~八十二の巻~ 婚姻のかたち
(忘れる?セイを?)
あれから早五年・・・。
セイの其の後の消息は知らぬ。
一度だけ・・・、
いつの間にか兄弟の如く親しくなっておった和哉様と風矢は、驚いた事に、離れてからも文のやり取りをしておったのだった。
其の伝手で、都に戻り数箇月程経った頃、セイが姉上様と祝言を挙げたらしいと風矢が遠慮がちに私に伝えてきた。
私が、
『そう・・・。』
と一言、微笑んで答えただけだったのをどう受け取ったのか、以降、セイの話も伊勢での話も、誰一人私にしてくる者は居なくなった。
当の私はと申せば、其の様に気を遣われる程、打ち沈んでおった訳では無く、正直に申せば、私はセイとの誓いを果たす為、学ばねばならぬ事が山積しており、過ぎし日の想いに耽っておる暇も、新しい出会いを求める余裕も皆無であっただけなのだ。
其れに、私には解っておった故、セイが今も穏やかに安寧に過ごしておると。
何故なら私の胸に掛かる黄金の指輪は、今も温かく優しい青い光を放って、私の胸の上で輝いておる。
其れはセイの温もり。
私は今もこうして常にセイと共に在れるのだ。
然れど、気付けば私も十六。
昨年あたりからお父様が、何やかやと理由を付けられては、私の事を連れ出そうとなされる様になり、然しもの私とて、其れらが殿方との接点を作らせようとするお父様の作戦であるという事には、薄々気付き始めたところだった。
そして本日の花見の宴は、正に其れが目的の宴だと、此方の御方は申された。
其の上、皇子様方がお相手というのでは、此れ迄の外出などとは全く話が違うてくる。
今の状況では有り得ぬとは思うが、万が一にもお声掛かりが有れば、余程の理由が無ければお断りなど出来ぬ。
ましてやこの宴に参加しておるのだから、私もお相手募集中という札を掲げたも同然だ。
確かに私も、どなたか良い御方がいらっしゃればいずれは、との考えは持っており、右大臣家の息女として、政治的にも又お家の繁栄の為にも、このままで居られない事も重々承知しておる。
然れど皇子様は流石に駄目だ。
私は前述の様な事情を抱えておる身。
全身全霊を掛けてお相手にお尽くし申す事は出来ぬ。
勿論お相手がどなたであれ、斯様な事情を持っておる時点で、本来大変失礼な話だ。
然れど私は右大臣家の息女。
其れでも我が右大臣家と繋がりを持ちたいという御方も居られるやもしれぬと思うておった。
あくまでも婚姻は其の為の手段とお考えの御方となら、現世では其の御方の妻となり、お尽くし申し上げ、穏やかに夫婦として過ごしてゆける気がしておったのだった。
然しながら皇子様方は、私の様な面倒な女子を、妻にせねばならぬ理由など無い。
私は此れだけははっきりと決めておった。
いつの日か縁談あらば、大変失礼な事ではあるが、私の事情を全てお話し、其れでも良いと申してくださる御方が居られれば、其の御方に嫁ごうと。
其の様に目の前の御方に申し上げると、
『ふむ、何と申しますか、貴女はとても潔い御方だ。』
『然れど、知らぬ方が幸せな場合も有ると存じますが、そうはお考えになられませぬか?』
『確かに仰る通りでござります。』
『故に私は傲慢で身勝手な女子なのです。』
『成る程・・・、其れ程迄に想うておいでか・・・。』
そう申されると其の御方は立ち上がられて、廂から表をご覧になられ、
『だいぶ日が陰ってきた様です。』
『そろそろ戻られた方が宜しいでしょう、抜け出した事に気付かれます。』
其の後、私達はさり気なく宴に合流して、人の多さもあり、其れきり其の御方のお姿を拝見する事は無かった・・・。




