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~八十五の巻~ 志摩姫

 「左大臣家の志摩姫様は、姫様より二つ上の十八歳、それはお美しいとたいそう評判の左大臣様ご自慢の姫君との事でござります。」


「当然、あちらこちらから数多の縁談が舞い込んでいらしたらしいですが、左大臣様は、志摩姫様がお生れになられた其の時から、志摩姫様はいずれ皇子様方のどなたかに嫁がせると豪語なされていらしたそうで、故に、数多の縁談は、ことごとくお断りされ、ひたすら入内させる為の働きかけをなされていらしたそうでござります。」


「志摩姫様ご自身も、幼き頃より妃がねとして、其れは其れは大切に育てられていらした為、そう信じて疑わず、其の上、甘やかされてお育ちの為、自尊心が非常に高く、皇子様方以外の殿方には全くご興味を示され無かったとか・・・。」


「其れ故、お二方共、当然の如くまず目指されたのが、皇太子妃の座でござりました。」


「然れど皇太子殿下には、愚かな妃争いなど起こさぬ様にとの陛下のご配慮から、生を受けられた其の日に、既に許婚が定められておりました故、其れを覆すのは流石に困難でいらした様でござりますね。」


確かに皇太子殿下には、未だお世継は無いものの、既にご正妃様がおいでだ。


「然も、申し上げにくいのでござりまするが、皇太子殿下はお体がお弱く病がちとか・・・。」


「そこで次に狙いを定められたのが、第三皇子で有らせられます大海皇子様にござりました。」


「姫様もご存知の通り、第二皇子様はお母君のご身分が低く、皇太子殿下に未だお世継が出来ぬ中、今のところ次期皇太子と目されているのは、陛下からの覚え目出度き第三皇子・大海皇子様にござります。」


「然も大海皇子様の卓越した秀才ぶりは、幼き頃より並ぶ者無き才知と謳われ、其の上あのご容姿・・・。」


「斯くして左大臣様は、志摩姫様を大海皇子様に入内させるべく、あれやこれや画策なさっておいでだったらしいのですが、中々思う様には事が運ばず、恐れ多くも陛下に直に願い出ていらしたらしいという噂も耳に致しました。」


「此度の花見の宴も、半ば志摩姫様の為に催されたと申しても過言では無いと、其の辺りの事情を知る者は皆、陰で申しておったそうにござりまする。」


「志摩姫様の為?」


私が其れは如何なる事かと先を促せば、


笹野は、()も其の言葉をお待ちしておりましたとしたり顔で、


「はい、如何なる手段を使うても一向に左大臣家になびく気配の無い大海皇子様に業を煮やし、遂に強硬手段に出られたのだと、事情を知る者は皆、陰で申しておったそうにござりまする。」


「強硬手段?」


「つまり如何な堅物と評判の皇子様でも、都で随一と評判の美姫を直接ご覧になられれば、お気に召すに違いないという腹積りだったという事でござります。」


「志摩姫様ご自身も己の美貌に、揺るぎ無き自信を持たれていらっしゃるそうでござります故。」


其れに・・・、


其処で一旦言葉を切った笹野は、お茶を一口、口に含むと、


「いくらお美しいと評判の姫様でも、志摩姫様も既に十八、お後が無いのでござりましょう。」


何せ縁談は全てお断りになられてしまわれているのですから・・・。


そう意味有りげな笑顔を浮かべて、笹野は話を締め括った。


最後の笑顔が勝ち誇った表情に見えたのは気のせいだと思いたい。


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