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~八十の巻~  欲した言葉

 『セイ、セイ、好き。』


斯様な時に斯様な事を言うなど、真に私は卑怯者だ。


優しいセイに付け入って、私を見捨てられぬ様にしたいのだ。


何と私は傲慢で計算高き女子(おなご)か!


自分で自分に呆れる。


姉上様はあの様に優しい微笑みを私に向けてくだされたというのに・・・。


『私もだ。』


私がもう此れ以上無き程、落ち込みそうになった其の時、セイの静かな声が私の胸に響いた。


『今何と・・・?』


私が思わず体を起こしてセイの顔を覗き込むと、


『全くお前は!人の話を聞けと申したであろう!』


『この私に斯様な事を二度も口にさせるな!』


『二度と申さぬ故、今度はしかと聞いておれよ!』


『お前を愛しておる。』


『お前だけだ!』


『あっ・・・。』


其れが、暗い洞窟の中を彷徨いながらずっと捜しておった答えだと、漸く解った。


私には自分が何を求めて彷徨うておるのかさえ分からなかったのだ。


ただ何かが足りぬ。


私が此れから先、強く生きぬいてゆく為に必要な何かが。


私はずっとセイの心からの気持ちが聞きたかったのだ。


勿論、言葉など無くとも、私を常に大切に思うてくれておるのは理解しておったし、信じてもいた。


其れでも気持ちを口にするのは私ばかりで、あの婚儀の時ですら、私を愛しく思うておるとは申してくれたが、己の(まこと)の気持ちを私に伝えてくれる事は無かった。


故に私への想いとは、妹を可愛がっておる様なものなのではないかと、ずっと不安だったのだ。


其れ故、何よりも其の言葉が欲しかった。


『セイ、あり・・が・・とう ・・・。』


私は三度(みたび)セイの首にしがみ付くと、声が枯れる迄、泣いた。



◇◇◇◇


 気が付くと私は、私達がいつの間にか“黄金の間”と呼ぶようになった、あの洞窟の出口の空間で、セイの膝の上で微睡んでおった。


『起きたか?』


セイの優しい微笑みに、


『私・・・、』


『よく眠っておったぞ。』


『お前、眠れずに過ごしておったのであろう。』


『・・・』


『済まぬ、お前が苦しんでおるのを解っておりながら、私は・・・、』


『もうよいのです、姉上様へのご配慮だったのでしょう?』


『済まぬ・・・。』


『ですから、もうよいのです。』


『セイは其れでも私に伝えてくれたのですから。』


『この洞窟を抜けると“黄金の間”に辿り着ける様に、漸く私も闇から抜けて明るい場所に出られた気がします。』


『セイ、ありがとう。』


『姉上様と、どうか幸せになってくださりませ。』


『漸く申せました。』


『本当はずっとそう伝えたく思いながら、どうしても出来ぬ己が嫌で仕方ありませんでした。』


『セイが斯様な私の醜い心を知っても尚、私を受け入れてくれたから、私は闇を抜ける事が出来たのです。』


『ですから、私に詫びなど申さずともよいのです。』


『私も都で一番の姫になり、セイよりも遥かに素敵な殿方を見付けて、幸せになる予定ですし・・・。』


私が笑顔でそう告げると、


『私より良い男などそうそう居るものか!』


と、口を膨らませて横を向いてしまうた。


私は解りやすいセイの仕草に思わず吹き出しながら、


『昨日、都のお父様から手紙が参りました。』


『来月早々迎えに見えるそうです。』


『来月?』


『はい、お父様の執務も一段落なさるそうで。』


『そうか・・・。』



◇◇◇◇


 其れから私達は二人で川岸に行き、指輪を浄めた。


そして二人手を重ね、天に祈うた。


『『生命を司る天ツ国におわす神々よ、どうか我等が願い、お聞き届けくださりませ。』』


『『我等が生命(いのち)の炎燃え尽き、この身朽ち果てようとも、我等が魂転生し、再び生まれ変わらん。』』


『『其の日迄、我等が想いこの指輪に封ず。』』


すると僅かに開いた尾根の隙間から一条の光が、私達が重ねた手のそれぞれの指輪に降り注いだ。


其れはとても神聖で美しい光の帯だった。


やがて私の指輪は、澄み切った青空の様な青色に煌めき、温かな熱を帯びた。


(此れが、セイが私に伝えてくれた想い・・・。)


次にセイの指輪が、月の光の様な淡い真珠色に煌めた。


(あれが、私の胸に秘めたセイへの想い・・・。)


ぽろりと零れ落ちた涙の雫を、セイが優しく指で拭うてくれた。


そうして私達はどちらとも無く、そっと唇を重ねたのだった・・・。


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