骨と押しかけ嫁
なにか、疲れていたんだと思います。たぶん。
彼は困惑していた。長々と人生からモンスター生へと生きていた中で一番当惑してるといってもいい。
ただし、表情にはでることはない。
なぜなら表情をアピールできるほどの肉がもうないからだ。
先日、スケルトン生100年記念をしたばかりだが、白さと折れたことがない骨がじまんである。その前のゾンビ生は数年も持たなかったので、感慨深いものである。
そして、人生は40年くらいだったように記憶している。内臓などすべて無いのにどこに記憶しているのだろうとかそんな不毛な事を考えてはいない。ちなみにスケルトン生が終わったら、レイス生が待っているだろうと信じている。
そんな人外にキラキラしたまなざしを送っているのが育ちの良さそうな娘である。
ここは人外魔境とでも言うべきモンスターの楽園であり、推定人間はおやつとしてむしゃむしゃされたり、愛玩動物としてさらわれたりのが日常だ。そもそも人間はあまりやってこないが。
やってくるのは変人か行く先のない者か、犯罪者くらいなものだ。
手の甲に犯罪者たる刻印が刻まれているのだから、犯罪者でいいだろう。たぶん。
彼はその娘に問う。
『それで、なにをやった?』
「きいてくださいよぉ」
から始まる身の上話は長かった。気が長いほうと分類される彼であってよかったというくらいに。
『要約すると悪女にはめられるのがわかっていながら、静観してここまでやってきた、と』
「おおっ、コンパクトなまとめ方で良いですね。良いです。なので、嫁に貰ってください」
……全く、脈絡がない。そもそも国家追放されてまで、自分に会いたがる人間がどうにも彼には想像できない。
生前もゾンビのときも現スケルトンでももてたことはないのだから。
自分で言っていてむなしくなるが、事実である。人生であった頃と言えば、一言で言えば、熊、である。可愛らしい方ではなく、どう猛なほうの。そんなののゾンビなど恐怖でしかなく、スケルトンである今でも同類の中ではかなり大きなほうである。
威圧感ぱないですね、とはよくいわれる。
『何故?』
「冷静ですね。勢いで押してしまおうと思ったんですが、うむむむ。まあ、アレです。生前のと言ってはアレですが、活躍を色々調べていたらついうっかり恋しました。絵画などの題材にされているので、もう、ときめきが止まりません」
彼に目があったら丸くしていただろう。しかし、そこにあるのは窪んだ眼窩のみ。奥にともった小さな炎が揺れるのが精々だ。
「最後の城を守った話ではもう、涙が止まらなくてですね、ああ、何故、側にいれなかったんだろうとさえ思いました。まあ、私が生まれる、ええと120年くらいまえの話ですが。その後目撃談とかを追いかけて、吟遊詩人に弟子入りして、いろんな民話を集めた結果、ここにいると確証が持てましたので、きました」
清々しい、やり遂げたような笑顔だ。
彼はなんだか気圧されたように一歩後ろに下がった。
『……幻想ではないか?』
「いやぁ、素敵な骨ですよね。人体骨格好きですよ?」
彼は何だか下心満載のような目で見られている気がして身を隠したくなる。なぜだろう、どこかのオヤジにセクハラされる女子のような気持ちがしてきた。
「まあ、同族の嫁がというのであれば、ゾンビ生を夢見て死にますが」
あっさりさらりと大変なことを口にする。
変なのに執着されたのではないだろうかと彼が危機感を覚える中、長いヒモを取り出す娘。
『やめろ。別に、同族を求めているわけではない。そんなのそこらにいるだろうが』
この地域では死んだら大体はゾンビになって、結構スケルトンになって、運が良ければレイスになってそこから数十年から数百年で消滅する。
それ故にスケルトンの数は相当居る。破壊されなければ、死ではないので当たり前と言える。昔はこの魔領と呼ばれる辺境から出ていくものも多かったが、今では少数派だ。
さらに最近では、魔領での引きこもり問題があり、領地にいるスケルトン過密が問題視されていたりもする。もう仕方ないから、人間の領地奪っちゃう? みたいな会議に彼も呼ばれたことがある。人間であった頃の知識と現在の状況のすりあわせとか色々口出しした手前、なんとなく人間には悪いことをしたなと思ってはいるのだが。
「そうですね。一杯居ますね。うーん、でも、一番素敵です」
『……そうか』
なんとも言い難い気持ちをどう表現していいのだろうか。彼はスケルトンになってから初めて思い悩んだ。
思い悩んだ末に一つの特製を思い出した。昔々、暇つぶしで魔王が考えたという呪術。
『かつての姿に還らん』
魔力で肉体を覆い、人っぽくなるものである。骨格にあった昔の姿が再現されるのだが。
「……あのぅ。そんな素敵な姿になって私にどーしろと? 襲って良いって事ですか、そうですか。じゃあ、さっそく」
躊躇無く、抱きついてきた。とっさに両手を挙げたのは自分からは触ることが何か恐ろしい気がしたからだ。
「うーん。素敵な胸板。こう分厚いのが良いのですよ。すごく良いのです。ぐふふふ」
すりすり、すはすは。
擬音で説明するならそんな感じである。
「ぎゃーっ!」
彼にかつてこんな悲鳴をあげさせたものはいない。いや、幼い頃、近所のお姉さんにお風呂に連れ込まれた時以来だろうか。
色々過去あったことにより改正された呪術で彼はちゃんと服を着た状態で人間もどきになっているはずである。
「しあわせですぅ」
やけに嬉しそうな声だ。
両手を挙げた状態でコレでどうしろと言うのだろうかと見下ろしても現実感がない。長身を越えてでかいと言われる彼である。ちょうど胸のあたりに娘の顔が当たる。つむじしか見えない。
なにこれ。
彼はほとほと困り果てた顔でなんと声をかけていいのか考えていた。
「ところで、おひげはどこに行ったんです?」
「ふぁっ」
スリスリしながら見上げるという動作をした娘に動揺する。
なぜなら、人とのふれあい事態、この100年ほどなかった。今更ながら柔らかい体の感触がわかり何故か焦る。
「これはこれは、誤算でしたね。良いことです」
にんまりと言うのが正しい笑みで不吉なことを言われる。彼は冷や汗が出てくるのを自覚した。人の体とは不便だったと思い出したとも言える。
「なで回しても良いのですよ? ぐふふ。ご褒美です」
「断るっ!」
「ちっ。中々身持ちが堅いですね。良いでしょう。じっくりねっとりお楽しみしましょう」
なぜだろう。
今までの長く生きてきたが、一番の危機な気がして仕方ない。彼はため息をついた。華奢と言える体の娘。振り払うにはいささか危険が伴う。人外になってもきっちりレベルアップしているので手加減しても生命力の残り1とかになりかねない。
どこぞの人間マニアに押しつけよう。
どこか現実逃避ぎみに考える。
たぶん、それはムリ。とは気がついていたけれど。
彼は首を振って処置無しと。
それは間違っていなかったのは、某四天王と某魔王に会ってよく理解するのはちょっと先の話である。