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~七十八の巻~ 猶予

 『青馬、何と立派な若者になった事か!郁馬が見たらどんなに喜ぶか・・・。』


『ありがとうござります。』


『郁馬に生き写しだ。』


『母上も其の様に申します。』


『青湖殿も息災か?』


『はい、変わり無く、此方の住まいにもすっかり慣れ、穏やかに過ごしております。』


『其れは何よりだ。』


『青馬は幾つになった?』


『十四になりました。』


『元服は?』


『はい、来年、年が明けたら執り行う予定です。』


『そうか、其れは益々郁馬に見せてやれたらどんなに喜ぶか・・・、』


『はい、私も父上にご覧戴きたく存知ますが、父上は恐らくこの国の何処で、見守りくだされておいでと、思うております。』


『そう、だな・・・。』


其処で秋人様は言葉に詰まられてしまわれた。


『済まぬ、さぞや大変な苦労をしたのであろうな・・・。』


『秋人様、我々は秋人様にずっと感謝致しております。』


『暁房・・・、私は己が情けない、私の様な者にあれ程親しんでくれた唯一人の友人を、助けてやる事が出来なかった。』


『其れどころか、何もしてやれなんだ!』


『いいえ、其れは違います!秋人様は何もされなかったのではござりませぬ!しないでくだされたのです!』


『其のお陰で、私達は今もこうしておられるのです、ずっと感謝致しておりました。』


『あの折、いつ追っ手が此処迄来てもおかしくありませんでしたが、私達に追及の手は及びませんでした。』


『其れは(ひとえ)に、秋人様が私達の事を、最後迄秘匿してくだされたという証。』


『私には其れしか出来なかっただけだ。』


『郁馬を助けてやる事が出来なかった私は、せめて、郁馬が最も大切にしておった細君と息子だけは、何としても助けたかった。』


『其れが郁馬の望みだと解っておった故・・・。』


『郁馬様は誰よりも秋人様を信頼なされておいででござりました、郁馬様は間違っておられなかった。』


『あの前の晩、私達は酒を酌み交わしたのだよ、他愛なき共に学び共に遊んだ幼き日の話をして・・・、恐らく郁馬は存じておったのだ、あれは私への別れの挨拶だったのだと後で思うた。』


『自身に危険が迫る中、其れを顧みずに、いつもと何ら変わらずに私のところに会いに来てくれた、郁馬は本当に勇敢な男だった・・・。』


『秋人様・・・。』


私達は暫し誰も口を開かず、重い沈黙が部屋を覆った。


其の雰囲気を変える様に、


『そう言えば、先程青馬は暁房の事を父と呼んでおったようだったが。』


『はい、母上と父君が再婚なさいまして。』


『そうであったか、暁房の細君は如何したのだ?』


『楓は此方に移って直ぐに身罷りました、元々体が弱かったのを無理をさせてしまいました、娘の菫もあれに似て体が弱く案じております。』


『そうか、其れは気の毒な・・・、娘子は幾つになった?』


『菫は十七になりました。』


『十七?嫁入りはまだなのか?』


『はい、来年青馬が元服致しましたら、祝言を挙げさせようと思うております。』


『祝言?青馬・・と?』


『父君、少し秋人様と二人で話をさせて戴けませぬか?』


『そう、だな・・・、秋人様其れでは私は此れにて失礼致します。』



◇◇◇◇


 父君が部屋から出て行かれたのを見て、私は口を開いた。


『先程、ご覧になられていらしたのですね?』


『ああ、珠が屋敷を飛び出して行きおった故、心配で後を追うた。』


『秋人様、私と珠は偶然あの森で再会致しました、然れど珠は、当然ですが・・・、私の事を、覚えてはおりませんでした。』


『故に私は何も話しておりませぬし、此れからも話すつもりもありませぬ。』


『私は来年には姉上と祝言を挙げる身、其の事は珠にも伝えてあります。』


『然れど珠は・・・、今朝程の珠の様子は尋常では無かった・・・。』


『秋人様、お願いにござります!珠の帰京はもう暫くご猶予戴けぬでしょうか?』


『然れどあれも既に十だ、母親を亡くし淋しい思いをさせてしまうたが、やはり斯様に遠方にやるのでは無かったと悔いておる。』


『一日でも早く連れ帰り、あれには今迄してやれなかった分も、最高の環境で色々身に付けさせたいと思うておるのだ。』


『はい、お気持ちはお察し致しております、然れど、青馬、生涯ただ一度の秋人様への願いにござります!』


『どうか後僅かなご猶予を、私達に与えて戴けぬでしょうか?』


『この冬、雪が降る前には、必ず都にお帰し致します、故にどうか何卒・・・、以降は二度と会う事はござりませぬ、お約束致します。』


私は其の場に跪いて懇願した。


『青馬・・・、』


『冬迄だ、雪が降る前には必ず都に連れ戻る。』


『秋人様!!!』


『私は心底驚いておる、まさかお前達が斯様なところで再会しておるなどとは、夢にも思わなんだ。』


『郁馬は何もかも解っておったのやも知れぬな・・・、お前達の強い絆も。』



◇◇◇◇


 珠が屋敷に戻ると、お父様は私を捜しにいらっしゃったという。


何処ですれ違うたのかと案じたが、また己が出る訳にもゆかず、申し訳ないが再び風矢を捜しに走らせた。


風矢は、


『はぁ~?散々姫様を捜し回って走り回ったばかりですが、今度は右大臣様ですか?』


全く似た者親子だ、とか何とかぶつぶつ呟きながら、ノロノロと歩き出すと、


『風矢!』


春野にどやされて、逃げる様に再び飛び出して行った。


この屋敷の女人は皆強い・・・。



◇◇◇◇


 何処迄いらしておられたのか、お父様が屋敷に戻られたのは、既に夕刻を回っておった。


故に身支度を整えたお父様に再びお会い出来たのは、夕餉の時だった。


『お父様、今朝程は大変失礼致しまして、申し訳ござりませぬ。』


『然れど、今一度お話させて戴きたく、都に戻るお話でござりまするが-、』


『ああ其の話なら、やはり直ぐにというのは無理であろう、故にこの冬、雪が降り出す前に再度迎えに来よう、其れまでに身支度を整えておくがよい。』


『えっ?宜しいのですか?』


『ああ、此度は一人で戻る、そなたの体調も余り良く無き様子、其れ迄に長旅に負けぬ体力を付けよ。』


『お父様!ありがとうござります!』


私はお父様の急な心変わりが気にはなったが、こうして残り数箇月をセイと共に夫婦として過ごす事が出来る様になったのだった。


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