~八十九の巻~ 戯れ
皇子様の其の何とも怪しげな笑みの意味を解せず、人目が無くなった事に私がほっとして、肩の力を抜いておると、
「貴女というお人は、全く困ったお人だ。」
何故か皇子様が額に手を当てて、又大仰に嘆かわしいという表情をなされていらっしゃる。
「も、申し訳ござりませぬ、私は何か粗相を致しましたでしょうか?」
「私は田舎育ち故、父にも常に注意されておるのでござりまするが、気を張っておりましても、ふとした瞬間に素が出てしまいます。」
「ご不快な点がござりましたら、お詫び申し上げます。」
すると皇子様は、
「はぁ。」
と又一つ大きな溜め息を吐かれて、
「いえ、そうでは無いのですよ、貴女は粗相など何もなさっておりませんし、何も悪くは無いのです。」
「まぁ、強いて申せば、貴女の困った点は、其の無防備さでしょうか。」
「無防備さ?」
「貴女は本当にお解りになられておられぬのですか?今ご自身が置かれておる状況を。」
(?)
「はぁ、やはり困った御方だ、青馬殿もさぞかしご心配だった事でしょう。」
(えっ?セイが?何を?)
「まぁ其の様なところが、逆に放って置けぬところなのですが・・ね・・・。」
「皇子様?」
「まだお解りになられませぬか?」
「男がですね、欲しいと思い、求婚しておる相手と、人払いさせて、斯様な離れで二人きりになるという事が如何なる事か・・・。」
「あっ・・・!」
皇子様の其のお言葉を伺った途端、私は辺りの静けさが急に気になり始め、落ち着かなくなってきた。
俄かに恐ろしくなり、思わず一歩後退る。
「漸くお解り戴けましたか。」
「貴女は先程、周りの目を気にしておいででしたが、侍女を下がらせた事で、反って今頃は私達が此処で何をしておるのか、屋敷中の侍女が話に花を咲かせておる事でしょうね。」
「人とは、己の目で見る事が出来ぬ事に対しては、より一層、想像力を掻き立てられるものではないですか?」
確かに仰る通りだと思うた。
私は一時の感情で愚かな行いをしてしまうた。
私が俯いて、己の浅はかさを悔いておると、
「然れど・・・、」
「私と致しましては、其の方が話が早いですし、皆の想像を事実にしてしまうのもまた一興です、故に敢えて貴女の望み通りに致しましたが。」
皇子様の、其の何とも怪しげなお言葉に、驚いて慌てて顔を上げると、
「あははははは、申し訳ありません、冗談ですよ。」
「貴女と居るとやはり面白い、私は一生楽しく暮らしてゆけそうです。」
皇子様は、其の場で声も出せず、ただ口をパクパクさせておる私に、たいそう嬉しそうにそう仰ると、私の部屋へ上がるべく、さっさと行ってしまわれた。




