ、だったらそのチートの内容を教えろ」
「秘密だよ?」
「……はぁ?」
「だから秘密〜、そうしないと君のおもしろい反応が見れないじゃないか。まぁ、ちゃんと理由があるんだけどね。でも君は不思議な力を持っているから少し控えめにしてあるけど」
「1つ目の理由は君は向こうの世界に行った時すぐにそのチートを理解できるからここでわざわざ説明することはないんだ、これ習うより慣れよっていうんだっけ?」
「2つ目の理由はそのチートを知ってしまうと君自身がどうなってしまうか見当もつかないんだ、俺はこのチートをできれば発動することなく過ごして欲しいんだけどね」
「お前がそんなに大げさに言うのならこれ以上は追求はしないし僕の人生を狂わせなければなんでもいい。だがまだひとつ納得できないな、お前の話が本当ならお前のようなちゃらけた奴が転生なんて大それたことをすることになるんだが、そこんとこどうなんだ?」
黒川が男に悪そうな笑みを浮かべて問いかけ、男はそれを腹を抱えて笑い飛ばした。
「ははは、僕にできるのかっていいたいんだね? 君はおもしろいことを言う、俺はこう見えても神様代行人なんだよ? だから神様に代わって君を転生させるなんて造作もないことなんだ」
「……ふーん、お前のようなやつでもそんな偉い居座れるんだ、その世界とやらはいい加減な世界みたいだな」
「ほお?」
「でもだからかもしれないな、僕は異世界とやらを少しおもしろそうだと思ってしまった」
「やっぱりそう思ってくれるかい、嬉しいよ。でも、もっと君と喋っていたいんだけどそろそろ時間が来てしまったみたいだ。向こうの世界は今いる君の世界とはまったく違って斬新だぞ」
「早いな、僕としてはもう少し文化のことや世界事情についてを聞きたかったのだが。まぁ仮でもいいから僕の狂ってしまった人生をやり直せるならなんだっていいさ」
「俺はあくまでも代行人だからね、そこまで長く君をここにとどまらせることはできないんだ」
目の前に広がっていた真っ黒な闇はゆっくりと光が差し込んでいき意識も薄くなっていった。
男はそんな黒川の様子を眺めながらはっと、した様子で叫ぶ。
「黒川七戸くん!いい忘れてたけど君が転生する体は……」
黒川は男の言葉が言い切られる前に意識を失いその場から消えた。
「……行ってしまったか」
男は残念そうな表情を浮かべながらその場でどろりと溶けるように消えた。
読んでいただきありがとう御座いました。
ベッタベタな展開ですが次も見て下さると嬉しいです。
そういえば青年と少年の違いってなんでしょう?
書いている最中そんなことを思いました