~八十八の巻~ 人払い
困った私は顔を上げられずに、早く終わらせてしまおうと、手の動きを速めた。
何せ、直ぐ傍に汚れた足袋を下げるべく控えておる侍女は、明らかに皇子様の言葉に耳をそばだてておる様子だし、皇子様の側近らしき方も二名、縁側の端に膝をついて控えておいでで、但しこちらは流石、内裏のお役人、其の表情は固く、微動だにせぬが・・・。
「あははは、貴女はやはり面白い方だ。」
私が作業に没頭し、聞こえぬ振りを装っておると、皇子様は突然大声で笑い出された。
私が驚いて思わず顔を上げてしまうと、先程迄無表情だった側近の方々も、此方を凝視して驚いた表情をなさっておいでだった。
「あははは、貴女は本当に素直で可愛らしい御方だ、今貴女のお考えになられていらっしゃる事が、私には手に取る様に解りますよ。」
「そ、其の様な事・・・、皆の目がござりますれば・・・、」
「どうかお戯れは、もうお許しくださりませ。」
「皆がおる故、其の様によそよそしいご様子でいらしたのですか!?」
皇子様は又大仰にそう仰ると、
「皆の者、我が姫が、皆が居ると恥ずかしいと仰せだ、済まぬが、暫く下がっておってくれぬか?」
「私が声を掛ける迄、此方には誰も近付いてはならぬと、他の者にも其の様に申し伝えよ。」
「そなたも、足袋は後でよい。」
傍で控えておった侍女にもそう申し付けると、
一同皆、畏まりました、と、静かに其の場から離れて行った。
すると、
「さぁ、此れで、お望み通り邪魔者は誰も居りません、二人きりですよ、珠姫。」
怪しげな笑みを私に向けて、皇子様はそう仰ったのだった・・・。




