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~八十四の巻~ 情報

 乳姉妹で侍女の笹野は、都に戻うた翌々年に、目出度く風矢と祝言を挙げ、今や押しも押されもせぬ人妻、其れどころか、一女の母、年内には二児の母になる予定だ。


元々八歳年上の風矢と婚約しておった事もあり、年の割にしっかりした印象だった笹野は、結婚、出産を経て、益々しゃきしゃきしてきた。


祝言を挙げた折、まだ僅か十二歳だった笹野だが、月のものが来た時点で、伊勢に住まう母である春野に、此れにて漸く嫁に参れますと文を送り、十日後に祝言、準備を宜しくと風矢に告げ、其の言葉通り、きっちり十日後には祝言を挙げたのだった。


「此れで不安の種が少しだけ減りまする。」


月のものがきた折、笹野が私に見せた、ほっとした様な、其れでいて自嘲めいた女人(にょにん)の笑みが忘れられぬ。


笹野は、風矢が他の女人(にょにん)と会うておる事実に気付いておったのだった。


然れど、己が未だ幼い所以(ゆえん)の其の行動には黙認するしかなく、早く大人に成りたいと、陰で何度も涙しておった。


今や風矢との夫婦仲も良好で、風矢は我が右大臣家の家人として、笹野は相変わらず私の侍女として、それぞれ無くてはならぬ存在になっておった。



◇◇◇◇


 其の笹野が、


「右大臣様付きの侍女から耳にした話でござりまするが・・・、」


お父様から大海皇子様との縁談の話を聞かされた翌日、手習いをしておった私に、そう切り出した。


「お父様付きの?」


「はい、私共右大臣家の家人は、都中のお屋敷の家人との繋がりを、常日頃から作っておりまする。」


「其の者も、買い出しから戻うて参りました台所方の下女中から、伝え聞いた話だそうにござりまするが・・・、」


「其の下女中が申すには、今朝程、市場で左大臣家の下女中を見掛け声を掛けると、其の下女中は怯えた様に辺りを見回し、見知った当家の下女中の顔を見るなり顔色を変え、当家の下女中を人目に付かぬ路地の奥に連れて行ったそうで・・・、」


「其の怯え具合が尋常で無かった為、そこで改めて左大臣家の下女中の顔をよくよく見ると、左頬が真っ赤に腫れており、どうしたのかと尋ねると、ご息女の志摩姫様から、昨夜、吸い物に髪の毛が入っておると酷い叱責を受け、叩かれたそうで・・・、」


「もし、右大臣家の方と一緒に居るところなど誰かに見られようものなら、其れこそ何をされるか分からぬと、其れは酷い怯え様だったとか・・・、」


「えっ?何故(なにゆえ)何故(なにゆえ)当家の者と居ってはいけぬのですか?」


訳が分かりませぬと、私が困惑しておると、


「・・・」


何故か笹野は黙り込んでしまうた。


「やはり・・・、」


「まさかとは思うておりましたが、やはり姫様はご存知無かったのでござりますね・・・。」


笹野は、全く姫様は・・・、などとぶつぶつ申しておったが、


「然れどまあ姫様の場合、仕方ござりませぬか・・・、青馬様以外の殿方には、全くと申して良い程、ご興味無かった訳ですから。」


はぁ~、と大きな溜め息を一つ吐き、呆れ顔だ。


「えっ?何?何の話?」


「理由は簡単でござります、都中誰も、理由が解らぬ者などおりませぬ、姫様以外・・・、」


「えっ?どういう事?」


「懸想なされていらしたのです。」


「懸想?」


「はい、有名でござりましたから、左大臣家の姫様が、大海皇子様に懸想なされていらっしゃったのは。」


「左大臣家の姫様が?」


「はい。」


「とにかく、左大臣家では、昨日大海皇子様が右大臣家の珠姫様にご求婚なされたとの話を左大臣様御自ら内裏にて聞き込んでいらっしゃって以来、屋敷中、大変な荒れようだそうでござります。」


「其れは・・・、」


(確かに昨日お父様も、何やら申されていらした・・・。)


思いもよらぬ禍の渦中に、知らぬ間に身を投じてしまうておった事を初めて知り、其れで無くともこの求婚に戸惑うておった私は、其れ以上言葉を失うてしまうた。


笹野は、黙り込んでしまうた私に対して、


「姫様、今後の為にも、私が存じ上げる限りの左大臣家ご一族の其の辺りの仔細を、此れよりご説明申し上げまする。」


そう申すと、左大臣家について語りだした。


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