~七十五の巻~ 独占欲
私は己自身が恐ろしい。
私に斯様な事を躊躇い無く申せる別の顔があったなどと信じられなかった。
一つだけ確かな事は、まず間違いなくセイは、私を蔑んだに違いない。
現に私の名を呼んだきり、一言も言葉を発しない。
其の表情からは何も読み取れぬが、私はセイに嫌われてしまうたに違いない。
斯様に恐ろしき女子とは最早会いたくないと、二度と河原へは来てくれぬやもしれぬ。
然もなければ、姉上様との婚儀を、年明けと申さずに更に早めて、姉上様との絆を深め、私との呪いから逃れようとするやもしれぬ。
然れど!
然れど其れでも、もしも真に呪いなどと申す物がこの世に存在すると言うのなら、恐らくこの呪いからは逃れられぬ。
何故か私には其の確信があった。
この場所は神聖なる空間。
儀式は神の御前にて既に成っておる。
誰にも、例え其れがセイ自身であっても、決して違える事は出来ぬ。
私は自然と口角が上がり笑んでおった。
すると突然セイの温もりに包まれた。
『セッ、セイ?』
『全くお前は・・・、』
『どれ程私を虜にさせれば気が済むのだ?』
『えっ?』
『私は既に此れ以上無き程、お前に囚われてしまうておるというに・・・。』
そう申して更に私を強く包み込む。
『き・・らい・・に、なら・・ぬの、です・・か?』
『はぁ?』
『全くお前は・・・、』
『此れ以上私を煽るなと申しておろう!』
『先程も申した筈だ。』
『私の忍耐にも限度が有る故、止めてやれなくなる。』
私が意味が解らず、セイを見上げ、目を瞬かせると、
『ああ、申しておるそばから・・・、』
お前は天然か、などとぶつぶつ申しながら額に手を当てておる。
そして・・・、
温かいセイの唇が私の其れに重なったのだった・・・。
『嫌いになど、なる訳無かろう?』
『お前にあれ程熱烈な告白をされて、このままこの場に押し倒さないで耐えておる自分は、褒めてやりたいがな。』
そう申すと片目を瞑り、今度は少し照れた様な笑顔を私に向けてくれたのだった。
◇◇◇◇
其の後私達は河原に腰掛けて、キラキラ輝く美しい水面を見つめながら、二人だけの幸せな時を穏やかに楽しんでおった。
『この指輪・・・、』
私がセイに背を凭れて座りながら指輪を陽の光に翳して改めて見ておると、
『ああ、ここの砂金を溶かし、型に流して固めたのだろう。』
『其れはつまり・・・、』
『ああ、恐らく父上が作られた物だ。』
『やはりお父上様が!』
『お父上様がセイにくだされた大切なるお品を、私の様な者が戴いてしまうて宜しいのですか?』
『其の指輪は、初めからお前の物だ。』
『えっ?』
『父上は私にこの指輪をくだされた折、斯様に申された、【こちらの小さき指輪はお前の未来の花嫁に】と・・・、』
『然れど此れでもはめる迄は、お前の細き指に余る事無く納まるのか案じておったのだ。』
(セイの未来の花嫁?)
私は、其れを聞いて益々喜びが溢れだし、嬉しくて堪らず、私の指に誂えた様に丁度はまった、陽の光にキラキラ輝くお揃いの指輪を、天に翳して角度を変えながらいつ迄も飽きる事無く見ておった。
すると、
『遅くなった、そろそろ戻らねばまずい。』
『其の指輪は目立つ故、普段はこれに通して首から下げておると良い。』
セイが其の様に申して革紐を私に差し出すと、自身も指から外して再度紐に通し、其れを首に掛けた。
私も倣って同じ様に首から下げて服の下に隠した。
『常に身に付けておれよ、では戻ろう。』
『セイ待って、まだ大切な話が!』
『昨日突然お父様がお越しになられて、私を迎えに参られたと、十日後に共に都に連れて帰ると!』
私は其れで屋敷を飛び出して来てしまうたのです、と余りの嬉しさに惚けて忘れておった事情を説明致した。
『十日・・・、そうか・・・。』
『珠、恐らくお父上は、お前と幾年も離れて暮らしておられてお淋しいのだ、お前を大切に思うておいでの事だ。』
『はい、其れは十分解うておるのです、然れど私はまだこの地を、セイの傍を離れたくござりませぬ。』
『私達に残されたほんの僅かな刻限を、せめて最後迄全うしたいのです。』
『其れは私も同じだ、まだお前に教えておきたき事も有る、然れど・・・、』
『屋敷に戻りお父様に、私の気持ちをきちんとお伝えしてみます。』
『娘を持つ父とは、如何様な気持ちなのであろうか、私にはまだはっきりとは解らぬが、お父上には申し訳なく思う。』
『セイ・・・、やはりセイは酷き男などではありませぬ。』
私は私の伴侶が誠実な方で良かったと心から思えたのだった。
其れから急ぎ二人で戻ると、いつもの河原で、笹野と風矢が私を捜しておった。
私が二人に駆け寄り心配を掛けた旨を詫びると、二人は安堵の表情を見せたが、一人で出るのだけは二度とせぬようにと訴えられて、私は相変わらずの己の浅慮を恥ながら、そうして私達は屋敷に戻ったのだった。




